四話 『巫女との邂逅』
その日の内に依頼を受注したカイル達は、学園都市の停留所から、馬車に乗り、トウネ村へと向かっていた。
「カイルよ。一つ、聞いてよいか?」
「一つだけなら」
その途中、景色を楽しんでいるカイルに、向かいに座るアンナが声を掛けた。
……ちょっと、機嫌が悪そうな声だ。
「では、聞くが、先ほど、ギルドで、依頼を受注しようとしたとき、また、黒服どもに暴行を受けただろう?」
「……うん」
そして、なんとなく、カイルはアンナの機嫌が悪い理由を悟っていた。
……それは、
「アレはな。依頼書がボロボロだと責め苦を受けたのだ。だが、奇妙なことに、あの依頼書は最初からボロボロだった。であるならば、私に責はあるまいて」
「……」
「では、誰に責がある? どう思う? なあ、カイルよ」
鋭い碧眼に睨まれて、そっと、視線をそらす。
どう思うも何も、ボロボロの依頼書を渡したのは、カイルであった。
「しかも、カイルよ。これは、見間違いかもしれんのだが、黒服の暴行を受けているとき、私はお前に助けを求めたのだ。しかし、助けは来なかった……これはどういうことなのだ?」
「それは、見間違いだな」
……全力で嘘を付いた。
だが、どうすればよかったというのか?
黒服は十人以上もいたのだ、助けに行ったところで、返り討ちに遭うだけであっただろう。
されば、巻き込まれないように無関係を装うのは責められまい。
「でも、アンナ。そもそも依頼書がボロボロになったのは、黒服達がボコボコにしてきたせいだ。俺は悪くない。なんもかんも黒服が悪い」
「……(ぎろり)」
アンナの瞳がどす黒く染まる。
……相当、お怒りらしい。
「そ、そういえば、アンナ。俺も一つ、聞きたいんだけど、良い?」
「一つだけならな」
こういう時は、話題を変えるのが一番だと、何年もこらえ性のないユウナをあやしてきたカイルは知っていた。
「一番初めにあった時、アンナも勇者教会を追い出されていたじゃん、アレは何があった訳?」
「む、一番はじめだとぉ?」
しかし、逸らした話題にも地雷が埋まっていたようで、アンナの瞳が更に鋭くなってしまう。
「私はあのときも助けを求めたぞ! 誰も助けには来なかったがな」
「……いや、そこは責められても、俺は誰でも助ける『ヒーロ』じゃないんだぜ? 知らない女の為に、危険を冒すわけないだろう」
「ほーう……それもそうか……確かにな」
ほんの一瞬、アンナの瞳に失望の色が宿った。
それに気付くカイルだが、特別な対応はしない。
……さっきの言葉は本心だからだ。
「――で、何があったの?」
「……」
ギロリっ。
話を戻そうとしたら、アンナはまた、カイルを睨んだ。
否、カイルと言うより、瞳の奥に写る、誰か、にである。
「聞いといてアレだけど、別に話したくないなら、話さなくてもいいんだぜ?」
「いや……誰かに愚痴るだけでも、気が晴れるというものだ。愚痴りたい。愚痴らせろ!」
「酔っ払いかよ」
カイルの気遣いを、アンナは無下にして、勝手に語り出す。
うわぁ……と、呆れる、カイルだが、段々、アンナとの距離感にも慣れて来た。
「まず、私は美少女だろ?」
「……そうだな。(以外の答えを出したら、長くなるんだろうな)」
「昨晩の事だ。私の美しさに嫉妬した、ルームメイトが嫌がらせをしてきたのだ」
「ルームメイト? ……ああ、寮の相部屋か」
そこまで聞いて、そう言えば、と、カイルは思い出す。
アンナがさり気なく、ゴミ捨て場のゴミを拾って食いつないでいたと、言っていたことを。
そのせいで、生臭くなった身体を洗うのに、わざわざ、カイルの寮まで押しかけた。
……自分の部屋で風呂に入れよ。と、思ったことだ。
――では、
一人で身体も拭けない、服も着られない、根っからのお嬢様体質な彼女が、何故、そんなことをしていたのか?
「私は我慢できず、其奴と盛大に諍いあった」
「……で、追い出されたんだな。喧嘩に負けて」
「見くびるなよ? 私は、暴力沙汰を苦手としているだけだ。剣すら握れない。負けて当然ではないか」
「つまり、知能派ってこと? 軍師タイプ?」
「いや、そうでもない。どちらかと言えば、前戦にでることを好む、血の気が多い方だ」
「ゴメン……見くびらない要素が見つけられない」
若干、カイルの頭に、アンナが思った以上のポンコツで、この依頼において、足手まといになるのではないか、という気持ちが頭の隅に過ぎる。
「まっ、もともと、俺一人で、受けようとしてたんだ。アンナがポンコツでも、問題はないか」
「ふ、私は、戦闘も、知略も、劣るが、やる気と肝っ玉と負けん気だけは、誰にも負けぬと自負がある!」
「確かに、自分が使えない女だと、そこまで自信満々に宣言できる奴は、そうそういないな」
「――兎に角。話を戻すぞ」
無理気味に話の軌道を修正するアンナに、カイルは、まだ少し、言いたい事があったのだが……今回の本題は、そこじゃない。
「そして今日、ギルドで再び相まみえた其奴が言った。『どうせ、アンジェリーナお姫様は、友達の一人も居ないのじゃろ』……と」
「それは、酷いな。この世の中には、真実よりも残酷なことはない」
そこから先は、簡単な話である。
自らを血の気の多い方と評す、アンナが、そんな侮辱を我慢できる訳もなく、私闘となった。
そして、勇者教会内部での闘争は、禁止されている。
結果、アンナは黒服に、ボコボコにされたのだ。
「なんでアンナだけ?」
「向こうは、私を挑発するだけして、何もしなかったからな。諍いの元凶は、私だと、思われたのだろう」
「無念だな」
「くぅぅぅ~~っやしいっ!」
「溜めまくったな」
「決めたぞ! カイル」
「相手が卑怯だから、仕返しする。協力しろ。とかなら、お断りだぞ。さっきも言ったが俺は正義の味方じゃない」
「――否! 相手の小賢しさは認める! で、あるからこそ! 私も、小賢しさを身につけてっ! 知略で嵌めて、彼奴をギャフンと言わせてやる!」
「……へぇ」
負けた相手をまず認め、成長の糧にする。
それは、誰にでも、出来ることではない。
カイルだって、そんなことは出来ないだろう。
……やる気と肝っ玉と負けん気だけは誰にも負けない、か。確かにな。
「ギャフンとは言わないと思うが、その考え方は嫌いじゃない」
「ふん。回りくどい。こういうときは愛していると言え! 美少女な私を、組み伏しモノにしたいと素直になれ」
「素直に、したかねぇーよっ」
しかし、本当にカイルはアンナの事を尊敬し……
ナデナデ。
頭を撫でた。
さらさらの金髪が指に絡まる。
「ぎゃ、ギャフンっ。こら、カイル。いきなり、頭を撫でるのはよせっ」
「じゃあ。触る。なでなで……(ギャフンって自分で言っちゃったよ)」
