四十五 魔闘大会開幕
夜が明ける……
カイルが窓辺から入る朝日に目を細めていると、後ろから白い腕に抱き着かれる。
その腕の色と、気持ちの落ち着く感触で、誰なのかがすぐに解った。
「シルフィア……」
「……大丈夫ですか?」
何が? と、言う言葉は飲み込んだ。
シルフィアの言う大丈夫は、《全て》においてという事だから……
過去も未来も含めて、
「どうだろう……」
シルフィアの腕を握って、振り返り、向かいあって抱きしめる。
カイルより頭一つ分低い身長が、保護欲をくすぐるのは、きっと男の本能だろう。
「……キス、して良い?」
「昨日は結局……出来ませんでしたからね……。今からでも……致しますか?」
「ん? ミリナが起きちゃうよ……」
と、言いつつ、シルフィアの唇は奪ってしまう。
キスは好き。
なぜなら、シルフィアを自分のモノにしているという独占欲が刺激されるから……
シルフィアは、そんなカイルに応えてから、部屋の奥に視線を送る。
そこには、個室がある。
「ふふっ……その時は、その時ですよ?
それに……昨晩はあなたを、独占されてしまいました。
私だって、あなたを独占したいんですよ……?」
「シルフィア……っ」
そう言われて高ぶらないなら、シルフィアを嫁にしようとは思わないだろう。
だから、シルフィアの尖っている唇を、もう一度奪うことで返答とする。
昨日、暗殺されかけたと言うのにベッドで、すやすや眠るミリナに布団を掛けてあげてから、シルフィアを連れて個室へ入った。
殆ど物置と化している狭い場所で、シルフィアの腰を抱き寄せると、
シルフィアも、カイルの首に腕を回し、微笑みながらそっと……寄り寄った。
再び熱いベーゼを交わして、カイルはシルフィアの柔らかい胸を触り、シルフィアはカイルの服を丁寧に脱衣して、その身体に寄りかかる。
「あなた?」
「ん?」
「独りに為らないでくださいね?」
「……?」
「少なくとも私は、あなたがどんな事を為さろうと、あなたの味方ですから。
昨晩のように、私を勝手に見限らないでくださいよ?」
シルフィアを腕に抱きながら、昨日、シルフィアに捨てられると怯えた事を思い出す。
そして、それはそのまま、カイルがシルフィアを信頼していなかった事に為る。
「ああ……ごめん」
「ふふふっ。私を不幸にしないでくださいね? 全て……満たしてくださいよ?」
「……うん。解ってる。誰彼構わず手を出したりしないって……」
そこで、シルフィアの瞳が赤く染まる。
《未来視》発動。
「そうですか。そうですか。アンジェリーナさんとも婚約の約束を致して居るのですか……?」
「うっ……!」
「ふふふっ。未来は変わるものですが……何故、教えてくれないですか?」
「それは……」
イロイロあって忘れていた……
「と、言うか、俺、あいつと結婚したくないんだけど……何とか為らない?」
「ふふふっ。では、そうすれば良いんですよ?」
「……確かに」
シルフィアの未来視は、あくまで未来。
確定はしていない。
カイルがアンジェリーナをフレばなんの問題も無い。
(……強く! 強く! 意思を持つんだ俺!! 金髪に負けるな!)
