二十六 聖騎士と暗黒騎士
ズドガァアアアアアアアン!
カイルの耳をつんざく音と共に放たれた、アームストロング・デストロイヤー!! が、レンジ達のいる部隊を壊滅させた。
「お......おい、嘘......だろ......!? レンジ......! レンジ!!」
音信不通となった、レンジとの通信魔水晶にカイルは必死に呼びかける。
その時ばかりは、身体に密着していた、ミリナとシルフィーを突き放して、完全に取り乱していた。
「ふざ......っけんな......よ! レンジ! レンジ!! 嫌だ......返事......してよ......レンジ」
ばたり......
力無く、カイルが地面に崩れ落ち、ぽろぽろと涙を流す。
「......カイル......様......」
「カイルさん......」
本気の涙と絶望を見せて泣き崩れるカイルの姿に、シルフィーとミリナは言葉を失うしかなかった。
かける言葉が何一つ見つからなかった。
「くっ......!! 我が騎士達よ! 儀式防御魔法を展開するのだ!」
「「は!」」
アンナは、次の攻撃に備えて、騎士達に命令をくだしていた。
例え、主力部隊が壊滅したとしても、諦めて思考を停止するアンナでは無かった。
一瞬、落ち込むカイルを心配したが、今、女王としてやるべき事は次を考えそして、動くこと。
ズドガァアアアアアアアン!
二発目のアームストロング・デストロイヤーの一撃が、展開した儀式防御魔法を簡単に打ち砕いて、更に後ろの山々を吹き飛ばした事には、流石のアンナも目を疑った。
「っ! ......なんて威力だ......! 命中したら終わり......か。ミリス聖教......あんなものまで造りおって......カイル! ミリナを連れて逃げろ! カイル!」
「............」
芳然自失となっているカイルに、アンナの声は聞こえなかった。
変わりに、ミリナとシルフィーの事を突き飛ばして近づいたユウナが、カイルの頭を抱きしめた。
「カイル......。レンジを信じなさい! あれくらいで死ぬような人では無いわよ! それに......カイルには私がいるのよ? ......安心しなさい。私が全部倒してきてあげるから、カイルは待っていなさい」
ユウナは、強い意思を持って、剣を抜いた。
そして、対岸を睨めつけた。
「誰であろうと、なんであろうと、私のカイルを泣かせた奴は、私が全て斬り殺すわ!」
嫉妬の怒りよりも強く、激しく、燃えている心を現すように、ユウナは奥歯をかみ砕き、敵を殺す為に足を進めた。
『カイル......俺に何かあった時。ユウナをお前が幸せにするんだぞ! 良いな?』
そんなとき、カイルはレンジの言葉を思い出して、自らの足を殴り付けてから、ユウナの肩を掴んでいた。
「カイル......?」
「......ユウナ。行くな」
「......っ! ......っな! なっ! 何よ! いきなり」
ちょっとワルイドに止められたユウナは、顔を紅くしてしまう。
強めに止められる展開は、ユウナが好きな人に言われたいランキングでも、トップ十にランクインしているために、ミーハーなユウナが動揺するのは無理も無かった。
「俺がユウナを止められないって分かってるけど、せめて、俺の近くにいて......俺も行くから」
「(キュン)......そうね。分かったわ。(カイルが行くなって言うなら行かないわよ)」
何時ものように、カイルと、ユウナの考えは食い違うが、結局は同じ方向へと向いたのだった。
......アレ(アームストロング・デストロイヤー)を破壊する。
ズドガァアアアアアアアン!