「むぅ~~っ! 撫でるなら、もっと手厚く撫でろ! さっきみたいに、私を膝に乗せるのだ!」
「良いのっ! マジでっ!? ちょっと遠慮していたんだけど……」
「カイルは上手いから、特別だ」
そんな感じで、カイルとアンナ仲良く、トウネ村までの馬車旅を楽しんだのであった。
――夕方。五時間、掛けてトウネ村に到着した。
馬車を降り、賃金を払って(カイルが二人分)村の景観を確認する。
カイルが生まれ育った山奥のピオレ村とは違い、トウネ村は、周囲が草原で囲まれている。
そこで、家畜などを飼って、暮らしているようだ。
「ほーう。村の周囲を『結界』で囲い、魔物の侵入を防いでいるのか。相当強力な結界だな……む?」
村の暮らしに目を向けていたカイルと違い、アンナは村の防御機能を注視している。
つられて、カイルも、視線を移して確認するが、
「結界?」
視界に映るのは、村の周りをぐるりと囲む、木製の柵だけであった。
防壁だが、結界ではない。
結界とは、《魔法》で形成する防壁の事だ。
「ふっ。『精霊に嫌われている』カイルには、解らんだろうな」
「っ!」
「――それよりも、この結界、壊れておるぞ」
アンナが瞳を鋭くして、とある場所に指を差す。
そこには、十歳程度の男女が二人、楽しそうに草原を駆け回って遊んでいる。
……双子だ。
長閑で和みたくなる景色だが……突然。
「キャァァーーッッ!!」
「ソプラっ!」
地面の中から、狼の死体が出現した。
「《グール》っ!?」
魔物の死体を放置すると、こうして死霊種の魔物として復活してしまう事がある。
結構、有名な魔物だ。
危険度自体はEと、大して強くないが、一般人……それも、子供が襲われているとなると、話は別である。
「おや? 見知らぬ女は、助けないんじゃないか?」
「馬鹿っ! そんな事を言っている場合かっ!」
「……ふむ」
にやりと微笑むアンナのからかう言葉を無視して、カイルは駆け出していく。
……だが、子供達との距離は、五十メトル以上、間に合わない。
「ソプラっ!」
「アルトお兄ちゃんっ」
更に、厄介な事に、グールの出現に驚き、女の子が蹴躓く。
男の子が必死に、転んだ女の子を助けようとするが、グールの牙からは逃れられない。
「っち! 《土の精霊よ・塊土の壁となって・彼の者を守り給え》ッッ!」
だがしかし、そこでカイルが魔法を発動する。
双子の居る付近の地面が盛り上がり、壁を形成し、グールの牙を弾いた。
「土・初級・防御魔法、《サンド・ウォール》か。カイルは中々、機転が利くのだな……しかし、初級防御魔法、程度であれば、長くは持たんぞ」
アンナの解説どおり、魔法で作った土壁は、グールの牙を弾く度に、少しずつ、欠けていく。
だから、続けて、カイルは右手を伸ばし、手のひらをグールに向ける。
「お? 《連続詠唱》か?」
カイルの次の手に、アンナが口角を上げて少し驚く。
通常、魔法の使用直後は、体内に流れている魔力が乱れてしまう。
当然、魔力が乱れている状態では、魔法の使用が難しい。
もし、魔力の制御が出来ず、暴走してしまったら、身体が内側からズタズタに裂けてしまう。
……最悪、死ぬこともある。
「ふっ。良きかな。勇ましき我が相棒、カイルよ。一つ、美少女なる私が、アドバイスをしてやろう。《グール》は、強い不死性を持つ魔物だ。土魔法では、倒せんぞ」
「――この忙しい時に、台詞がなげぇぇぇーーっ!」
このとき、アンナのアドバイスは未来を読んだものであった。
カイルがこのまま何かしらの魔法を発動しても、《グール》を止められなければ、子供達の生命が危ないのだ。
「《炎の精霊よ――」
「……ほーう。二重属性持ちか、珍しい事でもないが」
それでもカイルは、暴れる魔力を押さえつけ、魔法の詠唱を始めた。
その詠唱を聴いて、アンナが小さく感心する。
「《――豪炎の塊となって・彼の者を撃滅し給え》。焼き尽くせっ! 《ファイア・ボール》!!」
詠唱が終わり、魔力が練り上げられ、魔法が発動する。
発動したの、炎・初級・攻撃魔法、《ファイア・ボール》。
伸ばしていた掌の先から、ボウッと火炎が巻き起こり、収縮すると密度の高い炎球となって、飛び出していく。
豪速で飛び出した炎球は、まっすぐ突き進み、グールに的中し、身体を豪炎で焼き尽くす。
「――ッッ!!」
確かに、アンナの忠告通り、元々屍のグールは、強い不死性を持っている魔物だ。
首を落としても止まることがないほどに。
しかし、炎によって身体を燃やしてしまえば……身体は灰となって散る。
「お見事。流石は、我が親友だ」
「勝手に段々、俺とお前の関係を増長するな」
裏の無い表情で褒め称えてくるアンナを、カイルは適当にあしらい、双子の無事を確認する。
「そして、なるほどな。一度目の《サンド・ウォール》は、二度目の《ファイア・ボール》の熱から、子供らを守る伏線でもあったのか。土魔法は、炎魔法に強いからな」
「俺の戦術を懇切丁寧に説明するな」
「ふふ。カイルは見た目に反して、細かい戦術を積み上げる頭脳派なのだな」
「……俺は、力だけで解決できるほど、才能に恵まれてないからな」
「……ほーう?」
褒めた気持ち半分、からかう気持ち半分の言葉で、カイルの感情に陰が差したことに、アンナが首をかしげるが……
カイルは特に、何も補足しようとせず、そのまま、双子を土の壁から、救い出した。
……見た目の怪我は、特にない。
「良かった。回復魔法は苦手だったから」
「あ、あの……貴方は?」
双子の無事を確認し、身体の泥を払おうと、手を伸ばす……と。
びくっ……。
妹の方の肩が、小刻みに震えた。
……どうやら、警戒されてしまったようだ。
(そう言えば、昔、俺も、助けてくれたブレイブを警戒たっけ……)
そこで、カイルは手を止めて、出来うる限りの微笑みを作って言った。
「俺は、勇者学校所属、勇者候補のカイルだよ? 怪しい人じゃない」
「怪しい人ほど、自分は怪しいと言うがな」
……お前は黙ってろ。
「か、かいる……?」
自分より、二歳ほど、年下の少女に、たどたどしく名前を呼ばれて、教会の妹達を思い出す。
「うん。そうだよ」
言いながら、懐かしい気持ちで、少女の頭を優しく撫でた。
……すると。
「~~ッ!!」
少女は、赤い植物の様な顔色をし、涙をこぼして……脱兎の如く逃走。
「そ、ソプラっ!?」
もう一人の少年も、少女の後を追っていく。
そのせいでぽつんと一人、カイルは残されてしまった。
「あれ~~」
……くすくす。
堪えきれないと言うように、アンナの伏せ笑いが響く。
「……ねぇ。アンナ。なんか俺、ダメなことした?」
「いいや。完璧であったぞ。思うに、顔が男性器にでも、見えたのではないか?」
