三話 『黄金の邂逅』
寮にたどり着き、割り振られた部屋番号を確認し、扉を開ける。
内装は、入り口から入ってすぐに、六畳ほどの部屋、そこにベッドが二つ。
キッチンとお風呂場は別にあり、トイレは無いが、外にでれば、寮共有の公衆トイレがあった。
決して豪華な部屋とは言えないが、極貧教会で育ったカイルにとっては、贅沢する部屋である。
どさり……。
部屋に入ったカイルは、すぐ、直近のベッドに腰を下ろした。
持ってきた荷物は特にない。
「……」
沈黙の時間が流れる。
カイル以外、誰もいないのだから、カイルがしゃべられなければ、当然、こうなるであろう。
だが、カイルは、一人になるという経験が殆どなかった。
何時だって隣には、ユウナや、教会で暮らす弟、妹達がいた。
時に騒がしく、面倒になったりもしたが……
……今、思い出せば、あの騒がしさが、とても懐かしい。
一人になって初めて、ユウナたちの騒がしさが、嫌いじゃなかったんだと、解ったのであった。
「ユウナ……レンジ……みんな……」
「……」
名を呼んでも、その声は、虚空へ消えるだけ。
教会の家族みんなで過ごした、幸せで懐かしい記憶が、脳裏で何度も再生され、胸が苦しくなった。
ぽろっ……
急に、目頭が熱くなり……滴が落ちた。
そんな涙をぬぐい取りながら、カイルは物思う。
(俺が本当に欲しかったのは……大切な人を守る力じゃなくて……大切な人と一緒に居られる時間だったんじゃ……)
……何もかも、もう、遅い話である。
瞳から零れる涙はきっと、悲しみでも、寂しさでもなく、もう二度と正せない間違いを犯してしまったことを、心の何処かで解っているからだろう。
「あの~~」
ちょん、ちょん。
気が抜ける声で、何者かが、カイルの袖を引っ張る。
「……ん?」
「カイルさん……。何で泣いているんですか? 幽霊とか、出ちゃったりしましたか?」
反射的に顔を上げると、目の前には、おどおど部屋を見渡す、水晶の様な青髪の少女、マリン・マリッジがいた。
カイルは素で首をかしげ、疑問を口にする。
「なんで、マリンがいるんだ?」
「酷いっ! さっき、相部屋になったから、これからよろしくお願いしますって、言ったじゃないですかぁぁ~~っ」
……全く聞いていなかった。
だがしかし、マリンが相部屋になるのは少し考えれば必然であった。
もともと勇者学校の寮は三つしかなく、入校順に割り振られる。
その上で、聖剣に選ばれる確率が一万分の一であるならば、一度、実家に戻ったマリンより先に、誰かが入校する可能性は限りなく零に近い。
で、あれば、四番目のマリカが、一番目に入校していたカイルと同じ部屋になる……という経緯だ。
「それで、あなたは、なんで泣いていたんですか?」
「……」
……本当は、他人に弱さなど見せたくないのだが。
しっかり、見られてしまったのだから、今更だ。
「笑うなよ?」
「笑いませんよ」
カイルは下手に隠そうとせず、理由をマリンに打ち明けた。
すると、
「あ、その気持ち分りますっ。」
マリンは身を乗り出して、カイルの気持ちを肯定した。
「私もさっき、お母様とお別れの挨拶をした時に……あまりにも悲しくて、泣いてしまいました……って、カイルさんのと私のでは、全然、重さが違いますよね? すみません」
「重さは関係ないよ……物事に対しての感じ方なんて、人それぞれだし」
マリンの謙遜をぴしゃりと否定できるのは、カイルが様々な悲劇を体験した教会の弟妹達と暮らして来たからだ。
悲劇の大小はあれど、心に負った傷が痛いことに、代わりがないと知っている。
だからこそ、カイルは、マリンの悲しみを程度が低いとさげすんだりはしなかった。
