七話 『始まりは少年の過去』
2018年6月15日 二章大規模改稿
《ミリス歴 二千四年 カイル四歳の時。ピコナ村》
「黒龍が出たぞぉおおおおおおおおーーッ!!」
ママとパパと一緒に朝食を食べていた幸せな時間。
それは起こった。
黒龍の襲来。
死の龍と言われる黒龍は、突如現れ、人を虐殺していく。
その生態の一切が不明な上、出現するまでは何故か存在を計測することが出来ないという性質を持っている。
まさに最悪の魔物。
黒龍は無作為に、無機質に、村人達をその牙で噛み殺し、黒いブレスで焼き殺し、鋭い爪で裂き殺して行く。
平和だった俺の世界が、真っ赤な絶望の色に染まった瞬間だった。
最強の種族。龍族の魔物、黒龍は圧倒的に強かった。
総人口、百人もない小さな隠れ村であるピコナ村に黒龍の凄惨な悲劇を止められる者は居なかった。
それでも、パパは立ち上がり、村民を纏めて黒龍との戦いに臨んだ。
俺とママを守るために……
しかし、時既に遅く、ピコナ村の中は、濃厚な人の死の臭いが漂い、昨日遊んだ友達が死体となって動かくなっている。
逃げ惑う人々がバタバタ倒れていく中、俺とママだけは村を抜け森に身を隠すことが出来た。
……幸運だったとしか言いようが無い。
「カイル。必ず戻るから待っていて」
森に身を隠した俺に、村に引き換えそうとする母が言った言葉。
嫌な予感がして、ママの腕を必死に掴んでとめる。
……行かせたらママが死んじゃう。
「ふふ、カイル。強く生きるのよ? 友達を大切にしなさい。死んでも一緒に居たい、一緒に居てくれる。そんなステキな女の子に出逢って幸せになってね」
「ママ! 待って行かないで! ママ!」
「大丈夫よ。カイルはパパに似て、優しい子だから皆に愛されるわ。そして、いつか……今のママの気持ちも分かるから……」
「ママ!!」
呼んでも、泣いても、優しかったママは振り返ってくれなかった。
行かないで! 行っちゃダメ!
「ふふっ。浮気性なパパに似ちゃだめからね?」
「行かないで! 嫌だよ!」
「……必ず戻るから。今は許して」
ママは辛そうにそういって……俺を気絶させると、ピコナ村へと戻っていた……
この日。ピコナ村の村民は俺以外全員が黒龍によって虐殺された……
その光景を忘れられない。
結局……ママが帰ってくることはなく、空腹と疲労で気絶していた所を、通り掛かった人に救助された。
そのまま、ピオレ村の孤児院に引き渡されることになる。
孤児院での生活は苦痛の一言に尽きた。
家族や友達が黒龍殺される様を何度も夢に見た。
……あの絶望は俺にしかわからない。
たった一人生き残ってしまったけど、もう一度ここから始めるのか?
新しく友達を作って、家族のように接してくれる孤児院の皆やマーサと関係を築いてどうする?
どうせ黒龍が一瞬で壊していってしまうのに……
悲しい別れをするくらいなら、俺はもう独りでいい。
そう思った。
そんな俺は、孤児院の隅で、ただ独り茫然と過ごすのが日課になっていたが……
「カイル。今日はな……」
「……」
レンジだけは毎日飽きもせず話しかけてくる。
俺は相槌すらしないのに、レンジは孤児院の仲間達について話してくれた。
魔物に親が殺された男の子。
親に虐待された女の子。
生まれて間もなく捨てられた赤ん坊。
レンジは故郷を盗賊に襲われて今に至るらしい。
そんな話を毎日毎日、聞かされた。
でも、だからどうしたと言うのだ?
不幸なのは俺だけじゃないって?
だから、元気を出せって?
……余計なお世話だよ。
世界に俺より残酷な運命を背負って、それでも前を向いて生きている人が居るのかも知れない。
けど、だからってなんで俺まで、そんな事を強要されないといけない?
どうせ、簡単に無くなってしまうのに……
どうせ、簡単に失くなってしまうのに……!
どうせ、簡単に亡くなってしまうのに……ッ!
全て無駄だと言うことを、コイツは解ってない!!
五月蝿い! 煩い! うるさいッ!!
