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金髪と魔剣と冒険とカイルのハーレム!!  作者: オジsun
二章 ローゼルメルデセスの姫
14/58

八話   『希望は死地に飛び込む勇気と共に』

 ローゼルメルデセス王国の西に広がる森は、一年中湿気の多い熱帯雨林となっている。

 カイルは、そこに、生息しているゴブリンの討伐と、ミリナの散歩を兼ねて訪れていた。


「わっ。ふふっ。お姉様っ。お姉様っ。綺麗なお花を見つけましたよー!」

「ミリナリア! それは、植物系魔物『パラジアス』だ! 触ってはいかんっ!!」

「っえ?」


 生まれて初めての外出に、興奮したミリナが触ったのは、運悪く魔物。

 花びらが急に鋭い牙に変わり、ミリナの腕に噛み付く。


「おっと」


 しかし、カイルがミリナの肩を引いて、『パラジアス』の牙を躱すと、剣を抜刀し、一刀で真っ二つにした。

 

「わぁ~~っ。カイル様ってお強いんですね?」

「そこまでもないよ。ただ、この程度の魔物から、ミリナを護れないなら連れて来たりはしないよ」


 カイルもただの金髪フェチの変態でなく、勇者の聖剣に選ばれるだけの力はある。

 レンジやユウナせいで、影は薄いが、上級剣士程度の力は……

 最低ランクの『ゴブリン』相手なら、カイルは数十体に囲まれたってミリナを守れる自信があった。

 ……アンナは護らなくても死にはしない。


「フハハハハッ!」


 剣を納めるカイルの横で、アンナが軽快に笑って、色っぽくカイルの肘を抱き、


「ミリナリアよ。良い殿御だろ? コレが私の男なのだ! フハハハハっ」


 ミリナにこれでもかと見せつけた。

 そんな馬鹿な姉を、冷ややかに見つめたミリナは、


「……そうですね。お姉様は趣味が悪いと思います」

「うむ!?」


 端的に言い捨てる。

 ミリナは見抜いていた。


「その方は、お姉様の髪しか見ていませんよ?」

「むむ!?」

「つまり。カラダ目当てのケダモノです」

「ムムム!? そうだったのかッッ!!」


 妹から知らされた衝撃の事実に、カイルを蔑視する……と、


「なんでもいいから離れてくんない? べたべたしないで、マジで!」


 カイルの方がアンナの事を蔑視していた。

 その視線を受けたアンナは、


「フム。そう、照れるでない」

「断じて! 照れてねぇ~よ!」


 カイルとアンナの心溝は広がる一方だった。


「ミリナリア。後で、欲しいと言っても上げんからな。カイルは私のものだ」

「要りませんよ。そんなモノ。それよりも、お姉様っ。私のことはミリナと呼んでくださいよ」

「うむ。解った」


 昨日は甘えてきた、ミリナがやたらと冷たい。

 可愛い妹分に嫌われたようで、ちょっと悲しいカイルだが……

 そもそもミリナは最初から、カイルを利用する為だけに甘えていた。

 外に出るという目的が叶った以上、昨日初めてあった男に甘える必要はない。


 生まれた瞬間、世界に裏切られた少女は、少女の方から世界を見捨てている。

 たった一人の姉以外は……全て敵になりうるのである。

 ミリナは十歳にして、自分の状況と立場を正しく理解していた。


 だからこそ、大好きな姉に付いた『虫』が、ミリナは気に食わない。

 しかも、その虫は、姉の髪にしか興味がない、異常性癖の持ち主。

 カイルとアンナをこれ以上、近づけさせてはいけないッッ。

 そう決意していた。


「だいたい、お姉様。その方は、昨日、いきなり私に、抱き着いて欲情してきました」

「あれ? 君がいきなり飛び付いて来たんだよね?」

「その後! 嗅ぎ周り、舐めまわしたではないですかっ!」

「うっ……確かに」


 未知の美しい金髪の前に、カイルの理性は持たなかった……

 それに付いては、カイルも後悔はしていないが、反省はしている。


「フハハ。気にするな。カイル。これでも、ミリナは相当、カイルを気に入って居るからな」

「そうは見えないけど? 姉の敵だと思われてるよ。全然違うのに……」

「いやっ! 違くない」

「違うよ!!」

「そうではない。その前だ」

「その前?」


 言われて、カイルがもう一度ミリナを見ると、カイルと視線があったミリナは、ぷんっ。

 顔を背けてしまう。


 ……あれで?