「ねぇ、マリン。別れが悲しいくらいなら、ずっと一緒に居た方が良いと思わなかったのか? 別に君は勇者学校に入りたかった訳じゃないんだろ?」
「この悲しさは、本当に悲しい訳じゃありませんよ」
「……え?」
カイルが教会の悲劇に囲まれて育ったからこそ言える言葉があるように、貴族令嬢として、両親から愛情を注がれて育ったマリンにも言える言葉があった。
「ただ、寂しいだけなんです。……今までの自分と、自分に深く関わっていた人との関係を絶つことは」
「寂しいだけ……か」
「――でも、それは、絶対に間違っている事にはなりません。カイルさん。人が新しく何かを始めるには……今までの何かを捨てないといけないときもあるんですよ?」
「……」
「そして、新しく挑戦することは、『成長』するということなんです」
カイル達の様に、家族として、ではなく、友達や仲間と、正しく、出会いと別れを繰り返してきたマリンの持論であった。
スッと、カイルの心に沈み込む。
……三年前の決断は、決して間違いでは無かったのだ。
「ふ……まさか、マリンに、教えられるとは」
「どういう意味ですかぁぁ~~」
「『ありがとう』って、意味だよ」
マリンにそう言って、周囲を見渡せば、もう、寂しさは消えていた。
「というか、相部屋って普通、男女別になるんじゃねぇの?」
「……はっ。カイルさん。まさか、私のこと、襲ちゃったりしますぅ?」
憂鬱だった気分を変える為に、全く別の方向へ話を変える。
すると、何を勘違いしたのか、これでもかと身を乗り出していたマリンが、全力で後ろに下がり、避難の瞳を向けた。
「安心しろ。俺は、金髪にしか、興味がねぇ」
「金髪? ちょっと、何、言っているのか解りません」
カイルの金髪愛を理解するには、マリンには、まだ少し、早かったようだ。
……これは特別、説明しなくても、いずれわかるだろう。
「マリンに金髪がいかに素晴らしく尊い物かを説いても良いけど……話が盛大にそれるから、辞めておく」
「……はぁ」
「俺が聴きたかったのは、純粋にマリンが男の俺と同室で良いのかってことだよ」
流石に、思春期真っ盛りな男女が、一緒の部屋に住むというのは問題がある。
マリンが本気で嫌がれば、部屋の交替も考えてくれる筈だ。
「今なら、ユウナの所にねじ込めるんじゃないか?」
「……では、逆に聞きます。カイルさん、こそ……女の私と一緒でも嫌じゃありませんか?」
「俺?」
カイルは少しだけ、考える。
……マリンと同室は、嫌か否か。
答えは、
「別に……俺は、ユウナとずっと一緒に暮らして来たし、大丈夫だよ。(アイツよりは手が掛かんなさそうだし)」
「私も……カイルさんだったら、安心できる気がします」
「ふっ、人を見る目がないな。金髪だったら間違いなく襲ってる」
「つまり、お互いに問題はないと……なら、このままということで。……というか、何も知らない人と一緒になんて眠れませんよぉ……カイルさん。私を捨てないでぇぇぇ」
「おい。学生寮の壁は薄いんだぞ。紛らわしいことを大声で叫ぶな」
滂沱の雨を振らせて、腰にすがりつくマリンを相手にしていると……
……どこか、手の掛かる可愛い妹の相手をしているような気持ちが芽生える。
(いや、妹はもう、ユウナ一人で手一杯か)
「ふっ……まぁ。解ったよ。これから、よろしくな。マリン」
「はい。こちらこそ、よろしくお願います。私の英雄さん」
「英雄?」
「忘れたんですかぁ~~、あなた、私の命を救って、立ち止まっていた私に道を指し示してくれたんですよぉ? そんな存在が英雄以外のなんだっていうんですかぁ?」
「……勘違いだ。盛大な」
「だとしても、……大好きです。カイルさん」
「ふっ」
女の子から『大好き』と言われたのに、カイルの心臓は全くドキドキしない。
