三十五 カイルの宝物
カイルが学院都市でシルフィアとハムハムしている頃......勇者学校の赤寮105号室では、
「ああ! カイルの匂い!! ふふっ......」
ユウナが一人、カイルのベッドの上で悶えていた......
「カイルがシラガと結婚するって言ったから、あの時は頭に来ちゃったけど......あそこまで怒ることは無かったわよね......今度謝らないといけないわ......うふふっ、カイル......カイルぅうう!! 早く帰ってきて......うふふ」
......カイルの枕に顔を埋め、ベッドを転げ回る。
カイルの残り香で、幸せになれたユウナは、カイルと仲直り出来た時に何をしようかと妄想し楽しくなって来る......
そこで、
カチャリ
薄い水色の少女マリンが帰宅。
「うわわわっ! ユウナさぁん!?」
すると、当然、ベッドで悶えるユウナの姿を帰宅一番に目撃してしまう......
ユウナの『不法侵入』に驚くマリンを一瞥することなく、うふふと気色悪く笑いながら、カイルの枕に顔を埋めたまま、ベッドを転がり回続けた。
「鍵をかけてたのに、どうやって入ったんですか~! ビックリするじゃ無いですかー!」
「うふふっうふふっうふふっふふん♪ ああっ、落ち着くわ、和むわ、癒されるわ♪ 鼻にツンと来るのよね......うふふ」
(私も、変な特殊性癖にも慣れてきていますね......この状況を見ても落ち着いている自分に、驚いてるです)
マリンは、好きな人のベッドで転げ回るというユウナの奇行は、カイルの金髪趣味に比べればぎりぎり、理解の域にあった。
だから、ユウナがどうやって鍵をかけた部屋に侵入したかを聞いてしまう......
なぜなら、マリンは最近ある悩み事があった。女の子として重大な悩みが、でもそれは、カイルには相談するにはちょっと恥ずかしいことで......だから、先ずはユウナに相談してみようとマリンは思った。
どんな悩みか? それは......
「......私、この部屋で何度も下着を盗まれてるんですよ.....」
そう、下着泥棒の話だった.....
非常にデリケートな話で、マリンは身震いをするような悍ましさも感じている。
下着泥棒が、下着を盗んでどうしているのかとかを考えたくも無かった......
「カイルさんが、私の下着を盗むとは思えませんし......」
カイルは同室で、一番盗みやすく、そういうことをしそうな性格だが、実はマリンはチリ程度にもカイルを疑っていなかった。
なぜなら、カイルは何時でも愛用の《金髪》を抱いて寝ていて、マリンに一度もそういう色目を使ってきた事は無い。
あの《金髪》があるのにパンツを盗むとは到底思えなかった。
......というかきっとカイルさんは、下着に興味が無いと思います。
(だからといって、カイルさんに相談したら、犯人探しに必死になってくれるでしょう。が、絶対に大事になっちゃいます。学校中を巻き込みかねないです。私のパンツの為に、学校中が一つになるとか恥以外の何物でも無いですよう)
だから、この件はカイルに知られないように調べていくしかなかった、ユウナがどうやって侵入したかわかれば、下着泥棒の侵入経路判明にも繋がる!
そう意気込むマリンは知らなかった。
真実は何時も残酷だと言うことを......
バン!
突然。ユウナが壁を激しく叩いて怒鳴り声をあげた。
「うるさいのよ! 誰の部屋だと思ってるのよ!?」
「うわわっ......私の部屋ですぅよぉおおー!」
カイルと一ヶ月も会えないユウナの、唯一のお楽しみをマリンが邪魔したので、ユウナは、ぱっと! 枕から顔を離して、煩いマリンを怒りの篭った視線で睨みつける。
そのあまりの、理不尽な怒りを受けてマリンは困惑しかけた。
......完全にしなかったのは、起き上がったユウナがカイルの下着のトランクスを頭に装着していたからだった......それは鼻にツンと来るはずだった。
「あわわわっ! ユウナさんが変になってまぁすぅぅ~~っ!!」
流石のマリンも、それは許容出来なかった。
マリンは、カイル達の変な性癖をナメていた......
