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金髪と魔剣と冒険とカイルのハーレム!!  作者: オジsun
四章 アクアラの水魔剣士
35/58

二十五 開戦の奇襲!?

 アクアラ大峡谷の谷底の平地から、二万人の兵士達が息を潜めて対上を見上げていた。

 ローゼルメルデセス軍でも、選りすぐりのエリートだけを集めた軍団だ。

 その指揮をとるのは、ローゼルメルデセス七騎士が一人。


 第二騎士団長ライトニング。


 更に、副官には同じく、七騎士の一人。


 第三騎士団長シッコク。


 七騎士の中でも、最高クラスの攻撃力を持つ二人。

 更に、学園都市最強と言われる《雷剣帝》ライボルト。


 他にも、王級や超級の戦士達だけで構成されている部隊だった。

 その中に、レンジの姿もあった。


 レンジは、カイルとユウナが学院都市に留学してから四ヶ月の間、剣に魔法にと、一日も欠かさずに修業に励んでいた。

 そして、先月。級検定試験で、《帝級》剣士の位に至ったのだった。


 王級を飛ばして帝級に上り詰め、一次は話題になったが、レンジにとってそれはただの始まりにしか過ぎない。

 レンジの目的はただ一つ。


 (俺は、誰よりも強くなって、カイルとユウナの手助けをしてやりたい。あいつらの未来を護るんだ)


 世界最強の剣士になる。

 誰よりも強い剣士になる。


 もう二度と、自分の弱さで、誰かを失いたくない。......そう思っていたのだった。

 そんな時。


 「突撃せよ!!」

 「「「「おおおおおおおお!!」」」


 ライトニングの指揮で、戦争の火蓋が遂に切って落とされた。


 二万人の兵達は、魔法や剣気で肉体を強化し、平たい道を上るように、斜度八十以上の崖を上る。

 対して、ミリス聖教軍も魔法で、ローゼル軍を打ち落とそうとするが、ローゼルの騎士達は、時に交わし、時に切り裂いて突き進んだ。


 半分まで上った所で、ミリス教軍の仕掛けていた地雷に引っ掛かり数十人単位で、脱落していくが、ライトニングは突撃の指示を変えなかった。


 レンジもまた、崖を上りつつ、飛来してきた炎弾を切り裂いた。


 (地雷除去も俺達の役目か......)


 チラリと後を向くと、第二軍が崖を登ろうとし始めていた。

 つまり、この作戦は、第一軍と第二軍の波状攻撃、一軍のエリート数千が道を切り開き、その後を、大軍が登っていく。


 例え第一軍が半数以上、散ったとしても、対岸に陣地を作れれば、アンジェリーナ率いる本軍が、空からミリス教国内に踏み込める。


 それに騎士が登れれば、練度の差で兵力差など粉みじんに出来た。

 実際、魔法を切り裂く剣士達は、この戦争が早期に決着すると、この時点で予想した。

 しかし......


 「グガァアアアアア!!」

 

 順調だった第一軍を、大量の合成獣キメラが襲い掛かったのだった。

 レンジは飛襲して来るキメラを切り裂いた。


 絶命するほどの致命傷をおったキメラの傷が、プスプスと音を立てて回復していく。

 一瞬、回復魔法かと思ったレンジだったが、そうではないことに気づいた。


 「合成に魔物を混ぜて、回復力を底上げしているのか?」


 キメラとは、動物を合成させて、強靭な新たな生物として創造した生物のことだ。

 よって、一体の個体差が激しく、馬に羽が生えていたり、豚と犬が合わさっていたり居てどれも醜い。

 そして、その全てに回復力の高い魔物を加えていた。


 何より、キメラの総数が異常に多かった。

 肉の壁と為るほどの数、切り裂いてもすぐに回復する回復力、数万にも登る個体数、上に行けば行くほど、キメラ達の数は増え、その攻撃は勢いを増していく。


 「ちっ」


 キメラを切り裂いたレンジに、また別のキメラが死角から襲い掛かって来る。

 それを、舌打ち混じりにかわして、一度崖を登るのを諦める。


 (作戦は失敗だな)