「お前の目は腐ってるな」
「まぁ、そう、落ち込むな。少女の信は取り損ねたようだが、私の心は奪われた」
「お前の心も腐ってるようだな」
「む? 勘違いするなよ? 性的対象として、ということではないぞ? ただ単純に、カイルの行動が好ましいと思ったまでだ。(何が『俺は、ヒーロじゃない』だ。とびっきりのヒーロではないか)」
「一瞬も疑ってなかったわ! 止めろ! 無駄に意識しちゃうだろ」
「ふふ、意識してもよいぞ? 美少女の私は、例え、顔面が男性器の様な男でも、愛おしいと思えば、受け入れる。カイルはもうちょっとだな」
「なんかもう、お前の言葉が卑猥な言葉にしか聞こえなくなってきたよ」
そんなこんなで、いきなり一悶着あったカイルとアンナは、くだらない言い合いをしながらトウネ村の中に入って行ったのであった。
その足で向かうのは、トウネ村、村長の家だ。
依頼主である。
「と、カイルよ」
「何、アンナよ」
トウネ村の中を迷わず歩いて行く、カイルに、アンナが声を掛けた。
「この村に、懇ろなおなごでもいるのか?」
「いね~~よ」
「では、どうして、歩みに迷いがないのだ。普通は、童貞がおなごと初夜を過ごす刻のように、右往左往するものだろう」
「例えが全く解らないけど……村長の家がどこにあるかってことなら、大体解るんだ」
「その心は?」
「村長が家を構える場所は、大体二通り、まず、村の中心部にドデンと大きな屋敷を持つタイプ……これは、村の住民の中心に居ないと気が済まないタイプの村長だ」
「ほーう」
ということで、中心部。
……それらしい、建物はない。
「次に、村の入り門から向かって最奥に、ドデンと大きな屋敷を構えるタイプ」
「どちらのタイプもドデンと大きな屋敷を構えるのだな」
「それが村長という、人種なんだ」
「――で、最奥に構える村長は、どんなタイプなのだ?」
「村の住人全てを自分の下僕と思い上がっているタイプだ」
「カイルは、村長に何か恨みでもあるのか?」
……当然、ある。
カイルが居た教会は、村の外れにあったが、それは、村長に追いやられたからに他ならない。
買い出しや、水場に行くときなど、マーサがどれだけ苦労していたことか。
「……で。最奥まで、来た訳だが、《家畜小屋》しかないぞ?」
予想が外れたな、と、ニヤニヤからかわれるが、目の前に大きな屋敷が建っている。
今まで通った家々と比べても、一回り大きい……間違いなく、ここが村長の家だ。
「いや、家畜小屋じゃねぇーよ。人間の屋敷だよ。しかも結構、大きめのな」
「なんとっ! 軍馬の小屋ではないのかっ!」
「なんで放牧民の村に軍馬が居るんだよ」
常識が欠如しているアンナに、カイルはツッコミを入れつつ、呼び鈴を叩く。
「カイル。カイル。それはなんだ?」
「一々、やることなすこと反応するな。お上りさんかっ! 黙ってろ」
チリン、チリン、チリン、チリン、チリン……
透き通る綺麗な音が鳴り響き……まくっているのは、アンナが遊んでいるからだ。
……子供心をくすぐられる気持ちは解るが、止めて欲しい。
「なっなっなんなんじゃっ! そんな何度も何度もっ! ならさなくとも聞こえとるわいッッ!!」
案の定、ご立腹のご老人が、扉を乱暴に開けて、現れた。
……村長だ。
すぐに、依頼書を見せ、身元を明かす。
「勇者学校所属、勇者候補、カイルです」
「同じく、勇者学校、賢者科所属、アンジェリーナだ。どうした? そんなにカリカリして、カリを立てるのは、イチモツだけにしないと、ハゲるぞ」
「な、なんじゃとぉぉぉーーっ! もう枯れとるのじゃぁぁぁぁ」
カイルが低身で対応したのに関わらず、アンナは尊大に振る舞う。
……怒ってる相手を挑発するんじゃない。
アンナの煽りで、青筋を立てて激昂する村長を、どうフォローすれば事が治るのかと、カイルが考えていると、
「うむ? アンジェリーナ……? はて、何処かで聴いた覚えが……もしや、お嬢さん。どこかでお会いしたことがありますかな?」
怒りを収めて、ジロジロとアンナを凝視した。
……これがナンパと言う奴か。
対して、アンナは、いつの調子で受け流す。
「呵々っ。何処かで一方的に私を見たのかもしれないな。ご老人。私は美少女だから、目立ってしかたないのだ」
「お前のその美少女に対する絶対的な自信、逆に凄いよな」
普通、どんなに絶世の美女として生まれたとしても、アンナほど、一途に自分の美を信じられないだろう。
カイルが可愛いと思う、ユウナも自信家だが、ここまでではない。
もっと、遠慮がちに『カイル。私って、可愛いわよね?』と、聞くぐらいだ。
……滅茶苦茶可愛い。本人には絶対に言わないが。
「――ともかく。待っておったぞ。勇者候補生達よ」
「おおっ! なんか、それっぽい。盛り上がって来たね」
「ご老人。私は一応、勇者学科所属の勇者候補生ではなく、賢者科所属の賢者候補生だと、言っておく」
「……」
カイルとアンナが茶々を入れるせいで、村長は一ヶ月前から考えていた挨拶を踏襲できなかった。
そのせいか、たちまち、村長の機嫌が悪くなり、対応が雑になる。
「今日はもう、日も落ちたからのう。そちらを下宿先に案内するのじゃ。詳しい話はそこで聞くと良い」
言うだけ言って、侍女を呼び、カイル達を案内するよう言いつけると、村長は、屋敷の奥へと姿を消してしまった。
少々強引だが、カイルとアンナの問題児二人に対する対応としては、間違ってはいない。
何せこの二人、勇者学校史上初、開校初日に二度も、『勇者教会』から追い出されたという経歴を持つ。
まともに相手をするだけ、徒労というものだ。
――その後。
カイルは侍女に、民宿を案内され、そこで、仕事の説明を聞き、仮眠を取ることになった。
気を遣われたのか、部屋がなかったのか、アンナとは違う宿である。
ともかく、こうして、カイルの初めてこなす『依頼』が、始まったのであった。
依頼内容は、こうである。
来て早々、アンナが気付いていたが、
壊れている《結界》を張り直す二週間、村の護衛をするというものだ。
こんこんっ。
与えられた寝室で、カイルが身体を休めていると、扉がノックされた音が響く。
ぎぃぃっっと、返事をする前に、扉が開き、寝間着姿の子供が二人、顔を出した。
……何処かで見たことがある子供だ。
「ほら、ソプラ。ちゃんと言わないとダメだぞ」
「う、うん。あの……カイルお兄ちゃん……さっきは逃げちゃって、ごめんなさいっ」
「さっき? ……あ!」
不安そうに前に出て、ペコリと頭を下げる少女を見て、思い出す。
グールに襲われていた双子だ。
「別に気にしなくて良いんだよ……」