慣れたなんて思うんじゃ無かったと、全力で後悔しながら、妖怪を見て絶叫するしかない。きっと誰でもする。
そんなマリンの声がユウナには耳障りで仕方ない......
「うるさいって! 五月蝿いって!! 言ってるでしょ! こんな時間に何しに来たのよ!」
「自分の部屋に帰ってきたんですよぅ!」
「五月蝿い!!」
マリンが正論。
しかし、カイルと喧嘩別れし、一ヶ月も会えていないユウナに理屈は通じることはなく、怒りが膨れ上がっていく。
プツン。
「ああ。そう。アンタも私とカイルの関係を邪魔しに来たのね......殺してやるわ!」
ゾクリ。
瞬間、空気が一変する。
マリンの背筋が震え上がるほど、ピリピリしたユウナの殺気が膨れ、ドス黒いオーラを纏った。
ユウナの魔力と剣気が、怒りで上昇し混ざり合ったトランス状態。言うなれば《ブラック・ユウナ》
ブラック・ユウナには理性が無かった......あるのは、カイルと仲直りしたいという想いと......
「私とカイルの邪魔する奴は私が全て叩き斬る」
強い殺意。
スッとユウナが剣を抜刀する。
「っえ? 本気? 本気ですかぁ!?」
「私は何時だって、本気なのよ! 死になさい!」
ユウナから溢れる黒いオーラが、剣や身体に収束していく、
(良くわからないですけど、このままでは死んじゃいますぅ!!)
命の危機を本能的に感じとったマリンは、水龍丸を抜刀して構える。
そこに、殺す気のユウナの剣線が撃ち込まれる。
ガギィン!
「うふふ。みんな、皆、皆、皆! カイルと私の邪魔なのよ!」
「お、落ち着いてくださぁい! ユウナさん! その黒い力、何か変ですよ!」
「だから、世界中の生きとし生ける全てを皆殺しにして、世界で私とカイルが二人きりに......うふふ、そうしたら、カイルは私だけを見てくれるもの」
ユウナの一撃はとてつもなく重く、普通の剣なら切り裂かれて居たところだが、マリンの剣は伝説の望叶剣。
ユウナの一撃を抑えて、つばぜり合いになる。
逆にいえば、世界最強クラスの望叶剣の力を使っても、ただの鉄の片手剣が互角......
「うふふ、そうよ! カイルが私を見ないなら! 私が世界で一人になれば良い!」
「うっ! ユウナさん!? 本当にどうしたんですか! ユウナさん!」
マリンが剣に願ったのは《勇気》。
だから剣を握ったマリンから恐怖の文字が消え去り、真っ黒な色に染まったユウナの瞳を覗き込む。
実はユウナの精神状態自体は、カイルに会えないことで発生する禁断症状の一つに過ぎず、普段より怒り易くなるというもの......レンジが良く被害に遭っていた。
しかし、先の戦いで、ユウナは眠っていた一つの能力が目覚めた事で、その能力が、カイルを求めるユウナの禁断症状と混ざり合い、暴走していた。
何時もよりも、思考が残虐的で嗜虐的になり......破壊することで快感を覚え、更なる刺激を求め、感情を爆発させる。
一度暴走すれば、メビウスの輪のように際限無く、どんどん負の感情が膨れ上がってしまう。
力は既に、理性を吹き飛ばし、破壊の快感に溺れさせる。
今のユウナはそんな、状態だった。
つばぜり合いが無駄だと分かったブラック・ユウナは一度飛び下がり、カイルのベッドの上に戻る。
そして、剣を構えて、溢れる闇の力を剣に篭める。
「それはっ! 《断絶》の構え! なら! 我流魔剣技! 《水球陣》」
「うふふ、ゾクゾクするわ! ドロドロの汚い血を見せなさい! 剣神流剣技! 一ノ太刀《断絶》 ......闇に溺れてきえなさ......っ!」
ユウナとマリンの剣技が炸裂する瞬間、高まった二人のオーラがカイルのタンスを吹き飛ばした。