「今まで何度か、ミリナに使用人をつけようとしたが、その全員が、会話すら成り立たなかった」

「……こじらせてんな」

「いわば、カイルは、初めて出来た気になる異性。初恋の相手だ」

「……勝手に、言い切る奴だな」

「しかし、カイルは掴みで大失敗している」

「お前のせいでな……」


 しかし、初恋の相手。

 そして、ミリナの幼い年齢を考えたら……


「まさかっ! ツンデレっ!!」

「そうだ。カイル。アレは照れ隠しなのだ!」

『断じて違います』


 ミリナがカイルを見る視線が、変態を見る視線から、ゴミを見る視線に変わった。

 そんなとき!


「シッ!」


 カイルはゴブリンの気配を感じ取った。

 すぐに二人を黙るように合図して、頭を掴んで木の幹に隠れさせる。


「イヤァ! 触らないでください!!」

「黙ってろ!!」

「――ッ!」


 そんなカイルの行動に、抗議の声を上げるミリナの口を、腕で塞いでしまう。


「……ちっ。『ゴブリン』程度に百ポイント。嫌な予感はしてたけど……まさか」

「どうした。カイル?」

「……二人とも、声を出さずに、木の後ろ、崖下を見て」


 説明するより、見せた方が早いと思ったカイルが、そういうと、二人は無言で頷いた。

 それを見て、ミリナの口から手を離し解放する。


「物音たてんなよ? アレはちょっと関わりたくない」


 カイルの注意を聞きながら、ミリナとアンナはゆっくり幹から顔を出し、崖下を覗いた。


「「――ッ!!」」


 そして、そこに広がる光景に同時に唾を飲み込んだ。

 崖下に拡がっているのは……


 数千体を越える『ゴブリン』の群れ。

 ゴブリン達が犇めき、蠢めきあっていた。

 ……余りに醜いゴブリン達。


「うっ!」

 

 その数と姿に、ミリナは吐き気を催してしまう。 

 生理的嫌悪の条件反射だが、今、物音を立てれば、数千以上の『ゴブリン』達が襲い掛かってくる。

 数の暴力は絶大で、カイルが一人で守りきれるわけがない。

 そこまで、ミリナは解っているが、脊髄反射の行動は止められない。


「ミリナ……悪い」

「――ッ!」


 嗚咽が響く寸前。

 カイルの手がもう一度、ミリナの口を塞ぎ、そのまま抱き寄せられた。

 悍ましい光景が遠ざかっていく……


 しかし、瞳に焼き付いた光景は、ミリナに恐怖も焼き付けた。

 体温が異常に低下し、汗を大量にかく。身体の震えも止まらない。


「悪い……でも、君は俺が護るから……」


 カイルは、パニックに陥っているミリナに、再度謝ってから、小さな身体を優しく抱いて、背中をさすって上げる。

 それが一番落ち着くのは、ユウナにされたことがあるカイルは知っていた。


「うっうう……っ」


 時間をたっぷり使ってから……


「……カイル様」

「落ち着付いた?」

「……はい」


 ミリナの震えが止まったのを確認し、そっと離れた。

 そこで、ミリナは気付く……カイルの服が、ミリナの体液で汚れてしまっていることに……


「あっ。カイル様……すみません」

「ん? ああ。気にしないでご褒美だから」

『変態だなッ!!』

「うるせぇー」


 カイルは、優しくミリナの頭を撫でてから、軽く笑ってアンナの頭を……ぶったたいた。


「ちょっと、偵察してくる。二人は少し下がってて」

「うむ」


 汚れた上着をサラっと脱ぎ捨てて、カイルは森の奥へと姿を消した。

 アンナは、ミリナとともに、距離を取ってから……


「む? どうした、ミリナ? カイルが心配か?」

「……はい」


 (おっ? 意外と素直じゃないか)


「安心していいぞ? カイルは森の民。むしろ一人の方が動きやすいだろう。何より、私が見染めた殿御だからな」

「お姉様……カイル様。ご褒美だと言いながら、お洋服を捨てて行きました」

「……そうだな。後で叱っておいてやろう」


 (あの馬鹿ッ! ミリナを悲しませるとは――)


