五話 『黄金の加護』
――三日目。
双子の愛らしい抱擁で目を覚ましたカイルが、朝の支度を終えると、そのまま、村の防壁へ向かった。
連日のお叱りを受け、真面目に仕事をしろとの厳命が下ったのだ。
……まぁ、そこは、仕事なのだから仕様がない。
――問題は。
「ふっはっはっはっはっ! 待ちわびたぞ! 我が愛人。焦らすテクニックは中々だな!」
「ねぇ。愛人はやめてくれない?」
この下品な金髪少女、アンナと一緒に仕事をしなければいけないことであった。
……憂鬱だ。
「まぁ……唯一の癒やしは、あの金髪か」
村の西側に配属されたカイルは、防壁の上から膨らみのない胸を張って高笑いしているアンナの髪だけを見つめていた。
「はぁ~~っ」
三十分ほど時が経ち、何も起こらない状況に、思わずカイルがため息を漏らす。
……魔物は、現れない方が良いのだが、ずっと、現れない魔物を警戒しているのは、退屈だ。
「どうしたのだ、カイルよ。清純そうな乙女と初めてまぐあおうとした時、実は、処女じゃなかったことに気付いたような、哀愁漂う声を出して」
「お前の例え、もう少し、なんとかなんねぇの?」
呆れて、更に深くため息をつく……と。
カンカンカンカンッ!
魔物襲来を知らせる鐘が鳴り響いた。
すぐに視線を上げ、魔物の出現場所を確認する。
「おっと。当たりだ」
「一発的中とは、貴様の種は活きがよいの」
すると、魔物は、カイル達が担当する防壁近くの森林から現れた。
数は二体。
二体とも、狼の様な体格で、血の様な色の毛並みと、鋭い牙や爪を持つ。
「フム。《レッド・ウルフ》か。Dランクの魔物だな」
「低ランクだからって、油断するなよ。ウルフ系の魔物は、総じて素早いのが特徴だ。ここは、炎属性のレッド系魔物の弱点、水属性の魔法で――」
「――よし。私がヤろう」
躊躇なく……
カイルの忠告や作戦を無視して、アンナが、防壁から飛び降りた。
「はい?」
高さ五メトルの防壁からドンッと、着地して、威風堂々と、迫り来る《レッド・ウルフ》に立ち向かう。
……意外と様になっている。
――ぴたっ。
アンナから放たれている強者の風格に、《レッド・ウルフ》二体が同時に動きを止めた。
……野生の本能が、アンナ一人を『危険』だと、判断したのだ。
「ぐるるる……」
「ぐる」
何かを話すように、《レッド・ウルフ》達はささやき、二体ずつ、二手に分かれた。
警戒を強くしながら、ジリジリ、アンナとの距離を詰めていく。
「へぇ。《レッド・ウルフ》を至近距離にして、おくびも怯えを見せないか……」
初めて見るアンナの戦闘に、カイルの心が沸き立った。
未だに、実力は未知だが、《詠唱破棄》を駆使する魔導師が弱い訳がない。
……一体、どんな戦闘を見せてくれるのか?
「グルルルルルルッ!!」
先に仕掛けたのは《レッド・ウルフ》達。
アンナの後ろに回り込むレッド・ウルフA。
アンナの正面に回り込むレッド・ウルフB。
二体が同時にアンナに飛びかかる。
野生の狼、特有の群体式戦闘戦術。
どちらかが犠牲になろうと、どちらかの攻撃は通そうという攻撃だ。
……あれは、厄介!
対して、アンナは、無挙動で、腕を組んだまま……
……がぶり。
普通に、噛みつかれた。
二体とも。
「「ぐるるる!?」」
これには、狼さんも、びっくりである。
しかも、一瞬たりとも、避けようとしなかった。
その様は正に……
――威風堂々!!
そして、ぱたり……と、アンナが転倒した。
(は? ただ、普通に負けたのか?)
「――って!」
……アンナが死ぬ!