 飛び降りて、谷底に着地したレンジは、既にキメラとの乱戦となっている戦場を見渡してそれを悟っていた。


 一方。

 カイルが居る本陣も、キメラの襲撃を受けていた。


 空を飛べるキメラ達にとって谷は関係なく直進できる。

 ライトニング率いる急襲部隊を阻み、そのままアンジェリーナ達を殲滅する。

 それがキメラ達に出された命令だった。


 ミリス教が保育する戦闘キメラの総数は、約十万体、ローゼルメルデセスが軍の質でせめて来るなら、ミリス教は数の暴力で、迎え撃つ。


 それにより、既にローゼルメルデセス軍とミリス軍の戦力差は埋まって居るといっても過言ではなかった。

 

 第一軍のエリート達がてこずるキメラ達を相手に、本軍は苦戦を強いられていた。

 

 「くっ! こいつら! 頭を斬っても再生するのかよ!」


 カイルは、キメラの再生力に驚きながら、混戦になっている本陣で騎士に守られている、アンジェリーナを視任する。


 「アンナ! くっ!」


 カイルが駆け寄ろうとするが、それもキメラに邪魔される。

 殺した所で、殺せないので、とりあえず蹴飛ばした。


 「アンナ!」

 「カイル! 私は良い! それよりもミリナを!」

 「っ!」


 開戦と同時に、急襲されたカイル達は完全に虚をつかれた。

 それにより、乱戦になり、なし崩し的にカイル達はバラバラになってしまっていた。


 よってカイルは、とにかく一度、ユウナやアンナ達と合流しようとしたが、目に着いたアンナよりも、一番戦闘力の無いミリナと早く合流しないといけないことに気づく。


 キメラを倒しながら、視線を動かしミリナの姿を探す。

 

 「ギャアアアア!」

 「邪魔だぁああ!」


 それでも、執拗に襲ってくるキメラが邪魔し、戦闘で沢山の戦士が動き回るので、中々見つけられなかった。

 戦闘力の無いミリナが、この乱戦でどうなるかは自明の理......


 「ミリナ! ミリナ!! ミリナぁああ!!」


 嫌な予感が過ぎり、カイルはミリナの名前を叫びながら、本陣をかけていた。


 「ミリナ!! ミリ......」

 「カイル様! ミリナはここにいます」


 ズン!


 「ミリナ!」

 

 カイルの、心配とは裏腹に、ミリナの方がカイルを見つけ飛びついていた。

 カイルは、ミリナを抱き上げ、極度の安心に浸る。


 「よかった......ミリナ。怪我は?」

 「ありません。カイル様に嫁ぐその時まで......」

 「今。そういうの良いから」


 ふざけようとするミリナをカイルが、冷たい視線で注意する。


 (とにかく、ミリナは無事だった。後、心配なのは......シルフィーあたりか)


 「カイル様! 後!」

 「ギャアアアア!」

 「っ! しまっ!?」


 カマキリの様なキメラが、思考していたカイルの背中を鎌で切り裂こうとしているのをミリナが伝える。

 ミリナと合流出来て油断していたカイルは完全に、反応に遅れ、せめてもと、ミリナを大事に抱えて肉壁になる。


 その刹那、


 ズバっ!


 ユウナが鎌ごと、キメラを切り裂いた。

 そして、更に再生しようとするキメラを比喩では無く粉々に切り裂く。

 

 「ふん! 地獄に堕ちなさい」


 流石に、粉々になったキメラは再生することは無かった。

 しかし、剣、一本でキメラを粉々にすることが出来る戦士は少ないので、有効策でも無かった。


 「ユウナ様! またもや助けて頂き、感謝致します」

 「感謝するなら、カイルから離れなさい! それと、私はカイルを助けたのよ、あんたじゃ無いわ」


 自分の場所はここだとばかりに、カイルのお腹に抱き着き、ほお擦りをしているミリナとユウナの会話で、何故、この乱戦の中ミリナが無事だったかをカイルは理解した。


 「ユウナ。ミリナを護ってくれたんだね?」

 「......死なれたら目覚めが悪かっただけよ」


 ユウナは目を反らしながら、そういったが。

 実の所は、キメラが襲撃してきた時、すぐに天幕で無防備に黄昏れて居るミリナの元に向かっていた。

 だからこそ、間一髪の所でミリナを助けだし、カイルと合流するまで無傷で守り抜いていた。

 もちろん、カイルはそこまで、察して、ユウナに深く感謝をしていたのだった。


 (俺が大切って言ったからミリナを護ってくれたんだろうな)