「うるさいッッ!! 俺に関わるな!」
あまりの煩わしさに、怒鳴ってしまった。
全部失くなるのだから怒る必要も無いのにね。
でも、これで終わる。
煩わしさからようやく解放される。
「なんだ? 喋れるのか? 喋れないと思ってたんだぞ? 良かった。
次からはちゃんと反応してくれよな?」
ニッと笑ったレンジはそういった。
……次? 次!?
まだ関わるつもりかよ!
煩わしい!
「カイル。喋れるならちょうど良い。今日の夜、孤児院を抜けだそう。
一緒に行きたい場所があるんだ」
「行くわけ無いだろッ! いいか? 解らないならはっきり言うぞ。
ウザいんだよ、お前。もう俺に話しかけないでくれッッ!!」
「……」
もう本当に辞めてほしい。
俺は、大切な家族をまた、失うぐらいなら!
もう独りでいたいんだよ……
何も無くしたくないんだよ。
誰も亡くしたくないんだよ。
頼むからッッ!
解ってくれよッッッ!!
泣きそうな俺の肩を力強く掴まれて……
「一度だけで良いんだ。一度だけ……一緒に来てくたら、もう、話しかけないから……」
「……」
「まぁ、ついて来てくれないなら、無理矢理連れ行くだけだがな」
「……一度だけ? そうしたら……一人にしてくれるのか?」
「お前が……ソレを望むなら……な」
一度だけ……
一度だけなら……
これ以上、纏わり付かれるより……マシ、か。
「分かった……解ったよ。行けば良いんだろ……行けば」
「ああ、助かる」
その日の夜、レンジと一緒にビオレ村孤児院を抜け出した。
向かった場所は……
「この森は……俺の村、ピコナ村の近く……か?」
森の村に生まれた子供なら、無数に生える森の大樹、一本一本を人のように見分ける事ができる。
だから間違いない!
見間違いないッ!
ここは……この道は……ピコナ村へと続く道。
「そうだ。カイルの故郷ピコナ村と、俺達を拾ってくれたマーサの孤児院があるピオレ村は、隣村なんだ。知らなかっただろ?」
知らなかった……
でも!
「ふざけるなよッ! 【こんな所】に連れて来て、どういうつもりなんだよ!!」
ここは、俺が家族を失った……
吐きそうになるほど大嫌いな場所。
絶望が……ある場所。
全てを失った場所。
……行きたくない。
嫌悪感で足を止めた俺の肩を、レンジが掴んだ。
「ついて来るんだ。それが約束だろ?」
「……ッ!」
ふざけるなッ!
ふざけるなッ!
ふざけるなッ!
「行ってなにがあるんだ! そこにはもう、なにもないんだよ!」
「……」
「あるのは知り合いの死体の山と! 俺の……ッ!」
パパとママの死体。
「帰る」
「駄目だッ!」
来た道を戻ろうとしたけれど、レンジがそれを許さない。
肩が悲鳴をあげるほど強く掴まれる。
「……あるんだ! お前はそれを見るべきだ! そうしなければいけないんだ! ……ついて来い!」
「何がッ!? 生き残りの村人でも、集まってるか!? だとしてもッ!」
例え、俺のような生き残りが何人居ようとも……
「関係ない! なにもないんだ! 俺は、見た! 黒い絶望が……大切な友達を、村人を、簡単に殺す光景を!」
まだ、血の混ざった黒煙の香は鼻にこびりついている。
死にかけた村人の断末魔が、阿鼻叫喚が耳に響いている。
それで分かることは一つなんだ……
人間は思ったよりも簡単に死ぬ。それだけ。
だから、あの村にはなにもない……
少なくとも、俺が見て……何かが変わることはない。
もう、俺は絶望に絶望してしまったんだから……
「全て無意味だってっ!
友達を作っても!
好きな子を好きになっても!
毎日、何かを続けても!
全ての努力は無意味なんだよ!」
結局……壊れるって!
「カイル!」
レンジの声に全身の毛穴が締まる感覚を覚えた。
レンジが見えないナニかを纏っている……訳ないか。
「良く聞け。ピコナ村の生き残りはただ一人、カイル。お前だけだ!」
「ッ!」
「他は皆、黒龍の気……恐怖に震えて、逃げる事すらできなかったんだ!