……きっと、マリンの言葉には、そういう色事が抜けているのだろう。
ラブ(Lave)ではなく、ライク(Like)……そんな意味しかない。
そしてそれが、カイルにとっては心地良かった。
(新しい出会い……別れ、そして、成長か……)
「よし。マリン。じゃ、お腹減ったから、ご飯を振る舞って。ユウナをうならせた腕前、俺に披露してくれ」
「いきなり、家政婦みたいな扱い!? まぁ、いいですけどぉ……」
「いいのかよ」
「料理作るのは好きですし……あっ、食事代はくださいね」
「抜け目ねぇな」
「当然です。私、これでも、貴族の家の当主ですから♪」
「没落したんだろう」
長かった学園都市での一日が終わった。
因みに、……マリンの料理を食べたタレムは、もう他の料理に戻れないほど、胃袋を捕まれてしまったのであった。
――一週間後。
勇者学校が開校し、勇者候補生たちの活動が始まった。
入寮と同時に配られる『勇者学校概要書』なるものがあるが、この学校は、基本的に生徒が自主的に活動していく。
普通の学校にはあるクラス単位の集団学習などもなく、必要な場所と必要な知識を必要としている者に与える、そんな教育方針だ。
学校が推奨している活動は、主に二つ。
一つは、知識を与える《講義》。
これで、魔法や剣術などの基礎知識を学ぶ事が出来る。
もう一つは、経験を与える《依頼》。
こちらは、実践経験を積むことで、勇者候補生として、着実な実力を付けることが出来る。
また、学校としての評価は、《依頼》の達成功績で決められる。
依頼事に一定の評価点があり、それを一年間で一定数以上、稼がなければ退学となる制度だ。
よって、必然的に生徒達の主な活動は、《依頼》の遂行・達成となってくる訳だが……
……もちろん、例外もいる。
「あわわ……《魔法基礎学》の講義、私以外誰もいませんよぉ~~」
勇者学校の本館、大講義室で、講師不在の中、分厚い教本を片手にマリンが独り、汗を欠いている……一方。
カイルは、別館にある《勇者教会》へ足を運んでいた。
ここで、依頼の受注をすること出来るからだ。
もちろん、他の勇者候補生達も考えることは大体一緒で、数百人近くの勇者候補生が押しかけ、勇者教会は大混雑の様相を呈していた。
「このあたりで、ユウナたちと合流したかったけど……ムリかなぁ」
そんな願望を呟きながら、カイルが勇者教会の扉を開けようと手を伸ばした……その時。
ガタンっ。
突然、内側から扉が乱暴に開かれ、中から、数人の黒服を着た男達が現れた。
よく見れば、男達は、純金に輝く髪と瞳をもつ少女を、抱きかかえている。
「おっ? ……あの金髪は、《聖剣祭》で見かけた女性だ。あの人も勇者候補生だったのか」
思わず、足を止め、その美しさに見入ってしまうカイルの前で、男達は少女をぽいっと投げ捨てた。
……まるでゴミのように。
(いや、ほんとにゴミくせぇな。格好もボロボロで、小汚いし……)
「酷い、酷すぎるぞ! これは不当な扱いだ! 絶対に許さんからな! この早漏どもがぁぁぁぁぁッッ!」
「……」
投げ捨てられた金髪の少女が、ボロボロの状態で這いずり、黒服の男の足にすがりつく。
……醜い様だ。
「……」
「な、なんだ。その目は!? 何か言って見ろ!」
「……」
「ははっ。解ったぞっ! 貴様ら、マグロだな。ククック。花売りしか相手にされんのだろう。この不細工がぁぁぁっ!」
「……」
「だがしかし、安心するがよい。この美少女が、慰めてやる。罵倒という、刺激を持ってなっ。わっはっはっは」
そして、醜態とは裏腹に、尊大な言動とる金髪少女は、声を鱈からにして、下品に嗤う。
そんな少女に対し、黒服達は終始無言で、拳を握り……
――ごつんっ!