「本当は……汚いと思っていたんですね」

「……ミリナ。カイルはな――」

「それでも私を抱いて……落ち着かせて……優しく……カイル様……貴方は……」

「ムム!?」


 頬を赤く染めて、物思いふけるミリナは、怒っている……様には見えない。

 ……むしろ逆――


「ミリナ。カイルは私のモノだぞ? わかっているな?」

「カイル様は……もしかしたら本当に……あの方なら……」

「ミリナ! ミリナリア! 私の話を聞いているのか!」


 聞いていない。

 ミリナは夢心地で恍惚感に浸っていた。

 もしかしたら、カイルは……


『何、騒いでるんだよ。アンナ。気付かれてもお前は護らないからな』

「む! カイル――」

「カイル様っ!!」


 カイルの帰還に、姉の言葉を遮って、ミリナは、子犬の様に飛び付いた。

 そして、しっかりとカイルの背中に腕を回す。


「……ん? ああっ。大丈夫だよ。ミリナ。俺は約束は護る主義なんだ。アンナは見捨てても、何があっても君だけは護るから」

「はい。はいっ! 信じます」

「……?」


 カイルは、ミリナが急に塩らしくなったことを不思議に思いつつ、しかし、それ以上踏み込む時間もない。

 五千はくだらないゴブリン達をこれ以上放置は出来ない。


「とにかく。アンナは一度、ミリナを連れて王国に戻れ、俺は――」

「まさかっ! カイル様が残って闘いになるのですか? そんなの絶対に駄目ですっ!」


 キュッと閉じた唇と、声に乗る感情の揺れから、ミリナが本気で心配してくれる事がわかる。

 ……ありがたい。

 けれど……


「俺に、そこまでの男気はないよ」


 カイルは、こんな所で死ぬつもりはない。

 ユウナとレンジ。二人と交わした約束の、二人と過ごす未来のために、必ず生きて戻らないといけない。


「俺が、ゴブリン達を見張っている間に、ミリナは戻って騎士団に救援を頼んでくれ」


 それは、ミリナを諭す言葉であり、何よりアンナに向けた言葉。

 ……王女なんだろ? 最強の騎士団とやら連れて来い。


 この数のゴブリンの異常発生には理由がある。

 カイルには、その検討が付いている。

 そして、それがもし、当たっているなら、勇者学校の『依頼』。

 なんて、小さい問題ではない。

 国を巻き込んだ、大きな魔災が起こっている。


「うむ。わかっている。行くぞミリナ!」

「嫌ですッ! カイル様が残るならッ! 私も残りますッ!」


 引き返そうとするアンナに、ミリナが必死に抵抗しカイルにしがみついて離れない。


「ムム……。ミリナ。我が儘言うでない。残った所でカイルの邪魔になるだけだぞ」

「嫌ッ! 嫌です。邪魔でもなんでも残りますッ! カイル様は私を護ってくれるって言ったんです。やっぱり、カイル様も、邪魔になったらポイって捨てちゃうんですか!? 呪いの子だってッ! 遠ざけるんですか!」

「ミリナ……そんなことを……」


 ミリナの言葉に乗った、心の底の感情が見えたことで、もう、アンナにはミリナに強く当たる事が出来なくなった。

 アンナは困り顔で、カイルの決断を待つ。

 そして、ミリナの縋るような視線を受けたカイルは……首を横に振った。


「駄目だ。ミリナはあの部屋に戻れ」

「そ、そんな……やっぱり……やっぱり……貴方もッ! 私を捨てるんですね!!」

「……」


 ミリナの軽蔑の眼差しを受けて、カイルは視線を逸らした。

 ここにミリナが居るのは危険過ぎる。

 カイルには、何千も居るゴブリンから、ミリナを守り切る自信はない。


 護れない少女を、戦場に残すわけには行かなかった。


「ごめん」

「――ッ!」


 例え、ミリナに嫌われても、一度護る決めたなら最後まで護る。

 それがカイルの意思だった。


「それでよいのか?」

「……」


 この二日間、カイルがどれだけミリナを可愛がっていたかを知っている、アンナが最終確認を取った。

 それに……


「ああ。男には、何があっても、護らなきゃいけない誓いがあるんだ」

「フハハ。格好良い事を言う出ない。本当に格好良いではないか!」


 ニヤリと笑うアンナだが……


「全然格好よくなんてありませんッ!」

 

 ペシッ!!


 ミリナは、カイルの頬を叩いて怒る。


「私はっ! ずっと一緒にいてくれる人が好きなんですっ!」

「……」


 威力以上に痛む頬の痛み。

 それは、ミリナの気持ちが乗っていたから……

 裏切られたという落胆と絶望が。


 キラッ!


「ミリナッ!!」


 叩かれたことで、横を向いていたカイルの視界に、高速で飛来するナニかが映った。

 それは、まっすぐ、ミリナの首を貫く軌道で飛んで来る。


 ……攻撃ッ!? 金属か!?