……そう、マーサから聞いている」
そうだ。
本当に怖い時……人は動けない。
あの時、俺が逃げられたのはママが手を引いたから……
「何も無いならそれで良いだろ! 黙ってついて来い! ……アレはお前が見ないと意味がないんだ」
「……っ。ちぃ。解ったよ」
気迫に圧され、頷き……レンジの後を……歩く。
暫く、歩くと……まだ死体も埋められていない村に到着する。
気持ち悪い……ここは地獄と言われても信じられる。
それ程の死体の山……ん?
死体の数が……多い?
「カイル。そこの家を左に曲がって……広場を見ろ」
「……」
レンジに先に行けと合図され、仕方なく指示に従い広場を見た……ら。
「これは……まさか!?」
ソコには……
「嘘……だろ?」
ソコにはッ!
「これは……これはっ!!」
ソコにはッッ……!!
「そうだ。カイルの村を襲った魔物……『黒龍の死体』だ」
「ハァッ! ……ハッハッハ……ハッハッハ……っ。嘘だろ……どうやって……。ハッハッハ……」
枯れていた筈の涙が溢れ、無数の死体の前だというのに……笑いが止まらない。
「……死体が多いだろ? ほとんど……冒険者の死体だよ。
この村に黒龍が現れた時、傭兵部族や現地民……そして、駆けつけた何百人もの冒険者が、黒龍に挑み……討ち取ったんだ。
……さあ、カイル。お前はこれを見て何を思う?」
「……レンジ」
何が絶望に絶望しただ! ……馬鹿じゃないか?
バカ過ぎて、滑稽過ぎて、笑いが止まらない。
だって、あの、絶対だと思った龍が倒されていたのだ!
俺の絶望の根幹は、既に死んでいたんだから……阿保らしい。
一体、何を見て、知った気になって、何に絶望していたんだろう。
今なら、はっきり言える。
運命!? 何それ馬鹿じゃないか。
「レンジ!」
「なんだ?」
「人間って……凄いんだな」
やけにスッキリとした気持ちだった。
その日から、俺は少しずつ、ピオレ村に溶け込む事になる。
《ミリス歴 2012年4月某日。カイル。十三歳》
トウネ村の騒動から数日後の早朝。
赤寮一〇五号室のベッドで、気持ち良く眠っていたカイルが、寝苦しさを感じて目を覚ますと……
カイルの腕を枕にして、すやすやと金髪金眼美少女、アンジェリーナが眠っていた。
通称、アンナと呼ばれるこの美少女は、トウネ村の一件以降、勝手にカイルの部屋に住み着いたのである!
「この野郎、また勝手に人のベッドに入り込みやがって……お前は床だっていってるだろ」
悪態をつくカイルだが、その表情は穏やかで、
ゆっくりとアンナの艶やかな金の短髪に指を絡めると、鼻をつけ、すーっーっと吸い込む。
薔薇の花の様な高貴な気品で魅惑的な甘い香は、永遠に嗅ぎ続けたくなるほど、カイルの性癖のど真ん中を、名剣の芯の様に貫いて……
ガタンッ!
「ヒィっ! あわわわっ……何をやってるんですか! カイルさん!」
朝食の皿を落とし、物音と悲鳴を上げたのは、青い長髪の少女、マリン・マリッジ十三歳。
金髪性癖のカイルじゃなければ、そこそこ可愛いと言っていい容姿の少女が、
悍ましいナニかを見る目で、アンナの金髪を舐め回そうのしているカイルを見ていた。
……朝っぱらからそんなモノを見てしまったら、怖いと思うもの仕方がない……
「ん? 金髪を愛でてるだけだけど?」
「あわわわっ……! カイルさんがぁ! カイルさんがぁ! 変態になってしまいました~ッ!」
何時ものように「あわわわ」し始めるマリンの狂乱はアンナを睡眠から目覚めさせ……
「煩いぞ! 人の迷惑を考えないか! 朝からナニを考えているのだ!」
「うわわわ……すみません。すみません」
あくまでも居候の身の筈のアンナが、部屋の主の筈のマリンを偉そうに叱る構図になっている。
そんな傲慢なアンナの金髪をカイルが欠伸をしながら愛でつづけ……
「カイルも、いつまで触っているのだ? 鬱陶しい、辞めろ」
「なんで? 俺達、愛を誓い合った仲じゃん」
愛を誓い合った金髪が、同じベッドで寝ているんだから、ナニをしても問題ない。
そう、金髪にキスをしても良いはずだ!