しかし、破壊の兵器が三回目の火を噴いた。
一度目で、軌道を確認したことで、カイル達を丸ごと消し飛ばす軌道で破壊のエネルギーが直進する。
勿論、アンナ指揮の元、防御魔法が展開されるが、紙の様に突き破られる。
アンナはせめてもと、カイル達数人に対して、最高級防御魔法を発動しようとしたが、その横をカイルが通り過ぎて前へ踊り出た。
そして、地形を変える砲撃を前にして、鉄刀丸に手を伸ばし、抜き去る。
「これ以上、もう......誰も。傷つけさせやしない! 俺が全てを護り切る! 鉄刀丸!! 《鉄神の盾》」
カイルの声と、願いと、魔力と、命をトリガーとして、最強の盾が出現する。
アームストロング・デストロイヤーの一撃と、鉄神の盾がぶつかり合い、爆音と火花を散らして、防ぎ切った。
ゾクリと、カイルは己の命が大幅に減ったことを理解したが、それでも関係は無かった。
それで、大切な人達の命を救えるのなら、と。
ゴホゴホっと咳をしたカイルは吐血して、一瞬気を失いかけるが、倒れそうになったカイルの肩をユウナが支えた。
「カイルも、私の隣にいなさいよね? 勝手に倒れるのは許さないわよ!」
「......ああ。大丈夫。だから......そこにいて」
クラッと切れかける意識を、意地でつなぎ止めて、血を拭ったカイルはそのまま手を掲げた。
そして、
《鉄の精霊よ・契約に従い・我が血を媒介にいでて・敵を殲滅しろ・鉄竜王!!》
「グガォオオオオオオオオオオオオオーーっ!」
巨大な鉄龍を召喚した。
カイルは鉄龍王が背に乗ると、鉄龍王の巨大な羽が羽ばたき始める。
「ふんっ! 私も載せなさいよ!」
その背に、ユウナも飛び乗って、カイルの背中に張り付いた。
それを見て、
「私も、行きます!!」
と、ミリナが鉄龍王によじ登ろうとする。
「グガォオオオオオオオオオオオオオ!!」
それを、鉄龍王は身を振るわせて、ミリナを弾き飛ばした。
そして、威嚇した。
弾かれた、ミリナをアンナが受け止めて、
「よせ! ミリナ。あの精霊は、プライドが高い。認めた主しか背中に載せはしない」
「そんなっ! でも、ユウナ様は乗っています!! 」
鉄龍王を恨めしげに睨めつけながら、駄々をこねて、突撃しようとするミリナをアンナが羽交い締めにする。
そして、飛び立とうとする鉄龍王に叫ぶ。
「大っ体! 貴方は私の魔力で顕現してるんじゃ無いですか! なんで私を認めないんですか!」
ぷんぷん怒る、ミリナをそんなことはしらんとばかりに、飛び立ってしまう鉄龍王の背から、カイルが鉄龍王の出現に驚愕しているマリンに叫ぶ。
「マリン! ミリナとシルフィーを頼む! 守ってくれ」
「っは、はい! 任せてくださいカイルさん! 必ず護ります」
驚いて居たとしても、カイルから、誰かを守ってくれと、言われたマリンは即答で頷いた。
このために、マリンはここまで着いてきて、つらい特訓にも励んできたのだから、カイルがいない時こそが、カイルの大切な人を守るときなのだから、と。
鉄龍王が、カイルとユウナを乗せて空高く、飛び上がり、その背中の上で、ユウナは軽く笑って龍王を撫でた。
「ふふん。分かってるじゃない♪ 私を認めるなんてね? ......もし、落としたらあなたを切り刻んで居たところだったわ」
「グガォオオオオオオオオオオオオオ!?」
カイルには、鉄龍王を軽く身を震わせた様に見えたが......気のせいだと信じることにした。
「カイル! 金髪王女はマリンに守らせなくても良かったの?」
「アンナは心配しなくても、大丈夫だよ。アイツは......すごい奴だから、マリンよりも」
「そう......どうでもいいのだけどね......」
因みに、全然、どうでも良くは無いのだけどね?