そんな未来の光景が、脳内で再生され、カイルは反射的に、防壁から飛び降りた。
膝と手を使って衝撃を殺し着地。
と、同時に、愛剣を抜刀し、アンナの救出を図る。
しかし、レッド・ウルフAが、その妨害に入った。
「グルルルルルルッ」
「うっせぇな」
俊敏な動きで、カイルを凌駕し、鋭い牙で襲い掛かった。
……避けられない。
――なら、
「そんなに喰いたいならッ! 喰わせてやるよッ!!」
カイルは、回避の選択を頭から、削除。
迷わず《レッド・ウルフ》の口に、右腕を突っ込んだ。
ザクリッ。
腕の肉が、鋭く熱い牙に焼れ、裂かれる。
「く~~ッ」
尋常じゃない痛みだが、歯を食いしばって気合いだけで我慢し、
「――だが、変わりにッ! 死んどけッ」
腕に噛み付いている無防備な横腹に、愛剣を突き立てた。
肉を切らせて骨を断つ。
少々荒っぽいが、急いでいるときには、理にかなった戦法だ。
「ぐるッッ……ッ……」
ソレが致命傷となり、レッド・ウルフAが絶命する。
「アンナッッ!」
カイルは、そのまま、アンナの頭に食らいつくレッド・ウルフBの胴体を、一刀両断。
「おい。アンナっ! 大丈夫か!?」
アンナの身体を起こし、声を掛ける。
しかし、アンナは意識を失っているようで、瞳を開かない。
……アンナが、死んだ?
レンジが《魔人》に殺されかけた光景が頭に過ぎる。
「ふっざけんなッ!」
一瞬、頭に浮かんだ言葉と光景を、打ち消すように、カイルは叫び、魔法を詠唱した。
「起きろ! 死ぬな! 《癒やしの精霊よ・聖なる光を持って・彼の者を癒やし給え》!!」
唱えた魔法は、初級回復魔法、《ヒール》。
しかしカイルは、回復系統の精霊適正値が異常に低かった。
――《魔力暴発》だ。
「ぐふっ」
初級魔法だったため、症状は小さいが、カイルの口から、どぼりと血の塊が零れる。
……それでも、
「《癒やしの精霊よ》……ぐふっ! 《癒やしの精霊よ》! ごぼッ! 《癒やしの――」
カイルは、血をぬぐい、詠唱を続けた。
何度失敗しても、どれだけ血を吐こうとも……カイルは、成功するまで《詠唱》をやめるつもりはなかった。
「《癒やしの精霊よ・聖なる光となって・彼の者を癒やし給え》」
そして、十五回目の詠唱で、ようやく、回復魔法が起動した。
白い光が、アンナの身体を包み込む。
そして、
「ん……っ。んん……? 精霊が。とてつもなく嫌そうだな魔法だな……。って! カイル!? どうしたのだ!? 身体中から、血が――」
アンナが瞳を開けた。
……良かった。と、心の底から安堵する。
ただ、ただ、熱い気持ちが溢れてきて、カイルは、驚くアンナを抱きしめていた。
ぎゅぅっ。
「にゃっ! にゃにゅお――」
「――お前な! いい加減にしろよ! むしゃくしゃむしゃく喰われて……死にかけてたんだからな! 今の今まで気絶してたんだぞ! もっと考えて行動しろよ!」
「……」
ぎゅぅっ。ぎゅぅっ。
カイルという少年は、別に英雄ではない。
全ての人間を助けたいなんて、大それた考えは持っていない。
目の前で、知らない人間が命を落とそうと、気にもしない。
……にも関わらず。
アンナの為に、自分がボロボロになってまで助けている……それが、どういうことか。
「な、何を言っている? 落ち着け。そして、力を抜け。肩が痛い。私は怪我などしておらんぞ?」
「はぁ? だから、お前、倒れていたんだぞ?」
あまりにも必死で心配するカイルを見て、アンナも珍しく真面目な声で対応した。
……しかし、何を言っているのか?
二人の会話が噛み合わない。
「フム……。あいつらの牙に睡眠効果があってな。少し眠っていただけだ。よく見ろ。私の身体に、血の跡が一滴でもあるか?」
「あるだろう!」
即答し、カイルは視線をアンナの身体に動かした。
黄金の金髪から、整った顔、細い首、薄い胸、引き締まったお腹、眺めの手足、そして最後に無乳。
全身、血まみれである。
「どうした? もしかして、頭をやられたか? ……いや、元々か」
「良く見ろと言っている。全てカイルの血ではないか? それと、何故、胸だけ二度見したのだ! 意外とスケベよな。カイルはおっぱいフェチか?」
「俺は金髪一筋だ! って、あれ? この血……」
だが、確かによく見れば、アンナの身体につく血痕は、全てカイルが吐血したものであった。
戦闘で右腕を負傷し、魔力暴発で何度も吐血した血液が、全てアンナに付着していただけである。
……じゃあ、アンナは無事?
