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金髪と魔剣と冒険とカイルのハーレム!!  作者: オジsun
四章 アクアラの水魔剣士
38/58

二十八 アクアラ大祭殿

 魔力の回復をしたカイルが天幕から出ると、既に日は落ちてアクアラ地方特有の極寒と星々の世界になっていた。

 そんな綺麗な星の輝きに見とれているカイルに、すぐにアンナが声をかけた。


 「寒いな......。ミリナは説得出来たのか?」

 「ああ、何かまた、とんでもない方向に勘違いしていたけど、アレはミリナの通常運転だしね......」

 「通常運転......か」

 「ん? 違うの?」

 「いや、......きっとそうなのだろうな」


 アンナは王宮で秘密の部屋に幽閉され、何年もの間、人形を相手に独りで遊んでいたミリナの姿を思い出した。

 アンナがミリナを見つけた時に見せた、とてもつもなく暗く儚いそして、拒絶の瞳を。

 少しずつ、ミリナが見せてくれるようになった笑顔を、カイルに見せる無邪気なあどけなさを、

 アンナは思い出していた。


 (カイルがミリナの心の氷を、溶かしてくれたのだな。だからこそ、余計に死の呪いを解いて、幸せな未来をミリナに掴ませてあげたいのだ)


 姉の性というものか、アンナは少しだけ、しんみりとしてしまった。

 だから、話題を変えることにした。


 「ところで、ミリナの姿が見えないようだが?」

 「魔力供給したら、疲れて眠っちゃったから、ベッドに寝かせておいたよ」

 「ほーう......」


 因みに、アンナはミリナのスキルの詳細を知っているために、ミリナが何故眠ったのかをほぼ正確に把握したのだった。

 だから、ニヤリと笑って、


 「そのまま、私の可愛い妹とベッドで盛ってないだろうな? ......もし、カイルが欲情してるのなら、私が相手になるからな!」

 「はぁ......。ローゼルの家系ってほんと、下品だよね......。そういのはミリナ一人で良いんだけど」

 「あ、おい! カイル! 待て......私は、本気だぞ! おい! 待つのだ! おいていくな! 後で、やっぱりとか言っても聞いてやらんからな! 良いのか? 良いんだな!? どうなんだ? カイル? おい! カイル! 馬鹿者、無視はするな......寂しいだろ」

 「正直かよ」


 アンナの言葉を綺麗に無視した、カイルは軽蔑の眼差しでアンナを見てから、スタスタとユウナ達との待ち合わせ場所に向かったのだった。


 待ち合わせ場所には、既に全員揃っていた。

 アンナも、公式な場所に出たことで、ふざけた仮面を引っ込める。

 あくまでも、アンナは女王だった。


 その代わり、


 カイルの姿にギラリと眼を光らせたユウナがカイルに突撃した。


 「遅いわよ! カイル。 寒かったのよ? 温めなさい!」

 「冷たっ! ユウナ、寒いよ! 抱き着かないで、冷たい手を服の中に入れないで」

 「ふふ、あったまるわ。雪国では暖をとるために裸で抱き合うのよ? 贅沢言ってないで脱ぎなさい、あっためてあげるから」

 「鬼かよ! というか、それ、お互い脱ぐんだからね! 俺だけ脱いで抱かれても、意味ないし、むしろ寒いだけだから!」

 「私は、脱がないわよ!」


 バシン!


 「知ってるよ......」


 カイルの熱を奪ったユウナはホクホクしながら、そういってカイルを突き飛ばした。

 次に、ユウナに突き飛ばされたカイルを、シルフィーが豊満な胸のクッションと軟らかい身体で受け止める。


 ぷよん。


 「ふふ......カイルさん、猛獣に襲われて寒そうですね? 今、温めてあげますよ......?」

 「ううっ! 聖女様ぁぁあ! やっぱり、シルフィーは俺の唯一の癒しだよ。......暖かいな、手とか握っていい?」

 「ふふふ、良いですよ? 私は、カイルさんの聖女ですから、この身すべてで、貴方を温めます。ささ、私のコートの中に入ってーー」


 ユウナが、誰が猛獣よとツッコみ、

 シルフィーがカイルを自分のコートの中に入れて温めようとしたところで、


 「カイルさぁあああん! 助けてくださぁぁぁい!」


 べちゃり。


 マリンがカイルに泣きついた。

  

 「っうっわ! 何? 何なの! この寒いのに、何で濡れてるんだよ! というか、何時も何時も、お前はマジで抱き着くな!」

 「嫌です! 助けて! 殺されてしまいますぅ~! あの人に!」

 

 シルフィーに癒された筈のカイルが一瞬で、疲れ果てながら、マリンの指先に眼を向けると、剣をしまっているレンジが目に見えた。


 「え? レンジ。マリンがうざいからって殺すの? マジで?」

 「......俺はただ、カイルを待っている間で、マリンに腕試しをしたいと言われたから、付き合っていただけなんだが......」

 「あ、うん。そんな気がしてた(というか、レンジに剣を挑むとか馬鹿だなマリンは、勝てる訳ないし、俺でもたまに殺されかけるのに)」


 剣士は例え訓練でも、剣を握らせれば、実戦を想定するという考えの化身である、レンジに本気の殺気を向けられたのであろうことをカイルは予測した。

 だが、


 「何で、びしょびしょなの?」

 「ちょっと、新技の特訓をしようかと......でもぉ! レンジさん! 恐すぎてぇぇ!!」

 「失敗したんだね」

 

 カイルが、泣き出すマリンの肩を叩いて慰めていると、暖かい風が送られてきた。

 

