八・五話 『炎の騎士は忠誠を見せる』
《ローゼルメルデセス王城》
カイル達がゴブリンに特攻を仕掛けていた頃、『玉座の間』で、玉座に座る王。
ローゼル王に召集された七騎士たちが、膝を付いていた。
「我が忠実なる騎士達よ。状況は知っておるな?」
「ハッ!」
七騎士達を代表して答えるのは、金髪の男、第二騎士団団長、ゴルドン。
七騎士の強さの序列は、そのまま騎士団番号に互換できる。
つまり、ゴルドンは七騎士の中でナンバーツーの実力者。
「『禁忌の娘』が逃亡したと聞きましたが……《影》を動かしたなら問題ないのでは?」
「うむ。しかし、その手引きをしたアンジェリーナと勇者見習いの子供に阻まれたそうじゃ」
王の口から、アンジェリーナと言う名前が出た瞬間、ゴルドンの瞳が大きく開かれた。
「なっ! 姫が! 何故!!」
「解らん……だが、アレは見過ごせるモノでは無いのだ。これ以上抵抗するならば、我が娘を抹殺するしかないだろう……解るなゴルドン」
「しかし!! 姫はッ!!」
「ならんッ!! この件の責任は誰かが負わねばならぬ」
「しかしッ!! それだけは――」
「聞けッッ!!」
食い下がるゴルドンに、ローゼル王は一喝し……
「だが、アンジェリーナは、勇者見習いと行動しているのだろ? 後は……解るなゴルドン」
「ハッ! そういうことならば、なんなりと。我が王よ」
ニヤリと笑い、頭を垂れるゴルドン。
それを見て、ローゼル王は命令する。
「七騎士よ。『西の森』にて、『禁忌の娘』と『反逆者』を討て!! 手段は問わぬ。必ず抹殺するのだ!」
「「「ハッ!」」」
そうして、七騎士の返事を聞いてから、
「うむ? ゴルドン。イグニードはどうしたのだ?」
「奴は、先に『西の森』へと出撃しています。おそらく、どこかで情報を知ったのでしょう」
「流石は、いずれ、我が娘の夫になる男か……」
「姫の夫……」
「ゴルドン! 政事だ。口を挟むでない」
「しかし!! 姫は……アンジェリーナは私とッ!」
「ゴルドン! 貴様。実兄だろ!! 慎まんか馬鹿息子」
「ムムム……しかし」
「ゴルドン!」
「ムムム……」
ローゼル王は、渋々と唸るゴルドンに溜息をつき、退室していく。
残されたのは、イグニード以外の六人の七騎士。
その内、緑髪の女。第四騎士団長、グリーヌがゴルドンの肩を叩く。
「ゴルドン。そう落ち込むな。妹離れにはいい機会ではないか」
「私は、妹離れする気は一切ない!! 世界一妹を愛しているのだ! 妹と結婚したいのだ!!」
「……それよりも、アンジェリーナ様が連れている子供と言うのは……」
グリーヌは正直に言ってドン引きしながら、話を軌道修正する。
ローゼルメルデセス史上最強の女性騎士は、上位騎士の三人が、独断。変態。無口。という性格のせいでまとめ役に落ち着くことが割と多かった。
「うむ。間違いなく、あのクソガキだろう。姫と同じ空気を吸って無ければ良いが……」
「……安心しろ。絶対に吸っている」
「なぬ!? 絶対に殺さねばならぬ理由が出来た!! 七騎士よ! 各自、準備が出来次第出撃せよ」
とてつもなく、くだらない理由でやる気スイッチの入ったゴルドンが指示を出す……が。