 カイルは咄嗟に、怒って離れようとしていたミリナを庇った。


 ブスッ!


 直後、カイルの背中に刺痛。


「クッ! コレは『千本』か」

「……えッ!?」


 苦息を漏らしながらも、戸惑うミリナを抱いて、護りながら、攻撃が跳んできた方向を睨む。

 が……何もない。


 ゾクリ……


 しかし、第六感が、背筋を撫で、それに従い後を振り向くと、先程と同じ、『千本』が大量に飛来していた。

 暗殺武器であり、細い針を飛ばす投擲武器である『千本』を躱す事は難しい。

 だが、ミリナだけは護る!!


 カイルは本能的に、ミリナを抱きしめ、背中を向けた。

 その背中に、大量の千本が突き刺さる。


「カイル……様?」

「ム!? 襲撃か!」

「アンナッ! 結界を張れ!!」

「うむ!!」


 暗殺の一撃は、カイル以外には悟られなかったが、カイルの指示を聞いた、アンナがすぐさま結界を張った。


 《ウォール》


 透明の壁が、カイル達を囲む。

 アンナの結界は、『クリスタル・ウルフ』の攻撃でも耐えられる。

 奇襲で急所を捉えて殺す『千本』では、破れない。


「誰だ! 出てきやがれ!! 人間同士で争っている場合じゃねぇんだぞ!」


 カイルは、今だに姿を見せない暗殺者に向かって、叫んだ。


「カイル様っ。背中が!」


 あの一瞬で、百本近く受けた『千本』を見て、ミリナが悲鳴を漏らすが、


「致命傷じゃない。気にしないで」


 そんなことを気にしている余裕はなかった。

 暗殺者の気配が掴めない。

 つまり、暗殺者として、相当の実力だという事。

 それも、千本の数から、一人二人ではない筈だった。


 しかも、狙い明らかに……ミリナ。


「カイル。一本。貰うぞ? ……フム。やはりか……お父様」

「どうした?」


 アンナは、カイルの背中に刺さった、千本を観察して、


「この千本は……ローゼルメルデセス王直属、特務部隊。通称《影》が使うもの」

「……それって」

「使っている武器が偶然一緒という可能性を除けば、敵はローゼルメルデセスということになるな」


 偶然……それがどれだけ有り得ない事なのかは、聞いていたよりも、話していたアンナの方が解っていた。


「カイル様……」

「大丈夫だって」


 ミリナは、カイルの怪我をいたわって、支えながら……


「つまり、私が外に出たいと……願ったから……ですね。私の願いが間違っていたのですね」

「「――ッ!」」

「先程の攻撃も私を狙ったもの……そうですね?」


 違うッ!

 

 頭の良い。ミリナにたいして、その言葉が意味をなさないのは、アンナだけでなくカイルも解ってしまう。

 それでも、沈痛と俯くミリナの事をカイルは、ほうってなんて、おける性格ではない。


「ならば、私が彼等に従えば……カイル様達は――」

「誓ったんだ」

「え……?」

「決めたんだ」

「……カイル様?」


 グッと、ミリナの震える腕を握って、肩を抱いて、カイルは言う。


「ミリナを必ず、絶望から救い出す。俺が必ず救い出す」

「……」

「ミリナ。自分の気持ちに素直になるんだ。君は、外に出て何を思った?」


 かつて、絶望の内にいた時にレンジに問われた言葉を、ミリナに問う。


「カイル様や、お姉様を危険に晒して……私は……こうか――」

「違うッ! 俺達の事はどうでもいいんだよ! 外の世界を見て! ミリナ自身が思った事だけを教えてくれ」

「……私自身が……外の世界を……見て……」


 ミリナは思いだす。

 部屋から飛び出して、森を探検した時間を……

 それは、


「……キラキラ……フワフワ……トゲトケ……ごちゃごちゃ……とても、とってもっ! 楽しかったです!!」

「っ!」


 言葉を聞いて、アンナは涙を流し、

 カイルは、ミリナを抱きしめた。

 生まれた瞬間、外にでる自由すら奪われた少女が、外に出たいと願うのがいけないことなのか?