正直、逃げ出された瞬間は、ほんの少しだけ、衝撃を受けたが、わざわざ、謝罪しに来た子達を責めるほど、カイルの性格はねじれていない。
そもそも、お礼を言われたくて、助けた訳ではないのだ。
「「わぁぁ~~っ」」
カイルに、激怒されると思っていた双子は、硬くしていた肩の力を抜いて、部屋の中に入ってくる。
「どうした?」
「今夜は、一緒に寝ますっ」
「……え?」
何故、そういう話になったのか、流れが全く読めないカイルは、困惑するが、
よく見れば、双子は手に、枕を抱えている。
もともと、そういう算段であったのであろう。
「いやいや、ダメに決まっているだろ? 自分の家に帰えるんだ」
「兄ちゃん。なに言ってるんだ? ここが、俺達の家だぜっ」
「え……?」
双子の兄の言葉で、ここが民宿であったと、思い出す。
宿として貸してくれるからと、女将さんとは、軽く話したが、その子供とまでは顔を合わせていなかった。
まさか、助けた子供達と同じ屋根の下に止まっているなんて、とんだ偶然もあったものだ。
「もしかして……カイルお兄ちゃん、私たち、迷惑ですか?」
……正直に言えば、一人で落ちつきたい。
しかし、年下に、うるうる潤んだ瞳で見られると、妹達と姿を重ねてしまう。
「迷惑じゃないよ」
――だから、つい、反射的に、カイルは口走ってしまった。
後悔先に立たずである。
「わあっい♪」
「あ、ソプラ。ズルいぞ。冒険の話は、俺が聞くんだ」
カイルの許しが出た事で、双子は遠慮なく、ベッドによじ登り、布団に入った。
二人はカイルを挟んで抱きつくと、夜を通して話し続けるのであった。
――翌日。
左右の圧迫感で目が覚めたカイルは、くすりと微笑んで、あどけない顔で眠る、双子の頭を撫でた。
「うーん……兄ちゃん。冒険……の話もっと……」
「カイルお兄ちゃん……王子様だったんなんて……へええ」
ぎゅうっと、腕に絡みつき、寝言を漏らす、二人は、なんの夢を見ているのか、想像しやすい。
ただ、言えるのは、
……王子様じゃないし、冒険の話なんか一つもしなかった。
「ほら、起きろ。ソプラ。アルト」
「うーーん? あっ。兄ちゃんっ。おはよ……」
「ふわわ~~っ。お兄ちゃん……おはようございます」
一晩、雑談したことで、双子の事の名は、知っている。
そろそろ活動するために、揺すって起こすと、兄のアルトが、目を擦って覚醒し、妹のソプラは、可愛らしくあくびをしながら、瞳を開けた。
どちらも、ちゃんと、朝の挨拶をする。
「偉いな……おはよう」
「何がですか?」
「いや……別に……」
二人の腕をやんわりと振りほどき、部屋のカーテンを開けて、日差しを部屋に入れる。
そのまま、ベッドから起き上がり、水桶で顔を洗って、歯を磨く。
「「……」」
瞬く間に、朝の準備を終わらせたカイルが、着替えに手を伸ばすと、
双子が瞳を輝かせて、真似をしていた。
……親の行動を真似する、ひな鳥のようだ。
「……(そう言えば、教会の妹たちも、ことあるごとに俺の真似をしてたっけ)」
そんな双子を、暖かい気持ちで見守っていると、二人の器量が良いことに気付く。
グールから救い出した時は、そんな事を気にする余裕もなく、昨晩は、頼りないロウソクの明かりだけ。
随分と、一緒にすごした気もしていたが、実際は、一晩。
日差しの下で、顔を見るのは、初めてであった。
どちらも、翡翠色の瞳に、水色の髪。
ソプラは髪を背筋まで長く伸ばしていて、アルトは、短い。
「アルトはともかく、ソプラは女の子だから、寝癖も直した方がいいよ。俺がやろうか? (金髪じゃないけど、触りたい)」
「あっ……大丈夫です(赤面)」
「じゃあ、兄ちゃん。俺のをやって、(ニコニコ)」
「任せろ」
顔立ちは、子供ながら端正で、美少年、美少女といって良いだろう。
……将来は、否、既に異性に好かれまくってそうな顔立ちだ。
(あれ? 女将さんはあんまり美人じゃなかったよな?)
朝一番、アルトの寝癖を直しながら、失礼な事を物思う。
そんなカイルの袖を、寝癖直しを進めるソプラが掴み、砂糖菓子のような声で言う。
「あの……カイルお兄ちゃん。《魔法》を使えますよね?」
カイルも、三年前にブレイブと合うまで、《魔法》を見たことがなかったように、この大陸で魔法を使える人間は少ない。
……というより、そもそも、魔法を教えられる者が少ないのだが。
ともかく、魔法を使えるカイルのような人間は、一般人には物珍しかった。
「見せてくれますか?」
……と、言われても。
カイルには、村の警護をするという、仕事がある。
一応、昨日、魔物が出ていない間は自由にしていていいと、説明を受けたが、あまり、双子の相手をしている訳にもいかない。
「……」
どう説明しようかと、頭を悩ませるカイルが、ソプラに返事をする前に、アルトが活発に笑って言う。
「ソプラ。 兄ちゃん達は、見習いだから、あんまり期待しちゃいけないって、大人達が言ってただろう?」
「アルトお兄ちゃんっ!! それは言っちゃいけないって、言ってたでしょっ!」
「あっ。そうだった!」
……なるほどな。
――この村の連中、俺達に期待していないっっ!
と、カイルは理解した。
仕事が振られないのは、そういうことである。
――絶対に見返してやる!
意外に負けず嫌いなカイルは、そう胸に近い、
「よしっ。いっちょ、ド派手な、魔法を見せてやる! 二人とも、着替えて、外の草原に集合だ」
……と、よからぬことを、考えついた子供の様に、にやりとほくそ笑むのであった。
――そして、草原地帯。
村の居住地の外であり、人通りもない、そんな場所。
「ふんっ。両手にロリとは、楽しそうだな、ロリコン」
「片方は男児だろ。それと、俺は幼女愛好者じゃなくて、金髪愛好者だ」
突然、声を掛けられたカイルには、その尊大な声色だけで、確認せずともアンナだと解った。
「……ひとつ、確認だが、金髪の幼女は、性的欲求対象か? 抱きたくなるか?」
「当然だ!(即答)」
「ふむ……つまり、金髪のロリコンと言うわけか。(ぼそっ)……危険だな」
「なんだよ、藪から棒に……もしかして、金髪の幼女に心当たりでもあるの?」
「会わせてやらんぞっ!」
アンナが珍しく、必死になっている。
……本当に、金髪幼女の心当たりがあるのかもしれない。
――だが、アンナは解っていなかった。
金髪の幼女など、紹介して貰えずとも、カイルの欲求を満たせる金髪は、既に、目の前に、存在しているということを。
「さて、今日も素晴らしい金髪様と、謁見させて頂くか……」
朝一番の金髪を拝む為だけに、カイルは振り返る。
すると、アンナはカイルと同じ様に、数人の子供を連れていた。
その子供達が、アンナの長い金髪で遊んでいる。
……羨ましい。
