三十一 アクアラ大祭殿の闘い終幕
水の望叶剣使い、アクアラを祭った祭殿。アクアラ大祭殿。
その、最上階《祈りの魔》
あらゆる儀式に適合するその場所の扉がついに開かれた。
開いたのは、齢十三の黒い髪に銀色が混ざった少年と全身純白の少女。
「......来たか」
部屋の中で、開いた扉を敵意を込めて見るのは、黒の青年。
二メートル近くある、細長い超長刀を二振り、両手に握っていた。
「......だが、遅かったな。儀式はもう......終わる」
更に、黒い男は、視線を後ろのどでん! と腹を肥やして、華美な神官服で着飾った壮年に向けた。
壮年は長い杖と黄金の杯を持って、部屋の中心にかかれている、複雑怪奇な魔道陣の中心で祈っている。
更にその真上には、壮年がアクアラ大峡谷の開戦から約十二時間以上かけて、集めた莫大で純粋な魔力の塊が浮かんでいた。
その大きさは、縦に広い《祈りの間》の天井までの空間を全て使って居るほどだった。
「......だが、仲間を犠牲にしてきたとしても、最低で王級での上位以上の力を持つ、《制裁者》四人を、抜けて、ここまで来たその強運は、あなどれない。名乗れ少年!」
「......」
白い少女に腕で部屋の前で待つように指示してから、少年は銀色の剣をシャキンと抜いて真っ直ぐ、二本の超長刀を持つ黒の男に向けて言う。
「俺は......カイル。ただの無能な魔剣士だよ......でも!」
カイルは名乗ってから、声を一段階大きくして、《気》を膨らませた。
「俺の仲間は皆天才だ! 誰一人、犠牲になんてしていない!」
ピリッとカイルから向けれる《気》に超長刀の二刀流使いは、カイルが本当にただの剣士であることを見切る。
《気》を練り上げて、《剣気》に昇華させることも出来ない、上級剣士で、ほんの少しの天才呑みが立ち入るこの許される、超級の領域に足を踏み入れるか入れないか、それぐらい......
「お前こそ、名乗れよ! お前と後ろの奴も、したの奴らと同じ《制裁者》か? ったく! 何人いんだよ......。ミリス教の使い回しもここまで来たら、最早、意地を感じるな」
「いえ......」
更に二人の敵の登場に呆れ果てるカイルが肩を揺らしていると、白い少女シルフィーが、カイルの左手側から、寄り添ってそっと腕を抱きながら伝える。
「......カイルさん。後ろの体格の良いお方こそ、ミリス聖教とミリス神聖国の《教皇》貎下、チクスールド様です。チクスールド様は魔道士でもありますが、カイルさんの敵では無いはずですよ......?」
「シルフィー!? ちょっ! 危ないから外にいてってっ!」
「嫌です! カイルさん......邪魔だとしても......私も助力します。......できる限りカイルさんから離れませんので......護ってください......ね?」
「人任せ!? ちょっ! 鉄刀丸! 《鉄神の鎧》! シルフィーを守れ!」
シルフィーが、隣に来てしまった事で、カイルは仕方なく、シルフィーの腰を抱き寄せて、ぴとりと密着し、絶対防御である《鉄神の鎧》を纏った。
しかし、それは結果的にカイルを護ることに繋がった。
バキンっ!
何かを鉄神の鎧が、自動で防いだ音が鳴り響く。
「むっ! ......斬れんか」
それが、敵の奇襲だとカイルは遅れて気付き、シルフィーを抱く手に汗を滲ませる。
「ふふふ、カイルさん。役に立ちました......ね?」
「......むぅ......だけども!」
「こうすれば、カイルさんと私は運命共同体です。......私は、私の騎士様だけに、命をかけさせる姫ではありません! 生も死も、ともに......あなたと添い遂げる覚悟がありますよ?」
「重い......」
「ふふ......」
シルフィーの余りの好意の強さに、カイルが嫌そうな声で、告げると、微笑した聖女は、カイルの胸に額を付け瞳を閉じて、身を預けた。
(それが、私のあなたへの想いの重さです。勝手に死ぬことは許しません......。それに、あなたが、近くにいるならば、私は!)