 今度は、はっきり言える。

 

「その気持ちが間違ってるわけないだろ!!」

「――ッ!」

「世界が、それを間違いだと、言うのなら!! 世界の方が間違っているっ!!」


 言われて、ミリナは絶句した。

 言葉にならない感情が溢れ出す。

 それが、涙となって流れ落ちた。


「やっと、泣けたんだね。ミリナ」

「泣けた?」


 カイルは優しくミリナの涙をすくい取って……


「涙ってのは……希望を知っているから出るんだよ?」

「そうか……」


 アンナは、一度もミリナの涙を見たことがなかった。

 それは、ミリナが強いからだと思っていた。

 けれど違う

 ミリナの涙は、枯れていただけ……

 全てを、諦めて、泣くことすら諦めて……枯れていただけ。


「ミリナ。世界は広い。人もいっぱい居る。その分だけ思考がある。そして、その分だけ、希望がある」

「希望……」

「ローゼルメルデセスという世界が、君を拒むなら、俺が君を受け入れる。俺が君の希望になる」

「カイル様が……?」


 カイルは頷いて、覚悟を決めて、耳元でハッキリと囁いた。


「もう、王国には帰らないで良い。ミリナは俺と一緒に勇者学校で暮らそう」


 ミリナの人生に関わる覚悟を……

 それがどれだけ重いかは、孤児院にいたカイルは知っている。

 それでも、一度救うと約束した少女の涙を止める為なら軽すぎる。


「ずっと……一緒にいてくれますか?」

「うん」

「もう……独りにしませんか?」

「うん」

「ッ!」


 流した大粒の涙で、カイルの胸元を濡らしたミリナは、最後に笑顔でこう言った。


「お姉様。私、カイル様と幸せになります」

「なぬぬぬぬぬぬぬぬぬーーっ!!」


 そして、アンナの驚声が響いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 シュンッ! シュンッ! シュンッ!


 目に見えない程、小さく細く、それでいてしっかりと太い針。

 『千本』が、絶えずミリナを狙って飛んで来る。

 が、


 カカカッカンッ!


 その全てが、アンナの張った結界。《ウォール》によって阻まれていた。 

 しかし、ゆっくりとだが確実に、結界の耐久力は下がっていく……

 その結界の中では――


「カイル様~。カイル様~~っ。頭を撫でてください」

「良いよ!!」

「ふふふ♪」


 ミリナがカイルにベタベタくっついて甘えまくっていた。


「むむむむむ……」


 また、アンナは、疎ましそうに唸りながら、カイルが受けた背中の傷を治療している。

 そして、カイルは……


「やっぱり、ミリナの金髪……最高だなぁ」

「ふふふっ♪ もっとご賞味ください」


 デレデレしていた……

 そんな二人の様子に不機嫌なアンナが、カイルの治療を終えてから、ミリナの肩を引っ張る。


「そろそろ、カイルから離れんか!」

「嫌ですッ! 私はカイル様と幸せになるんですっ! カイル様の為に生きると決めたんですッッ!! 邪魔しないでくださいッ!!」


 しかし、ミリナは当然のように、カイルの腹部に四肢を絡ませ、離れない。

 それを辞めさせようにも、カイルは、ミリナの金髪に鼻の下を伸ばしていて役に立たない。


「自分でさっき言ってたではないか! カイルがいきなり飛び付いて、なめ回してきた、ケダモノだと! ケダモノだと!!」

「何をッ! お姉様でも、事実の歪曲は怒りますよ!」


 (それだけは、ミリナに言われたくないのだが……)


「先に飛び付いてしまったのは私です。その無礼をカイル様は許してくれたお優しい方なんですッ!」

「ではッ! ペロペロと、舐め回した事はどうなるのだ! ベタベタになったのだろ?」

「カイル様になら、頭のてっぺんから、足のつま先まで!! 何処を舐められようと構いませんよっ!! それに……とろとろになったのは……カイル様の舌が及ばない場所です」

「うむむむむむッ! とろとろなのか! どろどろなのか! ベタベタなのかはっきりしないか!」

「今はすへすべです!!」

『おいっ! なんの話をしてんだよ! 俺は、髪を少し味見しただけだぞ! べとべとするほど舐めてないッ!!』

 

 姉妹の醜い言い争い。

 それを止めるのは、全ての元凶、カイルだった。


 カイルは、まず、ミリナの背中を撫でて、


「はうう~~っ♪」

「ミリナ。少し、静かにしてて」

「はい。カイル様」


 一言で、黙らせた。

 その後、カイルの胸に顔を埋めて、瞳を閉じ、寛ぐミリナの金髪に指を這わせながら、


「アンナも!! 王国が敵に回ったんだろ? だったらもう、勇者学校に連れて帰るしかないだろ?」

「ムムム……そうだが。連れて帰って……ミリナとヨロシクやるのか? 姉として不埒な事は揺るさんぞ?」

「やらねぇーよ!」


 アホかッッ!