むしろ、カイルにそこまで言わせる、アンナに対する嫉妬の炎で燃え尽きてしまいそうだった。
でも、
「ユウナ。頼むよ? 今から、鉄龍王で敵陣に乗り込むけど、絶対に俺から離れないでよ?」
「もちろんよ! 安心しなさい。私がカイルを守ってあげるわ(末永くね)」
離れるなと、カイルに言われてすぐに機嫌を治すユウナだった。
鉄龍王は、数十キロルの距離をすぐに詰めて、敵陣の真上まで飛行した。
そこで、カイルはユウナの手をとって、飛び降りる合図をしながら、鉄龍王に命令する。
「鉄龍王! お前は、あのふざけた、砲台をぶち壊せ!」
「グガォオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ユウナ。俺達は、敵の大将を討とう。......それで全て終わらせる」
「分かったわ」
カイルと、ユウナは、鉄龍王から飛び降りた。
勿論、そんなカイル達に、大量の魔法弾が飛んで来るがそれを鉄刀丸で全て防ぎ、カイルは内ポケットから、透明な液体がなものが入っている。小瓶を一つ取り出して、手に持つと、四つある砲台一つに向けて、詠唱する。
《鉄の精霊よ・滅亡と破壊の・星となりて・有象無象を殲滅せよ!! メタル・メテオ!!》
詠唱が終わると共に、瓶が割れて、そこから、巨大な鉄の隕石が出現する。
鉄の隕石はまっすぐ、砲台に落ちて、大爆発を起こした。
後に残るのは、砲大の残骸と、凹んだ大地のみ。
「凄いわね! いつの間にか、超級魔法まで、出来るようになっていたのね!?」
超級攻撃魔法筆頭の、メテオ系の魔法にユウナが色めき立つがカイルは首を振った。
「いや......裏技だよ。学院都市で、魔法を教えてくれた人に貰った触媒が無いと使えないんだ。因みに後二つしかない」
「ふぅん。女なのね! 金髪なの? どうなの!?」
「そこ!? えっと......バァリは水色だよ」
「そう、ならどうでもいいわね」
一瞬、ユウナの殺意が肥大化したが、水色と聞くとすぐに落ち着きを取り戻す。
そんな、ユウナにカイルは軽く笑ってから......
「ユウナ。レンジは......生きてるよね?」
「......さぁね? 一つ言えるのは、私達が勝手に諦めて、死んだら、アイツは怒るって事よ!」
「......うん。そう......だよね」
カイルは、もう一度、触媒を取り出して《メタル・メテオ》を発動し、砲台を壊す。
残り二台も、鉄龍王が、ブレスで破壊した。
そして、魔力が切れて消えていく鉄龍王を見てから、カイルはユウナにしがみついて言う。
「ユウナ。着地は任せる」
「ふふんっ。分かったわ。危ないから抱き着いてなさい」
「うん......もうしてる」
「もっとしっかりよ!」
ユウナは、手と足に、剣気を集中させて、風魔法で着地の衝撃を殺しながら、強化した脚でしっかりと着地した。
......敵陣のど真ん中に。
ユウナはすぐにカイルを背にかばい、剣を抜いて宣言する。
「死にたい奴から掛かってきなさい!」
「ユウナ! 俺も......」
「カイル。......少しは私のことも信じなさい。今回は油断も、無茶もしないわよ! 最後まで必ずカイルを守ってあげるから......ここは私に任せておきなさい」
「......でも」
「その、魔剣。あまり長い間使え無いんでしょ?」
「っ! なんで......」
ユウナには、鉄刀丸のデメリットを隠している。
だから、カイルはドキリとしてしまう。そんなカイルの事をくすりとユウナは笑って、
「怒りはしないわよ。カイルに意地があるんでしょ?」
「......うん」
「ふふ。正直ね。カイルのそういう所は好きなのよ?」
「好き......って」
ユウナは、迫り来る、幾百の敵兵を全て一振りで吹き飛ばしながら、話して居るために、自分がサラっと普段は言えないことを言っていることに気づいていなかった。