シルフィーは紅い瞳を開くと、双剣士を見つめた。
「カイルさん。あの方は、《連激帝》テヌフーン。能力は長い二本の刀で、予め斬って置いた場所を一度だけ、任意で斬れる能力《残激》です」
「なっ!」
「つまり......超連激に見えるのは、ただ単に設置していた剣激を起動させているだけ......」
「......んだと!?」
シルフィーの説明に、取り乱すテヌフーンを見て、カイルはそれが本当なんだと悟ってしまう。
そして、テヌフーンは、驚きすぎてつい口を滑らせた。
「何故! 知っている!」
「確定ですね......!」
「しまっ!」
シルフィーは一度、瞳を閉じてもう一度カイルの胸に頬を当ててから、再び紅い目を開いて、
「もちろん、私がテヌフーンさんに、理由を教える必要はありません......! あなたの利点は、幾千と至る所に設置した《残激》での、状況にあわせた攻撃の選択。ですが! それも、カイルさんが、動かなければ、使えません! つまり! あなた相手には遠距離攻撃が最善!」
「......くっ!」
「......この世に生を受けた全てのものは、その生を謳歌する権利があります。ですが! 私の騎士様の敵として立つなら、私は、あなたを切り捨てます! 《未来と今の氷の精霊よ・白氷の槍となりて・私の騎士様の敵を穿ち給え!》」
シルフィーは宣言通り容赦無く、中級氷魔法を放った。
氷の槍がテヌフーンを襲いかかる。
それをテヌフーンは予め、設置しておいた《残激》を発動させて、切り落とす。
「カイルさん。会話は無駄です。あの方には、カイルさんを殺す事しか頭にありません。情けをかければ死ぬのはあなたです」
「っ! ......わかった。 鉄刀丸!」
シルフィーの言葉を聞いて、少しだけ悩んでから、カイルは戦う決意を固めた。
鉄刀丸を振って空気を鉄に変え剣激を飛ばす《鉄散漸》を雨嵐と打ち込んでいく。
「シルフィー。身体が冷たくなってる。無理しないで」
「......いえ。まだです。もう一つ......! カイルさんの身体の熱さが......私の力になります。抱いていてください......! 《未来と今の氷の精霊よ! 薄氷の嵐の弾丸で・私の騎士様の敵を撃ち抜き給え!!》」
「シルフィー! ......ちっ! 倒した方が早いか! 《鉄散漸》!! 《鉄神の槍》!!」
カイルの鉄の攻撃と、シルフィーの数千にも上る《アイス・バレッド》の氷弾が、テヌフーンを絶え間無く撃ちつづける。
その攻撃をテヌフーンは《残激》と剣激で防ぎつづけた。
元々、テヌフーンはこの世に十人といない、剣の高み《帝級》に至りし、剣士の一人。
能力がばれていようとも、上級剣士と上級魔道士のカイルとシルフィーよりも断絶強かった。
どれだけ物量で攻め立てようとも、その全てを切り落とすだけの剣技を持ち合わせていた。
言葉にするならば、......格が違った。
テヌフーンは、攻撃を捌きながら落ち着きを取り戻して、剣気を練り上げる。
カイルの鉄の防御力は確かに、上級程度の領域を遥かに凌駕している。
普通の剣士や魔道士なら傷一つ付けられない。
しかし、テヌフーンがカイルの鉄に剣を合わせて分かった事は。
カイルの鉄には、《剣気》が載せられていない。
剣気で強化されずに、一撃を防がれたのは、テヌフーンも驚嘆し、カイルを褒めるしかないが、
(練り上げた剣気を乗せて《剣技》で斬れば! 斬れない訳でもない)
帝級剣士はそう判断した。
そして、テヌフーンの守は遂に攻に切り替わる。
《一刀真断》
カイルの《鉄》を剣気を練り上げ込めた超長刀で、斬り裂いて、次の攻撃が来るまでの一瞬の時で、両脚のふくらはぎと脚の指の間接に剣気を溜める。
ユウナやレンジが、戦い中の中距離移動で、カイルの視覚で、追えない速度に至る時に使う特殊移動技。
魔力と似て異なる《気》を《剣気》として使いこなす剣士専用の超高速移動技! 《瞬動脚》
亜音速で走ることの出来る技、それを使った。
ピリッ!
「っ!」
その、攻と守の切り替えの一瞬の隙とも言えない、間隙で、テヌフーンは背後に敵意を感じ取り、身体を捻った。
亜音速の超高密な時間の中で、シルフィーの放った未来への攻撃魔法の氷の槍ががテヌフーンの身体を掠った。
ピリピリピリ............
更に、攻から避に転じたその瞬間を、再び大量の敵意が出現する。
それは、幾千の氷弾!
まだ、テヌフーンの亜音速移動はぎりぎり続いて居るが、その状態で、剣を器用に振るライトニングの様な真似は、流石に出来なかった。
空間を埋めるように散らばった氷弾を全て交わすのは不可能。
このまま、亜音速状態でぶつかれば、相当の深手を負ってしまう、だが、氷弾は《中級》下位程度の威力で、普通に受ければ、大したダメージにはならない。
そこまでを一瞬で、計算し尽くしたテヌフーンは、《瞬動脚》を辞めて、剣気を防御に回し、受けた。
テヌフーンの計算通り、氷弾は小石が当たる程度の威力しかなかった。
そんな攻撃は無いのも同じ!
再び、脚に剣気を溜めて《瞬動脚》を準備する。
「カイルさん! 敵との直線状に《残激》はありません! 行ってください!」
「......っ!」
本当に一瞬の連続だった......
シルフィーの未来魔法で、隙を作り、更に広げ、未来覗で安全な場所を作り上げ、その瞬間を演出した。
もちろん、シルフィーはカイルに何の相談もしていない。
作戦も伝えてない。ただのアドリブにして無茶振り!
けれど、カイルは感じとった。
今しか無い! と。
シルフィーを置いていく心配が頭に過ぎるのを無視して、カイルは駆けた。
瞬動脚こそ、使えないカイルだが、それでも剣士として上級で、一般人の速さよりも十倍速い!
攻から避、避から守、守から攻。
三回もタイミングをずらされたテヌフーンは、カイルの接近に対応出来なかった。
ザクリっ!
鉄刀丸がテヌフーンの身体を切り裂いた。
一撃を受けたテヌフーンは瞬動脚で動こうとしたが......バリンと鉄になった身体が砕けた。
「......っ!」
「......悪いな。ズル臭いけど......鉄刀丸を一撃受けたその瞬間。お前の負けは決まったよ......いや」
「カイルさん! ......やりましたね......!」
シルフィーが、既に定位置と化して来ているカイルの左側に嬉しそうに飛び付いて、腕を抱き、身体をカイルと密着する。
「......シルフィーの敵になった時点で......かも知れないな......」
「ふっ、まさか......私が......いや。称賛するしか無いか」
恐らく、千度戦っても、カイル達にテヌフーンが負けることは無かった。
しかし、それでもテヌフーンは負けた。
「万度......戦えば......こんなこともあるか......」
テヌフーンが負けた理由を思い返せば、たまたま攻撃に意識を向けた瞬間に、《アイス・ランス》を打たれ、更に偶然絶好のタイミングで、交わした直後に《アイス・バレッド》を発動され、たまたま、カイルとテヌフーンの直線状に、幾千と部屋中にしかけた《残激》が無かったというものだ。
身体が鉄になって行き、恐らく死ぬであろう事が分かって、その理由が、自分よりも数段格下のコンビに偶然の産物で負けたというのに、テヌフーンは何処か清々しかった。
それは、教皇に対しての忠誠がやっと終わるからか......それとも知らず知らずのうちにテヌフーンも教皇の《暗示》にかかっていたからか......