 と、ツッコむ。


「だが、『俺がミリナの希望になるッ!!』なんて、言葉! どう考えても愛の告白にしか聴こえんぞ!」

「告白? まさか?」


 カイルは、ただ、ミリナを救いたいだけ、その弱みに付け込んで、ミリナをどうにかするつもりない。

 そんなの保護者失格だ。

 

 (まあ、金髪は触っても良いよね?)


「そんなんじゃ無いって、ミリナだって解ってるよね?」

「もちろんです。カイル様を困らせるような勘違いは致しません。その辺の(ヒロイン)とは格が違います」

「ほら、アンナも少しはミリナを見習え――」

「でも!! 私はカイル様といずれ結ばれたく思っております……」

「え……?」


 サラっと逆プロポーズをしてしまった、ミリナは、アンナに見せ付けるように、カイルの首に腕を回し……


「カイル様……ずっと一緒にいましょうね?」

「……」

 

 とびっきりの笑顔で、微笑んだ。

 とても可愛い、それを見て、カイルは悟る。

 ……もしかしたら、まずい事を言ってしまったのかも知れない。


「と、と、兎に角!! 先の事より今の事!! アンナ。結界はどれくらい持つ?」


 魔性の魅力が香るミリナとのトークから、強引に軌道修正する。


「むむ……影の攻撃なら突破される前に、もう一度張りなおせば半永久的に維持できる」


 アンナも、カイルの意図を察し、それに乗る。

 今、ミリナと話していたら、まずい。

 そこはかとなくまずい。

 ……そんな気がした。


「影の攻撃なら?」

「うむ。影が動いて居るという事は、お父様……ローゼル王の勅命だろう。暗殺失敗となれば……次は、騎士団が動く。七騎士達がな」

「――ッ!」

「奴らの攻撃には、私の結界も紙切れ同然だろう」


 背筋が震える話だった。

 王都で相対した時に、剣を交えて、解っている。

 実力が天と地ほど離れていることを……

 カイルが、勝てる見込は無い。


「カイル様……?」

「大丈夫。大丈夫だよ、ミリナは絶対に護るから……ミリナは絶対に俺から離れないでね」

「はい。一生離れません」

「いや、一生じゃなくても良いんだけど」

「では、末永く離れません」

「……全く」


 この状況で、何も変わらないミリナに、少しほっこりして癒される。

 ミリナを護ろうとしている筈なのに、ミリナに、護られている気さえする。


「さて、そろそろ決断しようか」

「そのようだな」


 ミリナを抱いたまま、カイルが立ち上がり、アンナも続く。


「カイル様? お姉様。どうなさるおつもりですか?」

「ここで、引きこもってて未来はない」

「ならば、進むだけだ」


 ……問題は、


「でもっ! 前には刺客、後には魔物の大群。逃げ道などありませんが……」


 そう、ミリナの言う通り完全に囲まれてしまって居る。

 状況は絶望的。

 それでも、カイルとアンナは笑って、


「諦めんな。ミリナ、諦めたら見えない希望あるんだよ」

「見えない希望……ですか? それは?」


 問われ、カイルは言う。


「ミリナに教えてあげるよ。絶望は簡単に壊せるって事をなッ!」


 ミリナをしっかり抱いて、片手剣を抜刀。

 

「アンナ。結界を解けッ!」

「うむッ!」


 合図で、《ウォール》が崩れ、カイルとアンナは走り出した。

 ……真後ろの『ゴブリン』の群れへと。


 そんなカイル達の背後を、《影》達が追う足音が響く。


「なっ! 無茶苦茶ですよー! カイル様っ! そっちには……逃げ道なんてッ!」


 背後には直ぐに崖があり、その下には、足を着く場所もないほどの『ゴブリン』で溢れ返っている。

 ならば、


「無ければ作るまでっ! ミリナは口を閉じて掴まってろ!」


 走りながらカイルが唄う。

 魔法の歌をッ!


《炎の精霊よ・風の精霊よ・その力を合わせ給え!!》


 属性合成魔法《爆炎》。

 カイルが使える最強の魔法。


《焚けき豪炎と・烈しい爆風を持って・彼の者達を・焼き飛ばし給え!!》


 詠唱完了。

 魔力装填。


「吹き飛べッッ! 《エクスプロージョン》」


 発動!!