 「風邪を引いてしまうかもしれないし、僕が乾かすよ、マリンちゃん」

 「あわわわっ!! カイルさん! カイルさん! 優しくされました! こんなこと初めてで......どどど、どしうましょう?」

 「一々俺に聞くなよ......めんどくさいから、でも、恩を感じたんなら、この際、ジーニアスと付き合っちゃえば? 魔道王とか言って二つ名持ちだし、出世するんじゃね?」


 カイルが、貴族として、それなりの身分の人が良いと、言っていたマリンの言葉を思い出しながら、提案すると、マリンは品定めをするように、ジーニアスを観察しはじめる。

 そして、


 「カイルさんよりは、未来に期待出来ますね、母さんも喜ぶかも知れません! これは......良いお話かも......」

 「割と......本気になった!?」

 「当たり前です! 貴族の娘当主の私は、もう十三歳ですよ! そろそろ身を固め無ければ行けない時期なんです! カイルさん邪魔ないでほしいです! 少し静かにしていてくれますか!」

 「......お前、普通にうざいよな......」


 (何で、こいつ勇者学校入学したんだろう......あ、俺のせい......か!)

 

 マリンに聖剣を抜かせたのは自分だった事を思い出して、少し後悔するカイルだった。


 騒がしいカイルとマリンの会話を聞きながら、魔法の熱風で、マリンの服を乾かしていたジーニアスは、さりげなく、カイルの近くに寄っているシルフィーに視線を向けてから、


 「僕の意見は聞かないんだね......」


 と、至極真っ当な事を言っていたのだった。


 カイル達の喧騒を一歩引いた位置から眺めていた、アンナは、大峡谷で、夜戦が開始された音を聞き付けてから、重みのある声で宣言した。


 「ウーロン達が始めたか......作戦開始の時間だ! 最後にもう一度確認するぞ? 罠の危険と、敵味方への情報の流出阻止の為に我々六人の少数精鋭で、隊列を組んで行動する。レンジ殿が一番前で敵を排除、二番手に道案内役シルフィー殿、三番手にカイルだ。四番手のあらゆる意味で足手まといの私を守れ! 五番目にマリン殿、魔法で隊列全体をカバーしてくれ、そして、最後尾は」

 「私ね! カイルを護れば良いのよね?」

 「......後方からの敵襲の対処と警戒だ」

 「平気よ! カイルは私が護るわ!」

 「......。進軍せよ!!」


 アクアラ大祭殿は、西と東に分けるアクアラ大峡谷の西側のミリス聖教国内にある。

 つまり、ミリス軍やキメラがわんさか居る地域を抜けなければ行けなかった。

 大軍を送り込まないのは、いくら押しては居るとはいえ、既にローゼル軍は主力部隊が壊滅していた為に、七騎士やライボルト達の戦力を割くことは難しかった為だった。


 また、大量殺人魔法が発動するかも知れないなんて、聞いたら流石のローゼル騎士達も混乱し士気が落ちる可能性が高かった事や、入り混んでいる居るであろうミリス聖教の密偵に漏れて、アクアラ大祭殿の守りを固められたく無かった為でもあった。


 そんな様々な理由で、アンナは天幕にいた、ミリナを除いた六人だけで部隊を構成したのだった。

 が、実力的には何の問題の無いメンバーだが、それゆえに、癖が強く、扱い難くなってしまっていた。

 

 それでも、アンナはカイル達をまとめ上げ、パーティーのリーダーを十分以上に勤めていたのだった。

 

 ■■■


 カイル達の進軍は壮絶を極めた。

 味方の進軍に紛れて、守りの薄い所を一点突破で敵陣を力技でこじ開けたのだが、それでも、十万人の壁は熱かった。


 飛び交う魔法と矢の中を駆け抜けて、白刃の剣をかい潜って、命からがらミリス神聖国側に侵入を果たした。


 そして、広がる密林で追っ手を撒き、一度身を隠し、怪我の確認や治療の時間をとっていた。


 「おそらく、最後の休息になる、万全の状態にしておくのだ!」

 「おくのだ! っじゃねぇーよ!」


 カイルが無い胸を張るアンナの頭を、容赦なくひっ叩いた。

 そして、腕に突き刺さっている矢を抜いて投げ捨てる。

 抜いた腕からは、ドロドロと赤い血液が溢れ出す。


 「むやみに、抜くでない、出血死するぞ!」

 「刺さってると痛いんだよ! この足手まとい! 死ぬかと思っただろ」

 「はっははははーーっ! あらゆる意味で護れと言っただろう」

 「えばるなよ! というか、治してよ」

 

 この行軍で、一番怪我をしたのはカイルだった。

 背中を何本も矢で射ぬかれ、魔法で焼かれ、剣に斬り裂かれた。


 その怪我を負ったのは、敵軍の中を走り抜けているときに、ぜぇーぜぇー息を切らしたアンナが、小石に躓き、前を走るカイルを巻き込みながら盛大にこけた為だった。

 脚を止めたカイルとアンナを狙い降り注ぐ大量の矢と魔法の嵐に、怪我をしたら自分で治せないアンナの上に覆いかぶさったり、脚の遅いアンナを背負って走り、重くなった所を斬られたり、散々だったのだ。

 

 カイルが奇跡的に生き抜けたのは、レンジとユウナの獅子奮迅の活躍が、あったからだった、としか言いようが無い。


 しかし、ユウナもレンジもカイルに怪我をさせてしまったことを、悔いて、樹に寄り掛かって休みながら、奥歯を食いしばって、反省していた。


 そんな中、アンナに治療を求めたカイルの腕を優しく触ったのはシルフィーだった。

 

 「カイルさん......その御役目、私にさせてくれますか? アンジェリーナさんの魔力はこの先で必要となるはずですから」

 「......うん。じゃあお願いするよ」

 「はい。では......《癒しの精霊を・慈愛の光で・私の騎士様を治したまえ......ヒール》」


 治療魔法はどれだけ、真心を込められるかでその効力が変わる。

 そして、《ヒール》の光に包まれたカイルは、シルフィーの優しい慈しみの心と、カイルに対する献身さを身に染みるほど、感じたのだった。


 「シルフィーの魔法は、あったかいね」

 「ふふ......カイルさん、だからですよ......?」

 「......ありがとう」

 「いえ.......私が好きでやっている事ですから」


 優しい微笑みを浮かべながらシルフィーは丁寧な手つきでそっと、矢を抜いて、最大の真心を込めてカイルの傷を癒した。

 

 カイルの治療が終わると、シルフィーはカイルの背中に寄り掛かりたくなって手を伸ばした。

 のだが......