躊躇も容赦もなく、少女の顔面を殴りつけた。
……痛そう。
「ぐほぉっ!」
しかも、それでも、足にすがりついて放さない少女を蹴り飛ばし、集団で囲って文字通り、ボコボコに痛めつける。
「ちょっ、ヤメ……そんな……あぅ……。せ、せめて何か語れ、ぐふっ! ちょっ、それ以上は……死んじゃ――誰か! 誰か! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇっ」
「……」
少女の悲痛な悲鳴が響くが、応えるものは誰も居ない。
それどころか、周囲の候補生は、黒服達に道を空けていく。
「……」
黒服が、静かになった金髪少女を人混みの奥へ、捨てて、勇者教会に戻れば、周囲の勇者候補生たちは何も無かったかのように、雑踏を形成し始める。
もちろん、周りの候補生が、少女の悲鳴を無視したのは、冷徹な性格だからではなく、黒服達が、《勇者教会》の用心棒だと知っているからだ。
黒服が動いているなら、それは、少女の方が、教会内で何か禁忌を犯したのだろう。
「……」
その騒動全体に、若干、引いていた、カイルは、そっと、捨てられた少女に視線を向ける。
相当なダメージを受けたのか、ピクピクと手足が痙攣しているが、死んではないようであった。
そんな哀れな少女を見て、
(いやぁ……もったいない。けど、あの、金髪は関わっちゃいけない類いの人物だ)
カイルはそう思いながら、少女を無視して勇者教会に足を踏み入れるのであった。
……どんなに良い金髪も、生える素材(人格)を選べないから可哀想である。
――そして、数分後。
どだんっ。
勇者教会の扉が再び開き、中から黒服達が現れる。
腕にはカイルが抱えられていて、ゴミの如く投げ捨てられた。
……やはり、既にボロボロだ。
「ちょっと待ってよ。おかしいだろ!」
それでも、カイルは地面を這いずり、黒服の足にすがりつく。
……納得がいかない。
「俺は依頼を受注しようとしただけだぞっ!」
「……」
男達は無言だが、カイルの手には、この騒動でボロボロになってしまった依頼書が握られていた。
「それなのに、この扱いはなんだ! お前ら! いきなり殴って来やがって! 許さないからな!」
「……」
「もう、レンジに言いつけてやる! レンジは強いんだぞ! お前らなんか――」
そして、黒服達はやはり無言で、拳を握り……
「ぎゃぁぁっぁぁぁぁ――っ!!」
意識を失ったカイルを人混みの奥へ、投げ捨てたのであった。
……一体、何故、こうなったのか?
カイルには解らない。
(だって、あいつら何もしゃべらないし……)
自分の犯した罪は何だったのかと、上を向けば、雲一つ無い青空が広がっていた。
カイルの内心とは、正反対である。
――そんなカイルの隣で、
「フハハハハハッ。貴様、初日から《ギルド》に目を付けられる行動をするとは、馬鹿だな! 馬鹿であろう!」
華美な黄金の髪を、腰まで伸ばしている少女が、両腕を組みながら、呵々大笑している。
さっき、カイルと同じように、うち捨てられていた少女だ。
「馬鹿笑いしているとこ悪いが、金髪。お前も、同じ目に遭っていただろう……よく、他人の事を笑えるな」
「ふむ、何が可笑しい?」
「何も、可笑しくねぇよ」
「そうではなく、可笑しい時に、可笑しいと笑う、ソレの何が可笑しいのだ? 例え、自分と同じ過ちだとしてもっ。私は笑う!! ハッハハハハ――ッ! (呵々大笑)」
「その理論で行くなら、俺も、お前のこと笑ってやるぞ。バァァァカァっ。ハハハハッハ――ッ!! (抱腹絶倒)」
衆人環視の中、高らかに馬鹿笑いする馬鹿二人。
周りで見ていた勇者候補生たちは、先のカイルと同じように、絶対に関わってはいけない人種だと、脳に記録するのであった。
「カカカッ。……ふむ。貴様、気持ちの良い笑いっぷりだな。気に入ったぞ。望むなら、私の付き人にしてやろう」
「丁重にお断りします……では、さようなら」
「なぬ!?」