「え? なに? お前、子供がいたのかよ……流石、お嬢様だな。何歳で身籠もった子?」
「殺すぞ。私は、そういう冗談は嫌いだ。嫌な出来事を思い出すからな」
「嘘つけ、お前も毎回やるだろう」
ふざけるな、と、思いながら、カイルが怪訝な顔で、アンナを見ると……
確かに、本気で嫌そうな顔をしていた。
……どうやら、悪いこと言ってしまったようだ
「悪い……脳天気に見えるお前にも、色々とあるんだな」
「そうだ。美少女にはイロイロと、豊富な経験があるのだ。……イロイロと、アダルトな経験がな」
「お前……ぶち殺すぞ?」
結局、卑猥を匂わせる台詞を言うアンナに、カイルの罪悪感が一瞬で消え失せた。
どんな過去に経験があろうと、アンナはアンナである。
もう、決して、おもんばかったりはしないと、心に誓う、カイルであった。
「――で。何しに来たんだよ? ここは、俺達が使わせて貰うからな」
「安心しろ。遊び場所で揉めるつもりはない。このクソガキどもが、私の髪を玩具にして、うっとうしかったからな。カイルに押しつけようと思って来ただけだ」
「押しつけんな」
……と、言う、カイルだが。
よく見れば、子供達は、アンナの金髪を引っ張ったり、引っこ抜いたり、している。
(ああっ、勿体ない。高級な金髪で、そういう風に、遊ぶんじゃない! ……散った金髪は後で回収しよう)
「まぁ、良いか。取り敢えず、その陵辱は止めさせろ」
「見込み通りの男だな」
もちろん、ここで、カイルが、金髪の為に折れるであろうことは、アンナの作戦通りだ。
(ふはは。やはり、私は美少女だな。やろうと思えば、知略も練れる。……しかし、金髪一つで、こうも踊るとは、男とは、誠に馬鹿な生き物だな……否、カイルだけだな)
「――で。カイルは、こんながらんどうな場所で、何をするつもりなのだ?」
アンナにそう聞かれ、カイルはニヤリとほくそ笑む。
「ふっ……俺達、あんまり信用されてないみたいだからな。ちょっと、『アピール』をしようかなってね」
「ほーう。それは面白そうだ。私も拝見させて貰おう」
そこでアンナも、ニヤリと微笑んだ。
カイルが言わんとする言葉の裏を理解したのだ。
「さて。アルト。ソプラ。ソレと、金髪を毟るガキども。その金髪を俺に渡して、少し下がれ」
子供達が下がったのを確認し、カイルは、自分の右上を前に出し、逆手で、手首を掴んで固定した。
次に、体内に流れる魔力に意識を向け、乱れないよう制御する。
――そして、詠唱を始めた。
「《風の精霊よ・炎の精霊よ・集まり・合わさり・混ざり合え》」
「……なっ! 三つ目の魔法属性だと……イヤ、それよりその《魔力反応》まさか! 《爆炎合成魔法》か!?」
アンナが、詠唱だけで、カイルが発動しようとしている魔法に気付き、
「《焚けき豪炎と・烈しい爆風よ・爆炎となって・彼の地を・焼き飛ばし給え》!!」
「全員っ! 頭を伏せろぉぉぉぉッッ!」
全力で、這いつくばった。
「派手にいけっ! 《エクスプロージョン》ッッ!!」
同時に、カイルが、魔力を解放。
腕が向けられている先の草原に、紅の炎と、翡翠の風が集まっていき……
ドカァァッァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッ!!
……大爆発が巻き起こった。
数百メトル先で起こった、すさまじい衝撃が、頭を下げていたアンナや、咄嗟にアンナに従っていたアルトとソプラ以外の子供達を数メトルも吹き飛ばす。
数分以上掛けておさまった現象の後には、数百メトルの規模で、草原が砂漠化していた。
遠く離れた家畜が飛び上がり、朝食時だった村の住民が家々から顔を出している。
子供達も、口をあんぐり開けて、固まっていた。
「ふぅ……爽~~快っ! どうって……あれ? やり過ぎた?」
気持ちの良い魔法を打てたと、振り返ったカイルの瞳に映ったのは、顔面蒼白の子供達。
アンナでさえ、顎を触って何やら、思案に耽っている。
「「「……」」」
子供達の沈黙に、カイルの背筋が凍った。
沈黙が痛い……怖がらせてしまったかもしれない。
……というような不安は、
「「「スゲェェェェェェェェェェェェェェェッェェェェェェェェッッ!!」」」
一段と、溜めに溜めた、子供達の大歓声で消し飛んだ。
……しかし、ちょっと反省である。
元気いっぱいに、寄ってくる子供達の反応に、カイルは胸を撫で下ろしていた。
「まさか、《合成魔法》とはな。一流の魔導師でも、困難と言われている術だぞ? 炎に、風に、土と三つの属性も使えるようだし、カイルは、高位の魔導師であったのだな」
カイルが発動した《合成魔法》とは、二つの《魔法属性》を合成して発動する、超高度な魔法である。
少しでも……魔法を知る者であれば、驚くのも無理はない。
……だが、
「いや、そんなことも――」
――ない。
そう言い掛けたカイルの胸元を、大興奮のアルトが掴んで、言う。
「――兄ちゃん! 兄ちゃんっ! 今のもう一回、見せてくれよっ」
「こら、アルト。ガキども、ひっぱんな。《合成魔法》の《連続詠唱》は流石に……」
……厳しい。
と、カイルは言い掛けて、子供達のキラキラと輝く、瞳を見てしまう。
「お兄ちゃん……ダメ?」
「……うっ」
ソプラの甘声が止めであった。
……ここまで言われて断っては、もう、『お兄ちゃん』ではない。
「よーし! 見てろよ? もう一発、ド派手な爆発、拝ませてやるからな?」
「「「わぁぁぁいっ!」」」
決意を固め、子供達を下がらせ、再び体内魔力を制御する。
一度、合成魔法を使った影響で、荒ぶっているが、関係ない。
……子供達の笑顔の為だ。多少のリスクは覚悟の上。
「《風の精霊よ・炎の精霊よ・集まり・合わさ……っ。あ!」
しかし、実際に、詠唱しながら魔力を練っていると、途中で、魔力が制御を離れ、暴走し始めた。
……これは、
――《魔力暴発》!
体内を巡る魔力が、暴れ回り、体外へと爆散する現象だ。
ぼぉぉぉおおおおおおおおおおおんッ!
直後、カイルの身体から、魔力の爆発が起こり、冗談のように吹っ飛んだ。
身体の内部から、外へ魔力が放出される影響で、カイルの身体は、全身の血管が破裂し、皮膚も裂け、血の池を作っていた。
……致命傷だ。
このままでは、冗談ではなく、死んでしまうほどの重傷であった。
(ヤバい……手足の感覚がなくなってきた……。え? マジ? 俺って、こんな所で死んじゃうの?)
あまりにも馬鹿らしい死因に、心の中で涙を流すカイル。
そんなカイルに近づいていく人物が一人。
「ふむ。ここは、私の出番だな。見ていろ、ガキ供。世界最高の《魔法》を見せてやろう!」
黄金の長髪を揺れ、濃い隻眼が輝く少女、アンナだ。
……お前かよ!