「俺様。パッス~♪ 弱いガキをいたぶるのも、追いかけ回すのも趣味じゃないから。『反逆者』が王都まで来たら払ってやるかな♪」
「貴様ぁぁああ~~ッ!!」
茶髪の男。第七騎士団長ブラウンが欠伸をしながら、サボりを公言し、霞みの如く姿を消してしまう。
しかし、七騎士全員が王都から居なくなる事は避けなければいけない事実だった。
「ぐぬぬぬぬッ!」
ゴルドンの怒りが爆発しそうな時、黒髪の男が立ち上がり、
「……」
「おおっ。ブラック。行ってくれるか!! しかし、姫には傷一つつけてはならんぞ!!」
「……」
スタスタ……
終始無言で歩き去ったのは、第三騎士団長ブラック。
実力は、騎士団団長達の中でも、ナンバースリー!! だがしかし、彼の声音を聞いたことのあるものは居ない……
「ブラックは相変わらずホームシックか?」
そんな、ブラックを見て呟いたのは、第六騎士団長シルバ。
シルバの実力は、第六位にされているが、それは……
「貴様もブラックを見習って早く出撃せんか!」
「俺は、しっかりと準備をしてから出る。準備を怠るものは勝利を掴めないからな」
「貴様。そういって何時も、準備だけで任務が終わるではないか!」
「そうだな。では、急ぎ準備に取り掛かる」
「結局準備するのだな!!」
万全を期す、固過ぎる性格のせいで、ほぼ闘う前に、闘いが終わってしまうからである。
「ゴルドン様……勇者見習いと言うのは、あの少年ですよね?」
そう聞いた女性は、我の強い七騎士の中で唯一の常識人。
第五騎士団長ローゼ。
ローゼは、剣を交えたカイルのことを思い出していた。
「それがどうしたというのだ?」
「彼は《剣気》を使えません。騎士団でも上級騎士程度の実力でしょう。我々、七騎士が出るほどの事でしょうか?」
「ふんっ。あさはかなりローゼ。確かに奴は、七騎士最弱の貴様の足元にも及ばぬだろう。だがしかし! 姫の隣に居る男。それだけで、死刑と言うものだぞ」
「……で、ですが。勇者見習いと言っても、民間人のようなものです。それに、彼はアンジェリーナお嬢様のご友人と聞きました! お嬢様の行動の意図も不明です。何があったかしっかりと調べてから――」
「黙れ!!」
「――ッ!」
強い怒気の篭った一喝に、ローゼが口を閉じる。
「ふんっ。私も内政を片付けてから出る。何かしたいのであれば、それよりも早く済ませるだな」
「は、はい……」
そういって執務に戻るゴルドンの背で、俯くローゼは、隣のグリーヌに語りかける。
「グリーヌさん。この一件……何かおかしくはありませんか? 『禁忌の娘』の脱走……『西の森』では、ゴブリン王の復活したと聞きます……そこに逃げ込んだアンジェリーナお嬢様。現れた勇者見習い。これら全てが偶然起こるでしょうか? ゴブリン王の封印の場所を知るものは――」
「口を慎めローゼ。王の命令だ。剣捧げた騎士として成すべき事は、主の剣となることだけだ。思索を巡らすことではない」
「……ハッ!」
「さあ、行くぞ。ふっ……だが、あの勇者候補では、我輩達が、行くまでに『キング・ゴブリン』と戦闘になれば確実に殺されるだろうがな」
「……」
こうして、ローゼルメルデセス王国最強の七人の騎士達が動き始める。
《ローゼルメルデセス西部・熱帯雨林》
ブオオオオオオオオン!!