何故か、金髪少女に気に入られ、付き人に勧誘されたカイルだが、即答で断り、背を向ける。
この少女に対する、カイルの基本方針は変わっていなかった。
いくら金髪愛好者のカイルでも、人格破綻者には、近づかない。
逆に言えば、人格破綻者でなければ、金髪少女の付き人を断ることもなかったであろう。
……なんとも、惜しい、出会いである。
「待てっ、待つのだ。変態っ! こんな幼気な美少女を置いてどこに行く? それでも殿御かっ!?」
「ほぼ、年齢かわんねぇだろ! そういうのはもっと歳上の大人なお友達にアピールするもんだ」
足早にその場を離れようとしたカイルだが、すかさず少女に服を掴まれた。
……最近、こんなことばっかりだ。
「手を離せ。それと変態言うな。俺のどこが変態なんだ。むしろ、めちゃくちゃ真摯の部類だぞ」
「む……そうなのか?」
「そうだよっ」
びりびりびり……
黒服達に乱暴されたダメージが強かったのか、金髪少女が掴んでいた場所から、カイルの服が破け落ちる。
肌色な世界がご開帳となり、少女の視界を埋め尽くした。
「ふむ。やはり、変態ではないか」
「……冷静だな」
「貴様だがな」
「俺はこういうの慣れてるからね」
男の生肌を見たのだから年頃の少女なら、もっと動揺して然るべきであるが、金髪少女は、淡々とカイルの身体を観察する。
「おや? 若いのに、随分と鍛えているのだな。筋肉はそも、刀傷まで……相当な修羅場を潜ってきたか?」
「だから、年齢は変わらないだろ。それと、あんまり、じろじろ、見んじゃねぇ」
遠慮のない視線を止めさせようと、カイルが少女の身体を振り払う。
……これ以上は、本当に関わっていられない。
びり……びりびり……
――しかし。
カイルが払ったその一撃が、少女の服の寿命にトドメを刺した。
カイルも少女も同じ様なダメージを受けていたのだから、不思議では無い。
上から下まで一枚造りの服が破れ、あられもない、生まれたままの姿がさらけ出されてしまう。
唯一、残った防御力は、白く薄い、下の下着、一枚だけ。
……上は絶壁だから、付けていなかった。
「あっ……ゴメン」
「……」
破れた服を見て、硬直する少女に、カイルは、避難される覚悟を決める。
例え、わざとではなくても、これは、殴られて仕方の無い事案だ。
「あれだろ。『お約束』って奴だろ? いいぜ。焼くなりニクなり好きにしろ。抵抗はしない。だが、一つだけ、言わせてくれ」
「よい……申してみよ」
「せめて、その金髪、触らせて……絶壁見せられても、なんのうまみも無いからさ」
「この美少女の瑞々しい身体を見て、求めるのは『金髪』か。……貴様、やはり変態だな?」
是非もない。
カイルは変態である。金髪に関してだけは……。
それでは、お約束のお時間だと、カイルは、お叱りを待った。
――だが。
「ナニを固くしている? もっと、よく、私を見よ」
「……え?」
少女は、暴力に出ず、どでぇぇーーんっと、仁王立ちのまま、更に胸をそり上げた。
……もちろん、そんなことしても、ピンク色のソレは、絶壁だ。
「怒らないの?」
「うむ? 何故、怒る? わざと服を破いたのならいざ知らず」
……お約束だからだ。
まぁ、そこは、理解のある人だったと、ギリギリ隅に置いておく。
「じゃあ、恥ずかしくないの? みんなに、見られているけど?」
「ふむ?」
カイルが言うと、少女がキョロキョロと首を可動させ、周囲を見渡した。
いかんせん絶壁の少女だ、特別、劣情の類いで見ている者は少なかったであろうが……
カイルの言うとおり、好奇の視線を大量に集めていた。
……さっと、周囲の人間が視線を外す。
――だが、しかし、それを確認しても、少女は胸を張ったまま、堂々と言うのであった。
「自慢じゃないがな。私は美少女だ」
「自慢しているな」
「否、事実だ」
「おう……」
「そして、美少女である、私の身体に、恥ずべき場所など、一切合切、存在せんっ!」
「よく、その絶壁で言い切れたな」