一大決心をしたカイルが唇を近づける……と、
「うむ。そうだったな……続けて良いぞ」
「……」
……さて。
「ねぇ……アンナ。このままどっちも否定しないと、【俺とアンナがいちゃラブする話】になるんだけど……。その前に何とかしようよ?」
「ん? 私はそれでも構わんぞ? ほれほれっ。触りたかったらいくらでも触って良いぞ? (ニヤニヤ)」
誰が決めた訳でもないが、引いた方が負け。
そんな気がした。
しかし、カイルの場合は、このまま乗り続けても男として負けな気がする。
進んでも引いてもカイルは負ける。
「くそッ! なんで、お前なんかに! そんなに上質な金髪が生えてるんだ! くそぉおおおおおおおおーーッ!」
血涙を流しながら絶叫してラブ×2を辞めたカイルに、アンナがムッと表情を歪め……
「お前ではない! 私のことは親愛をこめてアンナと呼ぶのだ」
「うるせーよ!」
こうして、カイルの日常が始まった。
「……ふむ。美味い……美味いぞっ! もっと作るのだ!」
「は、はいぃ~っ!!」
マリンの作った朝食は、傲慢なアンジェリーナさえも、骨抜きしてしまう。
……しかし、何故、アンジェリーナがマリンをあごで使っているか、カイルには解らない。
立場が逆だろうに……
ガチャリ。
「な、な、なっ! なんでもう! 食べているのよ! 私が来るまで待つこともできないの? クズね」
我が物顔で、扉を開けて入って来たのは、カイルの幼なじみの白黄髪の女の子、ユウナ。
金髪フェチのカイルでも、目があうとドキリとしてしまう程の美貌の持ち主……だが、
「クズって……一応、俺とマリンの部屋なんだけど……」
「ハンッ! カイルの部屋なら私の部屋よ。馬鹿なの?」
「……マリンの部屋でもあるんだって」
「フンッ! カイルの下僕のモノは私のモノよ。当然ね」
「マリンは下僕じゃねぇーよ!」
カイルの知る誰よりも、自分本位で自分勝手、その上、人一倍プライドが高く、口と同時に手が出る飢えた野犬の様な性格の為、殆どの人がユウナを嫌煙してしまう。
でも……
「……ん? カイル。どうしたの? 顔色が悪いわよ? 疲れているなら、膝を貸してあげるから眠りなさい」
「……」
本当は、誰よりも気が回り、優しい性格の素敵な女の子だった。
そんなユウナの気遣いに、カイルは首を横に振って……
「なんか最近、ぼーっとすることが多いんだ。疲れてる訳じゃないから気にしないで」
「……そう? 本当に?」
「うん」
「そう……でも、疲れてなくても使って良いのよ?」
ユウナが気付いたように、カイルは何故か、クリスタル・ウルフ戦から調子が悪かった。
だが、疲労も怪我もある訳がない。
なぜなら、回復魔法の達人であるアンナに、何度も治療され完治しているのだから。
「でわでわぁ~。ユウナさんの膝は私がお借りします」
「……ッ!」
やり取りを聴いていたマリンが、暴君姫二人に使われて溜まった疲労を回復するために、ユウナのぷにぷにスベスベの太股を枕にして身体を休める……と。
ブチリッ!
ユウナのこめ髪の血管がちぎれ……
「私の神聖な膝を使っていいのはカイルだけに決まってるでしょ!」
ドベバンッ!
マリンの襟首を掴み、ベッドに叩き捨てた。
「ふんっ。良い様ね。早くご飯を持ってきなさいよ?」
「ふぁい……只今」
……横暴過ぎる。
それでも一応、固い床ではなくクッションのあるベッドに投げた所が……ぎりぎり優しい筈!