 「シルフィア、僕の傷も治してくれないか? 治療魔法は苦手なんだよ」

 「............はい。今、行きますよ? ジーニアスさん......」


 シルフィーは伸ばした手を握って、数瞬、カイルの背中を眺めてから、ジーニアスの治療に向かった。

 ローゼやアンナには及ばないものの、シルフィーの回復魔法の実力は、清らかな心と比例してかなり高かった。


 ジーニアスの隣に膝を付いた、シルフィーはそのまま流れるような手つきで、矢を引き抜き詠唱する。


 《癒しの精霊よ・彼の者に慈愛の光を》


 流れるような手つきでジーニアスの傷を癒していくシルフィーがまた、矢を引き抜いた所で、ジーニアスは感じた。


 「なんか、僕に対して事務的じゃない? 抜き方も雑味があるし......」

 「......ジーニアスさん、だからですよ?」

 「それ、真顔で言われても、僕、嬉しくないんだけど......一応、僕はまだ君の騎士のつもりだよ?」

 「......はい。ではこれからもカイルさんと私を護ってくださいね?」

 「......僕、カイルは守りたくないな......」


 ジーニアスは今度はカイルに負けられないと、胸に秘めていた。


 ......そもそも、何年もの間、シルフィアを命懸けで護ってきたのは僕なんだ! それをぽっとでで、美味しいところだけ持って行ったカイルなんかに! あの(断罪者襲撃)時は不覚を取った、けれど今度は僕がシルフィア護るんだ! シルフィアの真の騎士は僕が......ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ......


 ......私が、あの矢を全て斬り落とせるぐらい強かったら、カイルは傷つかなかった! カイルは私が護るの! 護らないとカイルは沢山、傷ついて行くから、カイルが誰かを護るなら、そのカイルを護るのは私なのよ! もう絶対......ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ......


 ......くそっ! またカイルやユウナを危険に晒した! 俺の馬鹿! あの時、決めただろう。もう二度と、あいつらを怖がらせない、俺が全ての危険を敵を、倒せるようになると、それなのに......ぶつぶつぶつぶつ......


 ......あわわわっ。怖いですぅ! おしっこ漏れそうですぅ! 敵兵さん達の殺意が恐すぎですぅ!ううぅ......何で私、こんな所にいるでしょうか? 私はただ......ぶつぶつ


 ......開戦の時間から逆算して、儀式の終わりは日の出、辺りだろうな。本来なら、夜戦を終えて眠っている時間か......、日の出までは、後一時間も無い、そろそろ出発するか?  だが......ぶつぶつぶつぶつ


 ......強力な暗示か。


 それぞれの考えを胸にカイル達は、最後の休息を取ったのだった。


■■■

 

 

 

 「......この、洞窟を抜けた先です」

 「っあ! シルフィーそこ、段差あるから気をつけて、手? かそうか?」

 「ふふふ、では......っあ! ......躓いてしまいました。カイルさん、すみません......」

 「気にしないで良いよ、それより、ほらっ起きて......大丈夫? 怪我は無い?」

 

 シルフィーを起こすカイルと、勢い余って? カイルの胸に寄り添って顔を埋めるシルフィーの姿を、嫉妬の視線が二つ。


 ユウナ&ジーニアス(イライライライラ)


 そんな風に、シルフィーの案内で、全員『仲良く』アクアラ大祭殿にたどり着き、感嘆の息を漏らした。


 「す.....っご......」.


 ほぼ白い石を材料に建てられており、綺麗に装飾された、いくつもある、柱や像からは荘厳さと神聖さを感じられる。

 しかも、祭殿の規模が、カイル達の故郷である、ピオレ村の十倍以上はあった。

 洞窟を抜けると、アクアラ大祭殿までは、降りの石階段で高くなっているのに、それでも大きいと思ってしまう程だった。

 

 「ローゼルの城も凄かったけど、これは......それ以上......だ」

 「ふん! どうせ教徒から巻き上げた金で作ったのだろう、我が国と同じにするでない!」

 「......」


 背中でとんでもなく失礼な事を言っているアンナを無視したカイルは、シルフィーの手を取りながら、大祭殿の周りを見渡して、息を呑んだ。


 なぜなら、数十万人もの人間が、膝を付き腕を組んでひたすら、ぶつぶつと何かを呟いていたから......


 カイルは、洞窟に戻って身を隠すと、カイルと同じものを見て息を呑んでいるマリンが、シルフィーに確認した。


 「これってぇ~......皆で遊んでる訳じゃないですよね? そういう教事があるとかじゃぁあ!?......」

 「......こんな、真夜中にですか? ミリス聖教のシスターである私は聞いたことがありません」

 「......つまり。皆でお儀式中......あわわわっ! カイルさぁぁん!! これってぇ! これってぇ! カイルさぁぁん! あの人たち皆、敵って事ですかぁ!!」

 「......」


 マリンが驚き泣き叫びながら、カイルの首を絞めはじめるのも、無理は......ぎりぎり無かった。

 大祭殿への道には、大量の祈りを捧げる人達で溢れ返っている、儀式を止める為には、祈りを捧げているミリス教徒達を殲滅するか、ミリス教徒達の奥にある、アクアラ大祭殿に行き、儀式をしている術者を倒すほかない。


 カイル達が、どちらを選ぶにせよ、周りを取りかこっている教徒達が邪魔しない訳が無かった。

 二十万人対六人......