「それで......? 何故私は......負けたのだ?」
「さあ? 偶然では無いよ。そういう能力だったって事だよ。詳しくは俺も知らない」
「ふっはっはっはっは......。そうか......そんな......程度の戦術に......そうか............なら私は、負けるべくして負けたのだな......」
ゆっくりとカイルの鉄がテヌフーンの頭まで届く、
「一つ聞くよ。お前は今、助かったら......もう、シルフィーの、聖女の敵にならないか?」
「......私は、教皇様に剣を捧げた身だ......裏切るわけには行かない......」
「そうか......残念だ」
完全に鉄になったテヌフーンの身体をカイルは踏み付けて粉々に砕いた。
ふらり。
「カイルさん!」
よろめいたカイルをシルフィーが、支える。
カイルはそれで、立ち止まり、シルフィーの冷たく冷えた手を掴んで、
「ごめん。さっき置いていって......怖かったでしょ?」
「......カイルさんが、勝つにはあの時、あの瞬間以外には、ありませんでした......それに、指示したのは私です。......怖くなどありませんでしたよ?」
「......それでも、あんな無茶、もうしないでよ? 俺一人でも、覚醒すれば......」
例え、カイルの勝ちが鉄刀丸の覚醒によって手に入れるとするならば、それは、更にカイルの命を糧とする。
シルフィーが、頑張って鉄刀丸の使用を最低限にしたことで、今回の戦いで、強敵と戦った割には、カイルの寿命殆ど変わらなかった。
それでも、シルフィーには見える。確実に天命が減ったことが、
目を閉じて、白い瞳になったシルフィーは、きゅっとカイルの袖を掴んで言う。
「カイルさんには、絶対に言われたくありませんよ? ふぅ~っ......寒いです。カイルさん。抱きしめてくれますか......?」
「当たり前! それ俺の役得でしか無いからね!」
「それは......どうでしょうか......? 役得は私の方かも知れませんよ?」
カイルがシルフィーの脇腹辺りから、引き寄せて自分の身体に添える。
シルフィーはそれを頬を朱らめながら受け入れて、カイルの身体に手を沿えながら寄り掛かる。
「っま! 《制裁者》を倒した所で......」
「ええ......教皇様を止めますか......!」
「うん」
「カイルさんなら......私を抱く片手間で出来ますよ?」
「......うん? 離れる気は無いのね......」
「寒いですからね......?」
徐々にではあるが、シルフィーの体温は常温に戻りつつあるのに関わらず、微笑みを浮かべてカイルの身体を抱きつづけたのだった。
■■■
カイルがテヌフーンと激闘を演じ居ている時。
二階《願いの間》で戦っているレンジ達の戦いも佳境を迎えようとしていた。
バギンッ!
レンジの超速の剣の一線をセンクションが剣で弾き飛ばし、更に距離無視の一線を放とうとする。
それを、ジーニアスが《シックス・プーロージョン》で牽制。
レンジはそこで一度、センクションから距離を取り、ジーニアスの前に立った。
「ジーニアス。このままじゃラチが無い! 少し、スピード上げれるか?」
「だからレンジ君は、僕を誰だと思っているのかな? 僕は《魔道王》、魔道の王だよ?」
「ふっ......そうか」
頼もしい限りだとレンジは微笑し、剣気を練る。
そして、瞬動脚を使う寸前で、
「そういえば、俺はこの前《剣帝》になったんだったな」
「なっ! 剣帝!!」
「頼むぜ《魔道王》! 敵は確か《剣帝王》だった気がするが......《背中》は任せるぞ?」
シュンッ!
レンジの速度が亜音速になりジーニアスには消えたように錯覚する。
「速っ......って! 僕だけ格下だって言いたいのか! 魔道の王級と剣道の王級! そもそも比べちゃイケないんだぞ! しかも、僕があれだけ格好付けた時には言わず、今更言うとは、良い性格してるね本当......背中ね」
次期剣神と言われる、限りなく剣神に近いが《剣帝》、と剣帝になったばっかりだが《剣帝》。そして、天才として名が知れ渡り二つ名を持っているがそれでも位は《王級》。
確かに、ジーニアスが一番格下だった。
そんな事実に気付いてしょげたジーニアスとは違い、レンジはセンクションとの近距離戦闘に突入するため、一瞬だって気を抜けない。
だから、
センクションの一歩手前で、レンジは瞬動脚を......もう一度使った。
「っ!」
コレには、流石のセンクションも驚きをあらわにする。
瞬動脚状態で、突っ込めば、剣を振る事もできず激突し、最悪身体が、バラバラに砕け散る。
だが、レンジは亜音速状態で、正確に剣を振り抜いた。
《横断! 斬り!!》
擦れ違いざまに、凄まじく強烈な剣激をお見舞いし、遠くへと抜けていく。
ガギンッ!
センクションはレンジの無謀な剣技を、防いで、レンジとジーニアスの連携が崩れた事に気づく。
レンジの攻撃が、あまりに早すぎて、ジーニアスの援護が間に合わない。
今なら片方を確実に取れる!
センクションはそう判断し、目障り極まり無いジーニアスから殺すことを決める。
センクションにとってレンジの近距離戦闘能力よりも、ジーニアスのシックス・プーロージョンの必殺性の方が厄介だった。
だが、センクションの剣は振られる事はなかった。なぜなら、
《横断斬り!!》
通りすぎたレンジが、彫像を足場に反転し、再び、亜音速で迫ってきためだった。
それが、センクションにレンジの無謀だと思った瞬動脚が、無謀じゃないと気付かせて、レンジを弾く事を辞める。
ガギンッ!