その中に、カイルの隠し宝箱を見つけたユウナは、途端に我に返った。
「あら? 私......何をして......?」
「良かった......です」
それで、ユウナが纏っていた黒いオーラが霧散して、普通のユウナに戻る。
ブラック・ユウナの事をユウナは思い出せずに暫く、立ち尽くしていたが、すぐに考えるのを……辞めた。
「まあ良いわ、それよりもマリン。その宝箱はカイルのよね?」
ユウナが元に戻ったことで、マリンは剣を納刀し、ユウナの機嫌を損ねないように、慎重に言葉を選んだ。
マリンは昔から怯え症で怖がりで戦闘力も高くない。
レンジやユウナの様な才能も、カイルの様な強い意思もなく、生きてきた。
だからこそ、マリンはカイル達とは違って真っ向勝負の脳筋野郎では身につかない、分析能力に優れていた。
約一年間、詰め込んだ知識と、カイル仕込みの勇気でマリンはしっかりと成長し、ユウナの能力を予測していた。
(今のは恐らく、感情の高ぶりで力を底上げする系統の能力の暴走......愛しのカイルさんが、シルフィー......シルフィアさんに取られてストレスが溜まり、更に長時間カイルさんに会えていない事が災いし、本能的に自己治療していた所を、私が邪魔してしまったって所でしょうか......それなら、ユウナさんの機嫌を損ねちゃダメでぇす......)
「あわわわっ、え~っと......はい。私のでは無いので、恐らくは......」
それを聞いたユウナはにっこりと表情崩して、宝箱に手を伸ばす。
「ふふ、カイルが隠している宝物、気になるわね。ええ。とっても気になるわ」
「そ、そうですか? 面白い物は入っていないと思いますが......ユウナさんには特に」
「黙りなさい! 私が気になるのよ!」
そういって宝物を開けて、中のものを見て反射的に燃やしはじめたユウナが、暴走しなかった事に、ほっと息を漏らした。
勿論、カイルと同じ部屋で暮らすマリンは、それに何が入っているのかは最初から知っていた。
燃やされたカイルは恐らくは当分、相当落ち込むだろうが、ユウナが再び暴走することに比べれば、よっぽど良かった。
「ふん。エロ本が隠してあるのかと思ったじゃない。《ゴミ》はごみ箱に入れておきなさいよ」
「あわわわっ......カイルさんにとってはエロ本よりもエッチな物だったかも知れ無いですが......」
それでも、ユウナは、カイルに対してだけは、きっと怒らないんだろうとマリンは思った。
(暴走している時ですら......カイルさんの事だけは尊重してましたしたし)
宝物のゴミをユウナが焼却処理した後、ふふっ、と楽しそうに笑って、おもむろに取り出した純白のパンツを宝箱の中にしまい直す。
「ゴミの代わりにこれを入れてあげるわ」
マリンはそのパンツを見て、首を傾げる。
「え? そのパンツ......見覚えがあるんですが......まさか」
「ん? 当然でしょ。元はアンタのパンツだもの」
「............」
「前に泊まったときにいくつか借りたのよ、そのまま私のにしたわ」
「............っ!」
その時、マリンは最近、マリンのパンツが盗まれる謎が解け繋がった......
「ユウナさんが、ど、泥棒じゃ無いですかぁああああーーっ!」
マリンが真相にたどり着いて、犯人が近くにいたことに気付き絶叫する。
そんな悲痛過ぎるマリンの叫びを聴いたユウナは、
「え? 何よ。そんなに怒ることないじゃない。謝るわ......」
「ぇっ! ユウナさんが、謝罪!?」
まさかの思わぬユウナの謝罪にマリンは、謝ってくれるなら......と許そうとするが、ユウナは剣を構えて......