くらぁぁ~~。
「……なんか急に、クラクラしてきたかも」
安心したところで、カイルの意識が遠くなっていく。
出血多量……血を流し過ぎたのだ。
すとんっ。
平衡感覚が保てず、前向きに倒れると、アンナに優しく受け止められる。
膨らみはないが、女性特有の柔らかい身体だ。
……心身の底から安らぐような気持ち。
「全く……カイルの負傷は何時も自滅だな?」
「……アンナ」
「だが、こんなになる程、心配してくれた事には礼を言おう。カイルに抱きしめられて、子宮がキュンキュンしてしまったぞ?」
「……離れろ」
「特別サービスだ。私の治療を二度も受けられた者など、一人しか、おらぬのだぞ? 超級回復魔法」
当然のように、《詠唱破棄》で魔法を成功させる。
カイルの身体が、光に包まれ、瞬く間に傷が治っていく。
……本当に、回復魔法の実力だけは、超級を越えている。
――だが。
「ねぇ。アンナ。もしかして、本当に、寝てただけなの?」
「ウム」
「……」
傷が治った事で、カイルの思考も落ち着き、興奮していた気持ちが、すぅーーっと冷めていく。
そこで、一つの疑問が生れた。
何故、アンナは《レッド・ウルフ》の攻撃を受けて、無傷であったのか?
なんとなく、カイルがソレを詰問すれば、アンナはニヤリと笑って無い胸を張る。
「かかっ。何を隠そう私は、常に魔法的加護を纏っている。《レッド・ウルフ》程度の攻撃などで傷一、つきはしない!」
「……魔法的加護、ね」
アンナの回答に、カイルはさもどうでもよさそうな体を装って、アンナの身体をもう一度、確認する。
金髪の先端から、足のつま先まで。
……本当に擦り傷一つない。
アンナの身体を守る加護とやらは、相当な結界のようだ。
――で、あるならば。
「なぁ? アンナ」
「なんだ? カイル」
「さっき、解ったんだけど。俺、アンナのこと、好きだ」
「ふにゃぁっ!」
半分本気で、半分冗談の告白。
アンナが死ぬと思ったとき、カイルは自分の身が砕けても構わないと思って、助けようとした。
それは、アンナという人間を好きになっているからに他ならない。
……だが、
それが、男女の密愛関係に繋がるか? と聞かれれば、カイルは迷うことなく首を横にふるだろう。
しかし、いきなり告白されたアンナは、カイルの告白を、まさに愛の告白と勘違いした。
いつも、堂々と自画自賛するアンナだが、実は、本気で誰かに告白される経験は初めて。
言葉の感触だけで、みるみるうちにアンナは顔を紅く沸騰させ、盛大に気を揺らした。
「だから、アンナ……一つだけ、お願いがあるんだ」
「ま……まつにょだ……そ、そういうのは……もっと、お互いに深く――」
気恥ずかしさで、理性を飛ばすアンナに、カイルがゆっくりと近づき……ぎゅっと、強めに抱擁した。
(まて。まてまてまて。よいのか? わたし? こんな……こんな……だが、だが、だが!カイルなら……いいかも!)