つばぜり合いの状態で、センクションの剣の重みが、レンジを押し潰そうと締め上げる。
そこで、レンジは更に脚に剣気を溜めて、瞬動脚を上空に向かって発動した。
《飛断斬り!!》
地力はセンクションが上。
しかし、瞬動脚のエネルギーを攻撃に転じるレンジの剣技は瞬間的にセンクションを上回る!
ガギンッ!
センクションの剣を弾き飛ばしてレンジは天井まで飛び上がり、そして、着地。
センクションの視線とレンジの視線が交差する。
《列断斬り》
天井上を爆砕させて、落下エネルギーを上乗せし、瞬動脚をも発動する。
(そうか......コイツのスタイルは空間を立体的に飛び回る。超超高速空間移動戦闘。元々、瞬動脚で闘うのが、コイツの庭! 連続で、瞬動脚をすることで、瞬動脚のスピードとパワーを次の瞬動脚にも載せてどんどん速く、そして、威力も上がっていく)
ガギィンッ!
落ちてきたレンジを打ち返す、凄まじい音が鳴り響く。
そして、着地と同時に再び、瞬動脚。
《横断斬り》
ダンッ!
ここで遂にレンジの剣に、センクションの剣が反応を遅れ始める。
地面の石版を爆砕させる程のエネルギーを、溜めたまま、レンジが、空中で反転し、石柱に脚をつける。
センクションはレンジのその戦い方をする超特殊流派を知っていた。
「ちッ! 瞬動流! だいぶ昔に使い手は全員、滅びたって聞いたんだがな!」
「ふっ、《横断斬り》!!」
ダダンッ!
柱を折りながら、センクションと剣を合わせ、そこからもう一度、
《飛断斬り》
天井へと登り、着地する。
レンジは三度目の技を使う。
だがそれは、三度、前とは比較にならないほどの威力を秘めていた。
レンジの全剣技中、最大威力で最速の一撃。
「瞬動流! 奥義《列断》」
シンプルな落下攻撃。だが、分厚い天井を砕きながら、強力無比な一撃へと昇華させている。
コレ以上の無いレンジの大技、ここまでにするのにおおよそ七回その全てのエネルギーが、集約している一撃だった。
そんな、レンジの攻撃にカッと目を開いたセンクションは、剣に剣気を載せて迎え撃つ。
《影月》
莫大な威力だった筈の、レンジの一撃が、センクションの剣と触れ合った瞬間。スルッと何かに全て吸い込まれたように無くなった。
そして、溜め込んだレンジのエネルギーも元に戻り、そこをセンクションが叩き斬る!
《華月》
「くっがぁああああああああああああーーっ!!」
ただの振り下ろしが、先ほどのレンジの一撃よりも重かった。
空中で、衝撃を拡散させられなければ、今頃はぺちゃんこになっていると確信するほどの威力を秘めた一撃だった。
吹き飛ばされたレンジは、等間隔に生えている石柱を砕きながら吹き飛んだ。
意識が飛びかけているレンジに更に留めの一振りを......
スッとそのタイミングでレンジとセンクションの間に入った、ジーニアスは
「レンジ君。時間稼ぎお疲れ様。大分魔力が練れたよ。魔道王の力、今こそ見せよう! 僕の最大魔力の《シックス・プーロージョン》!! 行け! 僕の魔力達!!》
センクションとレンジの戦い中に力を溜めていた本命は、ジーニアスだった。
魔道士の一撃は、剣士の等級を簡単に凌駕する。
魔力を溜めるだけの時間を稼げれば、の話だが、今回それをレンジが、一人で稼ぎきった。
ジーニアスの必殺の魔法が二階全てを包み込み、逃げ場を無くしている。
「僕を信じた君にこの勝利を捧げよう」
「俺は......カイルとユウナを友と呼び、死を恐れずに戦うお前なら、きっと諦めないと思っただけだ」
「ふん......」
センクションにジーニアスの魔法が降り注いだ。
それをセンクションは、
「......ちっ!」
舌打ちをして喰らった......
音すら発たないジーニアスの一撃で、終幕......そう、誰もが思った。が。
そこに、センクションは立っていた。
「なっ!」
言葉にすることすら出来ない驚愕を浮かべるジーニアス。
「くっ......! 俺の列断を防がれたとき......何かあるとは思ったが......まさかな」
何と無く、察しを付けていたレンジは立ち上がり剣を構えて予想を述べる。
「名は体を現す。奴の能力は影か月。恐らく攻撃を無効かする能力でもあるんだろう。落ち込むなよ、魔道王なんだろう?」
「......僕をネタるの辞めてくれないかな? それと、僕の発言も全て忘れてくれるかな?」
「一つだけ......『僕を信じた君に勝利を捧げよう』とか、キメてた事なら忘れられないな」
「ピンポイントで忘れて欲しいのに!」
軽口を叩きながら、剣を構えるレンジと魔力を練るジーニアスは、しかし、どちらも満身創痍だった。
ジーニアスはほぼ魔力を使い切り、レンジも体力と気力を使いすぎた。
二人とも脚をガクガクさせて、立っているのがやっとだった。
そんな、二人にセンクションは言う。
「悪かったな。水を差して。剣一本で闘うって決めてたんだけどな。死ぬ位なら、そんな意地捨てるわな。作戦を立て直す時間くらいは上げるが? 上の戦いはどうやらもう終わったようだし......」
レンジは軽く笑い、疲れ切った声でジーニアスに言う。
「............下剋上は相手が手を抜いて油断している時にするのがセオリー何だがな......どうも、上手く行かなかった見たいだな。カイル達は上手くやったことを祈るか」
「レンジ君。シルフィアが、怪我をしていたらカイルを殴っても良いかな?」
「俺は構わないが、ユウナに撲殺されるかもな」
「うっ、ユウナ君はシルフィアみたいにおしとやかさを少し嗜んだ方が良いと僕は思うな?」
「悪いな。可愛い過ぎて自由に育て過ぎたのは認める、ほら今、カイルがマリンを自由に育てるだろ? あんな感じだ」