大木の様な戦斧が空気を振動させながら振り下ろされる。
「――ッ! 斧の癖にッ! 攻撃範囲デカすぎるだろおおおおおおおおおおおーーっ!!」
『キング・ゴブリン』の巨躯から繰り出される一撃は、人間の尺度で見れば、巨人の一撃。
一振りされるだけでも、風圧で吹き飛ばされそうになる。
それをなんとか避けても……
「ゴブウウウウウウウウウっ!!」
「チッ! しゃらくせぇい!」
『キング・ゴブリン』が従える『ゴブリン・ジェネラル』に追撃される。
「ムッ! 《ウォール》!!」
その数、四体。
死角からの一撃に、反応が遅れたカイルを、アンナが結界を張って護る。
しかし、その結界すら一撃で破壊されてしまう。
「何をやっているのですか! お姉様っ! もっとしっかりカイル様をお守りください!!」
「ムムム……」
ミリナの叱咤激励を受けてもアンナが唸るだけなのは、本当に余裕がないからであった。
『キング・ゴブリン』の一撃は、アンナの結界では防げず、『ゴブリン・ジェネラル』の一撃すら一度防ぐだけで壊される。
それもそのはず、『ゴブリン・ジェネラル』単体の危険度もA。
つまり今、四体の『クリスタル・ウルフ』と『黒龍』を同時に相手にしているようなもの。
カイルとアンナは防戦だけで精一杯だった。
「チッ! 隙がねぇ!! 何かないか! 何か!!」
「ゴブ!」
「――ッ!」
カイルが必死に、突破口を探していると、『ゴブリン・ジェネラル』の一体が、ミリナ達に狙いをつける。
「ざけんなっ!! 《炎の精霊よ・灼熱の玉となって・彼の者を撃ち抜き給え》!! 《ファイア・ボール》」
それだけは、させる訳にはいかないカイルが、なけなしの魔力を搾って、右腕を突き出すと、炎の玉を射出する。
低級炎攻撃魔法。
――命中。
「ゴブ!!」
しかし、その程度では、足止めにしかならない。
だから、
「本命だ!! 《鉄槍》」
カイルの周囲に漂っている泥状の鉄が、槍となって飛んでいく。
望叶剣。鉄刀丸の能力で、武器を創造し飛び道具として打ち出せる。
その威力は、『ゴブリン・ジェネラル』に対しても有効。
「ゴブゴブッ!!」
「まっ! 当たらないよね」
紙一重で躱されるのも予測済み。
だが、しっかりと、ミリナ達への攻撃は止められた。
今の成果はそれで十分……
「カイル様っ! 奥の手は……まだですか?」
「使ってる!」
「……え?」
ミリナに短く答えたカイルは、キング・ゴブリンの戦斧を『鉄刀丸』で作り出した鉄の壁で防いだ。
そう、カイルの奥の手とは、『鉄刀丸』。
鉄刀丸がなかったら、開始一秒でミンチになっていたところ……
しかし、いくら鉄刀丸でも、Aランク四体に、Sランク一体。が相手となれば拮抗するのがやっと……否!
些か分が悪い。
だからこそ……必死に新たな打開策を探していた。
「カイル様っ! もし……もしも……どうしようもない時は……私をギュッと抱き締めてくれますか? ……カイル様と一緒なら私、恐くないですから」
「だから諦めんなって!」
「ですが!」
ミリナは回りを見渡して、折角抜けたゴブリンの集団に、再び囲まれている事を確認する。
それはもちろん、カイルも気づいている。
でも、
「諦めんなッ! こんなちっぽけな絶望! 俺が全てぶっ壊す!!」
「ふんっ。仕方あるまい……ならば、私も奥の手を――」
カイルとアンナは一ミリたりとも諦めることしなかった。
だからこそ、希望は開く。
『我が主よ。困っているようだな?』
(鉄刀丸か!? いきなりなんだ!)
カイルの心に直接響くのは、鉄刀丸の精霊の声。
『主よ。力が欲しくば、願え。それが我の使い方だ』
「チッ!」
カイルは、一瞬ユウナを殺そうとした記憶が蘇り、すぐさま振り払う。
(今は、悪魔の希望でも、なんでも! 縋り付かなきゃいけないんだ!)