アンナはもう、何が何だか解らず目を回す。
そんなアンナを、カイルは抱き上げて、そっと耳元で、
「――魔法的加護っ! あるんなら、最初から言っとけっ。この阿婆擦れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇっぇぇ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
今までのたまり溜まっていた鬱憤を爆発させた。
そのまま、《レッド・ウルフ》が現われた森林の中に、アンナの身体を円盤投げの要領で全力投擲。
上級剣士の筋力は、女の子一人の身体を、森の奥深くまで、飛ばすのに十分であった。
動転に次ぐ動転の声を出す、アンナが、キラリと光って遠くへ消えていく。
……アレだけ強力な加護があれば、不時着しようと、魔法に襲われようと死にはしないだろう。
「なぁぁぁにぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――ッッ!?」
「ふぅ……この世のゴミを一つ片づけた。良い仕事したな、俺」
――約二十分後。
のそりのそりと、重い足取りでアンナが帰還した。
「か、カイル……っ。流石に数が多い。何とかしてくれ!」
……数十体にも及ぶ、夥しい、多種多様な《ウルフ》に、全身を噛みつかれながら。
「なんとか……ね」
カイルは魔物ホイホイになっているアンナの姿を見て思った。
……アイツ、何やっても、大丈夫なんじゃね?
そんな考えのもと、カイルは体内の魔力を制御する。
「……アンナ。死ぬなよ?」
「待てっ! 何をするつもりなのだ! 魔力の練り方が尋常ではないぞ! そこまでの魔力はいらんだろう」
その魔力の動きに、魔法に精通しているアンナは、気づき、嫌な予感を覚えた。
……だって、それは、おととい見た事がある魔力の動きだったからだ。
「《風の精霊よ・炎の精霊よ・集まり・合わさり・混ざり合え》!!」
「それはっ! 合成詠唱ではないか! やめいっ! 殺す気かっっ!」
「俺……高威力攻撃魔法、これしか使えないし」
「ならば。ほら、私がこうして、押さえている! カイルは首を切り落とすだけでよい! ちょきちょきとな?」
「……めんどい」
……きっと、死なない。
そんな気がした。
「――《焚けき豪炎と・烈しい爆風よ・爆炎となって・彼の者らを・焼き飛ばし給え》!! これでふっとべぇぇぇッ!! 《エクスプロージョン》ッッ!!」
「やめんかぁぁぁぁぁぁっぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッ!!」
どかぁぁぁぁっぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんっっ!!
アンナもろとも、《ウルフ》が爆葬された。
一度は、身を犠牲にしてでも、アンナを助けようとしたカイルはいま、
「ふぅ……さいっこうの仕事をした♪」
すっきりと気が晴れ、ご満悦の表情を浮かべていた。
ここでようやくカイルは悟る。
アンナという少女は、こういう風に扱う存在なのであると。
――帰り道。
カイルは、予想通り、《爆炎魔法》を受けても元気であった、アンナに疑問をぶつけた。
「それにしても、アンナ。なんで、自分で、《レッド・ウルフ》を倒さなかったんだ?」
もし、カイルがアンナと同じだけの加護を持っていたら、取る戦法は一つ。
無敵に思える防御力で、攻撃を受けている間に、一体、一体、確実に、魔物の命を刈り取っていくことであろう。
……それくらい、アンナにも思いつきそうなことだが。
「乙女の秘密を強引に解き明かそうとするなど……カイルはむっつりすけべぇな奴だな」
「……むっつりはお前だ。どうしても、下ネタに持って行かないと気が済まないのかよ」
カイルの問いに、ニヤニヤとアンナは笑って、からかうが……
……確かに、この問いは、アンナの秘密を探るモノであった。
「まぁ……言いたくないなら、言わないで良いんだけどさ」
今現在、アンナについて、カイルが知っていることは二つ。
一つ、全ての魔法を《無詠唱》で発動できる。
二つ、上級攻撃魔法を防ぐ、超強力な加護を持っている。
「なんとなく……訳ありって事だけは解るから」