 ドカァァァァァァァァーーン!!


 巻き起こる爆炎が、『ゴブリン』数百体を纏めて吹き飛ばした。

 そこに、着地。


「カイル様っ!! 凄すぎますっ!! 惚れ惚れしますっ! もうメロメロです」

「ありがと。ミリナに言われると嬉しいよ」


 言いながら、カイルとアンナは再び走り出す。

 まだまだ、犇めくゴブリンの群団へ……


 狙いは……


「なるほど、今の魔法で、道を切り開きながら進むのですね!!」

「……いや。それは出来ない」

「……へ?」


 正確には出来なくもないが、暴発する危険性が高い。

 むしろ、ほぼ間違いなく暴発する。

 ミリナを抱いたまま、そんなことになれば、暴発の爆発で、ミリナが死んでしまう。

 そんな危険を犯すわけにはいかない。

 やるとしても……最終手段。


「なぜですか? っあ! 魔力が足りないんですね! それなら私と――」

「魔力は関係ない」

「……え?」


 正確には確かに、二度目を放つ魔力もないのだが、有っても無くても暴発には関係ない。

 こればっかりは、天性の才能がモノを言う。魔法適性の話。

 努力や、小手先の裏技では、換えられないルールのようなモノ。

 カイルは、一日一回しか、上級以上の魔法は使えない。

 つまり、今日はもう、魔法には頼れないと言うこと。


「後で説明する。今はっ! コレで突破する」


 カイルが持っているのは、片手剣一本。

 数千のゴブリン相手にするには、余りに切な過ぎる武器。


「信じろっ! 必ず俺が、ミリナを護るッ!」


 ミリナは、支えてくれるカイルの片腕が、震えていることが解った。

 それは……

 

 (カイル様……怖いんですね。それでも、私を護ろうと……)


 恐怖の震え。

 でも、カイルの恐怖が、ミリナの恐怖を吹き飛ばした。

 

「はい。何があっても……カイル様を信じます」


 ミリナは、しっかりとカイルに抱き着いてそういった。

 ……そう思った。


 直後。


 背後に、黒い仮面をつけた集団が、着地する。

 その集団を目視したアンナが言う。


「《影》だ! 奴らめ! 相当焦っているな。遂に姿を現した。だが、直接、来るぞ! 挟み撃ちになる」

「それで良い。アンナ。走れよ! 振り向くなッ!」

「解っている!」

   

 前からはゴブリン。

 後からは影。

 今度こそ、万事休す。


「っ! カイル様……っ! 私……私が!」


 しかし、全滅を免れる最後の方法を、ミリナは知っていた。


 (私が犠牲になれば良い!! カイル様には死んでほしくありません)


 そうすれば、少なくとも『影』の追撃は終わる。

 ミリナは、名残惜しいカイルの感触を忘れないように、記憶に焼き付けてから、手を……


「ミリナッ! 俺を……信じろ!」

「――ッ! はいっ!! はいっ!! カイル様っ!」


 ……しっかりと、しっかりと掴み直した。

 ミリナは、もう、カイルと離れたくなかった。

 そして、ゴブリンの大群と衝突する……寸前。


「カイル。今だ! 薙ぎ払え 《オーラ》」

「うッッらぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!」


 アンナの強化魔法を受けたカイルが、片手剣を縦に凪払ったッ!

 それで、生まれた剣圧が、群体の壁に亀裂を入れる。


 その狭い空間に、身体を捩込んで、剣で斬り払い、凪飛ばし、力ずくで、ゴブリン達の中を進んでいく。

 ゴブリン達は四方からカイルに攻撃するが、強化を受けたカイルの前では一撃で、屠られていく……

 何より、ゴブリン達の標的は『人間』。

 魔物の性、故に、《影》をも攻撃していく。


 つまり、『ゴブリン群』『カイル一行』『影』の三つ巴の乱戦へと移行していた。

 それこそが、カイルの狙いにして、唯一、生き残れる可能性。

 この分厚いゴブリン群を突き抜けられれば、追っては居なくなり、勇者学校へと帰還する目処が立つ。


 しかし、いくら最弱の魔物『ゴブリン』といえども、数の暴力は絶大で、カイルは、抱いているミリナの事以外に気を払えない。

 