 「いや、よく奴らの顔を見ろ!」


 こんな時でも、どんな時でも、仁王立ちのアンナが、指を指したので、揃って全員、顔を向けた。

 そこには、何かに取り付かれたように黙々と、儀式を行う教徒達の姿があった。

 それを見て、キラリンと目を輝かせたユウナは、カイルの背中をガツガツ叩いて言った。


 「わかったわ! カイル! 何時もの言いなさい! 何時ものよ!」

 「は? 何時ものって何?」

 「絶望なんて壊してやる! 的な奴よ。そうしたら、私がカイルの代わりに、あいつら全員皆殺しにしてきてあげるから」

 「............人の台詞、ネタるのやめてよ......」


 カイルは、心の底からの懇願をかなりのローテンションで、した後に、腕をぐるぐる回しながら、気合いを入れて飛びだそうとする、ユウナを羽交い締めにした。


 「それと、これ、六人で、戦うのは、諦めないとか、諦めるとかじゃなくて、ただの無謀だからね? 自殺だからね? 頼むから大人しくしてて、俺の近くにいて」

 「っ! 近くにいて、だんなんて......うふふ......全く。カイルは仕方ないのね、うふふ、ふふ」

 「......うん。何でもいいから大人しくね?」

 「うふふ......ふふっ(カイルはそんなにも私が好きなのね!)ふふ......うふ」


 カイルに抱かれて(羽交い締め)機嫌を良くしたユウナが乙女になっているその時に、レンジが手を叩いた。


 「そうか......。暗示を受けているのか」

 「なるほどね。だとしたら、僕達が暴れたりしない限り、素通りできそうだね? レンジ君」

 「ああ......。所で、お前は誰だ?」

 「......ジーニアス......だよ。何で僕がネタられるのかなぁ......僕、そんなに陰薄いかな......」


 レンジがジーニアスを凹ませながら、出した答にアンナが満足して頷く。


 「とにかく、奴らが神級火炎儀式魔法イグニッション・エクスプロージョンをしているのは、最早、疑い無い! だとしたら、この儀式を止めねば、敵味方もろとも、消し炭になる。我等は進むしか無いのだ! はっはははーーっ! 行くぞ! 私について来い!」


 それに、マリンがおどおどしながら、不安を感じて口に出した。


 「あの......? さっきから、暗示、暗示って言ってますけどぉ~、それに私達が掛かる可能性は、無いんですかぁ? 私、嫌ですよ? 暴走したカイルさんをメタメタにするのは」

 「暴走するのは、俺なんだ......、しかも、メタメタにするんだ.....ん? メタメタ?」


 予想通り、何もして来ない教徒達の隙間をぞろぞろと通ってアクアラ大祭殿にっ向かいながら、マリンの疑問にアンナが胸を張りながら答えた。

 

 「安心するのだ! マリン殿、既に私が、対魔法アンチ・マインドを全員に付与しているからな! 遠距離付与系の精神攻撃は無効化できる。それに......誰かが、暗示に掛かれば必ず私が見破る! 絶対だ」


 最後だけ、アンナは強い瞳で断言した。

 なぜなら、イグニードの反乱の際に、家族を数年間もの間、洗脳されていたことに気づけなかった事を、恥て、精神防御系魔法は今日までずっと鍛練してきたからだった。


 「ふぅ~ん。やっぱり......カイルが頼ることだけはあるわね」


 だから、アンナは暗示の可能性があるとわかった時点から、今までずっと、対魔法を使っていた。

 シルフィーが、アンナに魔力を温存させたのも、回復をシルフィーに一任させていたのも、全てはこの魔法の維持の為だった。


 それに、今更気付いたユウナは、アンナの事を認めて、更に、甘くなっていた頭のネジを締め直したのだった。


 ■■■


 五層ある、アクアラ大祭殿の最上階で、儀式を行う教皇チクスールドを護衛している教皇直属特務部隊《制裁者》の五人が、アクアラ大祭殿内に侵入者が来たことを察した。


 制裁者の中で、唯一の女である、紫色のチャイナドレスで、大胆に出しているペプチルドが、くすりと、妖艶に笑った。


 「あらら? 侵入者じゃないっぁ~ん。わたしが食べて来てちゃおうかなっぁ~ん」


 ペロリと、紅い唇を舌で舐めずり回している、ペプチルドに、薄汚い黒いローブとドクロの杖を持った中年の男、マヒンシロが青筋を立てた。


 「あーなた! わーたしのホムンクルスを奪っているんだから、もういいではないでーすか!」

 「うふっ、わたし、アレなら全部、壊しちゃったのよねっぁ~ん」

 

 ブチリ!