「それと、同じで、私にも、意地があるのよ。......何度も、何度も、何度も! 守れなかった。誓いと雪辱を今日こそ、私は、晴らすのよ! だから、カイルもそれを応援してよ......少しは、信じてよ。私が貴方の隣で戦うに相応しいって事を今から証明してあげるから!」
ユウナはそういって、襲い来る敵を全て凪払った。
たった一人で、全て、一刀の元に切り伏せた。
そんな、ユウナの一騎当千の前に、人海を裂いて現れたのは、白と黒の甲冑を纏う二人の男。
ゾクリ。
カイルの勘が、二人が強者であることを告げる。
剣士の勘という奴で、ユウナもそれを感じ取り、一筋の汗を頬に伝わせながら剣を向けた。
何時もなら、既に斬りかかるタイミングで、ユウナはチラリとカイルを見て深呼吸をする。
そして、
「大丈夫よ。無茶はしないから......信じて」
「ユウナ......っ」
カイルにはそれが、ユウナの高ぶる気を抑える為だと分かって、見ない間にユウナがしっかりと成長していることに、嬉しいような、悲しいような、心持ちになる。
今の、ユウナを、レンジに見せたいと、未だに音信不通の魔水晶を握り締めた
「分かった......。信じるよ。ユウナの事を......」
「ふふっカイルが信じてくれるなら、私は何だって出来るわ!」
カイルに、ニカッと強気に笑って、ユウナは二人の男に剣気を向けた。
「あんた達が、リーダね!」
戦場にぽっかりと、カイルとユウナを中心に、空間が空いている。
そこにいる、全ての兵士が固唾を呑んで、見ているのは、カイルとユウナに相対する、二人の男が紛れもなく、ミリス聖教軍のトップだから。
白い鎧の男が、白い剣を抜いて、カイルを一瞥する。
「異教の愚民よ。神の裁きを私が、執行しよう。聖騎士ランスロット! 参る!」
口上を終えた瞬間、ランスロットの姿が消えた。
それに、ユウナが怒りを沸騰させて、カイルの首の前に、剣を掲げた。
バチン!
その、ユウナの剣に、ランスロットの白い剣が火花を散らして、ぶつかって、ランスロットの姿がカイルの目の前に現れた。
全く見えなかったカイルが息を呑んで、驚いて居る代わりに、ユウナがクルッと一回転しながら、ランスロットの鎧を脚の踵で蹴り飛ばした。
「あんた......コロス......わ! 私が、殺す!!」
ユウナの目の前で、カイルの命が狙われた。
それを、ユウナが許せるはずは無かった。
真っ赤に染まった視界と、激情で、ユウナの剣気が膨れ上がり、ユウナの姿が、消える!
次の瞬間には、ユウナとランスロットが、離れた場所で打ち合っていた。
バチン! バチン! と一撃、一撃が重い、異次元の剣戦を繰り広げるユウナを、カイルは、レベルが違いすぎて、手を出すことも出来なかった。
しかし、ランスロットに飛び掛かる直前、ほんの一瞬、ユウナはカイルの瞳を見つめていた。
ユウナを信じると決めたカイルには、それだけで、ユウナがまだ約束を護っていると、信じることが出来ていた。
だから、カイルはもう一人の黒い鎧の騎士に鉄刀丸を向ける。
「異教徒とか、異端者とか、お前らは言うけどな、俺らの担ぎ上げた、シルフィー......シルフィアは、お前らの信じる、神の代行者で、本物の聖女なのは、暗殺しようとして来た。お前らが一番理解してるだろ!」
「......」
「シルフィーは、ただ! 平和を望んでいるだけなんだよ! それを! それをお前らが! 邪魔するから! こんな事にまでなったんだろうが! お前らこそが、真の異端者じゃねぇか!」
カイルの憤激を聞いて、黒い鎧の騎士は、黒い剣を抜いて、強くカイルを睨みつけた。
「誰が異端者なのかはどうでもいい! 俺にとって、尊ぶ正義はただ一つ! 兄じゃだけだ! ......貴様らが、兄じゃの敵ならば、それはそのまま、異端者だ!」
「......お前......は」
黒い騎士は、そういって、剣気を高めながら、強く黒剣を握り締めた。
そこから、大量の黒いモヤが溢れ出す。
「俺の名は、聖騎士ランスロットが弟! 暗黒騎士ガンスロット! 兄の敵を粛正する! 子供だろうと容赦はしない!!」
来る!