「ユウナ。世界を救う勇者を目指してるんだから、暴力は良くないよ」
「はぁあ? 勇者なんか目指してないわよ? 私はただ、カイルを……守れればそれで良いの」
勇者を育成するための学校に、在籍している生徒の言葉とは思えないが……
カイルも同じようなものなので何も言えない。
大切な人を護りたい。
護りたい人を護りたい。
そのために力を求め、勇者学校に入学した。
記憶に焼き付いた……黒龍の絶望と希望が、カイルの足を進ませる。
そんな、カイルと同等以上の強い覚悟をユウナと、もう一人の幼なじみレンジも持っている。
が、それはまた別の話……
「そうだぞ、カイル。俺達は勇者じゃなくて、冒険者になるんだからな」
と、黒髪黒目のイケメン。
カイルの幼なじみにして親友、レンジも来訪した。
「いや、俺は冒険者になるなんて言ってないんだけど……」
サラっと朝食の席につくレンジに、カイルは、ユウナを羽交い締めにしながら言った。
でも、カイルはきっと、レンジと一緒に冒険者になるんだろうと思う。
もちろん、ユウナも……
ずっと三人で一緒に居たい。
それが、カイル達三人の共通の想いだった。
そんな意味深な三人の会話を聞いていたアンナはニヤリと笑うと……
色っぽくカイルの首に腕を回し……
「カイルは私の婿に成るのだからなッ!! はっはっはーーッ!」
まだ、ラブ×2を続けていた……
そんなアンナにカイルは溜息を付き……
ユウナは……
「はぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーッッ?」
大混乱に陥った。
その様が心底愉しかったアンナは、更にカイルに密着し、ユウナに見せ付ける。
「よく聞くのだぞ? 私とカイルは愛を誓い合った仲なのだッ!!」
「あい? アイ……? まさか……」
「愛だ」
「愛イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」
(あの超鈍感で、金髪以外に興味を示さないカイルが!? あ、あ、愛!?
有り得ないわッ!! 有り得ない!! そうよ。有り得ないわ!! だってカイルだもの!!)
精神崩壊、ぎりぎりの所で踏み止まったユウナは、深呼吸して、
騙すんじゃないわよ!!
と、殴り掛かろうとアンナを見て気づく……
「き、き、金髪ぅぅぅぅぅぅぅ~~ッ!?」
アンナが黄金の髪をもつ少女だということに……
それに気付いたユウナが思考を加速させて、
(金髪!? 金髪なら有り得るわ!! むしろ摂理じゃないッッ! 嘘……でしょ?
私の知らない所でカイルに女が出来ていたって言うの!? くっ!!
今から私に勝ち目はあるの?
顔は? 私の方が良いわ。
性格は? 断然私ね。
立場は? 幼なじみの私ね。
胸は!? ……)
「むネぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーッ!」
「ゆ、ユウナッ!? 良くわかんないけど! 女の子はおっぱいだけじゃ『無い』よ?」
「無い!? やっぱりカイルは巨乳が好きなのね!! 好きなのね!! どうなのよ!」
めんどくせぇ……
「……俺はユウナの方がす、す……」
……って!!
言えるわけねえだろおおおおおおおおおおおおおおおーーっ!
「……いや、大きい方が良いな」
「きーーッ! カイルなんてッ! 大嫌いよおおおおおーー」
タタタタタッ……
走り去るユウナを見て、レンジが立ち上がる。
「仕方ない。俺がフォローしておくぞ?」
「ああ……頼む。ユウナは胸が無い方が魅力的だよって言っておいて」
「……それをさっき言えていればな」
……言いたいよ。
レンジの背中を見送るカイルは、その言葉を飲み込んだのだった。
「さて、俺も依頼を受けに行こうかな……マリンもどう?」
気を取り直して、朝食を済ませたカイルが立ち上がり、マリンを誘うが、
「あわわわっ! すみません。私、今日は朝から魔法基礎学を取っているので行けません。すみません。すみませんっ」
「全然良いよ。また誘うから……じゃ」
チラリとアンナを見たカイルは、
「一人で行こうっと」
そう即決したのだった……
アンナと関わるとロクな事にならないのをカイルは知っているのである。
「まて。私も行くぞ! パートナーだろ?」
「来るな! 寄るな! 触るなッ! 俺とお前の間には何もないッ!!」
「ムッ!! ムムムム……自慢じゃないが私は……一人では何もできんのだぞ? それでも……おいて行くのか?」
まるで疫病神に憑かれた様な対応されるアンナは、せいいっぱいの甘い声と、涙目でカイルの同情を誘ってみる。
(フハハハーーッ! 女の武器は涙なのだッ!)
「お前がさっきユウナをイジメてなかったら、もうちょっと優しくしたかもしれないけど……」
ユウナをイジメた奴には容赦はないっ!!