 (ふん! この程度のキメラ達なら、少しぐらいカイルから目を離しても大丈夫なのよ)

 

 お互いに心で思っていることを口には出さ無かったが、カイルとユウナの信頼の高さはミリナには嫉妬するほど伝わっていた。


 「ユウナ! このまま一度、アンナの所に行こう。あいつ陣を作って抵抗してる。シルフィー達も合流してるかも知れないし」

 「分かったわ。方針はカイルが決めなさい。その代わり......」


 ギラリと、剣を煌めかせ、近くに居るキメラを粉々にしてから、


 「こいつらは、私がやるわ!」

 「お、おう......」


 カイルにして、ユウナの剣が全く見切れなかった。

 何故、一振りでキメラが粉々になるのかも理解できない。


 戦慄しながら、カイルにユウナは思い出した様に告げる。


 「それと、教えておくけど、カイルあいつらを殺したかったら、粉にするのよ? 良いわね?」

 「............................................うん。ユウナ早く行こう」

 「ふふ。良いわよ。カイルの道は私が切り開くわ」


 粉にするって......どうやって!? というカイルが心の突っ込みを呑み込んでいた頃。

 別の場所では、シルフィーが複数のキメラに囲まれていた。


 「そんなに熱烈な視線を送られても困るのですが......私にはカイルさんと言う素晴らしい殿方が居るんですよ......? でも、」 

 「ギャアアアア」

 

 ジリジリとキメラに距離を詰められるが、シルフィーは背筋を伸ばしたまま、氷の表情で冷たく見つめていた。


 「......その姿。さぞや辛いでしょう。私が救いを与えましょう......」

 

 理不尽に合成されたキメラ達にすら、慈悲を見せるシルフィーにキメラ達が一斉に襲いかかる。

 そこで、全てのキメラが凍り付いた。

 カチカチに凍ったキメラは地面に落ちた振動で粉々に砕け散った。


 「......あなた達にとって、死が救いになると、願っています。......私は祈りましょう。あなた達の来世が幸運に包まれることを......」


 手を組んで戦場で祈りを捧げる姿を見た、ローゼル騎士達はシルフィーの美しさと合極まり白氷の聖女と称えるのだった。


 もちろん、シルフィーに絶え間無くキメラが襲いかかるが、その全てが襲いかかる直前で凍りつき地面に落ちる。


 シルフィーの美しさは、散っていく氷もまた栄えてしまう程だった。


 「シルフィー!」

 「っ! カイルさん!」


 そこで、カイルがシルフィーを見つけて安堵の声をあげた。

 シルフィーはピクンとカイルの声に反応し、祈りを辞めて、嬉しそうにカイルの胸にそっと飛び込んだ。

 

 優しく抱き留めてくれたカイルの胸に手を沿えて、


 「カイルさん......暫く......このままで良い、ですか......?」 

 「良いよ。......恐かった? 遅くなってごめんね」

 「いえ......カイルさんが来てくれる事は分かっていたので、ミリナさんを助けた後で......」

 「......ごめん」


 含みのある言い方に、肩身が狭くなるカイル。

 そんなカイルにシルフィーは笑って、身体を更に寄せた。


 「ふふ......許します。その代わり、このまま肩を抱いていてくださいね?」

 「っう......ミリナはともかく、シルフィーだと剣を抜けなくなるんだけれど」

 「暫くは、このまま、ここにいた方が良いと思いますよ......?」

 「ん? なんで?」

 「信じてください」


 最後に真剣な瞳で見つめられた、カイルはシルフィーの肩を抱きながら、頷いた。


 「ユウナ」

 「聞こえていたわ。......シラガ女。カイルと金髪幼姫を護りなさいよ。私は。少し、キメラ達を片ずけて来るわ」

 「......はい。私は騎士に護られるだけの姫には為りません......」

 「............(ボソッ)カイルはイチャイチャし過ぎよ......私じゃダメなのかしら......」

 