「ふっ。では、貴様は……私が美少女ではないと、思うのか?」
「……え? そんな評価を俺に求めるのかよ? そんなの十人十色だろ」
「貴様の個人的な主観で良いぞ。私は万人に共通出来る美少女だからなっ。ハッハッハ――ッ!」
意見を求められ、カイルが仕方なく、少女の事を、上から下まで観察する。
裸の少女を凝視するその様は、危ない匂いがプンプンしているが、本人がやれと言うのだから、問題はないであろう。
「う~~ん。まず、金髪、千点っ!」
「待て、何点満点の評価だ? あまり、分母が膨大だと採点が面倒だ」
「十点満点だよ」
「いきなり、大幅に、限界突破しているぞ。お前の主観はどうなっている。金髪だけで、超弩級美少女ではないか!」
「はっ! ふざけたことを言ってんじゃねぇぇぞ! 金髪にだって、良し悪しがあるんだぞ! その中でお前は、格別、上等の髪を持っているんだ! 自覚しろ! そして、俺に取って美少女の定義は全体の《調和》だ。最後まで黙って採点されていろ!」
「う、うむ……すまない。案外、ノリの良い奴だな」
――金髪を過小評価した少女を、本気で怒った後、カイルの採点が続く。
「顔は九」
「ふむ……妥当だな」
「肌は、透き通っていて、瑞々しい、十」
「よく見ておるな」
「腕と足は短めだけど、歳と金髪を考慮して十」
「金髪は……いや、なんでもないぞ。続けてくれ」
「次に胸だけど……」
「言動を見ていれば解る、巨乳派なのであろう? 低くて構わんぞ?」
「……十点」
「なにゅぅ!? 巨乳派ではなかったのか、変態」
「さっきもいっただろ? 俺は、全体の調和が整っている派だ。まぁ、大きい方が惹かれる時もあるけど」
「金髪以外は、ブレブレの主観だな」
「その点、お尻の形やお腹のふくらみ、身長、金髪を入れて、全体的に最高の調和を見せている。俺のドストライクゾーンだ!」
「もしや……私は、口説かれているのか? ちょこっとだけ、むずがゆいぞ。も、もう、結論は美少女。それでよいか? 今は私の初登場のトークタイムだと忘れられては困るのだが」
「……まぁ、全体評価は、金髪を抜いても十で良いよ」
「では――っ!」
――だがしかし!
ようやく自分の語りが出来ると、瞳を光らせる少女に、カイルは、ピシっと指を差す。
……本当の評価はここからだ。
「お前、臭い」
「なぬ!?」
鼻をつまんだカイルにバッサリと言われて、少女が驚愕し、自分の身体を嗅ぎ始める。
……確かに、ぷんぷんと、醜悪な香りが、こびりついていた。
自分で思うのだから、他人からは相当臭い。
黒服達に乱暴され、泥まみれになったのとは、異質な香り……
「性格、言動についても言いたいが、まぁ、今は見た目と印象だけだと仮定して、小汚い、生臭い」
「……はっ。最近、ゴミ捨て場で食料を調達していたからか!」
「一つ、言っておく。どんなに、最高の金髪で可愛い顔をしていようとな! 匂いが臭い女は、美少女とは言わない!」
「むむむ……確かに、その主観は、納得できてしまうな。……では、私は美少女ではないのか……ふむ……」
カイルの意見を聞き、胸を張っていた少女の顔に朱色が差す。
そして、ぺたりと、カイルに密着した。
「いきなり、なんだよ? 裸なんだからくっつくな。色々擦れるだろ……そして臭い」
「私は、恥ずべき姿であった……後生だ。私を隠してくれぇぇぇっ! こんな姿、誰にも見せられんッッ!!」
「ここまで嬉しくない抱擁は初めてだ!」
……今更、遅いだろ。
カイルはそう思ったが口に出さず、そっと少女の肩を掴んだ。
――そして、
「じゃあ。そういう感じで。今度こそ、さようなら」
突き放し、立ち去ることにした。
……結構、話し込んでしまったが、関わりたくない気持ちは変わっていなかった。
――しかし。
裸体を晒す少女は、立ち去るカイルの背中にダイブ。
カイルを押し倒した。
「フハハハハーッ。その程度で私を騙せるとおもったかっ! 離さんぞ。私は粘着質な美少女なのだっ!」