「剣神流剣技 三ノ太刀《真絶》 斬りたい物だけ斬る秘技よ」
スパンっ! と抜刀した。
ヒラリ。
ユウナは、綺麗にマリンのパンツだけを斬り抜いて、上空から落ちて来るパンツをしっかり握る。
「アンタもカイルが好きだったのね? 仕方ないから、アンタのも入れてあげるわ」
「っええええええええーーっ! 謝るってそういう感じですかぁ! 私はカイルさんに恋愛感情無いですよぅ、それに、それ結局どっちも私のパンツじゃないですかぁ! それと、かなり凄い新技なのに、そんなくだらない使い方が初出しで良いんですか? そういう感じに使って行くんですか! パンツを切り抜く用途でいいんですか! それにそれに......」
「アンタ......」
マリンの長いツッコミを聞いているうちに、ユウナの楽しそうだった表情に陰が指す。
そして、ドロリと重くマリンを睨む。暴走寸前......
ユウナの口が開く瞬間、マリンは世界の重力が何倍にも跳ね上がった気がした......
「カイルの事が好きじゃないってなによ? ありえわよね?」
「......(そこですかぁあああああああっ!)」
一番どうでも良いところに食いついたユウナに内心、全力で叫んで、否定は死だと、マリンはユウナの黒い《気》を見て確信し、重い口を開いた。
「か、カイルさんの事......ワタシ、アイシテマス......」
「......」
嘘なので、棒読みになってしまったマリンの事をジロリとユウナが睨みつける。
マリンはもう一度、涙目でいう。
「アイシテマス」
失敗......
「......」
あ、死んだ。そう思うマリンにユウナの審判が下った。
「そうよね♪」
「......(えええええええええええっーー! 自分で言ってあれですけど、あんなんで良いんですかぁあああああああああーーっ!)」
重い空気が消えて、ユウナが、乙女な声で同意する。
ユウナはとことんカイルに関しては甘々だった。
「だから、アンタのこの脱ぎ立てパンツも入れてあげるわよ。感謝しなさい」
「......(感謝の意味がわからないですぅ)」
ユウナの言動の理解に苦しみ、絶句するしか無かった。
(こうなったら、もう! パンツはあきらめます。でも......)
「せ、せめて、洗った奴を、脱ぎ立てはちょっと......」
「あら? 《ちょっと》......何よ? まさか! 好きな男に脱ぎ立てパンツの一つも渡せない訳?」
「(普通に渡せないですけど!).......ゆ、ユウナさんのも脱ぎ立てパンツを渡してないじゃ無いですかぁ! 恥ずかしくて渡せないんですかぁ? どうなんですかぁ!?」
おそらく、マリンには一生、理解不明で解析不能な苦汁を飲みながら、わずかに残る希望すがってユウナを口撃する。
これこそ、どんな絶望を前にしても諦めない、カイル流......
「残念だけど、私は普段パンツなんか、はないわ! 動きにくくなるもの。それに人がつけてた物なんて使いたくないじゃない」
「っえ? では何故、私のパンツを盗んだんですかぁ?」
マリンは素で尋ねていた。
普段パンツを履かないところも、カイルが履いていたパンツを頭に装着している事とかもツッコミたいが、それよりも、パンツを履かないユウナが持っているあのパンツは......まさか!
という、強烈な疑念に襲われる。
「前にアンジェリーナが男はパンツが好きだって言ってたから、一緒に頂戴した(一緒に盗んだ)のだけども、そういえば結局使わなかったわね」
「それって! (やっぱり、どっちも私の脱いだパンツじゃないですかぁあああああああああああああああああああああああああああああーーっ!)」
この日、マリンは血の涙を流しながら、ユウナに二つのパンツを好きでもない男の宝箱に入れられるのだった......
■■■
四大同盟会議が行われた翌日の昼過ぎに、カイルは久し振りに勇者学校に戻って来ていた。
「最初は半年間のただの留学だった筈なのに色々あったなぁ......しかも......留学の依頼は失敗扱いにされれたし......」
勇者ギルドに顔を出し、依頼報告して、相変わらず排他的で無表情な受付のお姉さんに『失敗です』の一言で、報酬を貰えずに追い返されたカイルは、不満たらたらでぼやく。
だが、これは仕方ない、カイルが実際にオーラン魔道学院で、真面目に勉強したのは最初の一ヶ月のみ、後の三ヶ月は、ミリス聖教との戦争にむけて、魔法学院の授業も受けずひたすら剣を振りつづけた。
勿論、オーランも、シルフィアの事には一枚噛んでいるので、その期間は、ぎりぎり見過ごすこともできた。
だが、カイルは、戦争が終わった後、そのまま教皇になったシルフィアの護衛を買って出ると、ミリスの地で過ごした。
流石のオーランも一ヶ月単位で、学院から離れたカイルに留学成功の文字は与えられなかった......