(今は、巫山戯ている場合じゃないんだけど……)
カイルのアンナに対する信用度はゼロ。
一緒に、パーティーを組む程度には、嫌いではないが、命を預けようとは思えない。
むしろ、介錯されてしまう気すらしていた。
「よ……せっ……! 死にたく……ないっ。……へるぷぅ。へるぷぅっ!」
「ふっ。安心しろ。すぐにラクにしてやるからな」
「――ッッ!!」
アンナの不穏な言葉に、全力で頭を振って拒絶するカイルだが、這ってにげても間に合わない。
「《癒やしの精霊よ・あれ……なんであったかな? ふーむ……」
「(詠唱ど忘れしやがった!? よせっ。それじゃ、どんな効果になるかわかんないだろ!よせっ。よせっ!)」
「――ええいっ! 格好付けようと思ったが、まどろっこしい! 詠唱破棄! 上級回復魔法!!」
魔法の発動に必要不可欠な、詠唱を途中で破棄するなど、魔導師であったならば、卒倒してしまうほどの愚行だが……
――しっかり、起動した。
カイルの身体が癒やしの光に包まれる。
しかも、本当に腕が良いのか、傷が瞬く間に治っていく。
普通は、瀕死の状態なら、回復魔法をかけても、完治までに多少の時間が掛かるのだが……
「え……? 嘘……だろ? 治った?」
ほんのひととき、瞬きのような短時間で、致命傷だったカイルの怪我か完治していた。
腕や足を回して、確かめても、痛みはない。
むしろ、いつも以上に身体の調子が良い。
「さて。カイルよ。私に何か言うことはないか? (ニヤニヤ)」
ぽんと、肩を叩かれて、そう言われ、カイルはアンナの顔を見た。
それだけで、アンナがどんな言葉を求めているかは、悟ってしまえる。
……いつものように、何かひと言、言ってやりたい顔だ。
――しかし。
今回ばかりは、本当に……
「アンナ……。ありがとう、助かった! お前は、美少女だ」
……そう、思ったのであった。
「それは当たり前なのだ!」
「じゃあ、なんて言うのが正解なんだよ」
「心を込めて『愛している』だ。その後の返事には期待するなよ? 私は愛されたいだけだからな」
……この残念な性格さえ、なければ。
「ふぅ……」
そこで一息つき、カイルはチラリと子供達に視線を向けた。
再びド派手な爆発が観られると思っていたら、人間の爆発を観てしまった子供達は、戦慄の表情で、口をあんぐりと開けている。
……まぁ、そういう反応になるであろう。
「こほんっ。さて。諸君。解ったかな? 魔法は、時として使用者にも牙を向く、危険なものなんだ」
なんとか、上手く纏めみたが……
「あ、アルトお兄ちゃん。いま……カイルお兄ちゃんが爆発……血まみれ――」
「――気のせいだぞ。ソプラ!! お前は何も見なかった。何も起こらなかった!」
……流石にショッキング過ぎて、事の重大さを隠しきることは出来なかったようだ。
「と、とにかく、今日は解散だ。解散っ!」
これ以上、何かを追求されても困ると、カイルが、子供達を散らしてしまう。
……時間さえおけば、そのうち、綺麗に忘れるだろう。
子供なんてそういう生き物だ。……という、カイルの偏見が十割である。
「アンナ、まさかとは思うけど、さっきの《詠唱破棄》って、偶然……じゃ、ないよね?」
アルト、ソプラ含めて、子供達が居なくなってから、アンナに話を振った。
通常、魔法を発動するには、《詠唱》と言われる、あらかじめ決められた呪文が必要になる。
魔導師は、この《詠唱》を簡易化する《省略詠唱》や《改変詠唱》などの高等技術を習得し、いかに早く、魔法を発動できるか、日々、研究を重ねている。
そんな魔導師界で、もしも、さっきのような《詠唱破棄》を意図的に行い、発動できるのだとしたら……。
カイルが見せた《合成魔法》の技術など、比べようもない超高等技術だ。
「ふっ。珍しい《合成魔法》を見せて貰ったからな。特別に教えてやる。 何を隠そう! 私は、昔から《詠唱》を必要とせず、この眼で見た、全ての魔法を発動できるのだぁぁぁぁぁッッ!!」
「《合成魔法》と比べんな! 霞むわ。魔導師界の頂点、《魔導神》にだって、完全な《詠唱破棄》には至ってないんだぞ」
ポンコツだと、思っていた、アンナが、実はとてつもなく凄い人間であったのだと、カイルは思わず見直した。
「お前……《神級》魔導師を越えてるんじゃねぇぇの?」
「いや、完全無欠な美少女は、美少女でないように、私にも『欠点』があってな。《超級》認定までしかされていないのだ」
「それでも十分、すげぇけど……。(……コイツ、もやは『美少女』って言葉の意味を自分専用に改竄してやがるな)」
因みに、級位は、剣士も魔導師も同じ段階を踏み、上級までは、努力さえ惜しまなければ、カイルのように基本的には、上り詰められる。
しかし、そこから先……
――《超越者》と言われる《超級》
――《異能者》と言われる《王級》
――《全能者》と言われる《帝級》
――《絶対者》と言われる《神級》
……は、生まれ持った才能がモノを言う、世界である。
と、上級に上り詰めた強者達が言い切り、絶望する程に、超級以上は、それぞれ大幅に格が違うのだ。
――が、
カイルはその差を見て、絶望に足を止めない才能があった。
「――で。《詠唱破棄》ってどうやるの? 教えて」
「諦めろ。コレは、《精霊の寵愛を受けている》、美少女な私の特権だ」
――が、
カイルはその差を埋める、才能がなかった。
「そもそも、《精霊から袖にされている》、カイルに出来る訳ないであろう?」
「昨日も思ったけど、なんでソレ……知ってるの?」
アンナが言っているのが、まさに《才能》の話。
全ての魔法は、使用する際、《精霊》と言われる存在の力を借りる。
この《精霊》との相性、《精霊適正》がよければ良いほど、魔法を使用する際に、魔力を効率良く使う事ができるのだが……
カイルは、その《精霊適正》が異様に低くかった。
そのせいで、《詠唱》後に体内魔力が通常以上に乱れやすく、上級以上の魔導師に必須な技術、《省略詠唱》や、《改変詠唱》が全く身につかなかったのである。
「私くらい、精霊に愛されていると、なんとなく、わかるのだ……カイルの纏う、精霊の力、とてつもなく、嫌そうだ」
「なんで、お前みたいな、金髪以外取り柄のない人間が好かれて、俺みたいな完璧超人が嫌われるんだよ……」
「そんなどうでもいいことよりも、カイルよ」
「俺にとっては大事なことなんだけども、何? アンナよ」
「今の状態で、合成魔法を含む、上級以上の高等魔法は、一日一回にしておくのだな」
「その心は?」
――必ず、魔力暴発を引き起こす。
その後。
村の護衛をするため、防壁へ向かったが、出現した魔物は、全て、村守と呼ばれる、村の衛兵だけで、倒していた。
更に、《爆炎魔法》についても、問い詰められ、滅茶苦茶、怒られたのであった。
……もう帰りたい。
――二日目。
一日目と同じく、カイルは、子供達に掴まっていた。
「兄ちゃん。兄ちゃん。俺達に、魔法を教えてくれよっ!」
村の護衛は、現状、村の戦力だけで滞りがないため、手は空いている……とは言え。
「おいおい、昨日も言ったけど、魔法は時として使用者にも牙を剥く、危険な術なんだ。教えられる訳、ないだろう? (流石は子供、一晩でショックから回復したのか)」
それだけは絶対にできないと、アルトの肩を軽く叩いて、諫めておく。
……昨日の《魔力暴発》は、アンナが居なければ、本当に死んでいた。
魔導師の人口が、剣士の人口より、少ないのは、この辺が原因である。
……しかし、