「やめろぉっ! 俺は、さっぱり体質の美少女が好きなんだ あと、マジで、勘弁して、友達だと思われるだろう!」
「何を言っている? 友達であろう! お互い、肌を見せ合った、深い関係のな」
「不快関係の他人だよ!」
がやがや……がやがや、くんつほぐれつ。
――結局、半裸の二人は、仲良く、カイルの寮までも戻ったのであった。
扉を開け、中に入ると、金髪少女が風呂場に直行する。
……まるで、我が家のような遠慮のなさだ。
「変態。覗いてもよいが、対価として、新しい服を用意しておいてくれ」
「何故、今まで裸でくっついてきた女の水浴びを覗かないといけないんだよ……」
「そこに美少女がいるからだ。殿御ならば覗けッ!」
「はいはい。解った。服くらい、やるから、静かに入ってろ。俺も、着替えるから、こっちに来るなよ?」
「覗けということか?」
「なんでだよ」
少女が身を清めている間に、カイルは早くも寿命を迎えた制服を脱ぎ、予備の制服に腕を通す。
ついでに、マリンのタンスから、適当に、少女の服を見繕い、着替え場に置いておく。
そこから、一息ついて、どさくさで持ってきてしまっていた《依頼》を確認する。
《トウネ村の警護・受注難易度F・達成報酬100勇者ポイント・備考、二週間村に常駐……》
「そういえば、一つ気に掛かっていたのだが……。変態はなぜ、ギルドを追い出されたのだ?」
……静かに入れよ。
と、思いながら、カイルも丁度、同じことを考えていた。
「わからん。なんか、知んないけど……選んだ依頼を受け付けてくれなくて、ちょっとごねたら、いつの間にか、黒服に囚われていたんだよ」
依頼が受注出来なければ、勇者候補生としての活動が出来ないが、黒服達は、理由を教えてくれることはなかった。
これは、勇者学校の『勇者たる者、何事も、自分で解き明かせ』という、指導方針である。
「依頼の受注不可か……ふむ。であれば、受注条件を達成していなかったのだろう。初心者がやりがちなのは、《難易度》の見落としだが……ある程度、依頼をこなさねば、高難易度の依頼を受けられんことはしっておるか?」
「それは、確認して受けたよ。Fランク(初心者用)って大きく書いてある。新入生向けの依頼を選んだし」
「……ふむ。ちょっと、見せてみろ」
スッと、後ろから、細い手が伸びてきて、依頼書を奪い取られる。
「早いな、もう、お風呂あがったのか……ってっ!」
カイルが視線を動かすと、そこには、濡れて滴る金髪の少女が立っていた。
……一糸まとわぬ、姿で。
「……なんで、服を着ていない? もしかして、裸族なの?」
「ふん。庶民の服など、着られるかっ!」
「お前が用意しろって言ったんだろうが……っていうか、あの服は貴族令嬢の服だ(元だけど)」
しかも、ちゃんとタオルで水気を拭き取っていないのか、全身びしょびしょだ。
床に水滴がポタポタと落ちまくっている。
……誰が掃除すると思っているのか? 少なくとも、カイルではない。
「そも、汚れを落とした今の私は、完全無欠の美少女だ。服など必要あるまい!」
「必要だろ……ん?」
カイルが金髪少女の生態を、本格的にヤバい奴……と認定しかけた時、
ぶるりっ。
「くちゅんっ」
金髪少女が、細かく身体を震わせて、かわいらしいクシャミを一つした。
……寒そうだ。
「お前……まさかっ。服など着られるかって、そのままの意味?」
それでカイルは一つの仮定にたどり着く。
少女が気に入らないから、着なかったのではなく、着られないから、着なかったのだと。
……教会にも、まだ自分で服を着られない幼子達がいた。
いまの、金髪少女は、そんな子達にそっくりであった。
「当たり前だ。私は無意味な嘘など付かんっ」
「じゃ、じゃあ、まさか、ホントは服を着たかったりするの?」
「それも、当たり前であろう。 いくら美少女でも、伽の刻ならいざしらず、普段から裸では、身が持たん」
「……」