密かに決意を固めるカイルに、不満顔になったシルフィアがキスをする。
「もう……。あなた? 先の事はあなたに全て任せます。今は、私を見てください。
……時間、無くなっちゃいますよ?」
「あ! ……そうだった。ごめん」
ミリナが起きるまでの短期決戦だった事を思い出したカイルは、シルフィアの腰を……熱く、抱き寄せる。
そのまま、押し倒し、身も心もカイルのモノにしてしまった。
……数時間後。
しっとり知っているシルフィアの肌を抱いて堪能しながら……
「シルフィア。俺が居なくなった後……その時は、ちゃんと他の人と幸せになってよ?」
自分が死んだ後、シルフィアには幸せになってほしい。
何故か、今、そのことをちゃんと伝えておかないといけない気がした。
「ふふふ、意地悪言わないでください」
でも、シルフィアは意味深に微笑みながら、カイルの口をキスでふさいでしまう。
そして、
「悲しいことを言わないでください」
「でも、シルフィア。俺は何時か! かならず」
「解ってます。それでも、私はあなたの腕にしか抱かれたくありませんよ?」
「そんなの……きっと、すぐに忘れるよ。幸せになれるよ……だから」
シルフィアは、ゆっくり首を振って、カイルの胸に頭を載せた。
「あなた以外で幸せになりたくありません。あなたの事を忘れたくありません。
嫌……ですか?」
「俺は嬉しいけど……でも、それじゃ、シルフィアが悲しすぎるよ」
「では……あなたの御子を遺してくれませんか……?」
キュッとカイルの背中に抱き着いて、瞳から涙を流しているシルフィア……
「ゴメンッ! 痛かった? 言ってよ……」
慌てて離れようとすると。
「嫌ですっ!!」
「シルフィア?」
シルフィアがそれをさせないように、カイルに抱き着いた。
「いえ……嬉しくて。あなたに抱かれると……勝手に……
それより……先ほどの、お返事は?」
聞かれ、シルフィアのすべすべの背中を触って、
「ふっ。だから、シルフィアにそう言われると我慢。出来ないよ」
「ふふふっ。それは、光栄ですね?」
シルフィアの事を抱きしめた。
すると……
「私は、あなたの腕にしか抱かれませんから……なにがあっても必ず、私をこの腕に抱きに戻ってきてください……よ?」
「……うん。解ったよ。シルフィアがそれで良いなら、もう言わないよ。君はずっと俺のものだ」
「はい! そうです。あなたのものにしかなりません」
……更に数時間。
つやつやになったシルフィアとカイルの二人が個室から出ると、ほっぺたを膨らませたミリナにバッタリ遭遇。
「カイル様ーっ! シルフィアお姉様だけ特別扱いですか!? 狡いですぅ~! ミリナも朝の寵愛が欲しいです!」
「ちょっ……! ミリナっ!? シルフィア……っ!」
そのまま、ミリナに襲い掛かられ、個室に逆戻り……
「ふふっ。ミリナさん。御ゆっくりどうぞ? 私は、朝食の支度をしておきますね?」
数十分後……更につやつやになったカイルと、にこにこ笑顔のミリナ、優しい微笑みを浮かべるシルフィアで、暖かい朝食の席を囲うのだった。
……この幸せな食卓を護りたい。
そう、カイルは思った。
その後、カイルは、ミリナとシルフィアを迎えに来た、七騎士のローゼとグーリヌに引き渡してから、武闘大会決勝戦の会場に向う。
武闘大会決勝戦のルールは、予選と同じくバトルロワイヤル式で、一人勝ち残り制。
そして、その会場は、魔道帝オーランが創造した広大な荒野の異空間になっている。
そこでなら、どんなに激しい戦闘をしようと、二次被害は起こる事はない為、選手達は全力で戦うことが出来るように配慮されている。
時間が来たことで、カイル含め、十人の選手が一斉に、会場内に入場し、決勝戦の幕が上がった。
それぞれのスタート地点はズレており、選手達の最初の行動は、対戦者を捜す事にある。
もちろん、カイルは、ユウナを捜す。
ここで、決着を付けることがユウナの望みであり、カイルが護りたい者を護る事になる。
もう……カイルに、ユウナと戦う迷いは無かった。
瞳を閉じて意識を集中すれば、ユウナの隠そうとしていない《気》をすぐに探れた。
ユウナも、同じくカイルの《気》を見付けて居るだろう。
……決戦の時は近かった。
しかし、そこで、カイルの前に、ミリナを襲った魔剣使いと並んで謎の、覆面男が立ちはだかった。
ユウナとの決戦の前に無駄な戦闘を避けたかったカイルは、苛立ちながら、剣を構える。
……バトルロワイヤルとは、出会った瞬間、即バトルという意味。
ここで、戦いに為らない道理はなかった。
「やぁ、カイル君。久しぶりだね? 僕のこと、覚えているかな?」
「っ!」
カイルは声に、剣を落としそうになった……
その男の声は知っている……忘れる訳がない。
ギチリ……
カイルは、奥歯を噛み締めて、油断を全て消し、燃え上がる感情を爆発させながら、先にしかける。
……一切の手加減をする気にはなれなかった。
「ブレイブゥウウウウウウウーーッ!!」
剣気を纏い、最大速度の《瞬動脚》で接近し剣を縦に振り下ろす!