 ペプチルドとマヒンシロの会話を聞いていたテヌフーンが浮かべた青筋から出血さるほど、怒りをあらわにした。

 だが、その怒りの矛先は、侵入者を出したという自分の失態にいたのだった。


 ペプチルドは、すぐに頭を切り替えて、侵入者排除に全力を注ぐことにする。


 「侵入者と言うことは、教皇陛下の《暗示》が効いていないと言うことだ。嫌な予感がする。......センクションが行ってくれ」

 「任されたぜ。久しぶりの実戦だ、腕がなる」


 だから、五人の制裁者の中で最強の男を、向かわせた。


 「センクションが行けば、大丈夫だとは思うが、マヒンシロはアレを配備しろ、そして、ペプチルドも二階を防衛しておけ」

 「わーかりました」

 「わかったわっ~ぁん」


 出ていく三人の制裁者の足音を聴きながら、センクションは、六人の侵入者を相手に豪華過ぎるかもしれないおもてなしだなと、思うのだった。


 そんな、部屋に残った、最後の制裁者の一人が、ちゃらちゃらと、センクションに尋ねる。


 「ぼくは? 何もしないッスか?」

 「トルクティンも行きたいなら行って来い」

 「じゃっ! 暇だし、行ってくるっス! テヌフーン先輩は?」

 「私は、此処を護る。何があっても此処から先は賊を通さない」

 「おー怖っ」


 トルクティンは一瞬、膨らんだテヌフーンの剣気に汗をかきながら、その場を後にしたのだった。

 

 ■■■


 アクアラ大祭殿の内部にも、外と同じく凝った彫刻や銅像が、閑散と列挙していた。

 とてつもなく、広い空間にシルフィーの声が響く。


 「......アクアラ大祭殿の一階《想いの間》です。奥に、上層へと続く階段があるはずです......行きましょう」

 「......シルフィ」

 「何ですか? カイルさん」

 「......いや。何でもない。行こう」


 カタカタ、響く足音を立てながら、シルフィーが先を急ぐ。

 カイルは、シルフィーに儚さを感じて声をかけたが、振り向いた時のシルフィーの表情に曇りが無かった事で気のせいかと、水に流すことにした。


 広い空間で、上層へと続く階段をあっさりと見つけたカイル達は、階段を登ろうとした。

 そこで、カイル、ユウナ、レンジ、マリンの四人が足を止めた。


 ゾクリ。


 背筋を震わす悪寒に、マリンがぶるりと身体を震わせてカイルの背中に隠れながら、


 「か、カイルさん! こぉれぇってぇ~?」 


 そういった。

 それに、アンナとシルフィーとジーニアスが、口を開こうとする前に、カイルが抜刀し、答えた。


 「ああ。やばい奴が......来る」


 カタン、カタン、カタン。


 カイルが断言した。そのあと、ゆっくりと足音を立てながら、階段を降りてきたのは若い男だった。

 カイルは、シルフィーとアンナを手で背中に隠しながら、ドロッとした、嫌な汗をかいた。


 ユウナは、そんなカイルの右斜め後ろで、剣の塚に手をかけてジリジリと小さく、確かに距離を計った。


 そんな、臨戦態勢を取ったカイル達に、男は名乗りあげた。


 「俺はミリス聖教、異端審問執行部隊《制裁者》。センクション。お前らを殺しに来たぜ」

 「っ!」


 突如、センクションから放たれた。

 超濃厚な殺気と剣気に足を振るわせるマリンは直感的に分かった。

 センクションは、マリンの知る誰よりも強いと。


 「センクション!? 次期、剣神が確実と言われるあの!? 《剣帝王》、センクション!?」

 

 ジーニアスが、とてつもなく器用な驚愕で声にした、そのセンクションだった。

 世界にも、数えられる数しか居ないと言われている剣帝達の中でも、最上位の剣士それが、センクションだった。


 そんな、剣士相手に、スッと前に出たレンジが、音を立てずに綺麗に抜刀した


 「カイル達は隙を見て、先に行け、アイツは俺が相手しよう」

 「レンジ! レンジが強いのは知ってるよ? でも、此処は皆で、闘おうよ。アイツは本気でやばいって」


 剣帝のレンジとユウナ、そして、魔道王ジーニアス、更に、マリンとカイル、そして、アンナの援護があれば勝てる自信がカイルにはあった。

 だから、一人で闘おうとするレンジにそういった。

 

 しかし、レンジは首を横に降って、剣気を高めていく。


 「奴を倒すのには時間が掛かる。カイル。儀式を止めなければ行けないんだろ? そんなに、時間が残されていると思うか?」

 「......っ! だったら、せめて、ユウナと」

 「気付いて居るだろ? 上にも居る。戦力は避けない。俺達が失敗すれば、カイルが目をかけて居る、あの娘も死ぬぞ。覚悟を決めろ。生き残る上で最善の道を選択しろ! お前が全てを終わらせる。そう言っていたんだろ!」 

 「......聞いてたのかよ。ったく。レンジは、心配性過ぎるよ......死ぬなよ?」

 「誰に言っているんだ?」


 敵わないなと、カイルはレンジの背中を見ながら思った。

 やっぱりレンジはカッコイイ、ああなりたい。そう思うのだった。


 「ユウナ。カイルを頼むぞ?」

 「当たり前よ! 私が何時だって、カイルを護るわよ! ......だから、レンジはそいつにだけに集中して良いのよ?」

 「ああ、分かってる」


 カイル、レンジ、ユウナの固い絆の様なものを感じ取った、アンナは、薄く息を吐いて、カイルの背中に掴まりながら、レンジに手のひらを向けた。


 「レンジ殿、受け取ってくれ、《テン・オーラ》」

 「助かる」


 《オーラ》の加護を受け取ったレンジがお礼を言っている間にユウナは、シルフィーに近寄って、肩に担いだ。


 そして、レンジが猛スピードで横に跳躍した。


 風を切り裂きながらセンクションに迫るレンジは、跳躍の勢いを上乗せして、剣を叩き付ける。

 センクションは、そのレンジの初撃を全長七十セルチの銀色の剣を片手で握り、上空へ弾き返した。


 それだけで、レンジの身体が十メトル以上も浮き上がり、天井に激突した。

 センクションは「ほーう」と感嘆を吐きながら天井と見上げる。

 今ので、仕留められないとは思っても居なかったのだ。


 「はぁああああああああーーっ! 列断! 斬り!」


 アンナのオーラの魔法効果で全能力値を十倍に跳ね上げて居るレンジが、天井に地面にし、蹴った、落下のエネルギーを上載せて更に剣に魔力(剣気)を通して、威力を跳ね上げる、剣技《列断斬り》を使いながら、攻撃した。