「ま、シルフィアと逢えたんだからいいっか......」
カイルは未練をシルフィアと過ごした時にもらった幸福感で切り捨てながら、半年ぶりの寮の扉を開けた。
カチャリ......
「あっ! カイルさん!? 良かったぁ~やっと帰ってきてくれました。これでようやく安心して寝れますよぅ」
「......」
そんなカイルの帰還した姿を見て、マリンが涙を滲ませながら迎えた。
間違いなく、カイルの帰還を純粋に一番喜んでいたのはマリンだった。
(これでようやく、ユウナさんが、落ち着きますぅ)
マリンはすぐに涙を拭いて心からの笑顔を見せた。
「カイルさん、カイルさん、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも......」
「......寝る。昨日はシルフィアが朝まで寝かせてくれなかったから......」
「朝まで!? はわわわわわわわっ!!」
寝ぼけたカイルの言葉で、マリンは顔を放射直前のアームストロング・デストロイヤーの様に真っ赤にして慌てはじめるが、カイルはそれを全て無視した。
今の疲れきったカイルにマリンを構う余裕は無かったから。
マリンがさりげなく毎日シーツを付け替えていた、ベッドに飛び乗ったカイルはだらし無く背筋を伸ばして横になる。
そんなカイルに、マリンは毛布を取り出してかけてあげる。
「暖かい......」
「身体を冷やすと風を引いちゃいますから......温めておきました」
そのまま、リラックスしているカイルが温まれるように、暖炉に魔道具で火をつけて、部屋の温度を調節すると、少し窓を開けて空気を通す道を作って空調を調える。
そして、お腹を空かせているであろうカイルのためにコトコトと夕食の準備を始めた。
「なあ、マリン」
「お茶とコーヒーどちらですか?」
「こーちゃ」
「とうぞ紅茶です」
ゴクゴク。
「マリン」
「はい。おやつです。もうすぐ、お風呂も湧きますので」
「モグモグ......ん? なんか......楽だな」
カイルは無駄に高性能で世話焼きなマリンがいる事の便利さを、久し振りに感じて、シルフィアとの生活では得られなかった安らぎを一瞬、感じかけて、思い出した。
己に溜まる、ある欲求を、シルフィアとの生活が続けば続くほど、溜まっていく欲求があった。
毎晩、毎晩、その欲求をカイルはシルフィアに隠しながら生活していた。
なんでも包み込んでくれるおおらかさがあるシルフィアにすら、知らず知らずのうちに気を使っていたんだと、この時ようやく気づいた。
が、今はカイルしか居ないので(マリンが料理を作ってます)、カイルは半年ぶりにその欲求を解消する。
シルフィアの前ではけして、けして見せられない! 出せない欲求を
「カイルさん、カイルさん、実は......お話があるんですけどぅ」
「黙れ!」
「ええ! カイルさんもそのノリですかぁああああーーっ!」
「五月蝿い!」
小煩いマリンを睨みつけたカイルは、ゴソゴソと......