ジーニアスが、レンジにお父さん!? とツッコミを入れつつ、わざわざジーニアスとレンジの会話を待って居てくれるセンクションを軽く笑った。
そして、二人とも、カイル達が、誰一人かけてない前提で話していた。
そして、
「じゃ、敵の目の前で聞くのもあれだけど、レンジ君。何か手はあるかな?」
「カイルやユウナはこういう状況で、強くなるんだが、生憎、俺には無理だ」
「それは、僕もだよ。今ある力でどうにかしないと行けないけど、魔力が殆ど無い......それに、流石のアンジェリーナ様のオーラもそろそろ限界らしい......」
消えかけている《テン・オーラ》を感じてジーニアスは言う。
「僕達が次期剣神と戦えていたのは、この魔法ありきだから、コレが消えたら本当にどうしようも無いんだけどね? どうかな?」
「同感だ。と、言うことは短期決戦か......ジーニアス。俺な。実は奥の手が一つだけある」
「へー。僕は無いけど? というか、もっと速く使うべきだったよね?」
レンジの最後の奥の手にジーニアスは期待していない声で煽ると、レンジは、
「奥の手なんだ。コレを使うと俺はもう戦えなくなる......んだが。どうせ、時間も気力も次で最後だろう」
「......まあ良いよ。君がそこまで言うなら付き合うけど、僕に何して欲しいんだい?」
ジーニアスの顔がスッと真剣になる。
カチャリとレンジの手が剣を握り締める。
そして、
「少しで良い剣気を溜める時間と、奴が攻撃無効をするのを無効にしてくれ」
「無茶苦茶だ」
「頼むぞ。ジーニアス」
「無茶苦茶だ......」
そういってレンジは後ろに飛びさがって剣気を膨らませ始める。
ジーニアスは肩を揺らして、アハハハとセンクションに苦笑しながら、思う。
(剣士と魔道士をこの距離で戦わせて、時間稼ぎだって? 馬鹿だろ? しかも、僕、今。魔力がほぼ無いのに......どうしろと? それに、攻撃無効の無効? 何それ? どうしろと?)
「話は終わったか? なら! 斬る」
「チッ! 《六精よ! 僕をまも......」
殺気を向けられたジーニアスは一瞬反射敵に防御魔法を展開しようとして辞める。
どうせ意味が無い。
ジーニアスがやるべき事は二つ。
一つは、
「......僕の魔力の化身よいでよ!》 シックス・ゴーレム」
時間稼ぎ。
ジーニアスは残り魔力をほぼ使い切り、六属魔合成生物を作り上げる。
シックス・マジックの概念を持ったゴーレム。
それは触れるだけで全てを塵も残さず消し飛ばす......とまではいかないがそれに近い。
初めて作った属性のゴーレムにコレ良いんじゃね? と自画自賛をしつつ。
センクションを観察する。
シックス・ゴーレムの消滅の手の一振りが、
《影月》
スッと......何かに吸い込まれた。
(まあ、影だよね? 影っていってるし! 影だよね! 影の中に隠れる的な能力だよね?)
ジーニアスは自暴自棄になりつつ、センクションの能力を影に入る能力と仮定して、
「《光の精霊よ・僕の魔力全て持ってけ! ライト》くっ......この僕が......今更初級魔法で......」
本当に全ての魔力を注ぎ込んだジーニアスの《ライト》は強く猛々しく光を放った。
《願いの間》全体から一時的に全ての影が消える。
そして、魔道王と呼ばれるようになってから初めてジーニアスは魔力欠乏症で、倒れた。
それも、誰でも使える低級魔法でだった。
虚しさを覚えていた、ジーニアスだが、実は、センクションの影を自由に操る能力《影使い》を完全に封殺する一手だった。
そして、シックス・ゴーレムはジーニアスが倒れても動きつづける。
しかし、光が強すぎて何も見えないセンクションが、、すぐに広範囲攻撃でシックス・ゴーレムを切り刻んだ。
《円月輪》
この時。ジーニアスは倒れていたが為に、センクションの剣技を受けなかった......
そして、時は来た。
後方で剣気を練り上げたレンジが、瞬動脚でセンクションとの距離を一瞬で詰める。
しかし、センクション程の剣士になれば、敵の剣気だけで何をしているかは明白だった。
勿論、光の中で接近するレンジもまた、センクションの動きを剣気だけで感じ取っている。
センクションはすぐにレンジの技を見切った。
(《横断斬り》から始まる、連続攻撃で、再び奥義につなげる気か、しかも今度は最初の剣気の量が尋常じゃない! だが!)
最初の一撃で、叩き斬れば、瞬動流は意味が無い事をセンクションは知っていた。
そして、それをセンクションは出来た。
レンジの最後の手も、これで潰える......
「瞬動流! 秘奥技《多断斬り》」
「なに? 秘奥義だと!?」
センクションの予想は半分正解で半分外れていた。
レンジが、溜めた剣気は剣に収束し、そして、剣先を三つに分けた。
レンジの超高度な剣気コントーロルだからこそできる技。
一度の攻撃に《横断斬り》《飛断斬り》《列断斬り》を三方向から同時に叩き込む。
別れた一つが上空から、一つが下から、レンジ自身が横から、一線!
ガガガン!
その攻撃すらも......剣気で有るが故に見切られ、防がれた......
「ふはっ! 楽しかったぞ! だが! おわりだ!」
「まだだぁああああ!!」
そう。レンジの《多断斬り》は三方向からの同時攻撃......で終わらない。
《列断斬り》が《横断斬り》へ、《横断斬り》が《飛断斬り》へ、《飛断斬り》が《列断斬り》にそれぞれ移り変わって、もう一度三方向同時攻撃!
ガガガガガッン!
防がれる。
しかし、センクションは気付いた。
また来る! そして、最後の一撃は、
「今! 俺はお前を超える! 喰らえコレが本当の!! 瞬動流奥義! 《列断》だぁああああああああああああああああああ!!」
天井にいたレンジが三回の瞬動脚分を載せて天井を蹴り剣を振り落とす。
三度目の三方向同時攻撃!