「アンナッ! 続けよッ! 足を絶対に止めんなッ!」

「安心しろッ!! 私もカイルに掴まっている!」

「なんだと!! 通りで、重いと思ったらッ! 離れろ!!」

「重い!? カイルはちょっとデリカシーがなさ過ぎるぞ!! それに、今、離したら死んでしまうッ! 一心同体だな!」

「うるせぇーーッ! お前が離さないと、俺とミリナが死ぬッ!」

「ならば、三人共に死のうぞ!!」

「黙って!! 手を離せぇえええええええーーッ!」


 鬼気乱舞。

 一騎当千。

 天衣無縫。


 斬り裂き。引きちぎり。蹴り飛ばし。殴り殺し。かみ砕く。


 身体中に打撲と切り傷を作り、大量の血を流し、激しい痛みを覚えながら、それでもカイルは、足を動かして、前に、前にと、走った。

 

「カイル様……っ。カイル様……っ。――っ!」


 ミリナはカイルが傷つく姿に、胸が、張り裂ける程、痛む中。

 それでも、歯を食いしばって……


「頑張ってくださいッ!」


 そういった。

 ……本当は、もう、止まってほしい。

 傷つかないで欲しい。

 でも、応援した。

 それが一番、良い言葉だと思ったから……


「ああ!! 俺はまだ!! まだまだまだ!! 戦える!!」


 その応援が、カイルの尽きかけていた体力の変わりになって、身体を動かした。

 熱い気持ちが、全身から沸き上がる。

 そして――ッ!


「あっ! ぬ、抜けましたッッ! 抜けましたよッッ! カイル様っ!」


 ゴブリン群の壁を突き抜けた。

 その事実に、ミリナは感動にうち震える……が、


「ちっ! ……最悪だ」

「……やはりか。カイルと組むと、何時もツイてない」

「……ハハハ。コッチの台詞だ」


 カイルとアンナは、壁を抜けた先にある。

 もう一つの壁を見て、苦笑していた。


「ミリナ。絶望の終わりには、まだ少し早いみたいだよ」

「うむ。最後のディナーがお出迎えだな」

「え……っ」


 恐る恐る、ミリナも視線を前に向けるとそこには、数百メトルの図体を持つ、『ゴブリン』が鎮座していた。

 それは、あまりにゴブリンの規格から外れている。

 ミリナは、部屋で読んだことのある書物の知識に照らし合わせ……予想を言ってみる。


「アレは……Dランク魔物、『ホブゴブリン』?」

「違うッ! ゴブリンを率いる王。危険度S。伝承の魔物『キング・ゴブリン』」


 それは、一部の王族と、ゴブリンと関わり合いが大きい、森の民だけに伝わる伝承。

 古の昔に人類を滅ぼしかけた事で封印された、突然変異種。最強のゴブリン。

『キング・ゴブリン』には、他の『ゴブリン』従える特性がある。

 だからこそ、数千体の『ゴブリン』が一箇所に集まっていたのである。


 Sランク魔物といえば、『クリスタル・ウルフ』よりも上、何よりカイルには、もっと解りやすい比較対象が居る。

 それは……


「『黒龍』と同じ領域の化け物……」


 カイルの過去と脳裏に焼き付く、絶望の代名詞。

 その名前が重なった。

 

「ミリナ。降りてくれ」

「カイル様……?」


 声色の固いカイルに、ミリナが心配で声をかけると……

 カイルは……


「くんくんくんくんっ。ミリナは本当に良い匂いだね」

「か、カイル様っ!!」


 ニカッと笑って、ミリナの金髪の香を嗅いでいた。

 状況を考えない行動に、プクッと膨れたミリナの頭を撫でてから……

 

「大丈夫。ミリナ。まだ奥の手がある。それに、俺は君を護ると誓った。何より。もう一度、その金髪を触らないと死んでも死にきれないよ。だから、少しだけ、待っててくれ」

「はい。ずっと……お待ちします。御武運を」


 振り返り、『キング・ゴブリン』へと歩み寄っていく。


「ゴブウウウウウウウウウっ!!」


 キング・ゴブリンの威嚇を受けながら、カイルは、腰に指してある剣へと指をかけ――


「うるせーよ。乗り越えたんだよ! そんなものッ! そんな程度で(おのの)くかよ!」


 ――抜いた。

 その剣は、願いを叶える魔剣。

 《望叶剣》鉄刀丸。


「たった今から、俺の仲間には、傷一つ、つけさせない!!」


 両手で構え、鉄の泥を空中にばらまきながら、決意を言葉に出す。

 最強のゴブリン相手に、カイルは言う。


「俺が全て護り切るッ!!」


 カイルと『キング・ゴブリン』の闘いが始まった。



 





 

 




 




 


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