アンジェリーナの《金髪》を大事に保管している宝箱を取り出した。
「それはっ! カイルさん!! お話を」
「五月蝿いって! 五月蝿いって言ってるだろ! 話は後で聞いてやるから黙っててくれ、俺は今から、久し振りに高ぶる興奮を味わうんだ! 誰にも邪魔はさせやしない!」
そう、カイルはもう半年近くも、《金髪》を満足に抱けてなかった。
シルフィアと結婚すると聞いてから、アンジェリーナは冷たい視線でカイルを避けるようになり、ミリナはナイフを持って目に狂気を宿しながら、『義姉様の匂いがします」といって、少しでもシルフィアの触った物を探し出しては、ズタズタに切り刻んでから、焼却炉で燃やしていて近づけなかった。
だから、本当にカイルが金髪を味わうのは久し振りだった。
その欲求は、シルフィアの美しい白髪でも、しっとりと軟らかい身体でも絶対に満たすことはできず、美しいからこそ余計に溜まっていく欲求だった。
それを解消するためにカイルは、宝箱を開けて迷わず顔を突っ込んだ。
そのまま、金髪の匂いと味と舌触りを堪能して......
「ブベェエエエエエッ!」
全力で吐き出した。
そして、ふわふわと重力降下していく白いパンツをつかみ取り叫んだ。
「なんだこの! 汚物はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁーーっ!!」
「うわわわっ! 食べられちゃったよぅ......言おうとしたのに......汚物......」
私のパンツです。とは既に言えないマリンは、涙目で青ざめるしかなかった、宝箱にはユウナが張ったカイル以外を弾く結界が張ってあり、無理矢理、壊せば術士にばれるので、カイルに回収してもらおうと思っていたのが裏目に出てしまった......
想像してほしい。自分のパンツを異性の口に含まれる事を......
発狂しなかったマリンを誰か褒めてあげるべきだった。
だが、忘れてはならない......パンツを食べられたマリンよりも、深い絶望に沈んだ男が居ることを......
「キンパツゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」
■■■
夜も更けてきた頃......カイルが色の無い瞳で、マリンの身体を......
「ハァ......ハァ......ハァ......もっ......もう......許して......カイルさんっ......私っ......これ以上はぁっ......おかしくなっちゃいますよぅ」
「許さん! 金髪の恨みは、何よりも重いのだぁああっ!! お前の身体と違って一点物だったんだぞ! このっ! このっ!」
ブンッ......ブンッ......!!
「そ、そんなっ!! ダメっですぅ......はっ激しいっ......痛っ......痛いですぅ!! もっとゆっくりぃ......してくださぁい~」
「ハハハハぁっ! まだまだこれからじぁああああぁーーっ!」
「キャラ変わっちゃってますよぅ!!」
バシバシっ!! ブンブンっ!!
と、鬼の如く容赦無く、切っ先を潰した鉄の錬成剣でぶっていた......
「うっ......これじゃ、訓練になって無いですよぉぉぉおおう!!」
カイルとマリンの日課である、朝稽古の時間だと言うのに関わらず、マリンは剣を投げ捨てて全力で逃走始めた。
カイルも逃がすものかと追走を始める。
「当たり前だ!! 俺の神聖なる金髪がお前の汚いブツになっていた理由を話さない限り、俺の怒りはおさまらないんだぁあああああああーーっ!!」
......剣士の特訓の相手は、何時でも実践を想定してお互いに特訓で命を落としても構わない覚悟で行うもの......
だから、カイルも、マリンも、特訓の真剣さに鬼気迫る何かがあった......
「汚物じゃないですぅよう!! 綺麗ですぅ!」
「しねぇえええい!」
剣士の特訓は......以下略なので、カイルがマリンに死ねと叫んでも問題は無かった......
そう例え、不幸にもマリンが特訓中に命を落としたとしても何も問題は無かった......
「《鉄の精霊よ! ・ 炎の精霊よ! ・ 集まり・合わさり・混ざり合え!!》」
ニッとカイルが妖しく笑い、懐から子瓶を一つ取り出して空中に投げた。
「《破壊と・滅亡の・星となりて・有象無象を・殲滅し給え!!》」
「ひぇええええーーっ! 死んじゃいますぅ! それっ死んじゃいますぅ」
カイルの増長する魔力の量に、マリンが背筋を震わせて涙を流した。
「それっ無理ですよぅ!! 防げないですからぁ!!」
「知ったことかぁ! いけぇえええい! 俺の魔力ども! 塵も残さず消し飛ばせぇええい!!《メタル・ボルカニック・メテオ》」
カイルのその魔法は、マリン最高の防御技《水球陣》でも護れない。
それを本能的に察して逃げるマリンにカイルは容赦無く、子瓶を殴りつけた。
魔道神から貰った超貴重な聖水を媒介に、カイルが使える中で最強の魔法が発動する。
超級合成魔法。
その威力は、小さい山なら吹き飛ばしてしまう程。
ドガァアアアンっ!