しかも威力は絶大。
しかし、しかし、しかし、
それでも、センクションは反応した。
二つ剣をかい潜り、レンジの剣を迎え撃つ。そして......
バリンっ!
ズバァン!!
「見事......!」
センクションは一言、既に剣気を使いすぎて意識の無いレンジにそういって......
折られた自分の愛刀を眺め......そして、真っ二つになった......
二階《願いの間》に気絶している二人の男の勝利だった。
その時。レンジ達の《テン・オーラ》が、解除され、レンジの剣は無茶苦茶な使用に耐え切れずに、遂に天命を向かえバリンと砕け散った。
■■■
アクアラ大祭殿の窓辺から、水平線にオレンジ色の光が輝き出した、早朝。
遂に教皇チクスールドの前にたどり着いたカイルは、冷たい身体のシルフィーを抱いて暖めながらゆっくりと、教皇に距離を詰めていく。
「もう......終わりにしよう。教皇チクスールド」
言いながら、カイルは鉄刀丸を向ける。
すると、チクスールドは最後の番人センクションを失ったと言うのに、ふっはははははははっ! と大きく口を歪めた。
そこで、カイルは警戒し、シルフィーはもう一度、赤い瞳でチクスールドを見た。
スキル《聖女の心眼》
未来視......見えた未来は、数秒後、教皇の猛々しい笑いと共に、魔道陣が、光り輝き、神級儀式魔法が、起動する未来だった。
スーゥッと四肢の感覚が遠くなるのを感じて、力が抜けそうになったシルフィーは、カイルに優しく支えられて、寄り掛かりながら、
「カイルさん! 今すぐ教皇様を倒してください!」
「んっ? ......」
無言で見つめるカイルに、シルフィーは歯痒くなる。
カイルが優しい性格で、言動とは裏腹に、たとえ敵で有ろうと言葉を聞き、そして、改心させようとしているのを知っていて、それをとても好ましく思っているシルフィーだが、それでもその性格のせいで、カイルは何度、シルフィーの見た未来で、センクションに殺されたか分からない。
今の弱り切ったシルフィーの身体では、チクスールドを数秒の内に倒すことは出来ない。
今すぐ、カイルが動いてくれなければ、......全てを失って泣くのは......カイルなのだ。
(私はカイルさんが悲しむ姿を見たくありません......! カイルさん......ここは、お互いの命を奪い合う戦場なのですよ? その優しさを向けるべき相手を護るために、あなたは......)
カイルなら、すぐに教皇を倒せるとシルフィーは油断して未来視をしなかったことを後悔した。
シルフィーにはわかる。この未来は確定した、もう......変えられない。
《イグニッション・エクスプロージョン》が、発動し、カイルの大切な金の姫と、カイルに忠を誓った騎士達、戦場にいる全ての人達が死ぬ未来は......もう変えらなかった......
(私の責任です......お許しください......私の尊き騎士様......どうか泣かないでください......)
その時、ホロリとシルフィーの瞳から雫が落ちた。
それを見たカイルは......
「《鉄散漸》!! 」
「っ!」
未来を変えた。
シルフィーの未来視を越えて、カイルは教皇に攻撃した。
そのままシルフィーの事を優しく抱きしめながら瞳を落ちる涙の雫を拭き取った。
「シルフィーが、泣いている......。泣かせた奴を俺は許さない。俺は、シルフィーの言葉を信じるから......泣かないで」
「カイルさん......っ」
カイルは何度もシルフィーの予想を、未来を越えていく。
絶対に助けに来れない筈だった、クラークの時、カイルは来てくれた。
そして、勝てない筈のクラークを倒してくれた。
今も、シルフィーが見た未来は何を言ってもカイルは絶対に奇襲をしてくれなかった。けれどしてくれた。
シルフィーの胸に、瞳に、じんと先ほどとは違う涙が溢れ出す。
「カイルさん......私! 私......は......っ! ぁ......嘘......!」
シルフィーの感情が爆発しようとしたその時、シルフィーは......
「なっ! 防がれた!?」
シュルシュルと煙りが上がりながら、カイルの《鉄散漸》は教皇がいる、魔道陣の前で止まっていた。
理由は簡単、教皇が魔道陣に結界を組み込んでいたからだった。
シルフィーは見えた未来に絶望し、カイルから手を離しペトリとお尻を付いて涙を流した。
「フハハハハ!」
教皇の笑い声が響き、魔道陣が光り輝き始める。
上空の莫大な魔力の塊が教皇の杖に収束する。
「遂に! 完成した! さあ! 私に盾突いたローゼル女王! そして、それに従う異端者達を今こそ! 消し飛ばしくれよう! フハハハハ!!」
杖に、魔力が集まっていくを見て、カイルは叫んだ。
「ふざけるなぁああああああ!! 鉄刀丸! ふぢこわせ!」
カイルは乱暴に命令しながら、何度も剣を振って鉄の剣激を飛ばすが、結界にはヒビ一つ入らなかった。
「なっ! 鉄刀丸!! 俺の命を持って行きやがれ! 《鉄神の大剣》」
カイルは、鉄刀丸に鉄を収束させて、十メトル越えの極太の大剣を生み出して、振り下ろす。
カイルが知りうる最大の一撃!
ガガガガガッ!