 脚を止めたカイルと違い、ユウナはキメラ殲滅に乗り出した。

 それは、シルフィーを見て、シルフィーの魔法がキメラ達ではどうすることも出来ないことを直感的に理解したからであった。

 シルフィーが近くにいる限りカイルは安全。

 なら、ユウナがすべき事は一つ、この本陣を襲っているキメラを殲滅して、早くこの混戦を終わらせること、


 ユウナはそう判断し、シルフィーを大切そうに優しく抱いているカイルを見て、チクチクと心が痛みながら、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れたのだった。


 ■■■


 《水の精霊よ・魔力の波動で・討ち滅ぼし給え!! アクア・ノヴァ!!》


 マリンの上級魔法が、キメラの頭を丸ごと吹き飛ばす。

 カイル達と離れ離れになってしまったマリンは、一人でもキメラ達を相手に一歩も引かず戦っていた。


 (ここで、私がキメラを倒せば、キメラ達の数が減って、結果的にカイルさん達を楽にすることが出来るはずです。皆も必ず戦っているはず......私も頑張らないと、着いてきた意味が無くなっちゃいます!)


 マリンは強い意思を持って・キメラを打ち倒すのだが......

 頭を吹き飛ばされたキメラが、生理的に受け付けない音を立てながら再生していく。


 「あわわわっ! でも、これっ皆どうやって倒してるんですかぁあああ!?」


 塵にするんだよ、と。

 例えここで、カイルが教えた所で、マリンにそんな事が出来る魔法も、剣技も持ち合わせては居なかった。

 代わりに、


 《火の精霊よ・炎弾の嵐で・殲滅し給え!》


 近くで、戦っているジーニアスが、幾千の炎弾でキメラを燃やしていく。

 燃やされたキメラ達は灰になり再生しない。


 「キメラ達の弱点は炎の様です! 皆さん! 火炎系統の魔法で戦ってください!」

 

 六つの属性を使いこなすジーニアスが遂に、キメラの弱点を発見し、ローゼル軍の面々に教える。

 優秀なローゼルの騎士達はそれで、炎系統の攻撃に切り替えて徐々にキメラ達を制圧し始める。


 しかし、


 「あわわわっ! 私! 炎の魔法なんて使えませーんよぅっ......」


 水魔法に関しては、帝級まで使いこなせる様になったマリンだが、他の属性魔法の適正の低さから、火の魔法を初級魔法の《ファイア・ボール》すら使うことは出来なかった。

 よって、


 「あわわわっ! せ、戦略的撤退です! カイルさぁあん! 助けてくださぁあい! どこですかぁあああ!」


 マリンを親の敵の様に襲いつづける鳥のキメラから、背を向けて逃走したのだった。

 

 『マリン。お前さ、なんで毎回、負けると分かってて正面から戦うの? 馬鹿なの? それともマゾなの?』

 

 それは、カイルに剣を教えて貰っていた三ヶ月の特訓中にカイルが言った言葉だった。

 カイルとの特訓は基本的に実践で撃ち合う為、何度もマリンはカイルに負けていた。


 『ううっ......勝てるようになるためですよぅ~!』


 そういったマリンをカイルは鼻で笑った。


 『今は相手が俺で、絶対に殺したりはしないけどさ......。実践を想定しないと意味ないよ......って言う考えの剣士が多いから、俺以外とそんな風に闘ったらマリン殺されるよ、訓練でも、ね?』

 『殺さ......!?』


 時より見せる真剣な表情のカイルの言葉だった為に、マリンは息を呑んでしまう。

 今のカイルは本気でマリンの事を心配していた。


 『じゃあ......どうすれば良いんですかぁ! 今はまだ私がカイルさんに勝てる訳無いじゃないですか!』


 それでも、カイルの優しさに甘えていたマリンは、唇を尖らせてカイルに答を求めた。

 カイルとしては、実践中に誰かを頼れるはず無いので、自分で考えて欲しかったのだが、拗ねているマリンを見て、初の弟子と言うこともあり、溜息を付きながら言った。


 『勝てないって分かったら、逃げるんだよ』

 『っへ?』

 『実践でも、特訓でも、なんでも、最後まで立っていたら、それだけで勝ちなんだよ。......勿論、ただ逃げる、じゃっ、意味が無いよ。特訓中なら特にね? 戦いながら逃げるんだ、敵を離しすぎず、踏み込み過ぎず、そうして、マリンが勝てるその時まで、マリンは負けないようにするんだ』