レンジの瞬動流の見よう見真似、移動の力を、剣に載せた最大威力の剣激。
ガンッ!
それを覆面男は片手直剣で簡単に受け止めた。
「あれ? 僕ってカイル君に嫌われてるのかな?」
「っ! ンノォオオオオオオッ!!」
カイルがその男に対して抱く感情は複雑といっていい。
激情なのか? 感激なのか? 何なのか? カイル自身にも解らない。
けれど、一つだけ、解ることは……気に食わない。ということ。
ああ……気に食わない。
気に食わないったら気に食わない。
それだけの感情が、一太刀で理解させられた、圧倒的実力差の絶望感を振り払い、更にもう一歩、踏み込む力を与えた。
受け止められた剣を軸に、覆面男の顎に蹴り上げを放つ。
「……っ!」
その攻撃が予想を越えていたために、覆面男の反応が一瞬遅れ、覆面を掠った。
そのお陰で、覆面男の覆面が破れ、その顔があらわになる。
決勝戦で、一番最初の交戦となっていたカイルと、覆面男の戦いを、魔水晶で観ていた観客達が、一斉に声を上げた。
「勇者様さー」
「勇者ブレイブ様ですわ」
「生勇者キタコレェエエエーー!!」
そう、魔大陸の魔王を倒す宿命を持っている、人類最強の聖剣使い勇者ブレイブその人だった。
「いや……困ったな~。顔を見られるつもりは無かったんだけどな」
「なんで、お前がここに居るんだよ……。魔大陸の魔王と戦ってるんじゃないのかよ?」
一度、開いた十歩の距離で、お互いに剣を構えながら向きあった。
過去にカイルはブレイブに命を救われている。
だが、それでも、カイルはブレイブが気に食わない。
理由は……
「あれ? 望叶剣はどうしたんだい? 選ばれたんでしょ? ……使わないのかな?」
「やっぱり、お前は、俺が望叶剣に選ばれることを知ってたんだな!」
ブレイブは重大な何かを隠している。
そんな気がしてならなかったから、
「言えよ。ブレイブ。四年前! お前はなんで! 俺達の前に現れた!」
「四年前……? 君達にあったのは偶然だよ? まあ、その時、君が眠りし望叶剣伝説の幕を開く人物だってのは、解ったけどね」
「望叶剣伝説の幕を開く?」
「君の魔力特性は異常だったからね。すぐに解ったよ。僕が探していた鍵は君だって」
カイルには、ブレイブが何を言っているかが解らない。
それを問いただそうとすると……ブレイブも首を傾げてしまう。
「あれ? 君は、ミリス聖教を打ち倒し、聖女を抱き込んだから、聖杯の記憶を知っているんじゃないのかい?」
「聖女……シルフィアの事か?」
むしろ、聖女と言われたらシルフィア以外ないのだが……
「……意図的に隠したのかな? それとも君、聖女に望叶剣使いって伝えてないのかい?」
「っ!」
「ハハ……っ。やっぱりか……。聞いてるよ? 結婚するんでしょ? 隠し事はない方が良いと僕は思うよ?」
「うるせーよ!! 余計なお世話だッ!」
望叶剣伝説が大好きなシルフィアに、望叶剣の事は伝えていない。
鉄刀丸も、炎龍丸も、シルフィアは命を吸う魔剣と認識しているだけ。
神話の望叶剣があるとカイルが言わなければ、シルフィアだってカイルが望叶剣を持っていると思う訳がなかった。
もし、望叶剣の実在と、カイルの所持を知っていれば、ある事実に気付く仕組みになって居るのだが……
今は、シルフィアも首を傾げしかない状況。
「まあ、多少、《運命》が逸れるのは何時もの事かな? その話は、君達でしておいてよ。
今の僕の目的は、次の段階だからね。君、一周遅れてるよ?」
「……よくわからないけど、馬鹿にしてるよな! おいッ!!」
カイルがどんな事に巻き込まれて居るのかという、謎を解くピースは揃って居るのに、上手くハメられてないカイルを失笑するブレイブ。
そんな態度が、益々気に食わない。
……だが、シルフィアと情報共有すれば良いだけなら、ブレイブから聞く必要もない。
と、言うより、ブレイブとあんまり話したく無いだけだったりする。
それなら、
「じゃあ、四年前の話は良いよ。今、現在の目的は? 何故、こんなふざけた大会に、勇者が出場するんだ!」
「おっ! やっと、追いついたね。まぁ、今回も教える気は無いけどね? 君が知る必要があると思ったら教えてあげるよ」
イラッ!