しかし......結界を壊すには至れなかった。
そんなことをしている間に、どんどん、杖に魔力が収束していく。
「くっ! もっと!」
「カイルさん......もう......辞めてください。......例え結界を壊し......教皇様を殺そうとも、魔法は打たれます......」
「なっ!」
剣に更に命を吸わせようとするカイルに縋り付いて止めながら、シルフィーは大粒の涙を流していた。
それは、例え何を言ってもカイルが止まることが無いことをわかっていたからだった。
「フハハハハ! 侵入者達、無駄な苦労をしたな!」
「鉄刀丸! ぶち壊せって言ってんだろ! おい!」
《......我は守護の剣、そして、主の願いもまた《護る》こと。我にそれを壊す力は無い》
「五月蝿い! くそ! くず鉄がぁ!」
カイルは教皇に煽られ激昂し、使えない鉄刀丸をシルフィーの近くに投げ捨てて、魔力を練り上げる。
「剣が無理でも! 魔法なら! 《鉄の波動よ!》」
触媒無しで、放てるカイル最高威力の魔法攻撃を放ってみるが、それも意味がなかった。
「無駄だ。その結界は、十万人の信者達の魔力で出来ている。壊したからかったら、外の奴ら殺して来るんだな! それまでにお前らの帰る場所はなくなっているだが! ハッハハハハハハハぁ!」
「うっせぇんだよ!」
ダン!
カイルは魔力も使い切り、魔法を発動することすら出来なくなって、それでもなけなしの拳で結界を殴りつけた。
そんなもので壊せる訳もなく、カイルの拳が逆に砕け出血する。
それでも、カイルはお構いなしに殴りつづける。
ダンダンダンダンダンダンダン!
「やぁ......めて......ください......もう......カイルさん」
カイルの痛みが、シルフィーに伝染しているかのようにシルフィーは泣きつづける。
そんなシルフィーの言葉にカイルは叫ぶ。
「やめるかよ! あいつが撃とうとしている、そこには! 俺の護るべき! 護ると誓った! ミリナがいるんだ! ふざけんな! ふざけんな! 俺はミリナの未来を! あの子の絶望を変えてやるって......約束したんだよぉおおおおおおおおおおおおーーっ!」
「カイルさん......」
カイルの叫び声は悲しくこだまして階下まで広がった。
砕けたカイルの拳からは割れている白い骨が見えている、その手が痛くない筈は無いのにカイルはけして拳を止めなかった。
シルフィーはそれを止めようと手を伸ばすが、カイルに荒々しく「どいててくれ!」と弾かれる。
今のカイルには、ミリナの事しか頭になかった。
「俺が、俺が! 置いてきたんだ......安全だって......そういって! ふざけんな! ふざけんな! こんな! こんな絶望! ふざけんな! ふざけんなよう......」
ぺチャリ......カイルは涙を流して根心の拳をぶつけたが壊れることはなかった......
この結界は壊せない......もう無理だ......ミリナを助けられない......カイルはそう思ってしまい、遂に体から力が抜けていく......
余りの絶望にカイルが諦めかけたその時!
『カイル様! 諦めてしまうのですか? もう......ダメなのですか?』
ミリナの声が聞こえた気がした。
『カイル様! 約束は! どうするのですか? 楽しみにしているんですよ?』
そして、ミリナに言った言葉を思い出した。
『俺はさ、ただ......血と涙と悲しみが、蔓延している絶望の戦場に、ミリナを連れていきたくないんだよ。ミリナには、可愛いぬいぐるみと優しい笑顔の、ありふれた幸せな日常に居てほしいんだ』
『......カイル様』
『そうじゃなきゃ。俺がミリナの為に剣を取る意味が無いから、だから、ミリナ。ミリナはここに残って、俺が帰るその時に、何時もみたいに、また、笑顔で楽しそうに迎えてよ』
カイルは、再び拳を握り締め、
「そうだ、俺は......約束したんだ。ミリナと一緒に明日を見るって、ミリナの目覚めた時には終わらせてるって!」
十万人分の結界を殴りつける。
ビリンと痺れる痛みでカイルは歯を食いしばる。
「だから! ミリナ! この程度絶望で俺が諦めると思うなよ! こんなちっぽけな絶望なんて! 俺が全てぶち壊す!」
カイルは、手を上に伸ばし滴る血液を無視して叫ぶ。
「そのために! 俺は今! 願おう! この壁を! 絶望を! ぶち壊す事のできる力を! 鉄刀丸に叶えられなくても! お前なら出来るだろ! 俺と契約しろ! 破壊の望叶剣《炎龍丸》! 俺に破壊の力を寄越しやがれぇええええ!」
イグニードを倒した時、炎龍丸は輝き消えた......どこに?
新しい契約者の元に......そして、近くにいた剣を持つ資格のあるカイルの中に眠った。
それを、カイルはどこかで解っていた。
気付かないように、避けていた。
破壊の力は不要だと......カイルに破壊の望みなど無いと、しかし!
この瞬間、カイルは強く、心の底からそれを欲した。
十万人分の結界を超える最強の破壊の力を!
それに......
《ようやく吾を望むか、新たな主よ。破壊の英雄よ》
眠っていた剣は目覚め答えた。
カイルの右手に、赤い光が輝いてずっしりと重い破壊の剣《炎龍丸》が出現する。
《今、契約はなされた。吾、力、存分に使い、望みを叶え給え》
「ああ......燃えろ」
その瞬間。部屋の冷たかった温度が急上昇し、真夏の気温まで上がった。
と、同時に紅蓮の炎がカイルの剣から溢れ出す。
空気を焼きながら、カイルは結界に燃え上がる剣を構える。
カイルは涙を流し驚愕しているシルフィーに優しい視線だけ向けて言う。
「シルフィー......さっきはごめんね。突き飛ばして......」
「カイル......さん。今、望叶剣......って......! 破壊の望叶剣《炎龍丸》と!」
「......ああ。まあ、後で話すよ。それより、見ててシルフィー。今から俺が、未来を変える! 全てを燃やすこの剣で!」
「カイルさん......あなたは一体......」
驚く事が有りすぎてシルフィーは、逆に冷静になった。
そして、
「どれだけの......辛い運命を......背負ったのですか?」
慈しみと慈愛の瞳で、二つの運命の剣を手にしたカイルの未来に想いを馳せた。
「......全てを壊せ! 炎龍丸! 爆ぜろぉおおおお!! ミリス教! 何度目だ、このクソ結界野郎ぉおおおおおおおおおおおおお!」
気合いと共にカイルが炎龍丸を爆発させながら、豪炎纏いて結界に振り下ろした。
バリン!