 『......つまり、焦らしながらも、絶対に一線は越えない様にするということですかぁ?』

 『............まあ、そうだけど。その言い方だと、マリンが悪女になるよ』

 

 マリンは、カイルとの特訓の言葉を胸にしまい。

 この実践でも、キメラに対して有効打の無い事を察し逃げる選択をしたのだった。

 勿論、ただ逃げるだけではなく、キメラを引き付けながら逃げていく。


 (こうして、私が引き付けている間に、他の騎士達がキメラを掃討するまで待てば、このキメラ達も殲滅してくれます。それだけで私の勝ちです。最後まで立っていたらそれだけで勝ち、ですよね? カイルさん)


 実際、マリンが数十体を引き付けている、おかけで他の騎士達が楽になっていた事は確かだった。

 魔法を打って、キメラの敵意を稼ぎながら、マリンは戦場を駆けていくのだった。


 「......そろそろですか......ね」


 カイルの腕に抱かれていたシルフィーが、赤い目を開いてそう呟いた。

 ゆっくりと、カイルから身体を離して、何も無い空間に手をかざす。


 《未来の氷の精霊よ・極低の息吹で・凍らせ給え! アイス》


 そう詠唱した後、赤い目を閉じてからゆっくりとカイルの腕に戻った。


 「あわわわっ! カイルさぁん! 助けてくださぁーい!」


 そこで逃げ回っていたマリンがカイルを見つけて、助けを求めて走り寄る。

 この状況も、カイルならなんとかしてくれる......はず! 

 マリンは疑うことなくそう信じていた。


 が。


 「マリン! こっちにくんな! 馬鹿! なんで来る! 馬鹿!」


 マリンを追っている数百体のキメラの大群にカイルは息を呑むしかない。

 流石に数が多過ぎて、カイルにはマリンを助けるだけの術は......実はあるが使いたくない。


 「そんなっこと、言わずに! 助けてくださぁーいよう!」 

 「ばっ! 無理! くんな! ミリナやシルフィーもいるんだぞ!」

 「あわわわっ! 助けてくださぁーい」

 「話を聞け!」


 それでも、マリンは救世主に縋るべく直進した。

 いくら逃げ回っているとは言え、数百体のキメラに襲われる恐怖が無いはずは無かった。

 それを解決してくれるであろうカイルに会ったマリンにとまる選択肢は無かった。


 「ちっ! 仕方ない......か、マリンそのまま走って来いよ」

 「はい!」


 マリンがどうして、百鬼夜行の様になっているかは、カイルには分かっていた。


 (どうせ、自分に引き付けて他の騎士達を楽にしようとしたんだろ......)

 

 カイルがお腹に抱き着くミリナを退かして、鉄刀丸を抜こうとする。

 キメラの再生力に対してカイルが持っている切り札を速めに切る。

 いくら超再生でも、鉄刀丸の鉄化能力の前には無意味だからだ。


 カイルが剣を抜くために力を入れようとしたその手を、シルフィーが優しく包んで、押さえた。

 ひんやりとしている感触に何をしてるのかと、シルフィーを見ると、シルフィーは小さく横に首を振った。


 「カイルさぁーん」

 

 ドバン。


 そこで、マリンがカイルに飛びついて、それをカイルが受け止める。

 マリンの後ろからは数百体のキメラが襲い掛かって来る。

 カイルは、そのキメラ達よりもシルフィーの美しい瞳に息を呑んでいた。

 

 そんなカイルに、ニコリの微笑んだシルフィーは、手を添えながらカイルの胸に身体を預けた。

 そして、


 「カイルさん。私の騎士様。肩を抱いてくれますか......?」

 「......うん」


 キメラに襲われるというのに、何故かカイルはシルフィーの指示に従い左腕でカイルの肩をそっと抱いた。


 「ふふっ......私の力は、私が身も心も捧げた騎士様の物です」


 目を閉じてカイルの身体の熱を感じながら、シルフィーは、


 「私を護る騎士様を、私も護ります。私と騎士様の未来を邪魔する不届き者は、悠久の時の彼方へと送りましょう......」


 キメラを見ることなく、カイルの身体を抱きしめた。

 すると、カイルを中心に半径数百メトル、全てのキメラが同時に凍り付いた。

 そして、地面に落ちる衝撃で、粉々に砕け散る。


 「っえ......ええ!! 今の......シルフィーがやったの!? どうやって! 何したの?」


 カイルが一瞬で数百体のキメラを氷滅したことに驚きながら、腕の中で幸せそうにしているシルフィーに聞くと、シルフィーは白い目を開いて、カイルの顎を優しく触って視線を合わせて微笑んだ。