「わかったよ。コンチキショー。ミリナを傷つけたら! バキバキに折ってやるからなッ!」
『ゴブリン』達の攻撃の中、足を止めたカイルは、鉄刀丸を空に掲げて叫ぶ。
「《鉄刀丸》!! 俺にッ! ミリナを、アンナを!! 守れる力をよこせぇーーっ!!」
ドガァァァアアアアン。
そこに、『キング・ゴブリン』の戦斧が落ちた。
金づちで叩いた様な鈍い音と、巨大な爆発が巻き起こる。
それをカイルは無警戒で喰らってしまった。
砂煙が晴れて残るのは、見るも無残なカイルの姿……
「そん……な……っ。嫌ぁ、いやあああッ! カイルさまああああああああああああああああああああああああーーッッ!!」
その光景にミリナが涙を流して悲鳴を上げたとき。
バリンッ。
「え?」
音を立てて戦斧が崩れ……
白銀色の鎧とマントを纏ったカイルは、無傷で立っていた。
鉄刀丸の形態の一つ『鉄神の鎧』
「カイルさまっ!」
歓喜の声で祝福するミリナ。
「ゴブ!」
しかし、『ゴブリン・ジェネラル』が、棒立ちのカイルに間髪入れずに襲い掛かった。
四方一線。
同時に放たれる、剣、鎌、棒、槍の四つの武器が打ち込まれる。
「カイル様!!」
再びの危機に、ミリナがまた悲鳴を上げる……が。
カイルに攻撃が届くことはなかった。
四体のゴブリンの攻撃は、カイルに当たる前に、鉄の壁によって防がれる。
「ふむ。アレで先の一撃も防いだのだな」
鉄刀丸の防御能力。《絶対防御》。
あらゆる攻撃から自動で護る。
「ゴブ!?」
攻撃を防がれたゴブリン・ジェネラルに、ほんの一瞬にもみたいない間隙が生まれ、その間隙の間に、カイルは剣を振り払った。
ブスッ! ブスッ! ブスッ! ブスッ!
「「「「……ッ!!」」」」
瞬間。『ゴブリン・ジェネラル』四体の身体は同時に穴が空く。
鉄刀丸の鉄で生み出した剣によって……
「……」
カイルは、絶命して倒れるゴブリン・ジェネラルの腹部に刺さった剣を一本抜いて、右手に鉄刀丸。左手に鉄剣を装備した。
「なっ! 二刀流だと!? カイル止せッ! 二本持てば強くなる訳ではないぞ!」
「黙ってろ! 俺をなんだと思ってる」
数が多ければ強い。
剣士初心者は、そう思う人間は多い……特に男。
だが実際は、二刀流は、バランスが悪く、両腕で剣を扱う才能が必要。
それをカイルは知っていて、なをも二刀を構える。
その構えは、自然で……むしろいつもより隙がない。
「確かに、普段は、重くて遅くて使い物にならないけれど……」
ユウナやレンジと比べて才能がない。
カイルは何度も言われてきた。
だからこそ、あらゆる状況で闘える様に訓練を積んだ。
その中にはもちろん。
「多刀流……今の俺なら使える気がする!!」
鉄の鎧を纏ったカイルは、通常の三倍以上の速さで動き、瞬く間に『キング・ゴブリン』に接近した。
そして、二本の剣で肉を斬る。斬る! 斬る!! 斬りまくる!!
乱舞! 乱舞! 乱舞!
固い皮膚を何度も斬りつけ、肉を削いでいく……
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッッ!」
連続で、連続で、けして止まらず斬り裂いていく。
「ゴブゥウウウーーっ!!」
しかし、黙ってやられる訳もなく、キング・ゴブリンは、戦斧を振り下ろし、風圧でカイルを空中に吹き飛ばした。
「終わらせる。《鉄刀丸》!!」
「ゴブウウウウウウウウウ」
カイルが、空中で鉄刀丸を空振り、
キング・ゴブリンが大きな体躯を活かして、カイルを直接、迎撃する。
圧倒的質量の斧が、カイルを捉える中、鉄刀丸で斬り裂いた空気が鉄となり、巨大な鉄が氷柱を形成し、先にゴブリン・キングの体躯を貫いた。
「ゴブッ!!」
「――ッ! 最後だッ!」
ゴブリン・キングの身体が半壊した事で、戦斧が止まった。
それを見て、カイルは鉄刀丸を投擲する。
鉄刀丸が命中すると、キング・ゴブリンの身体が全て鉄と化して動きを止めた。
その技を、鉄刀丸の精霊は《鉄槍激》と呼んだ。
「終わった……よし。次は……ミリナを連れて……」
ドクンッ!