「ほーう」
普通に……否。
特別に、考えても、アンナの『特殊体質』は異常である。
魔法界の頂点に立つ、《魔導神》でも、剣士の頂点に立つ、《剣神》でも、アンナのようなことは出来ないだろう。
にも関わらず、それをしているということは、何か努力や技術とは別の《種と仕掛け》があるということだ。
当然、その《種と仕掛け》は、アンナにとって、虎の子であり、切り札であり、容易に人に明かせるようなモノではない。
そして、それが真っ当な《種と仕掛け》とも限らないのである。
「ふっ。そんな初恋の思い人に告白して、振られた時のような、うぶい顔はよせ。股のところがムレてしまうだろう」
「それじゃ、生々しくて、下ネタというより、グロネタだ」
「ふーむ。確かにな。失敬。変わりに生で失禁を見せてやろう」
「やめろっ!」
迷いなく、ワンピースのロングスカートに手を掛けようとするアンナをカイルは必死でとめる。
アンナが放尿している場面など……本気で見たくなかった。
……トラウマになる。
「寄りを戻すように、話を戻すが……私の『秘密』、私を『好き』と言った。カイルになら、教えてやってもよいぞ?」
「……いや、そのくだりは、冗談だよ? アンナを森にぶん投げる為だけについた」
「今更なんでもよい。――だが、私のハジメてを奪った自覚は、せよ?」
「え、お前、そんなに美人な金髪なのに、告白されたこともないの?」
「い、いきなり、美人とか、いうなっっ……むぅ? うん? 良く、吟味すれば、金髪をほめているのか?」
「ご明察」
「ぐぬぬぬっ」
ともかく、何を思ったのか、アンナは語り出す。
……しかし、アンナの語ろうと思った理由が、本心だとは思えなかった。
むしろ、これを語る事によって、カイルの事を試しているような瞳であった。
「カイルは私が以前、《精霊に寵愛されている》と、言ったことを覚えているか?」
「……それが?」
「結論から、言えば。《愛が重い》と、いうことだ」
「……」
しら~~っと、カイルの瞳が冷たくなっていく。
……また、下ネタか、と。
「想像してみよ。もし、カイルの好いたおなごが、別の男と床を同じにしていたら……イヤだろう?」
「変な想像をさせんじゃねぇ~~よ」
――だが。
ただ、下ネタに走るだけが、アンナの持ち芸ではない。
下ネタを取り入れつつ、大事な本題を混ぜる。
それが、アンナの会話術。
「私に加護を与える《癒やしの精霊》は、私が《攻撃手段》に不倫しようとすると、それを防止するのだ。全力でな?」
「大事なことが頭に入ってこないから、下ネタは一回やめてくれない?」
「わかりやすく例えるとして。カイルの前で、好いたおなごが、他の男にイれ……」
「だから、ソレをやめろっていってるんだ!!」
「うむむむ……私のアイデンティティを否定するとはなにごとだ」
「捨てちまえ、そんなゴミみたいなモノ」
そんな会話術を否定されたアンナは、頭を抱えて悩んだ後。
カイルが腰に差している剣を指さした。
……学園都市に出発する前、ユウナと二人で買った(奢らされた)愛剣だ。
「ふむ。ならば、見せた方が早いな。カイル。その剣を貸してみるのだ」
「……え? なんかするなら、こっちにして」
カイルは、アンナが指を差した剣ではなく、予備の剣を鞘ごと手渡す……
「どっちでもよい……結果は同じだからな」
……しかし。
その剣は、アンナの指先に触れた瞬間。
ばちんっ!!
烈しい静電気が起こったかのように、弾き飛ばされた。
「コレって……そういうこと?」
「これだけでは、理解に足りんであろう? ならば、もう一つ、検証をみせよう」
「いや、もう解ったから――」
カイルの脳は、既にアンナが言いたい事を殆ど察していたが……
アンナは、拳を硬く握って、カイルに向けた。
「フッ。痛くはせん。逃げてはならんぞ?」
「おい、止めろ、何する気だ」
ぼすっ。
アンナの拳が、カイルの股間に放たれた……。
しかし、急所への攻撃は、直前で透明な壁に阻まれていた。
……防御結界だ。
「……」
当然。アンナが意図的して、張った結界ではない。
「カイル。私はな。《精霊の寵愛》を受けて生まれたが故に、『ありとあらゆる《攻撃手段》が封印された』、世界で一番、無力な女の子なのだ……美少女であろう?」