それがカイルの不文律。
絶対に曲がらない想い……
「連れていってくれるのならば……私の髪を触らさせてやらん事もないぞ?」
「ついて来いっ! May・Best・Partner」直訳(俺の最高の相棒)
「魔法語、発音良いな!!」
カイルは思った。
どんな想いも金髪の前にはゴミ同然なのだと……
《勇者ギルド》
簡単にプライドを捨てたカイルは、アンナの金髪を触りながら勇者ギルドの『依頼』を漁っていた。
『トウネ村の依頼』で、カイルとアンナは五十ポイントの勇者ポイントが贈呈された。
年間累計目標値の千ポイントには、遠過ぎて数える気にはなれないが……
「後、五十ポイントで、勇者ランクがFからDに一つ上がる」
「うむ、そうすれば、受られる依頼の幅も、報酬の額も倍になる」
そうなれば、今は遠い年間目標も、達成できる……筈。
ただ、忘れてはいけない。
カイルとアンナの二人は、入学二週間でようやく五十ポイント……
依頼の疲労から回復するのに更に一週間……
入学してから既に約一ヶ月経っている事を……
同時に入学したレンジとユウナは既に、二百ポイントを越えている。
他の入学者達も平均をとれば、百ポイント後半……
つまり、カイルとアンナは落ちこぼれなのだった。
だからこそ、高額報酬に目が眩む。
例えば……
報酬千ポイント……『パンデミック・ヒドラ』の討伐。
「おい……アンナ。それは辞めておけッ! 『クリスタル・ウルフ』と同じレベルの魔物だから」
「む……では、こっちだ」
そういってアンナが新にカイルに見せた依頼は……
「『ローゼルメルデセス王国』近郊に大量発生したゴブリン群の討伐? 報酬は……百ポイント、か。まあ、なんか怪しいけど……」
百ポイントは魅力的だった。
なぜならば、二人で割れば五十ポイント。
今の持ちポイントと合わせれば、百ポイント!
晴れて底辺(Fランク)卒業なのである!!
「それにしようッ!」
即決だった。
「よし。ならばカイル。受けて来るのだ」
「お……」
おう、解ったよ。
と、言いかけて……
思い出す。
かつて二度、カイルはここで、痛い目を見ている事を……
「ず、ずるいぞッ! 俺にだけ危険を犯させる気だな。アンナも来てよ」
「何を言っているのかサッパリ解らんな。ハハハハッ」
「なら、アンナが行けよッッ!」
「わ、私は……女の子の日だから……ちょっと……な」
「ハァッ! ざけんなッ! まだまだ幼児体型のガキがマセてるんじゃねぇ!」
ヒートアップしていく、カイルとアンナ。
次第に取っ組み合いの喧嘩へと発展し……
黒服に囲まれていた……
そこで、ハイなテンションになっているカイルは、アンナにしがみつきながら、
「おい。アンナ。俺達、クリスタル・ウルフを倒したんぜ?
黒服なんか、俺とお前でのしちまおうぜ」
ニヤリ。
そして、ハイなテンションになっていた、アンナも……
「うむ、そうだな。我がパートナー。私も些か、この横暴な輩には腹が立っている」
互いに仲違いを辞めてグッと握手を交わす。
「かかってきやがれ黒服どもッ! 剣の錆にしてやる」
横仰に片手剣を抜き、黒服達へと切っ先を向けた。
(黒服は四人……二対四。ちょっと不利だけど……)
「フハハハッ! 古来より、数的不利は質で補うものだ。圧倒的個の力でなッ! 総合強化魔法」
アンナの無詠唱魔法が、カイルの身体に透明の蒸気を纏わせる。
「魔力の衣だ。ソレを纏っている間、カイルの全能力は二倍になる。さあ! 今こそッッ!雪辱を晴らす時」
使用者の全能力を上げる魔法。
アンナはさらっと言ったが、一度の魔法で、魔力も、身体能力も……その他諸々全て上げるこの魔法は、全ての精霊に愛されているアンナだからできる魔法。
ほぼ固有魔法に近い魔法なのである。
この恩恵は絶大さは、湧き上がる力が収まらないカイルが一番よくわかっていた。
(アンナ……とてつもない奴だな。お前は一体何物なんだ? ……いや! 今は)
……この力で黒服をぶちのめすっ!!
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッ!」
十分後……
ボコボコにされた、カイルとアンナは、青空を見ながらつぶやいていた。
「あいつら……強すぎる」
「うむ……私も加護の上から相当なダメージを受けたぞ」
ここで、奇しくもカイルとアンナは言葉をハモらせ……
「「大人しく依頼を受けるか」」
再びギルドに向かうのであった。