むかつく!
むかつく!
超むかつく!
しかし、こんな奴を相手にしている余裕はない!
ブレイブが、何の目的を持っているかはカイルには解らないし関係ない。
今のカイルの目的はただ一つ、ユウナとの決着。
それだけ……
「なら、そこを退けよ。ブレイブ。お前の事は嫌いだけど……恩人でもあるから、お前の邪魔はしないよ。俺には、俺の目的があるんだよ」
一発……恨みを載せた蹴りを掠らせて、満足して居るカイルと、ブレイブがこれ以上戦う理由はない。
ブレイブの目的が優勝でも、アンジェリーナを説得して、譲る位ならしても良い。
それくらいの用意がカイルにはあった。
……が。
「あ、言い忘れてたけど。僕の目的には、カイル君との戦闘は避けられないんだ」
「はぁ?」
「まあ、頑張って、僕を倒してみなよ?」
「ッ!」
ゾクリ……
おちゃらけた言葉とは裏腹に、ブレイブの《剣気》と《魔力》が増大する。
その量は、カイルが知っている何よりも、多く、濃かった。
あの、風竜神よりも……濃い殺気がカイルの身体を絡みとる。
「くっ……」
「そうそう、君のやる気が出るように、これは伝えておくよ? 僕が優勝すれば、願うのはただ一つ。アンジェリーナ姫が造った四大都市連合軍の廃止だよ」
「……っ!」
「そう、つまり、君達を、魔大陸へは行かせない! ……そういうことだね?」
ドンッ!
震える脚に拳をたたき付け、恐怖を振り払う。
確かに、カイルのやる気は入った。
ユウナとの決着も大事だが、魔大陸進攻はミリナの命を救う最後の希望。
それを、消すと言われれば勇者ブレイブは、カイルにとって打ち倒すべき敵となる。
再び、瞬動脚を使い接近と同時に剣を打ち込む。
今度は、連続で……!
しかし、ブレイブは欠伸をしながら片手間に、カイル根心の連激を捌く。
しかも……
「何も僕だって意地悪で言っている訳じゃ、ないんだよ? アンジェリーナ姫とカイル君……そして、ミリナリア姫の馴れ初めは聞いているからね」
ペラペラと口を開く開く……
「あ、なんで知ってるかは聞かないでよ? この四年、カイル君の動きは常に観ていたからね」
「っ! いい加減に! 黙れよォオオオオオオオ!!」
ブレイブの、あまりの余裕の態度にカイルの怒りが爆発する。
スキル、怒髪天を持っているユウナではないので、それでカイルの力が上がりはしないが……
《炎の上級精霊よ・鉄の上級精霊よ・集まり・合わさり・混ざり合え!!》
短気なカイルに、奥の手を使わせるには十分だった。
瞬動脚で距離をとり、持っている最後の、《魔道神のおしっこ》……《魔道神の聖水》を、放り投げて、拳をたたき付ける。
《破壊と滅亡の星を持って・有象無象を殲滅し給え!! メガ・ボルカニック・メタル・メテオ》
それは、冗談抜きで、カイル最強の魔法。
それを、全力で放った。
超巨大な鉄炎の星が、高速でブレイブに飛来した。
ドガァアアアアアアアアアン!!