 それを、一歩、足を引いてかわしたセンクションは、レンジに本気で剣をふりぬいた。

 咄嗟に、剣を構えて防御したレンジは、センクションの本気の一振りも堪えきった。

 だが、その代償にレンジは横方向に空間を割きながら、吹き飛んでしまう。


 恐ろしいのは、レンジの吹き飛ぶ方向の柱や像が全て、両断される事だった。


 「カイルさぁん! アレは......魔剣ですかぁ? 斬っても無い所が切れるなんて......あんなのずるいでぇ~す」


 戦闘が始まった事で少しだけ、真面目になって戦況を分析し始めたマリンに、カイルは自分で言いながら戦慄を覚えていた。


 「アレは......ただの剣だよ」


 むしろ、魔剣だったら幾分マシだった。

 本物の剣士に魔は要らないと、その剣で証明するように、センクションは剣を振るう。

 それだけで、本来届かない筈の遠くの柱をスパリと綺麗に切り裂いていく。


 それを、何の変哲も無い、ただの鉄剣で行うセンクションに畏怖さえ覚えてしまう。

 それほどの高見にセンクションは居る。


 「カイル! ユウナ! 走れ!」


 レンジは空中で、センクションの魔の剣線を切り落とし、柱の一本に足を付いて、それを蹴飛ばして三度センクションに迫りながら、叫んだ。


 「「っ!」」


 それと、同時にカイルがアンナを背負って全力疾走する。

 それに、シルフィーを担いでいる、ユウナはカイルの後ろに隠れていたマリンを片手で掴んで、鞄でも持つかのように、追随した。

 勿論、ジーニアスも。


 しかし、階段の前にはセンクションが待ち構えていて、カイル達の二階進出を黙って見ている筈は無かった。


 センクションがカイル達に向けて、剣を振りかぶる。

 その一降りだけで、センクションはカイルを斬り殺せる。それをカイルも直感的に感じ取った。


 だが、ユウナは両手にマリンとシルフィーを担いだままで、カイルもアンナをおんぶしたまま、ただ駆け抜けた。


 なぜなら、ユウナもカイルも、


 (コイツはレンジがなんとかしてくれる!)


 そう、確信があったからだった。



 ■■■ 信じ切って、駆け抜けるカイルとユウナの信頼にレンジは熱いものを感じながら、詠唱した。


 《闇の波動! 幻想を見せよ!》


 通常なら、長文で詠唱する闇上級魔法、《ダーク・ノヴァ》を、超単文に省略し一息で、詠唱し、発動する。


 闇のエネルギーの塊が、カイル達を斬ろうとして居るセンクションに凄まじい威力と速度で迫った。

 センクションは、剣士として最強に近い存在だが、魔法を受ければダメージを負い、剣で首を斬られれば死ぬ。

 普通の人間だった。


 特別な、魔耐性も、能力スキルも、ある訳でもないので、レンジの超速で迫る、《ダーク・ノヴァ》を処理しなければ行けなかった。


 だから、先に《ダーク・ノヴァ》を切り裂いた。

 それから、再び階段を駆け登ろうとしているカイル達に剣を振りかぶった。


 スパン!


 それだけで、まだ遠くに居るカイルを含めて、ユウナやジーニアスを同時に切り裂いた。

 が......。


 切り裂かれた筈のカイル達はゆらりと揺らめいて、再び元の形に戻った。

 

 「幻覚......っ! 《ダーク・イリュージョン》か!」


 レンジは、高威力の上級攻撃魔法である《ダーク・ノヴァ》に、初級幻影魔法である《ダーク・イリュージョン》を組み込んで、魔法を発動していた。


 これは、純粋な魔道士でも習得に苦労する《合成詠唱》という超高度な魔法技術なのだが、それを誰に教わる事無く、アドリブで身につけていた。

 《合成詠唱》の技術を身につけることで、オリジナルの固有魔法を造り出しやすくなったりするのだが、単純に既存魔法を合成するだけで、恐ろしいほどの汎用性になる。


 レンジは、まだ幻影に囚われているセンクションを死角から攻撃した。


 闇合成魔法、《ダーク・イリュージョン・ノヴァ》を受けたセンクションからは、大量のレンジが四方八方から斬りかかって来るように錯覚する。


 その、全てのレンジは幻影なのだが、センクションには分からなかった。

 だから、膨大な剣気を剣に込めて、自身を中心にクルリと剣を一回転させた。


 「《円月輪》!」


 センクションから、円形に数百メトルの規模で全ての柱や彫像がスパンと斬り裂かれる。


 間一髪の所で、防いだレンジは再び弾き飛ばされ距離を開けられた。

 それを、直感で感じ取ったセンクションは、もう一度、剣気を込めて、縦に剣を振り下ろした。


 「《次元斬り》!」


 通常、結界や特殊な空間を切り裂く、王級剣技を使って、センクションの周囲を支配する、レンジの《ダーク・ノヴァ・イリュージョン》の効果を切り裂いた。


 「剣......一本で、魔法も使わず、それ......か。だが、......未来は繋いだ」


 レンジの言葉通り、既に、アクアラ大祭殿の一階、《祈りの間》にはカイル達の姿はなかった。

 それを、センクションも確認して、肩を揺らしながら笑う。


 「少し......見くびりすぎたかもな。テヌフーンに怒られちまう。だが、これ以上はしない」


 飄々としていたセンクションから、油断が消えて、更に数倍に一気に剣気が膨れ上がった。

 そして、センクションから放たれている、威圧感がレンジの喉をキリキリ締め付ける。


 「それに、今から、お前を殺して、奴らを追えば良いだけだ!」

 