直感的に感じ取り、鉄刀丸の力を解放する。
《鉄神の鎧》を纏い着ることで、防御力と身体能力を大幅にあげた。
それでも、カイルに、ガンスロットの動きは見切れなかった。
鉄神の鎧が、駿足のガンスロットの一撃を、自動で防いでくれなければ、既に何度切り裂かれているか分からない。
逆に、ガンスロットはどんなに速く攻撃速度をあげても、カイルの鉄の障壁は越えられない事を悟った。
そして、カイルが持つ鉄刀丸の正体もすぐに見切った。
なぜなら、
「暗黒丸!! 力を解放しろ! 《暗黒の鎧》! 《暗黒の無剣》」
ガンスロットも、同じく、十本の望叶剣に選ばれた一人だったからだ。
ガンスロットが、剣の力を解放したことで、カイルも、相手が望叶剣使いだと理解した。
望叶剣使い同士の、闘いは、イグニード戦やライボルト戦を入れて二度目。
強い想いがある者だからこそ、ぶつかり合うのが運命だと言うばかりに、カイルは望叶剣の運命に引き込まれる。
それも、かつて《友情の騎士》が誕生した、聖地、アクアラ峡谷で。
「っく! 相手も同じ望叶剣使いなら、力押しは出来ないか」
普通の相手になら、望叶剣を使えばほぼ無敵。
しかし、イグニードが、鉄壁を切り裂き、ライボルトが鉄壁の精製スピードより速く攻撃したように、同じ望叶剣ならば、無敵の力を互角に引き上げる。
そして、望叶剣の能力は剣に籠めた願いが大きく関係することをカイルは、対イグニード戦で学んでいた。
どちらが先に相手の能力を把握できるかが、この闘いの鍵になる。
恐らく、ガンスロットの能力は、剣から溢れ出す、闇のモヤに関係する。
カイルとガンスロットの剣が交差して、つばぜり合いながら、カイルはガンスロットに言った。
「お前は、兄の為に、兄の敵を、粛正すると、そういったな!」
「煩い!」
バチリと、鉄刀丸を弾いて、ガンスロットは近くの闇のモヤに剣を突き刺した。
ブスリ!
それが、カイルの近くに漂う闇のモヤから、黒い剣が飛び出して、カイルのお腹を突き刺した。
カイルの自動防御も、ゼロ距離の攻撃を防げないかった。
ぼとりぼとりと、斬られた箇所から血が溢れ......出なかった。
「っ!」
カイルは剣を抜き、一度距離をとって、斬られた場所を触る。
そこには何も無かった。
痛みも、傷も、身体も、何も無かった。
「剣の......能力......か。一撃必殺系じゃ無いだろうな」
嫌な予感があったが、暗黒丸の能力は、モヤ通して、モヤからモヤに距離を無視して剣を透過させることと、斬ったモノをそのまま、闇の次元に封印するというモノだった。
だから、特に異常を感じなかったカイルは、気にすることを辞めて、相対するガンスロットに剣を向けた。
「ガンスロット......お前は間違っているよ。剣を握る理由も、兄を信じるという道も! 全部な!」
「お前に、俺ら兄弟の何がわかる! 兄じゃと俺の絆の何がわかるというんだ!」
「お前と、お前の兄貴の絆なんか知るかよ! でもそれが! 命を懸けても護りたい、誰よりも大切な家族の絆と言うのなら!」
カイルは、剣激の火花を散らして戦っている、ユウナを一目見て、
「俺は、お前よりも知ってるよ! そして、俺なら、お前のその迷いを、理解できる」
「っ! だまれぇえええええええ!」
ガンスロットは確かに迷っていた。
異教とは言え、禁忌とされている、キメラを実戦に投入したり、虐殺しか生まない、禁忌の殺戮兵器を使ったり、更に、もう一つの教皇の非道な作戦を良しとするランスロットの行動に、ガンスロットは迷いを持っていた。