爆死確定。
あんなもの、生身で受ければ死ぬに決まっている。
しかし、ブレイブが死んだ所で、カイルの心は痛むどころか晴れやかになる。
でも……
「意外と……良い魔法だね。これは魔大陸でも使い物になるかもよ?」
爆炎が晴れたとき出て来たブレイブは無傷だった……
直撃して……無傷という、現実はカイルのメンタルを深く削ったが……
カイルはまだ、切り札を準備していた。
そして、その準備が今、整った。
……一方。
カイルと真逆の位置でスタートしていたユウナが、どす黒いオーラを身体に纏い、狂気を瞳に宿しながら、カイルの気配を掴み爆走していた。
……っ!
そこで、ユウナが何かを感じ取り、脚を止める。
そして、岩山の影となっている場所を鋭く凝視した。
「……そのまま、出て来ないなら見逃して上げるわよ?」
「……」
カイルを殺したい。
ただ、殺したい。
他の事は何でもいい……
今ただ、自らの手で……カイルを殺したい。
だから、今のユウナにとって、隠れているだけなら枝葉末節。
つまり、ユウナは……出てくるなと警告していた。
なぜなら……そこに隠れている人物とはできる限り戦いたくは無かったから……
しかし……ユウナの警告を無視し、岩山の影から水色の髪の少女、マリンが姿を現した。
「……ふふっ。最後の警告よ? 死にたくなければ、今すぐ消えなさい」
「すみません。今のユウナさんを……カイルさんの元に、行かせるわけにはいきませんっ!」
「そう……」
一瞬……ユウナの瞳に哀愁が浮かぶ。
が、瞬き一つで再びどす黒く戻る。
「なら、死になさい!」
居合い抜き、抜刀術……《真絶・闇風》
闇の力に呑まれたユウナが振るう剣技には、破壊の闇風が付与される。
超高速の闇風を纏った《真絶》が全ての防御をすり抜けて、マリンの身体を斬り裂いた。
「グッ!」
身体を縦に両断されたマリンが倒れる様を、冷たく見下ろしながら……ユウナは一言つぶやいた。
「私の前に……立つ奴は……全てぶった斬るわ。例えそれが、過去の友だとしてもね。……私は全て捨てたのよ」
「……それはっ! そんなに簡単に捨てて良い物じゃありませんよぉっ!」
「っ!」
確かに……斬り殺した筈のマリンの声にユウナが目を大きく開く。
「あんたっ!? なんでっ……!?」
「ユウナさんとぉ! カイルさんはぁ! 私の憧れなんですぅ! 殺しあって良い訳がないんですっ!」
マリンは、友情の望叶剣……水龍丸を握っていた。
……水の属性を操る水龍丸には、十本の望叶剣の中で、唯一、癒しの力が宿っている。
水龍丸を握ったマリンは、その力で即死の重傷すらも瞬時に癒してしまう。
「そんな悲しいことっ! 必ず私がっ! 阻止して見せますっ! 《水球縛》」
「くっ! 《断絶》」
マリンは望叶剣が命を吸うと聞いたとき恐かった……
もう二度と使うことはないかもしれないと思った。
でも、ボロボロのカイルが、辛そうにユウナとの決闘を語った時……恐怖が全て吹き飛び、いつの間にか望叶剣を手にしていた。
……何時か、カイルが言っていた。
『怖いのは大切な人が居なくなること』
その意味が、模倣の言葉ではなく、真に解ったのだった。
だから、マリンは、もう怖がらない。
例え、望叶剣が与える勇気がなかったとしても。
マリンの拘束魔剣技を、ユウナが斬り裂くが……攻めあぐねてしまう。
「っ!」
「ユウナさんが、カイルさんに嫉妬する気持ちは分かります。だからって! カイルさんを裏切り者扱いするのは違うと思いますっ!」
「うるさいのよ! 《空絶》!! あんたにっ! 私のナニが解るって! 言うのよ!!」
ユウナの苦し紛れで放った残激を、マリンが水龍丸で簡単に弾いてしまう。
いくら、望叶剣の力でも、ユウナが本気なら簡単には弾けなかった。
しかし、ユウナは今、揺れていた。
なぜなら、マリンの姿が……言葉が……ユウナの大好きで、大嫌いな、男に被るから。
「私に解ることは、ただ一つです。ユウナさんが、何かを変えたいのなら! 先ず、ユウナさんが変わるべきだって事ですよっ!」
「っ!」
その言葉は……ユウナの心をギザギザに斬り裂いた。
だが、
「ふふふっ。フハハハハハっ! ふふふふふふふっ! コロス!」
それは、カイルの言葉ではなく、レンジの言葉。