……マジか。と、思いながら、カイルは深く息を吐き出して、少女の腕を引き、膝の上に座らせる。
「ちょっ……なにゅをする気なのだ!? そういうことは、想い合っている者どうしでしか、ダメなのだぞっ! いくら私が美少女でも、早まるな、変態っ!」
「良いから少し、黙っていろ!」
暴れる少女の頭にタオルを掛け、丁寧に濡れた髪を拭いていく。
頭を終えたら、次は首、腕、脇の下、絶壁……おしり、ふともも、ふくらはぎ、指先まで、ゴシゴシ、拭いていく。
その後、サッと、服を着せて、完成だ。
「はふぅ~~。異様に手慣れているな? ちょっと変な気持ちになったぞ」
「まさか、ユウナより、手の掛かる奴がいるとは思わなかったよ」
「何故か、髪の時だけ、一段と手厚かった気がしたが……まぁ、よい。礼を言おう」
「別に気にしなくて良いよ。金髪、触れて満足だし」
「変態だなっ!」
特殊性癖を段々と理解してきた少女が、五指をわきわきさせて、満足そうな顔をしているカイルにツッコみ、離れようとするが……。
途中で、首を振り、身体の力を抜いて寄り掛かった。
「だが……変態。機微から優しさがビクビクと伝わってくる……それが、心地良い。気に入った! やはり、私の従者になれっ!」
「もう少し、お淑やかな性格になったらな」
――そんなことより。……と、
カイルが、話を変えて、依頼書を指差した。
「何か、解った? ……くんすか、くんすか」
膝に乗る少女から、上品でいて味わい深い、それでいて鼻につかない、香りが漂ってくる。
例えるなら、薔薇の香りだ。
今まで、悪臭を纏っていた少女だが、元々の体臭は、こっちなのだろう。
……香水要らずだ。
「無論……だが、その前に、変態」
「なんだよ。金髪」
「私の身体を、クンスカするのを、やめて貰いたいのだが……」
「……え?」
くんくんくん……。
気がつけば、カイルは、魅惑の香りに蠱惑され、金髪少女の身体を、玩具人形のように、欲望のまままさぐっていた。
今も、金の髪を持ち上げて、うなじの香りを堪能している。
……これが、天女の香りか。
「何か問題がある?」
「貴様が変態だという、回答まであるぞ」
「それは誤解だ」
「……まあよい。私の美少女具合に、なんら陰りは差さんからな。しかし、息を吹きかけるのはくすぐったいから止めよ」
「りょーかい」
少女は大雑把な性格で、結構重大なセクハラ問題を、適当に流してしまう。
そして、そのまま、話の流れも元に戻っていく。
この空間には、ツッコミ役が存在しなかった。
「さて。変態。一つ、確認するが……この依頼、もしや、一人で受けようとしたのか?」
「うん。そうだけど」
「……ふむ。貴様はどしがたいほどの馬鹿者だな」
「なんだとっ!」
突然の罵倒を受け、憤るカイルに、金髪少女は依頼のとある場所を、指でピシッと差した。
そこには、備考欄があり、
『注意・二人以上のパーティーでないと受注できません』
……はっきりと、そんな事が書いてあった。
「あ……うん。どしがたい程の馬鹿だな、俺」
「そうであろう?」
書類関係はちゃんと読まないと、痛い目に遭う。
それが学べた出来事であった。
「――さて。問題が解決したところで、提案だが、変態よ」
「なんだ、金髪」
金髪少女が、カイルを見て、にやりと笑い、依頼を掲げた。
そして、
「私と、一党を組む気はないだろうか?」
……パーティーのお誘い。
ほんの、一瞬、カイルは瞳を閉じて考えてから、
「ふっ。良いぜ。俺は、カイル。暫く、よろしくな。金髪」
「カイル……か、良い名だ。私は……アンジェリーナだ!」
「アンジェリーナ……か、長いから、『アンナ』って呼んでもいい?」
「ふははっ。愛称か。そんな風に呼ばれるのは初体験だが、良い! カイルだけ、特別だ」
グッと、カイルは金髪少女、アンナと握手を交わす。
……所々、下ネタっぽい発言があるんだよなぁ。偶然かなぁ~~と、思いながら。
こうして、カイルとアンナのパーティーが結成された。