もしかしたら、ガンスロットにとって正義の象徴である、ランスロットが間違って居るんじゃ無いかと、それを止めるべきなんじゃ無いかと、
しかし、ランスロットに付いてきて、間違えたことは一度も無い。
きっと今回も、ランスロットには考えが有るはずだ。ガンスロットは兄を信じていた。
それでも、カイルに、心の迷いを見破られて、ガンスロットは何故か無性に腹が立っていた。
怒りで猪突猛進になった、ガンスロットを剣ごと弾き飛ばして、カイルは言った。
「お前のそれは、ただの思考停止だ! 間違っていると思ったことを、間違っていると言えないのは信頼じゃない! ただの依存だ! だから、今から俺がお前らに、家族の、兄妹の、本当の信頼って奴を、教えてやるよ!」
カイルは、鉄刀丸を手に、ガンスロットへと駆ける。
「今から、お前のちっぽけなその絶望! 俺が、全てぶち壊す!!」
「ふっ! 出来るものなら! やって見ろ! ガキがぁああああああーーっ!」
向かい来る、カイルに対して、ガンスロットは手近な闇のモヤに剣を突き立てた。
すると、ガンスロットが生み出した、全てのモヤから、一斉に黒剣が飛び出した。
その数は千をゆうに超える。
ガンスロットの暗黒剣奥義、《黒霧無双剣》、敵の三百六十度、全てから、闇の剣を出して、回避不能、防御不能、の剣激を浴びせる。
喰らえば、身体全てを闇の別次元に封印してしまう、例え不死であろうと、実質的な死を与える、粛正の剣技。
それが、カイルの身体を包み込んだ。
そこで、
「そこまでよ! 死にたく無ければ、辞めなさい」
ガンスロットの首筋に、ユウナが剣を突き付けていた。
それで、ガンスロットの動きは止まった勿論、カイルに迫る、闇の剣も......
「っ!」
「いい? 一ミリでも動かせば、即座に殺すわ、私はカイルほど甘くはないわよ?」
「......何故だ! お前は兄じゃが!」
視線だけ動かして、確認すると、ユウナの後ろから、ランスロットが剣を振りかぶっていた。
しかし、ユウナはガンスロットの首筋に剣を当てたまま、動かない。
勝った! ガンスロットは確信した。
しかし、ユウナは鼻で笑っていた。
バキン!
ユウナの事を斬り掛かった、ランスロットの剣が弾かれた。
驚愕するガンスロットに、ユウナは何を馬鹿なと、長い髪を後ろに払う。
「私がカイルを護るように、私のことはカイルが護るのよ! ......悔しいけどね。詰みよ。剣を引きなさい」
「っ!」
殺気を籠めて速くしろと、首の皮を少し切り裂きながら、ユウナは言う。
この距離で、ユウナの剣をかい潜り、カイルを仕留める方法は無かった。
どう足掻いても、先にユウナの剣がガンスロットの首をおとす。
最初から、そうしていれば今頃は、カイルとユウナの二人で、ランスロットを相手にしていたはずだ。
それに気づき、ガンスロットは剣を降ろした。
そんな、ガンスロットに、カイルは言う。
「俺達、兄妹は最初から、二人で戦っていたんだよ。お前達、兄弟は一人だったみたいだけどな。......だよね? ユウナ。信じてたよ」
「一つだけ、間違ってるわ! 私達は姉弟よ!!」
「......」
「......。まあ、今回は無茶はしないって、貴方の隣にいてあげるって約束だったからね。私は約束を護るのよ! 褒めなさい!」
「............あ、凄い、凄い」
「ふふっ、いい気分ね」
カイルが適当に、誉めると、ユウナが真剣に喜び飛び上がりそうになる。
これなら、今度こそ告白出来るかもと、少し浮かれながら、
「さて、もう馬鹿騒ぎはおわりよ。兵を引き......っ! カイル! 逃げー」
「遅い!」
シャキンっ!