今のユウナが、唯一縋っている、レンジの模倣は、許せない。
揺れていたユウナの心が、逆に……理性を全て吹き飛ばし、怒りの底に堕ちてしまう。
「ワタシノ……カゾクヲ……オトコヲ……バカニシタ……罪! 死ンデ償ェェェェェーッ!」
片や神級の領域に脚を踏み入れる少女。
片や神級の領域の魔剣に撰ばれた少女。
二人の少女が、己の信念を掛けて本気でぶつかり合う。
……一方。
ジーニアスもまた、ミリナを襲撃し、カイルの剣を強奪した魔剣使いの男と相対していた。
「やぁ、昨晩ぶりかな? その剣を返して貰いに来たよ?」
「ん? なんや、兄ちゃん。昨日せっかく見逃してやったのに、わざわざ死に来たんかい?」
既にジーニアスは、幾つもの魔法を詠唱し、待機させてある。
起動の一言で百の魔法が、魔剣使いを襲う。
その中にはもちろん、ジーニアスの虎の子もストックしてある。
この時点でジーニアスに敗北はない。
しかも、二丁の魔銃を構え、強化魔法で最大まで身体能力をあげている。
更に、昨日見せていない奥の手まで用意している。
……それでも何故か、魔剣使いの男に勝てるイメージが湧いてこなかった。
「二つ、最初に聞いておくよ? 魔剣は、契約者以外には使えない。返してくれないかな?」
「使えない? 例えそうでも、ここまでの上物、使い方はいくらでもあるやろ?」
「そうだね。じゃあ、最後の質問だよ? ……死んでも後悔はないかな?」
ニヤリッ
魔剣使いの男が好戦的に笑い、立ち上がった瞬間。
ジーニアスは、用意していた全ての魔法を起動し、撃ち込んだ。
「……この無駄な戦いかた……カイルに似ちゃったかな?」
ジーニアスは、苦笑しながら、魔法の硝煙の中から無傷で現れるの魔剣使いの男に、更なる魔法を撃ち込んでいった。
「いや~、もしかしたら僕、一番、闘っちゃいけない相手と戦ってるかもね」
魔闘大会決勝戦も、様々な場所で闘いの幕が上がり、激戦の様相を見せていた。
そんな、闘いを外から見守るシルフィアの隣に座っていた、ミリナが唇を撫でてから手を組んで瞳をつぶり……呟いた。
「……繋がりました。どうぞ、カイル様。存分にお使いください」
それと同時に、ブレイブと向き合っていたカイルも呟く。
「ああ、ミリナ……借りるよ。ありがとう」
ミリナとの魔力共有。
このためにミリナは、朝、カイルと隠遁に耽った。……他意はない。
そのおかげで、オーランの異空間に隔絶されていても、カイルはミリナの魔力を引き出せる。
「とは、言っても……対、ユウナ様に用意した切り札だったんだよね。それに……」
カイルは、《魔道神の聖水》がないと、上級以上の魔法は一度しか公使出来ない。
一度しか使えない切り札中の切り札。
それを、切る。
「《鉄の精霊よ・契約に従い……》」
自分の剣で、自分の腕を貫き、朱くドロドロの血を空中に晒す。
「《我が血を媒介に・い出て敵を殲滅し給え!!》来い! 精霊召喚!! 鉄竜王!!」
「っ!」
カイルの前の空間がメキリと開き、その中から……鉄竜王の太い身体が姿を見せる。
……が。
ブスリ……。
ブレイブが開いた空間に剣を突き立てて……
「流石に上位精霊は面倒臭いからね。出てくる前に片付けさせてもらったよ?」
「っ……!?」
既に崩壊していく空間から、鉄竜王が姿を見せる事は無い。
「召喚魔法の弱点は、召喚師……つまり君だけど。カイル君に限ってそれは弱点になり得ない。君は強いからね」
「……」
切り札が不発だった事に、流石のカイルも言葉を失うしかない。
大量の魔力を注ぎ込んで……希望をのせたのに……いとも簡単に崩れ去る。
「だから、もう一つの弱点。出現前の空間を斬らせて貰ったよ? 召喚魔法を使うなら、僕から離れて使うべきだったね」
「……っ」
「もう、良いのかい? だったら終わりにしようかな」
直後襲う、超絶速度のブレイブの剣激は剣で受けたのに関わらず、カイルの肩を砕き吹き飛ばし、岩山に激突する。
強い。強すぎる。
歴代勇者最強を自称することだけはある。
ブレイブの強さには、嘘がない。
ただ、強い。
だから強い。
そこに、カイル如き、まがい物が、突ける弱点などありはしない。
今までの敵とは、一線を越す強さ。
でも! だからって!