 入口付近の外に居る、教徒達が殺気に当てられ泡を吹いて倒れる程の強烈な殺気だった。

 ピリピリと肌を刺激する濃厚な死の感覚。

 

 そこで、本気になったセンクションはレンジに最後のチャンスを与える事にした。


 「だが、実力の差は歴然だろ? お前が、俺の弟子となるなら、お前だけは殺さないでやるぜ?」

 

 三度。

 センクションはレンジを斬り殺そうとした。

 センクションの剣は、鉄でも豆腐の様に切り裂いて、普通の魔法や剣で防ぐ事はできない。


 それでも、レンジは三度も、何の変哲も無いただの剣でしのいで見せた。

 次期剣神の剣技を、剣気だけでしのぐレンジのセンスを、センクションは惜しいと思ったのだった。

 だから、


 「どうせ全員、此処で死ぬ。上には俺と同等以上の力を持っているテヌフーンも居るんだ。お前の努力は意味が無い。死ぬだけ無駄だ。俺の下につけ」

 

 これだけ、圧倒的な力を見せつけたセンクションに、それ以上と言わせる剣士がまだ、居る。

 それは、普通なら心が折れても仕方の無い言葉だった。

 だが、


 「黙れ!」


 剣気を鋭く練り上げながら、戦う意思を少しも揺らがせずに、剣を向けた。


 「上に誰が居ようと、そいつは、ユウナが斬り伏せる!」


 ユウナがカイルを護ると言っていた。

 それだけで、レンジが心配する必要なんて微塵も無かった。

 

 「ふっ、あの女か、確かに強いが、テヌフーンには届かない」

 「例え、そうだとしても、カイルがどうにかするさ、だから!」


 心慮は無い、レンジはただ、センクションを止めれば良い。それだけだった。

 そのために、


 「俺は、今! 最強を超えよう!!」

 「まっ......。なら、死ね!」


 直後、二人の影が激突したのだった。 



 ■■■


 「あら~ぁん? 来ちゃったの~ぁん」


 カイル達が、アクアラ大祭殿の二階《願いの間》にたどり着くと、そこには、大胆にはだけたチャイナドレスの女が、拘束具で身体を拘束されて居る男を四つん這いにし、その背中にノリながら......更に数人の男を侍らせて、危ない事をしていた。


 「......アレ? 何やってるのかな? ねぇ?」

 「カイル、見ちゃダメよ。変態だわ」

 「で、でも、なぜか視線と股間が......」


 ゴギリ。


 ユウナがカイルの首を冗談抜きで、折って気絶させた後。

 チャイナドレスの女を睨んだ。


 「良くも、カイルを! やったわね! 殺すわ」

 「......? 今~ぁん。坊や~ぁんを、殺したのは、あな......」

 「五月蝿いのよ! とにかく死になさい!」


 ユウナは、激怒し、カイルをジーニアスに「治療していなさい」と有無を言わせずに命令し投げ渡すと、チャイナドレスの女に突撃した。


 「カイルをやった、アンタを殺す! それだけよ!」

 

 ブン!


 壮絶な怒りの剣線が、チャイナドレスの女に迫る。

 その、ユウナの攻撃を、チャイナドレスの女は侍っていた男の一人を使って防いだ。


 ぐしゃっと、嫌な音と共に鮮血に沈む、男を見て、チャイナドレスの女が、


 「良くも~ぁん! 私の可愛い奴隷ちゃんを殺したわね~ぁん!」

 

 怒りの形相で、ユウナを睨めつけ、腰から短剣を抜き取るとそのまま、超速でユウナの首筋に斬りかかる。

 素早く、それでいて、急所を正確無比な一撃で狙うチャイナドレスの女の攻撃を、ユウナは咄嗟に首をミリ単位で動かして、ぎりぎり交わすと、地面を蹴って宙返りしながら後退した。


 「アンタ......意外と厄介なのね」

 

 今の一瞬で、ユウナはチャイナドレスの女が、ただ者で無いことを察していた。

 もしも、一瞬反応が遅れればユウナの首は綺麗に切り落とされていただろう。


 警戒を強くしたユウナに、チャイナドレスの女は、ナイフに付いた赤い液体を官能的に舐め取って、妖艶に微笑むと。


 「当然だわ~ぁん。わたし、これでも~ぁん。《制裁者》よ~ぉん。男以外は殺すわよぉ~ぁん」

 「......っ!」


 ユウナは、驚きながら首を触ると、ぬめりと手に付いた血液で出血している事に気がついた。

 完全にかわしたと思った、一撃は、しっかりと、ユウナの首をえぐっていた。


 「アンタっ! 何者なのよ!」

 「わたし? わたしわ~ぁん、教皇様の肉奴隷よぉ~ん。毎日、ドロドロにしたり、してもらったりが仕事の、《魔性剣王》ぉん、ペプチルドよぉん。ペフちゃんと呼んで欲しいわ~ぁん」

 「肉? ドロドロ? 何言ってんのよ? ただの恥女じゃない!」


 チャイナドレスの妖艶な女、ペプチルドの言葉の意味も分からず、適当にそう断言したユウナに、ペプチルドは、クスクス笑って、


 「あなたにわ~ぁん。まだ、早かったのねぇ~ん。そんなんじゃ坊やを取られちゃうわよ~ぁん......私にねぇ~ん」

 「ぶちコロス」

 