そこで、聖騎士ランスロットが、カイルの首筋に白剣を押し当てた。
「っな!? 鉄刀丸!!」
「無駄だ! 汝には、聖龍丸と言えばわかるな?」
「......っち。お前もかよ。流石は聖地だな」
カイルは首に押し当てられているランスロットの剣が、望叶剣である事を、理解した。
能力は一切不明、状況は絶望的。
しかし、この程度で諦めていたら、カイルはここまで生きてはいない。
「お前は、馬鹿かよ。俺を殺せば、確実にユウナがお前の弟を殺すぞ、辞めておけ」
「ハハ。私は、騎士だ。弟を失う覚悟はいつでもある。一人ずつ殺して、一対一で戦えばいいだけだ、私にはこの剣があるしな」
「っ......」
ランスロットは本気で、カイルと、ガンスロットの命を交換しようとしていた。
ユウナ一人なら、ランスロットが剣の力を解放すれば勝てるからだ。
そのランスロットの覚悟にカイルは口を閉じた。
代わりにランスロットが得意げに、ユウナに命令する。
「それに、そういうのが効果が有るのはお前達だろ? そこの少女! ガンスロットから剣を引け! しなければ、お前の弟がどうなるかわかるな?」
「......」
「止せ! ユウナ! コイツは俺らを生かす気なんか無い! 例え俺が殺されたとしても、ユウナがそいつを殺して、一対一になれれば、まだ......」
ユウナは、カイルに優しく微笑んで首を横に振ると、あっさりとガンスロットの拘束を解いてしまう。
更に、剣を投げ捨てて、両手をあげて降伏の意を示した。
「私達は、家族よ? 例え、意味の無い事でも、私がカイルを見捨てられる訳無いじゃない。逆の立場だったらカイルはどうしたの?」
「それこそ......! ユウナが俺の立場だったら......クソっ!」
ユウナの気持ちが痛いほどカイルには分かった。
分かったから、悪態を付く意外の事は出来なかった。
カイル達に、家族を見捨てるなんて出来やしない。
そんな、カイルとユウナの姿を見て、ランスロットが薄く笑った。
「確かに、騎士として生きる私達より、お前達の方が、本物の家族の絆を持っていたんだろう。だが、だからこそ、お前達が本物だからこそ、お前達はここで死ぬ! お前も剣を捨てろよ、少年」
「......」
ユウナが、ガンスロットを離した時点で、カイルに逆らう選択肢は無かった。
そんなことをすれば、ユウナが殺される。
ランスロットの言う通り、カイルはガンスロットに間違っていると、言ったモノに負けることになった。
悔しさで、奥歯を噛みながら剣を捨てた。
「......言うことを聞いたんだ。ユウナの事だけは見逃してくれよ」
無駄と解りながらも、カイルは懇願した。
対して、ユウナは、それを鼻で笑い一蹴して、愛しいカイルを目に焼き付けた。
「辱めは受けないわよ? 殺すなら、私から殺しなさい。カイルから殺したら、暴れるわよ!」
「ふん。ガンスロット! 望み通り、女から殺してやれ!」
どちらを先に殺しても、その瞬間カイルもユウナも、狂戦士に代わることは分かっていたが、そうなった時に面倒なのは、望叶剣を持たない、カイルよりも、素で、剣帝ランスロットと渡り合ったユウナの方だった。
だから、ランスロットは先にユウナの殺害を決めた。
カイルは、もう言葉を出すのを辞めて、ただその時が来るのを待つしかなかった。
動けば、確実にユウナが殺される。動かなくても殺される。
今のカイルに唯一出来ることは、奇跡を信じることだけだった。
もし、奇跡が起こらなかった時は、世界全てを滅ぼしてでも、ユウナを弔うことを心に決める。
勿論、それはユウナも同じだった。
ガンスロットが、剣を振り上げて、ゆっくりと身体に迫って、ユウナが最後に思ったことはただ一つ。
(結局......カイルに告白出来なかったなぁ......ずっと好きだったのに)
ミーハーなユウナらしい最期の想いだった。