「負けられないんだ!」
崩れる瓦礫を吹き飛ばし、外れた肩を強引にはめる。
ブレイブの目的は解らない。
きっと、壮大なる使命の元にあるんだろうと、カイルは思う。
それこそ、世界を救う為……とか。
けれど、そんなこと、カイルには関係ない。
「世界なんて滅んでも良い。勇者なんて殺しても良い! 俺は、俺の大切な仲間が生きられる世界を守るんだ!」
ここでの敗北は、ミリナの命が尽きる事に同義。
荒ぶる剣気を練り纏い。
カイルも、小手先の技を捨てて、突撃する。
その様は、一本の槍激!
全身全霊……否!
全心全霊のカイルの突進を、ブレイブが剣すら使わず……指で挟んで受け止めた。
「っ!」
「何故、僕達、勇者が魔大陸の情報を聖杯まで使って隠しているか解るかい?」
バリンっ。
砕けるカイル剣から、カイルの首を鷲掴む。
「それは、双方に、人間の力が魔人達より圧倒的に劣っている事を露呈させないためなんだ」
「っ!」
「カイル君。君は強い。けれど、それはあくまでこの大陸ならだ。魔大陸の魔人なら……子供でも君より強いからね」
「……」
「この大陸の常識は、向こうでは通じない。
今の君が……いや、君達がいけば、確実に全滅するだろうね。
最悪なのは、それで人間が弱いと魔人達が気付くこと。
そうなったら最後、魔人達は、目の色を変えてこの大陸に攻めて来るだろう」
「……」
「だからね。カイル君。弱い君達に、魔界に行かれるのは困るんだ。ミリナリア姫の事は僕がなんとかしてあげよう。今はまだ、君はこの大陸で、力をしっかりつけるんだ」
バギリッ!
勇者の言葉に奥歯をかみ砕き。
ブレイブの腕を掴み返す。
「ふざけんなッ! ふざけんなッ!」
「おっ?」
その力は万力でブレイブの腕力を上回る。
「ミリナを救うのはこの俺だ! その役目を! 誰にも譲りはしねぇーよ!」
「……」
「俺の女は! 俺が守る!!」
ぱちんとブレイブの腕を弾いて抜け出たカイルが、半分の刀芯になっている剣を横凪に振るう。
ガンッ!
しかし、ブレイブが剣で受け止めると……山の如く重い。
「傲慢だね。けど、結局、君の力じゃ、足りないんだよ」
「っ!」
ブレイブは言葉だけでは無い。
実力があるからこそ、カイルの覚悟の根底を砕く。
何時もそう……四年前から何一つ、変わっていない。
カイルは何一つ成長なんてしていなかった……
そのことに気付いてしまった時、視界が激しく揺れて、剣を握る力すら抜け、落としてしまう。
「諦めるな! カイル! お前は強い!」
「レンジっ! なんでっ?」
「フっ。今は良いだろう。先ずは目の前の敵に集中しろ」
そこに突如、駆けつけたレンジが、カイルの剣を拾って再び、カイルに手渡した。
途切れかけていたカイルの心がぎりぎり……繋がった。
「さあ、カイル。立つんだ。ここからが第二ラウンドの始まりだろ? 俺とお前の二人でこの化け物を打ち倒そう」
「ああ……ああ!」
カイルとレンジの共同戦線が今、相成った。