「……」
「私が《超級魔導師》止まりなのも、攻撃属性である《七大属性》の《属性魔法》に《適正》がないため。全ての魔法を無詠唱で発動できるといっても純粋な《補助・回復魔法》限定なのだ」
「……」
アンナは努めて明るく語る。
……だが。
カイルは、アンナの明るさが……悲しみの上に築かれているものであると……解ってしまった。
経緯は違う……だが、一緒なのだ。《黒龍》によって、全てを奪われたカイル達と、同じ瞳を、アンナはしている。
すぅぅぅっと、カイルは、胸に大きく穴が空いたような、侘しさを感じた。
「……」
「よせっ! 私は、同情されるような境遇ではない!!」
カイルの瞳から、心を読んだアンナが腕を振り払って、蒼い瞳を見開いた。
「私は私の境遇を、そこまで悲観していないのだからな」
「……」
「もし加護の能力が、《あらゆる攻撃が許される代わりに攻撃以外の全てを封殺される》……と、逆であったら、どうなると思う?」
「……《あらゆる存在を害する》存在になるのだ」
もっと最悪なケースだってあり得たのだ。
だから、自分は孤独ではない。最低ではない。
アンナはそう語る。
カイルが知っている中でもひと際、強い、精神力を持つ、女の子だ。
「人に触れ、癒しと加護を与えられる私は、つくづく恵まれているのだよ」
「……」
……その強さが、本当に、アンナの心を救っているのかは別として。
「フハハハハハっ。私は、世界一、美少女な、女であろう?」
「……」
……強がりだ。
と、カイルは思う。
アンナの境遇は、日常生活にも支障をきたすほどのもの。
「なんか、語ってくれたところ悪いけどさ。なんで俺の股間を狙ったのかが気になって、あんまり話が頭に入らなかった……」
「では、もう一度、最初から、話そうではないか! 無論、急所攻撃からな」
「よせっ」
おそらく、ナイフやフォークといった食器すらも弾かれるであろう。
それでも、自分は恵まれていると、そう言えるアンナのことを、カイルは心から、尊敬するのであった。
「って、それで、どうやって《聖剣》に選ばれたの?」
「むろん。ヌけなんだ。だから、私は《聖剣》に選ばれていない」
「……え? じゃあ、なんで、《勇者候補》なんてやってるの?」
「だから、私は《勇者候補》ではなく、《賢者候補》だ! 村長に挨拶をしたとき、言ったであろう」
「いや、全然、聞いてなかった」
「ムゥ……まあ、よいか。ならば――」
三年前、勇者ブレイブに直接、その才能を見出され、スカウトされたカイルは知る由もないが……
そもそも、《勇者学校》は、《聖剣》に選ばれた《勇者候補生》だけが、通う学校ではない。
人類の悲願たる《魔王》を討伐するための《戦士育成機関》である。
むしろ、純粋な《勇者候補》として入学する人間の方が少ない。
だからこそ、《勇者学校》は、《勇者候補》以外の才能ある《候補生》を集っている。
一つ、剣の才能を持つ《剣聖候補》。
一つ、魔法の才能を持つ《賢者候補》。
一つ、格闘の才能を持つ《拳聖候補》。
一つ、貴族が所属する《指令候補》。
大きく分けるとこの四つ。
……と、アンナが説明してくれた。
「そのくくりだったら、アンナは《賢者候補》よりも、《指令候補》の方があってるんじゃないか?」
「ふんっ。私が高貴な空気を纏っているのは仕方のないことだが、その辺の下賤な貴族と同列に見るな。穢らわしいわ!」
「その言葉。その辺の貴族も、お前にだけは言われたくねぇぇだろうな」
「フム? 阿奴らは、特権階級で民を見下し、兵や領民から巻き上げた血税で、毎日遊女と戯れる。あわよくば、王族の美姫とまぐわり、劣等遺伝子を残そうとしている害悪どもだぞ?」
「……」
やけに実感のこもった例え話に、カイルは言葉を挟めなかった。
下ネタに走り勝ちなアンナだが、今の言葉には、下ネタ以上の何かがあった。
……そんな気がした。
「もし、私が美姫だとして。奴らと交わるぐらいなら! 迷わず、カイルとまぐわうだろうな! よし、こよい、まぐあおうか!」
「おい! 気持ち悪いこというんじゃねぇぇぇっ!」
……否。
やはり、アンナの下ネタは健在であった。
呼吸でもするかのように飛び火する。
「(にやにや) 気持ち悪くはないであろう? 私ほどの美少女とまぐわれるのだぞ? ほれ! おのが欲望に忠実になれっ。ほれほれっ」