 馬鹿にされた事だけは分かったユウナは、ブチリと血管が張り裂けそうになるほど、顔を真っ赤に染めた。


 「ユウナ君。その怪我は治療したほうが懸命だよ。此処は僕に任せて先にいってくれるかな? 此処で時間をかけたら、レンジ君が残った意味が無くなるからね。」


 今にも、もう一度飛び掛かりそうになって居るユウナの前に一歩、ジーニアスが出てそういった。

 

 ジーニアスは既に《魔性剣王》、ペプチルドの能力を半分見破っていた。

 そして、今いるメンバーの中で、唯一、ペプチルドに対抗出来るのは自分だと判断した。


 「それに、僕だって、此処に遊びに来ているんじゃ無い! 長年、シルフィアを傷付けた、ミリス聖教上層部との因縁を終わらせる為に来たんだ」


 ジーニアスが客観的に判断して、それを下の戦いの、レンジの負けは濃厚だった。

 もし、レンジが負ければ、あの怪物は、すぐさま二階に上って来る。

 そうなれば、今度こそ、全滅する。


 だからその前に、なんとしてでも、ジーニアスはシルフィーを上階に送りたかった。

 だが、残ると言うことは必然的に、あの怪物、センクションと闘うと言うことになるのだが、

 ......ジーニアスに勝ち目は一切無いだろう。

 それでも、自ら定めた、シルフィーの騎士として、命を懸けて、シルフィーだけは護ると決めていた。


 「それに、カイルが寝ている時に、怪我をしたユウナ君を戦わせたなんて言えないよ」


 ジーニアスは気絶しているカイルをユウナに渡しながらそういった。

 全ての覚悟を決めて、ジーニアスは闘う。


 そんな、ジーニアスに首の出血を抑えながら、大事にカイルを抱えたユウナが一言。


 「ふん。......良いじゃない。その覚悟、見事よ」


 そういって引き下がった。

 すぐに、シルフィーが、ユウナの首の傷を応急処置し始める。

 そこで、ユウナはジーニアスに疑問をぶつける。


 「......で、アンタは誰だったかしら?」

 「ジーニアスだよぉぅ......僕。そんなに、影が薄いかなぁ......格好付ける場面なのになぁ......」


 ユウナのキツイ一言でどんよりと落ち込んでしまった、ジーニアスにユウナの応急処置を終えたシルフィーが優しい笑みで、声をかけた。


 「ジーニアスさん。私は知っていますよ? 貴方がとても優しく、強い方だと」

 「シ、シルフィア!」


 聖女の温もりが、そんなジーニアスの心を温める。

 片思いだった、シルフィーにようやく少しだけ、気持ちが伝わったそう思った......


 「《私とカイルさんの騎士》として、絶対に死なないでくださいね?」


 ズーン。


 上がりかけていた、ジーニアスのテンションがその一言で、氷点下に下がってしまう。

 シルフィーに悪気は無く、善意だけで、そういったのが解かる分、ジーニアスのダメージは大きかった。


 「......僕。カイルの騎士じゃないんだけどなぁ......。シルフィア、僕、後でちゃんと君と今後の事について、お話ししたいかな?」

 「はい。では、カイルさんと一緒の時に、必ず! もう一度、お話しましょうね?」

 「いや......そういう、死亡フラグじゃなくて、僕は昔みたいに君と二人きりで......」

 

 グダグダのジーニアスの言葉に、ユウナが被せる。


 「ジーニアスね、覚えたわよ! 此処はアンタに任せるわ! カイルをやったそいつを殺して、私の前に屍で、連れて来なさい、踏み付けてやるわ。行くわよシルフィア」

 「は、はい! ......では。ジーニアスさん、後で三人で、必ず、ですよ?」

 「......三人なんだ」

 

 カイルと、シルフィーを両手に持って更に、アンナを背中に背負い、三階への階段に向かうユウナの姿と、遠くなるシルフィーの姿をジーニアスは言葉を失いながら見送った。


 「あわわっ! 置いてけぼりはいやですぅ」


 更に、半ベソをかきながら、マリンが後を追って行く。


 「僕の、見せ場......終わっちゃったよ。もうちょっと、惜しんで欲しかったな......」


 哀愁漂うジーニアスは、魔力を練りながら、


 「それと、さりげなく、アンジェリーナ女王様は、僕にも《テン・オーラ》を付与してくれてる......上には上が居るもんだなぁ」


 長時間、六人分の《アンチ・マインド》と二人分の《テン・オーラ》を同時に付与し続け、それを誇ろうともしないアンナに、ジーニアスは人間として、格の差を感じていた。


 「何で、カイルは、あんなにも素敵な、女性にばかり好かれるのかな?」

 

 首をいくら捻っても分からないその疑問を一旦、横に置いてから、視線をペプチルドに向ける。


 「さてと、やけにアッサリと、行かせたけど良いのかな?」

 

 ユウナ達を妨害しなかったペプチルドに強い疑念を抱いて、答を求めない問いを飛ばした。

 それに、クスリと笑って、ペプチルドは答えた。


 「上には、他の制裁者がいるわ~ぁん。テヌフーンもねぇん、それに......」


 ジーニアスの背筋が、ブルリとするほど、官能的な表情で、ペプチルドは言う。


 「わたし、女を追うよりも、傷付いた、坊やを癒してあげる方が好きなのよぉん。教皇様も含めて、此処にいる男は皆、食べちゃったから、坊やみたいな良い男は、珍しいわ~ぁん。私の虜にし、て、あ、げ、る~ぁん」


 ペプチルドの蕩けた表情をみて、ジーニアスはもう一度言った。


 「何で、カイルは、あんなにも素敵な、女性にばかり好かれるのかな?」


 ジーニアスの疑問は強くなるばかりだった。

 

 


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