何か大切な物が喪失したような、感覚とともにカイルの意識がそこで途切れてしまう。
そのまま、受け身も取れずに地面に激突し、ピクリとも動かなくなった。
「カイル様っ!! カイル様っ!! カイル様っ!!」
「ムッ!?」
そんなカイルに、ミリナとアンナが近寄って抱き起こし、身体を揺するが意識は戻らない。
「「「「ゴブゴブゴブ」」」」
更に、キング・ゴブリンを倒したことで、回りを取り囲んでいた数千のゴブリン達が、逆に統制を失い暴徒と化す。
他にも生き残っていた《影》も、殺到する。
「ムムムッ!」
そこで、アンナは決断を迫られる。
「カイル様っ!! カイル様っ!! 起きてください! カイル様っ!!」
「ムムム……」
カイルからミリナを引きはがし逃走するか、このまま三人で、ゴブリンの暴徒に呑まれるか。
つまり、カイルを見捨てるか見捨てないか?
戦闘能力のないアンナとミリナが助かるには、カイルを見捨てて今すぐ逃げなければいけなかった。
そして、アンナの理性は逃げろと言っている。
ミリナを、妹を、何を犠牲しようと護るのが、姉としてのアンナの正しい行動。
カイルだって意識があればそうしろと言うだろう……
「ミリナ……」
「お姉様っ! カイル様の治療をっ!! 早く!!」
だから、アンナは、ミリナの懇願に……
「うむ。そうしよう」
そういっていた。
(すまぬ。カイル。今更、貴様を見捨てられんのだ)
ミリナが小さな腕と胸でカイルを抱き、アンナの優しい魔力が宿る腕で、二人を抱きしめる。
それが、アンナとミリナが選んだ最高の結末……
「お姉様。それにカイル様……短い時でしたが……私は幸せでした。生まれてきて……良かったです」
悲しみではなく、喜びの涙がミリナの瞳から落ちた――。
その時……
ごうっ。
小さく空気が振動し、収縮――
そして、
ゴバァァァアアアアンッッ!
紅炎が巻き起こった。
荒ぶる炎は、アンナ達三人を中心として、焼き払っていく。
「えっ……」
炎円の中にいるアンナ達には、火の粉一つ降りかからず、外側にいる者す全てに降り注ぐ。
それは一瞬で、ミリナ達に襲い掛かっていた、数千のゴブリンも、《影》達も、灰に帰す超高温。
適性生物を全て燃やし尽くしてから、炎はゆるりと消え去った。
そして、灰炎が舞う中を、たった一人の紅髪の騎士が悠々と歩んで来る。
「ま、まさかッ!」
その炎と、姿を見たアンナが、恐々としながら騎士の正体を看破する。
「『炎王』イグニード!!」
王国騎士団最強の騎士。
第一騎士団団長イグニード……七騎士が、遂に姿を現したのだった。
「く、来るなっ! 止まれぇッ!」
「お姉様……」
アンナは最強最悪の追っ手の登場に、ミリナの身体を抱きしめながら、命令する。
通常、王族王女である、アンナの命令は絶対。
しかし、王国を敵に回したアンナの言葉にはもう……王国騎士を先導する力はない。
それでも、今、ミリナとカイルを護れるのは、アンナだけ。
だから、強い意思の光を宿した瞳で立ち上がり、最強の騎士イグニードと相対した。
「ミリナ。カイルを連れて逃げるのだ! 奴め! ゴブリンを仕留めたのは失敗だったな」
「お姉様はッ?」
「ふんっ。私を誰だと思っている。美少女だぞ! いけっ!」
「――ッ!」
アンナは知っている。
アンナの結界魔法と、イグニードの魔剣技では相性が悪すぎること……
「この世の不文律。美少女は負けぬのだっ!」
「お姉様……ッ! カイルさま……私はッ……カイルさまッ! 私はッ!」
アンナの覚悟を受けて、数瞬迷ったミリナは、動かないカイルを抱きしめてから――
「はいッ!」
細い腕で、カイルの身体を引きずって後退しようとする。
カイルを死なせたくなかった。