アンナが、胸を手繰り寄せて、カイルの頬に密着した。
それでも、ふくらみは感じない。
もたつかない、爽やかで甘い香りだけが増していた。
「お前さ。卑猥が好きなのか、嫌いなのか、どっちなんだ? 俺はもう、お前にどう対応すればいいか、わからないよ」
「ふん。知れたこと。《嫌いな奴とは卑猥な話は大嫌いだが、好きな奴とは卑猥な話に自然となる》のだ」
「うぜぇ……めんどくせぇ。というか、それ、俺に告白しているの?」
「ハッ。まさか? なぜ、私が、カイルに告白せねばならんのだ。少し優しくされたからって、コロッと落ちるチョロインだと思うなよ?」
「うぜぇぇ……。じゃあ、嫌いなの? 嫌いなら、離れてくれないかな?」
「まっこと浅い奴だな。男女の関係に、肉欲しかないとでも思うのか?」
「うぜえぇぇぇ……」
「私はな! カイルと話すことが好きなのだ! 大好きなのだ! いままで、私とここまで対等に話し、そして、話を合わせられる者はいなかった! こんな面白い玩具をみすみす、見逃す愚かはない!!」
「うぜええええっ!」
「――故に! カイルがそこまで肉欲を私に求めるなら、対価として、その劣欲、満たしてやってもよいぞ? 初物だが……私はどうせ、好きな殿御と結ばれんからな。この私に楽しい刻を与えてくれるカイルなら――」
「うぜぇぇぇぇてっ!! 言ってんだろうがぁぁぁぁあぁああああああああああああああ――っっ!!」
今日、一番の大声を上げ、カイルはアンナの抱擁を振り払う。
……我慢の限界であった。
そんな行動が、信じられないというばかりに、アンナが瞳を丸くする。
「なんだ? つまらん奴だな? 殿御に生まれたと言うのにおなごの誘いを蹴るか……。カイルについている獣は子ウサギか?」
「ほら……帰れよ。もう着いたから、ね? 帰って! おねがい」
「はっ! それとも、その芋臭い双子の幼児が趣味なのか!? 私の方がよいだろうに……負けた気分で腹が立つ!」
「おい! ソプラのことかっ! 今っ、ソプラのことを言ったのか?」
自分を心から慕っている可愛い少女を例えに出され、さすがのカイルも口を出す。
「それともあれか! カイルは男が趣味か! そうか! そうか! 兄の方がタイプであったのだな!」
「……」
ぷつん。
カイルの頭の中で、何かが切れた。
きっと、理性をつなぐ、倫理の糸だろう。
「しかし、いくらカイルが男色変態野郎だとしても、男に負けるのは些か以上にムカつく。よし! 兄の方を私が野獣に変え! カイルから奪ってやろうっっ! ははははははっ!」
「……」
がさっ。
カイルが無言で、雑にアンナの背中を抱きしめる。
――そして。
「なぁ……アンナ」
「にゃーにゃー!! にゃっと! そにょにょきょにゅ! にゃにゃにゅたのにゃ!」
どんな勘違いしているのか、焦りまくるアンナをしっかり固定して……
すぅぅぅ~~っ。
大きく息を吸い込み……
「かぁ! え! れぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ――ッッ!!」
……全力で叫んだ。
ついでにバッグドロップ。
キーンっっ!!
「……っっ!!」
耳元で叫ばれたアンナが目を白黒させる。
最強の《爆炎魔法》を防いで見せたアンナも、零距離からの鼓膜を揺らす大音量攻撃には対応できなかったのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ――っっ」←アンナ。
「ふん。愚かしい」
いくら最強の盾を持っていようと、種さえ解れば、それを貫く方法を見つけるのは簡単だ。
「ぐぉぉぉぉぉおおおおお! 耳がぁぁぁぁぁぁぁっ! 耳がぁぁぁぁぁぁっ!!」
こういうことがあるから、力の《秘密》は、他人に教えてはいけないのである。
「くっ! カイルっ! 貴様っ! やっていいことと! 悪いことの差ぐらいわからんのかっ!」
「仕事中、男を蠱惑するお前に言われたくない!」
――夜が恋しいなら、朝までそこで苦しんでいろ!
カイルはそう言って、民宿に戻り、しっかりと戸締りをして、温かいベッドで眠るのであった。
……が、翌日。
夜中に大声を出すなと、怒られることになる。
……ごめんなさい。