 「ふふ......前にも伝えましたが、私の《聖女の真眼》は未来を見る力です。見えた未来の場所をただ氷結させただけですよ......ふぅ......しかし少々......」

 「シルフィー!?」


 十一月で冷えるとは言え、真っ白い息を吐いているシルフィーにカイルは驚く。

 それに、シルフィーの身体は異常に冷たかった。

 氷の塊でも抱いているかのように、冷たすぎた。

 少し辛そうなシルフィーの身体を揺すると、シルフィーはニッコリと微笑んでカイルの唇を奪った。


 「......っ!?」


 カイルの口の中に、ヒンヤリとしているシルフィの柔らかい舌の感触があった。


 ......そのまま、シルフィーはねっとりと舌を絡ませると、カイルの熱い唾液を吸うように自分の舌を伝わせて飲み込む。

 シルフィーの凍りついた身体の芯の部分がそれでゆっくりと溶け出していく。

 それだけではなく、カイルに抱かれている肩や、密着している場所から徐々に体温を取り戻していった。


 とろとろと、熱く冷たいキスを交わしたシルフィーがゆっくりと唇を離して、うっとりとしながら微笑んだ。


 「ふぅ......。すみません。お話の途中で......大分暖かく為りました。嫌......でしたか......?」

 「全然......。むしろご馳走様って感じだよ? それより、身体は平気なの? キスすると良くなるの?」

 

 カイルの疑問には、何故かむくれたミリナが答えた。


 「義姉様のスキルは、力を使うと、何かしらのデメリットが発生すると言うことですね? それをカイル様との接吻で打ち消したと......二番煎じです......キスはミリナの領域ですよ!」

 「ふふ。大体合っています。もう少し複雑ですが、大方その認識で違いはありません」


 シルフィーの能力スキルは特殊で、力を無条件に使えるものでは無い。

 シルフィーがすべてを捧げて良いと思える、異性と一緒で初めて本来の力を発揮する。

 つまり、カイルが近くに居れば居るほど、シルフィーの未来予知は的確になり、カイルへの気持ちが上がれば上がるほど、その精度も上がる。

 更に、デメリットとして、《聖女の真眼》を酷使すると、シルフィの身体の機能が低下していく。そこでシルフィーの身体の中にカイルの体液を取り込むことで、中和した。


 だから、カイルに肩を抱いてもらっていたし、身をすべて預けていた。

 カイルがいなければ、信じる騎士がいなければ意味の無い力。

 それが、シルフィーのスキルの《聖女の真眼》の正体。

 

 そして、シルフィーの使う、特殊魔法属性の氷。

 これもまた、シルフィの身体を蝕む。


 こっちは単に、使えば使うだけ、使用者の体温を奪うと言うものだ。

 それが、スキルのデメリットと合わさるとシルフィーの体温が急激に低下する。

 その特効薬は、他人の魔力を接種すると言う物だ。

 元々、ミリナがキスで、魔力のパスを繋ぐように、人の体液には魔力が含まれている、それを飲み込めば間接的に魔力を接種出来るということだった。


 (特殊魔法は何かを奪います......私の場合は体温ですが、カイルさんの場合は何を奪って居るのでしょうか......?)