「《初級魔法》なら暴発しても死ぬことはないだろう。教えてヤレば良いじゃないか」
今日も、今日とて、華美な金髪のアンナが、尊大に両腕を組み、仁王立ちでそう言った。
……余計なことを。
カイルに拒絶され、諦めかけていた子供達の瞳に、希望の炎が燃ゆる。
「そう思うなら、アンナが教えてやれば良いだろう。お前の方が、魔法の扱いは上手いんだからさ」
昨日の《詠唱破棄》で、アンナが高位の魔導師だということは、解っている。
まだ、中級魔導師でしかないカイルが教えるよりは、安全で、実りの良い教えになるだろう。
と、思って言ったカイルに、
「私には、無理だ」
……アンナは即答でばっさりとそう言った。
「なんでだよ」
「私は、生まれながらに、一度この目で見た魔法は、全て《詠唱破棄》で発動できるのだぞ? 魔法が使えない者の気持ちなど、美少女に生まれ落ちなかった醜女の気持ちほども解らんのだ」
「後半の解り辛い、例え、いる?」
……つまりだ。
アンナは、無駄に優秀過ぎるせいで、他人に教えることが出来ないのである。
(さて。どうしたら、諦めて貰えるか……)
「カイルお兄ちゃん……」
ちょこんちょこんと、カイルの袖をソプラが引く。
「……ん?」
「私……カイルお兄ちゃん……」
視線を向けると、ソプラが瞳に滴を溜めていた。
「ダメ……ですか……?」
「……ほーう」
声と同時に、ぽろぽろと滴が零れ落ちていく。
……そんな反応を見てしまったら、
「――良いに決まっているだろ」
……そう言うしかなかった。
わぁぁぁぁい、と、子供達が喜び舞い上がる。
――しかし。
アンナは、冷たい瞳で、カイルに言う。
「カイルよ。アレは、明らかに嘘泣きだぞ? おなごの涙に騙されるでない」
もちろん。
「おいおい。あの純粋無垢なソプラが、そんなことするわけないだろう?」
カイルは全く聞く耳をもたなかった。
……が。
アンナは、ソプラがニヤリと笑ったのを、見逃さなかった。
「どうやら、カイルは、私が《好敵手》として、側で見ていてやらんと、悪いおなごに引っ掛かってしまうようだな」
「どうでもいいけど、いつから、俺はお前の《好敵手》になったんだ?」
「阿呆。好敵手とは、自然に出来るものだ。乳繰りあって作る赤子とはちがうのだぞ?」
「阿呆は、お前だ。一生、その下品な口を開くんじゃねぇ」
段々と、アンナの言動や扱いに慣れてきた。
……ここは、取り敢えず、無視でいい。
そう、思ったカイルは、子供達に視線を向けた。
ソプラに良い返事をしてしまった以上、今更、撤回はできない。
「――さて。魔法を学ぶ第一段階として、みんなは自分の《適正属性》を知る必要がある」
「はい。カイルお兄ちゃん」
そこで、スッと、ソプラが右手を挙げた。
挙手で発言をしても良いのか確認するとは、なんて良い子なのだろう。
「なにかね。ソプラくん」
「《適正属性》ってなんですか?」
「良い質問だね。今から説明するよ。……それから、俺の事は、カイル先生と呼ぶように」
「はい。カイル先生っっ」
……素直な子である。
従順すぎて、冗談を本気に受け取られ、いたたまれない気持ちになった。
「魔法には、基本となる、炎・水・風・土・雷・光・闇の、七つの属性があるんだ。これを《七大属性》という」
「ナナダイゾクセイ……」
「アルト。そこまで無理して、覚えなくても良いぞ。使っている内に覚えるから」
この辺の説明は、魔法の基礎。
これから、魔法界に足を踏み入れるなら、何千、何万と、確認することになる知識だ。
一回で覚えられずとも、何ら問題ない。
……今は、そういうモノがあると、認識して貰えればそれでいいのだ。
「魔法は、基本的に、七大属性の内、適正がある属性しか扱えない。これが、《適正属性》」
「ほーう。そういう理屈であったのか。カイルの説明は、わかりやすいな」
「……今まで知らずに、魔法を使ってたのかよ。そっちの方が驚きだわ」
天才が他人にモノを教えられないのは、こういう基礎を吹っ飛ばして、まかり通ってしまうからなのであろう。
……馬鹿と天才は紙一重である。
「――さて。今から、みんなの魔法適正を計測する。アルト。ソプラ。おいで」
「はい。カイル先生♪」
「なんだ? 先生っ。遊んでくれるのか?」
一通りの説明が終わり、実践してみせようと、カイルが双子を呼んだ。
すると、双子は元気よく前に出てきて、カイルに飛びついた。
アルトは腕に掴まりはしゃぎ、ソプラは、胸のあたりで頭をスリスリしている。
……だれも、抱きつけとは、言ってない。
「離れろ。離れろ」
カイルは、無駄に甘えてくる双子を引き剥がし、腰のポーチから半透明な石を二つ取り出した。
「きれい」
「かっこいい」
「双子なのに感性がバラバラだな」
その半透明な石を、そのまま二人に手渡すと、
「それは、魔水晶と言って、よく魔法の触媒に使われる魔石なんだけど……その石、魔力に反応して、変色する特性があるんだ」
透明な石、魔水晶が変色する。
アルトは透き通る水色に、
「水色に変色したアルトは、水属性の適正がある。これは、忘れないように」
「水属性……て、すごいのか?」
「七大属性に縦の優劣はないけど……水属性は、七大属性の中で一番、応用力に優れてるって言われている属性だよ」
「おおっっ!! 応用力!!」
「その地味なすごさが、アルトに解るの?」
「応用して、爆発させるっ!」
「それは無理だ」
そして、ソプラは、七色に輝く虹色に……
(虹色!?)
「……先生? わたし、失敗しましたか?」
「い、いや……」
一瞬、深い思考の海底へ沈んでいたカイルの意識が、ソプラの不安そうな声で浮上する。
……ソプラは失敗していない。
失敗したのはきっと……。
「……どうやら、ソプラは七大属性、全て使えるようだね……」
「何それ、ソプラ、ズルい!」
アルトがツッコむが、本当にズルい。
通常、魔法属性は一人に付き、一属性が基本だ。
カイルも多属性を扱えるが……それでも、七属性は反則である。
いくら多属性に適正があっても、闇属性と光属性、この相反する二つだけは、同じ身体に宿ることなどありえない。
全属性使いなど、前代未聞である。
(アンナといい……ソプラといい……)
「なーーんか。才能の化け物ばっかりで嫌になってきたな」
「ふむ……。私も同意だ」
「いやいや。一番の化け物は、無詠唱とか、やっている、お前だぞ」
「私には、《種》が植え込まれているぞ? ふふふ、タネがな」
「なんで二回も言うんだよ」
「ふっふっふ、美少女は、みんなのもの。カイルよ。嫉妬するでない」
「嫉妬はしてない……」
……ともかく。
ここで、ああだこうだと指摘しても、ソプラが困惑するだけである。
今はただ、ソプラの『才能』を祝福するだけでいい。
そして、
「アルト。そう腐るなよ。『才能』は所詮、『初期能力値』。後から、努力でいくらでも積み上げられる」
「本当!?」
「……俺が嘘を付くって言いたいのか?」
「本当なんだっ!」
「……」
……まあまあ。嘘だ。
多少は、凡人でも積み上げられるが、努力だけで、なんとかなるなら、今頃、人類全員が《魔導神》や《剣神》になっている。
それでも、生徒に前を向かせるのが、講師という存在である。
「さてさて。魔法属性が解った所で、ようやく、魔法の実習だ」
「よし。頑張って、ソプラより、上手くなるぞ」
「先生……私、どんくさいので、実習は、手とり足とり、教えて下さい」
やる気を入れ直したアルトを差し置いて、ソプラが、カイルに擦り寄った。
頬に熱が籠もっているのは、緊張ゆえか?