その一撃は、十万人の魔力で造られた結界を簡単に破壊した。
そして、カイルは更に強く脚を踏み込んで、爆炎を爆ぜさせながら、杖を持つ教皇に迫った。
「くっ! 来るなぁああああァあああああああ! もう......いまさら! 魔法は止まらないんだぞ!」
「知るかぁ! たたっ斬る! 死にたく無ければ! 杖を捨てろクソデブ野郎!」
「この! フハハハハ! ならばこうしてやる!」
教皇はカイルの突撃に腰を抜かしそうになりながら、杖を外に向かって放り投げた。
杖は既に、《イグニッション・エクスプロージョン》を発動しているため、例え今更壊そうと、魔力は残り、この場で暴発するだろう。
そうすれば、ミリス聖教もローゼル軍も、アクアラ大峡谷ごと地図から一緒に消えうせる。それ程の威力が、その魔法にはあった。
だが、カイルは迷わず飛び、炎龍丸で、杖を叩き斬った。
杖に溜まった大量の魔力が、指向性を無くしその場で膨脹し始める。
「炎龍丸! 魔力ごと燃やし尽くせ!」
《ならば、剣気を使え!》
......剣気? 何それおいしいの? 状態のカイルは、
「このぐず炎が! 結局! 役ただすじゃねぇーか!」
剣気を使えない事を棚にあげ、罵り、そして、
「シルフィー! 鉄刀丸を俺に!」
「っは......でも!」
カイルはアクアラ大祭殿の空中から飛んでいて落下中。
剣気は使えない。だから使わない。そう即決し、シルフィーの隣に捨てた鉄刀丸を欲した。
だが、それを渡せばカイルは二つの剣から同時に命を吸われることになる。
シルフィーは一瞬躊躇してしまった。その時間が致命的......
ダン!
そこで、床を蹴り、亜音速で変わりに剣を拾った少女が、肩にかかった長い髪を払い、
「ふん! 何よ? カイルの泣き声が聞こえた気がしたのだけど、私の敵がいないじゃない!」
詰まらなそうに、暴発寸前のイグニッション・エクスプロージョンを見ながらそういって、
「カイル! コレが欲しいのよね? 受け取りなさい! そして、私を護ってみなさい!」
「っ! ああ......護るよ。ユウナ!」
ユウナが、カイルに向かって鉄刀丸を投げ渡した。
カイルは空中で、鉄刀丸を受け取って、力を解放する。
「ほら! 守護の出番だぞ! 鉄刀丸! 守れないとか言わないだろうな! 守れよ! それが俺の願いなんだから!」
カイルの言葉と想いを糧に、鉄刀丸から鉄が飛び出して、爆散しようとしている魔力を全て覆うように、鉄の分厚い箱が創造した。
「ユウナさん! 何をしたかわかって......!」
「五月蝿い! アンタもカイルが好きなんでしょ? なら、ぐたぐたしないで、カイルを信じて見てなさい!」
「そんなっ......!」
「私のカイルは、凄いんだから!」
直後、魔力が、暴発し、イグニッション・エクスプロージョンが、発動した。
だが、鉄刀丸の鉄の箱により、爆散する前に囲まれた為に、鉄の箱内部を焼いただけに留まったのだった。
「なっ! なんだと!?」
「ふっ。......当然よ」
チクスールドに取って、最後の奥の手を封殺されたのは、その表情を蒼白にさせる程の事だった。
ユウナはそんなチクスールドにギラリと視線を向けて、次の瞬間には、身体に剣を突き立てていた。
「ぐああ! や、辞めてくれぇっ!」
「ふふっいい様ね。ゾクゾクするわ。アンタ! カイルをイジメたのよね? その責任取る前に......一つ正直に答えなさい」
背中からお腹を貫いた剣をユウナはぐりぐりと動かして、快感に浸るように顔を紅く染める。
「アンタ。駄教徒達を洗脳又は暗示してるわよね? どうやったのかしら? 解く方法は?」
「っ! し、しらん! 私は何も」
ぐりぐりぐりぐり!
「ぐがぁああっ!」
「そう。知らないのね? むかつくわね......。カイルの予想が間違っているって事じゃない! アンタ! のせいで! カイルが間違えたのよ! 責任取って、絶望すら生易しい! 苦痛の地獄に落ちなさい!」
「ぐがああああああああああああああっ!」
「ほら! もっと痛がりなさい!! 叫びなさい! カイルを泣かせた! アンタのせいなんだから!」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり
「ぐがぁああっ! 辞めてくれ! いう! 言うからぁああ!」
「うっさいのよ! 言おうが言うまいが、関係ないわ! カイルを泣かせた罪があるっていってるでしょ! アンタを締めるのは同じよ! それに! だらしないわね......根をあげるの早すぎるのよ! コレはお仕置きするしか無いわね! そうよね!」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり
「ぐぁあああああああああ......もう......辞めてくれぇええええ」
「ほら! ほら! その調子よ、 ああっ! イイ! いいわ!! すごくいい! 気持ちい! 気持ち良すぎるわぁああ! カイルを困らせたアンタをなぶる! それだけなのよ!」
ぐりぐり
ユウナは......新たな境地に達してしまった。
「私は、それが凄く! ーー!」
「ユウナ! なにしてんの! 辞めなさい! ちょっ! ユウナ!」
そこで、戻ってきたカイルが、ユウナを羽交い締めにして止めても、ユウナの嗜虐的で、熱々しい感情はしばらく続いた。
「カイル! 止めないで! 凄く! ゾクゾクするのよ!」
「だめ! それダメな奴! 戻ってきて! ユウナ!」
続いたのだった......