「こいっ! イグニードッ! 私の全力で貴様を討ち取ろう」
「アンジェリーナ……姫殿下」
対してイグニードは、覚悟を決めたアンナにこう言った。
「助けに来ましたよ」
「……………………は?」
剣を納めて、膝ま付き。
最大限の敬意を示す。
「いずれ俺の妻となる、『美少女』の貴女に、死なれては困りますからね」
「なぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーーッ!! 美少女だとおおおおおおおおーーっ!」
「お姉様……確実に、驚く所が違と思います」
最強の剣士は、アンナの身を心配し、守護しに来た騎士だった。
「先ずは、一度、身を隠し、事情と状況の説明を――」
眠れる森の王が打ち倒され、七騎士の一人が寝返った事で、ローゼルメルデセスの姫君を巡る戦況は、益々複雑になっていく……
しかし、これこそが『最悪の一日』が始まった本当の瞬間だった。
その全ての鍵を握るカイルはまだ……眠っているであった。
《カイルの夢》
後にカイルはこう言った。
……世界一美しい少女を見たんだと思う。
それは、眩しい金色の髪を持つ少女だった。
もう、何度も見たことのある夢。
そして、何度でも見たいと思う夢。
夢を見ながら夢だって分かっても……ついつい、見てしまう……そんな夢。
それは、カイルと『少女』が初めて出会った所から始まる。
だからこれは、夢の中でしか逢えない『少女』の話。
……『人間』のカイルと『……』の少女のお話。
歳は五歳。
ピオレ村で、レンジと仲良くなり、ふさぎ気味だったユウナが元気になった頃。
カイルが一人で森の中を探索していると、黄色い花が咲き乱れる花畑を見つけた。
ユウナに教えてあげたら喜びそうだなと、思いつつ……絶対に教えなかった花畑。
何故ならそこで、出逢ってしまったから。
黄色い花を、赤い血で染めている、重傷の金髪の少女と……
しなやかな金色の羽と、細く鋭い金色の一角を持つ、少し年上に見える『魔人の少女』と。
「お姉ちゃんッ! 大丈夫!! お姉ちゃんッ!」
初めて見る魔人は、驚く事も忘れる程の美しさ。
……少女は美し過ぎた。
羽や角、尻尾も含めて少女の全てが美しい。
「スーッ……スーッ……スーッ……」
呼びかけても、金髪の少女は、浅い息を繰り返すだけ。
……助けたい。救いたい。美しいッ!
そう思ったカイルは、魔人という存在への忌避感を無視して、少女を手当する。
「お姉ちゃん。森の薬草から作った傷薬だよ? 傷に塗るからね?」
「……人間? ッ! 触るなッッ!」
しかし、人間と魔人。
カイルは良くても、魔人の少女は許さない。
鋭い爪が、カイルの腕をえぐり鈍い痛みが広がった。
「待って!! 俺を嫌ってもいい! でも! 傷薬だけは塗らせてよ。このままじゃお姉ちゃん。死んじゃう」
「……っ!」
カイルの思いが、伝わったのか、魔人の少女が、そのままではどうせ死ぬと開き直ったのか……
とにかく、魔人の少女はカイルの治療を受け入れた。
それが始まり。
薬草を塗っていると、少女が眠ってしまったが、カイルは、木の根を利用して少女の身体を隠してあげた。
『魔人』という存在が、『人間』にとってどれ程忌み嫌われているか知っていたカイルは、レンジとユウナも含めて、誰に告げず、少女を匿った。
少女の傷は一日二日で、なおる訳もなく、カイルは毎日のように、花畑に通い、少女の傷の手当や、食料の世話まですることになった。
そんな、生活が誰にも露見することはなく、数ヶ月以上も続いていた……
そんなある日、カイルが少女の元を訪ねると――
「お姉ちゃん。傷の具合はどう?」
「もう、殆ど治ったかな? それより、カイル。また、来てくれたんだね。嬉しいな」