「いいよ。ここからは、本当に危ないから、ゆっくりやっていこう」
「はい。末永く……(ぼそっ)」
カイルは深く考えず、ソプラの背から腕を回し、両手を取った。
「先生……っ♪」
「良いかい? ソプラ。 先ずは瞳を閉じて、心を空っぽにするんだ」
「……はい」
とくん。とくん。とくん。とくん。とくん。
指示通り、瞳を閉じれば、魔法の特訓で感じる興奮とは、明らかに違う胸の高鳴りが、耳に響く。
鼓動がカイルに聞こえていないか、ドキドキだ。
「次に意識を、身体の内側に向けるんだ。イメージは、全身に巡る、神経や血管を、感じ取るように」
「全身の……神経……血管……(先生の感触……匂い、声)」
「ん? 意識が外に向いているぞ? もっと、集中して」
「はっ。はいっ!」
ソプラの集中が安定したのを確認してから、カイルが耳元で囁く。
「今から、《詠唱》を教える。どんな魔法も、詠唱は《三小節》が基本。俺が先に、唱えるから、ソプラは、《三小節》を意識して、続いて」
「はい」
まだまだ、言うべきことは、いくらでもあるのだが……
最初に言い過ぎても、混乱するだけであろう。
だから、魔法を使うには足りない、初心者の魔力量も、カイルがさり気なく補填する。
「《水の精霊よ》」
「……《水の精霊よ》」
詠唱には、ある程度、決まった法則がある。
まず、最初に魔法属性の指定。
今回は、このあとアルトにも教える関係で、水属性を選択。
「《流水となって》」
「……《流水となって》」
二小節目には『現象』の指定。
指定の言葉にも、また、法則はあるが、その辺を突き詰めると、長くなる。
「《吹き出し給え》」
「……《吹き出し給え》」
そして、最後。
三小節目に、《結果》を持ってくる。
属性指定、現象指定、結果指定。この流れは、全ての詠唱の基礎となっている。
だからこそ、魔法は《三節詠唱》が最適とされているのだ。
……もちろん。
アンナのように《無詠唱》や、《省略詠唱》で詠唱するのが間違っているというわけでもなく、そもそも、上位の魔法になれば、詠唱呪文が長すぎて《三節》に収まらない詠唱がごまんとある。
「せん……せいっ!! 急に、からだの内側で……熱くて、ドクドクした……何かがっ、這いずり回っていますっ」
「それが、魔力だ」
魔法を習得する上で、もっとも難しいことが、《魔力》の感受。
通常の生活では、決して触れることのない、魔力は、一般人には感知することすら、出来ない。
この意識できない不透明な力の存在を、体感してもらうことこそが、今回の目的だ。
(一度の行使で、魔力を感じ取る……か、ソプラは筋がいいな)
「大丈夫。俺が補助するから、その力を、両手に集めみて。活性化している力に抗わず、通り道を絞って、流し込むイメージだ」
「……はいっ。通り道を絞る……流し込む……ふぅ」
詠唱と、魔力の制御。
二つが同時に出来て、初めて、《魔法》が完成する。
「流し込む……流し込む……流し……込むっ!!」
「よし。溜まった力を、外に向かって解放するんだ!」
「はいっ!」
カイルの指示で、ソプラは両手に溜めた《魔力》の制御を離した。
あとは、勝手に、外に放出され……
……チョロチョロチョロ。
ソプラの両手から、水が生み出された。
「一回で……成功させちゃうか。凄いな」
「せん……せい?」
「ソプラ。君が初めて構築し、成功させた魔法だよ。水基礎魔法、《ウォーター》。水属性魔法の基礎となる魔法だ」
「《ウォーター》……すごい。私……初めて……魔法が……でき……っ!」
かくりっ。
紅潮していたソプラが、言葉の途中で、ネジが切れたネジ人形のように倒れた。
カイルの腕の中で、ぴくりとも動かない。
「ソプラっ! 兄ちゃん!!」
片割れの妹を心配し、顔面蒼白となるアルト。
そんなアルトの肩を、アンナがとんっと、軽く叩く。
「安心してよいぞ。アレは典型的な《魔力欠乏症》だ」
「まりょくけつぼうしょう?」
「魔力消費で、体内魔力がなくなった時に起こる症状だ」
魔力は、普段意識できずとも、勝手に生命活動の助けとなっている。
その力を、魔法で消費してしまうと、意思や疲労とは関係なく、身体を動かせなくなってしまうのだ。
……体内魔力量が低い、初心者が、魔法を使えば、こうなるのは必然。
おそらく、全ての魔導師が通ってきた道であろう。
「じゃあ! ソプラは大丈夫なの? 兄ちゃん!」
「うん。へーき。へーき。一時間程度で、目を覚ますさ。むしろ、一度、魔力を全消費したことで、目を覚ました時には、前より多くの魔力を蓄えられるようになるんだ」
「ふぅ。良かった。兄ちゃんが言うなら安心だ」
「俺の信頼度たけぇな」
そして、魔力欠乏症による、体内魔力量の強化。
これも、カイルの目的の一つである。
「スパルタ教育だな」
「愛の鞭だよ」
「私の師匠もそう言っていたな」
「俺の師匠もだよ」
カイルとアンナがクツクツと伏して笑う。
魔力量が一定以上になるとたいして効果がなくなる特訓だが、修業時代は二人とも、嫌と言うほどやらされている。
その時を思い出したら、笑いが止まらなかった。
まさか、自分たちが、同じ事を弟子達に強いるとは……。
「ソプラが気絶しているだと!? ならちょっと、イタズラしても。へへへっ」
「少年。それは止めた方が良いぞ?」
あどけない顔で無防備に四肢を投げ出すソプラの姿を見て、他の子供達が何を思ったのか、わきわきと手を動かした。
それを、アンナが見咎め、キッパリと言う。
「《魔力欠乏症》での気絶は、気絶ではない。ただ、身体が動かないだけで、意識もあれば、音も聞こえる」
「――っ!?」
「それと、忠告だが。意中のおなごの気を引きたいなら、陰湿なイタズラではなく――」
――強引に、組伏してしまうのが早い!
ばぁん☆
カイルが、胸を張って良いことを言いそうで、ゲス過ぎることを言ったアンナの頭を殴り付けた。
……結構、本気で。
「あぐぅ……。こ、こんな、感じで、力で屈服させてしまえ。女は所詮メス! 本能で、強き殿御に屈服されたがっている。きゅんきゅんとな」
「気持ち悪い奴だな。お前は本当に黙ってろ。そして、俺を胡乱げな表情でみるんじゃねぇ」
……ともかく。
カイルは、マイペースなアンナを押しのけ、気絶したソプラを安全な場所で横にして、
「――さて。残りも、バシバシ行くぞ。魔法を体感したいものから、前にでろ!」
「初体験。と言う奴だな」
ばぁん☆
全員の初体験を終えた後、そこには、死屍累々と地に伏す、子供達の姿があった。
その日の夜。
村長宅に呼び出しを受けたカイルとアンナは、子供達に可笑しな事を教えるなと、二夜連続で、お叱りを受けたのであった。