爆発した......カイルが......
「ぐはっ......」
「か、カイルさぁぁんっ!?」
自身の魔力をコントロール出来ずに暴発させたカイルは、魔力の爆発で、身体のところどころが、ズタズタに穴が空きそこから、赤い血液が漏れ出していく。
血溜まりに倒れたカイルを、涙目のマリンが急いで抱き上げて声をかける。
「カイルさん! カイルさぁん! どうして! (自滅なんか)」
「ぐほっ......マリン......俺はもう......ダメみたいだ」
「そ、そんなこと! ありませんよう! すぐに良くなりますからぁ!」
マリンが必死に呼びかけるが、カイルは力無く首を横に降ると、マリンの手を握った。
「......マリン。俺のことは......忘れてくれ、その代わり......これを......大事にしてくれ......」
「これはっ!」
カイルが最後の力を振り絞ってマリンに託した事で、カイルの腕から力が抜けてグラリとマリンの手からはなれた。
マリンはカイルの血で赤く染まっているカイルから受け渡された物を見て息を飲んだ。
そんなマリンに、カイルは小さくうなづいて、
「そして......必ず、ソイツの仇を......撃ってくれ......頼んだぞ......がくり」
「カイルさぁあああああああああああん!!」
瞳を閉じた......
マリンは動かなくなったカイルをゆっくりと地面に横たえてから、カイルに握らされた手を開くと......《金色の髪》の毛が一本、風に流されて行くのだった......
マリンは堪えきれない涙を流しがら、
「カイルさん......私......《金髪》なんて要りませんよぅ! 金髪の仇って何ですか~!」
叫んだのだった......
「それと......《水の精霊よ・慈愛の療水で・カイルさんを癒し給え......アクア・ヒール》。普通に治せますからね」
「あ、あれ?」
カイルの重傷をサラっと治したマリンは、アクア・ヒールの水で、綺麗に全快し驚いているカイルの胸元をバシバシ叩き始める。
「何やってるんですかぁ! 自分の魔法で毎回死にかけ無いでくださいよう~!」
「や、悪い......流石に普通に撃つわけにはいかないから、威力を調整しようとしたら......」
「大体、剣の稽古で魔法を使うのは反則じゃないですかぁ!」
「ごめんなさい。ふざけました」
《アクア・ヒール》は水属性回復で、カイルの失った血すら補充するので、今のカイルは駄費した魔力以外は元通り以上の健康状態になっていた。
だから、カイルは軽快に立ち上がると、自分の身体に以上が無いことを確認するために肩を回しながら、マリンに視線を向けた。
「ま、金髪の怨みはまだあるけど、もう良いかな......」
「あれだけ暴れてまだ晴れてはいなんですね......とにかく、私は一度睡眠を取らせていただきます。茶番に付き合っていて寝ていませんので」
前日の昼から翌朝の日の出までしごかれたマリンがとても疲れた声で呟いて、目を擦りながら寮に引き返していく。
「まって! マリン。寝に行く前に、ちょっと《剣気》ついて教えてよ」
「はぁ......剣気? ですぅ?」
マリンの動きがぴたっととまって、カイルの事を見る。
カイルが、マリンにもう一度頷くと、瞳をぱちくりさせ、カイルを疑いの眼差しで見つめた。
(カイルさんからの頼み事なんて怪し過ぎますぅ~!! 絶対に私をイジメて楽しむ気です。そうに違いありません!!)
マリンは心の中でそう決断したのだが、カイルの真剣な瞳を暫く見つめていると、力になりたくなって来る......
「ううぅ......教える物でもありませんが......私にできることなら」
結局、ほだされてしまうマリンだった。