すっかり仲良くなっていた……
最初こそ、カイルを警戒していた少女が、今では、カイルの来訪に明るい笑みを浮かべている。
「もう、お姉ちゃんに会うのは日課みたいなものだから……」
「ん? どうたんだい? 今日は元気がないように見えるけど……」
それどろこか、カイルの微妙な機微を、敏感に感じとって――
「ちょっと……ユウナと……喧嘩したんだ」
「また、ユウナちゃんなの? 焼けちゃうな~」
「いやいやいや!! そんなんじゃないって、アイツは……レンジの事が好きだから。今回も、いきなり、強い人が好きなんだ、とかなんとか言ってきたんだよ? そんなアピールしなくても気付いてるっての」
「……ふぅーん。それで? カイルは何したの?」
「なにも? 何か言ったら怒るし、なにも言わなかったんだ。で、それでも怒った。そしたらもう……戦争だ!」
「それはダメだよ。カイル!」
「何が? 冷静にならなくても、アイツが横暴だと思うけど?」
「例え、横暴な子でも。女の子には優しくしないとダメだよ。カイルは私にだけ優しいの?」
「……うっ」
――カイルの相談相手にすらなっていた。
子供時代のカイルの性格を形作った一人である。
「解ったよ。俺が謝って来る。……だからお姉ちゃんの金髪、触っていい?」
「ふふっ。いいよ」
子供時代のカイルの性癖を形作った一人である!!
そんなカイルと少女の密会は、五年近くも続いた。
何故そんなにも長く、誰にも知られる事がなく続いたかと言えば、ある人物たちが早期に介入し、カイルの隠し事を、隠蔽してたからなのだが、最後までカイルがそれを知ることはない。
また、少女も魔人の身で、人間の大陸を自由に歩き回る事が出来ず、カイルと知り合い人間を知ったことで、魔大陸に戻る気持ちも無くなっていた事が大きい。
だが、そんな生活が永遠に続く訳もない。
出逢いが唐突だったからか、別れも唐突にやってきた。
「カイル。そろそろ私は、帰らないといけないみたいなんだ」
その日、何故、少女がそういい出したかは、次の日の朝、勇者と邂逅してから解る事になる。
でも、その時のカイルは、少女との別れを受け入れられなかった。
「なんで? 俺が嫌いになったの?」
「違うよ。違うからこそ、私はいくんだよ? 魔大陸に戻ってやらないといけないことがあるんだ。絶対に……」
「……」
そう言われてしまったら、カイルに止める権利はない。
少女は、立ち上がり、羽をひろげ、羽ばたきはじめる。
そして、俯くカイルに、
「最後に良いもの上げるから、こっちを向いて顔を見せて」
「良いもの?」
そういって、カイルが顔を上げると――
ちゅっ……。
唇が重なっていた。
「えっ!?」
「ふふっ。私の初めてあげちゃった」
「――ッ!」
少女は、悪戯が成功した子供のように微笑んでから、空中に飛び立って、
「ねぇ、カイル。全てが終わって、カイルが全てを知って、それでも私を許してくれるなら……その時は、私を捜して会いにきて。もし、カイルが来てくれたら……今のよりも、もっと良いものを上げるから……」
「うん。絶対にお姉ちゃんを捜しにいく! 絶対にいく!!」
「ふふ……それが嘘でも嬉しいな」
「嘘じゃないよ。お姉ちゃん。俺はッ――」
「もう、お姉ちゃん……じゃないよ。私は……グリム・グレムリン・グリムゾン。次に会う時は……グリムって呼んで欲しいな」
飛び去った。
カイルは、空に消えた魔人の少女、《グリム・グレムリン・グリムゾン》の名を忘れない様に何度も何度も反趨した。
それが、カイルという人間の少年と、グリムという魔人の少女のお話。
カイルの根幹を作った一人の少女のお話。
心地好い、カイルが一番好きな夢だった。