ブスリ。
「っ!?」
ガンスロットの剣が、闇のモヤを伝い、ランスロットの背中を切り付けていた。
更にモヤに手を突っ込んで、ランスロットから、カイルを強奪した。
モヤが通すのは、何も剣だけでは無い、ガンスロットが取りたいモノも通す。
一瞬、思考が止まりかけたが、ユウナが、地面に落ちている愛剣を蹴り上げて、握り直しガンスロットが強奪したカイルに手を伸ばす、ランスロットも、態勢を立て直して、すぐにカイルへと手を伸ばした。
そんな、ユウナとランスロットの腕をガンスロットは全て交わして、後ろに跳んだ。
ユウナとランスロットが、動こうとしたその時、カイルの首に剣を押し当てた。
それで、ユウナがぴたりと止まる。
「どういうことだ、ガンスロット! 何がしたい!」
意味不明なガンスロットの行動に、ランスロットが問う。
裏切りなのか、違うのか、
ユウナとランスロットの強い視線を受けながら、ガンスロットは口を開いた。
「兄じゃ! 最近の兄じゃは少しおかしい! もうやめよう! これ以上、非道なことはしないでくれ」
ガンスロットは、カイルの言葉と、カイルとユウナの美しい本物の絆に、心を動かされていた。
だからこそ、言わないで、抑えてきた言葉と、行動をしていた。
ランスロットの説得に出た、ガンスロットにユウナはピクリと頬を動かしてから、
「兄弟喧嘩をするなら、カイルを返しなさいよ! 人の弟の首に刃物を押し当ててるんじゃないわ!」
「五月蝿い! 動くな! 俺は、兄じゃをまだ信じてるんだ!」
「何よ! 言動が支離滅裂じゃない! ヒステリックもちなのかしら?」
言葉で煽りはするが、カイルの首に剣を押し当てられている以上、それ以上、ユウナが何かをすることは出来なかった。
この時、確かに、ガンスロットの頭は、グルグルと回っていて、グシャグシャになってしまっていた。
カイルの言葉、兄への裏切り、信頼、迷い、非道。
「いつもの、兄じゃは! こんなことしないんだ! 例え異教でも空腹で苦しむ人には、パンを与えている。俺の自慢の兄じゃは! こんなこと......しない......」
「......?」
支離滅裂とは言え、ガンスロットの言葉からは嘘を感じなかった。
それに、カイルはカイルが持ってい極悪非道なランスロット像との食い違いに首を傾げて目を細める。
ボソボソと、呟いて行く。ガンスロットの様子がおかしいことは、ランスロットも分かったが、よくよく、考えれば、ガンスロットがカイルを殺しても何も問題が無いことに今更、気付き、油断しているユウナの首を狙う。
そんな、時、ガンスロットの呟きから、カイルは衝撃的な言葉を聞いてしまう。
だが、そこで、張り詰めていたカイルの意識が揺らいでしまい。
遂に望叶剣の副作用で意識を失った。
それが、全てのトリガーとなった。
カイルが倒れた事を見た瞬間、ユウナの身体が勝手に全力で動き、ガンスロットに肘鉄して弾き飛ばし、カイルの身体を奪い返して両手で受け止める。
トクン、トクンとカイルの心音が聞こえて、我に返ったユウナの首を目掛けてランスロットが白剣を一線する。
「しまっ!!」
カイルを奪い返して、生きている事を確認しユウナは一瞬完全に、剣気を切って、臨戦態勢を解いてしまっていた。
せめて、カイルだけでも、と、ユウナは身体を盾にする事しか出来なかった。
今度こそ、万事休す。
そこで、鋭く重い、剣線がランスロットの剣を弾いた。
誰が弾いたかはユウナには、剣に乗っている、剣気で誰か分かった。
「レンジ!」
そう、服をボロボロにして、身体中から出血している、レンジがそこにいた。
レンジは、ユウナに一言、
「悪い、遅くなった」
そう謝った。
そんなレンジに、ユウナはカイルを胸に抱きしめながら、一筋の涙を流して、
「本当に、いつも、遅いのよ。馬鹿......」
と、けなしていた。