 身体の冷えが治まるまで、じっとカイルの顔を見つめてから、シルフィーは親の敵の如く睨んで来るミリナに微笑む。


 「ミリナさん......カイルさんは、誰にも渡しませんよ......? 私はこの身を削ってでもカイルさんと、共に歩みます」

 「っ!!」


 そして、カイルをぎゅっと抱きしめるのだった。

 ミリナとシルフィーの仲が再悪化してる事に、カイルはクビを傾げるしかなかった......。


 「あわわわっ......カイルさんは罪な人ですね!?」

 「何が!?」


 とまあ、マリンがカイルを軽蔑の眼差しで見つめていたのだった。


 ■■■


 マリンと合流したカイル達は、本軍、アンナの元に戻っていた。

 そこには、ジーニアスや、グリーヌといった、主要な騎士達も既に合流していたのだった。


 「アンナ! 戦況は?」


 カイルがそう聞くと、アンナは一瞬、カイルに抱き着いて頬けているミリナを優しく見た後で、表情をぱっと明るくさせた。


 「フハハハハー!! キメラ達の奇襲には驚いたが、ジーニアス殿や、ユウナ殿、そして、マリン殿のお陰でだいぶ殲滅できたぞ。第二軍が攻めてきても、弱点は既に割れている。問題はなかろうよ」

 

 アンナがそう言うとおり、本軍はそれ程多くの被害を出さずにこの奇襲を乗りきっていた。

 既に、乱れた陣を整えて、キメラの残党を狩っている段階だった。


 そして、それは、勿論、レンジ達がいるエリート部隊の第一軍でも、同じだった。

 肉の壁と化すほどの、万を越えるキメラの数を、レンジ達は既に殲滅し終えていた。

 そして、ライトニングの式のもともう一度、崖の上を目指す。

 そこで......。


 「今度こそ、次の一手で終わりだ、ミリス聖教軍!」


 アンナの視線と声は、相対する谷の向こう側に、布陣している。

 ミリス聖教軍総指令、聖騎士団団長、ランスロットへと向いていた。


 その、ランスロットの元に、部下から報告が入ってくる。


 「キメラ部隊第一、第二、壊滅! 谷底の異教徒達を抑さえられません! キメラ部隊の増援を」

 「......仕方ない、か」


 普通の軍ならば、キメラの超回復の前に崩れ去るのだが、流石は大陸最強の軍事国家ローゼルメルデセス王国。

 最初に差し向けた、二万のキメラを、僅か一時間たらずで殲滅してきた。


 これ以上、キメラの増援しても焼け石に水。

 並ば、仕方ない......

 

 ランスロットは、そう結論し重い口を開いて、禁忌の手段に手を染める。

 全ては、異教徒の撲滅の為に、これは聖戦だと、そう思って。


 「広域殲滅魔砲台アームストロング・デストロイヤーを撃て!」

 「ハ!」


 ランスロットの指示に従って、四機の砲台が姿を現す。

 既に、魔力エネルギーは注入し終えていて、後はボタン一つ押せば起動する仕組みになっていた。


 そんな、状況で、ランスロットの弟、闇黒騎士ガンスロットが、兄に言う。


 「兄じゃ! 本気で打つ気なのか!?」

 「......ああ。教皇様の命令だ、奴らは、異端者。異教徒。ミリス聖教の敵だ。慈悲は無い!」

 「しかし......兄じゃっ!」

 「先ずは、谷底に一撃お見舞いしろ!」


 実の弟の、ガンスロットの制止を聞かずに、ランスロットは射撃命令を下した。

 一機の砲台アームストロング・デストロイヤーが、谷底で、キメラを殲滅している、ローゼルメルデセス軍に向く。

 そして、矢は放たれた。


 ズドガァアアアアアアアン!


 戦場を覆うほどの轟音と共に、強大な魔力エネルギーの塊が放出されて、谷底にいた全ての物質を同時に消滅させた。

 二万近くいたローゼル兵も、まだ少し残っていたキメラ達も、谷底が更にえぐれて、深くなるほどの威力だった。


 たった一撃で、それを成した砲台アームストロング・デストロイヤー同型機アームストロング・デストロイヤーが、次に向いたのは勿論、ローゼルメルデセス軍の本軍だった。

 ランスロットは、容赦無く指示を出した。


 ズドガァアアアアアアアン!


 再び、砲台アームストロング・デストロイヤーが火を噴いて、ローゼルメルデセス本軍から少し外れて、後ろの山脈を撃ち抜いた。

 砲撃アームストロング・デストロイヤーが当たった山脈は、あった所から上が丸ごと消し飛んでいた。


 「修正しろ! 次で終わらせろ!」

 「ハ!」


 太古の昔に存在したという、核兵器よりも高威力兵器アームストロング・デストロイヤー

 開発と同時に禁忌指定を受けた、兵器がカイル達の命運を握っていた。

 



 

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