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十一話 『黄金の授与』

 ゆっくりとかつ堂々と、カイルは前にでる。

 まっすぐ向けられた視線の先には、《クリスタル・ウルフ》の姿があった。


「グルグルグルっ!」


《クリスタル・ウルフ》もカイルを親の敵の如く睨んでいる。

 食いしばった牙からは、ジュルジュルと欲望が覗く、唾液が垂れ流されていた。


「さあ、決着をつけようか」

「グルグルグルグルっ」


 数々の攻撃を凌いだ剛毛を逆立たせるその行動は、


「カイルっ! 気をつけろ。また、《針》が来るぞっ」


 レンジが叫ぶ通り、《毛針の雨》を放つ予備動作だ。

 もう何度もその攻撃にカイル達は苦しめられてきた。


 圧倒的な攻撃威力。

 圧倒的な攻撃速度。

 圧倒的な攻撃範囲。


 トリプルAのその攻撃は、《クリスタル・ウルフ》を強者たらしめている代名詞といっても過言ではないだろう。


 ――しかし。


「大丈夫、ネタは割れているから」


 カイルは焦った様子を見せず、首を振り、《望叶剣》を正面に両手で構える。

 正々堂々と真正面から受けて立つ心づもりだ。


「カイル。カイル。貴様の後ろに、くれぐれも私が居ることをわすれるなよ?」

「何のアピールだよ。お前みたいな面倒うざい美少女、容易に忘れたりしねぇぇよ」

「美少女なのは当り前だ。っと、そうではなく、今の私は《魔力》がない。魔力がない私は《加護》もない。加護がない私はちょっとした流れ弾で《致命傷》になる! ということ忘れるなと言いたいのだ?」

「存在じゃなくて、足手まといのアピールだったか……」

「ウム。しっかり守ってくれるのだぞ? 王子様」

「誰が王子様だ!」


 決戦を前に集中を高めていると、後ろから、かき乱す声が聞こえてくるが……

 ……問題はない。


(そもそもこの攻撃はもう――)


「――グルグルグルグルっ!」


 カイルの視線が背後の金髪少女に向いたのを、隙と取った《クリスタル・ウルフ》が《毛針の雨》を発射。


「カイルっ! 私がやるわ! 任せなさいっ」


(何がどうなっているのか解らないけどっ! 私がカイルを守る! それだけは、変わらないのよっ!)


 それが当り前のようにユウナは、カイルの前に移動し、剣を構えた。

 細い腰まである白黄色の長髪が揺れ、刃に《風》を帯びる。

 ……ユウナの《剣風》が復活した。


 ――しかし。


「大丈夫だよ。ユウナに守られる程のことでもないから」


 カイルは前に立つユウナの肩を掴んで引き寄せた。


 そっ。


「っ!」


 不意の力にユウナは身体のバランスを崩し、真後ろに倒れ、カイルの腕に落ちた。


「ほら、よく見てみな?」

「えっ……? カイルのことは何時だって見てるけど?」

「俺じゃなくて、あっち」

「えっ」


 カイルが指を差す。

 その場所に、カイルの腕に体重をのせたまま、顔を赤らめるユウナが視線を送る。

 すると、


「……あれ?」


 確かに放たれた《毛針の雨》が見えるのだが……今まで比べて、毛針の数が少なかった。

 ……一本、二本、三本。

 良くて十本ちょっと。

 その程度ならば、カイルの剣技でも、全て叩き落とせる。

 ……一応、後ろの《足手まとい》のことも気に掛けて。


「最初は焦って気がつかなかったけど、二発目辺りから、規模が落ちていた……」

「そう……だっけ?」

「よく見れば、最初より、アイツの身体も縮んでるだろ?」

「そう……かしら?」

「そうなんだよ。きっとアイツ、撃った毛針を補充出来ないんだ」

「そうなのね、全然気がつかなかったわ。やっぱりカイルは凄いわねっ」

「雑な褒め方だな」


 ――策はある。諦めなければ。


 アンナの言葉がカイルの頭の中で反芻される。

 ……確かに、その通りだ。

 冷静に分析さえしていれば、もっと早く、この弱点に気付いた筈だ。

 他にも……。


(初実践だからかな……全然、頭が回ってなかった)


「……ふっ」

「どこを見て笑っているのよ。笑うなら、私を笑い者にしなさい」

「そんなことしたら、怒るだろ」

「当り前でしょっ!! 女の子は大切に扱うものよ?」

「いや……だから、扱ってるじゃん」


 相変わらずな言い分に、カイルは呆れ半分、愛おしさ半分でくすりと笑ってしまった。

 愛おしいと思うのは、カイルがずっと、ユウナと一緒に暮らしてきたからだろう。

 ……手の掛かる問題児ほど、可愛いのが摂理。


「何を笑っているのよ! 馬鹿にしているのかしら!」


 ぼふっと、腹パンを喰らい、腕を放す。


「……ほら、やっぱり怒った」

「ふんっ。全部、カイルが悪いんだからね」

「例え俺が悪くても、それで暴力を振ったらダメだって」


 悪態をつきながら、《望叶剣》を杖にして立ち上がり、視線を横に動かす。

 そこには、カイルが斬り落とした《毛針》が銀色に染まって転がっている。

 次に、真下を向けば、《望叶剣》を差している地面も、銀色に変色していた。

 どちらも、少しずつ、塵のような粒子になって、《望叶剣》の周りを浮遊する。


(なるほどな……なんとなく、この《剣》の能力が解ってきた)


「グルルルルルルルルッッ!!」

「おっと、突進か……っ!」


 これ以上の遠距離攻撃は無意味と悟ったのか?

《クリスタル・ウルフ》が重量のある身体を動かして、迫り来る。

 その重戦車のような超質量に押しつぶされれば、間違いなく死ぬが……


「ねぇ。カイル。あれも平気?」

「多分ね」


 そう答えた、カイルの声に反応するかのように、《望叶剣》の周りを舞っていた粒子が動き、カイルとユウナの前に《鉄の壁》が構築された。

 一度目や二度目の《鉄の壁》よりも、分厚く、巨大な壁である。


「大きいけど……受け止められるの?」

「そこが運任せになるから……」


 サッと、《望叶剣》を横に凪ぐ。

 すると、剣の軌跡に銀色の粒子が生れ、《クリスタル・ウルフ》の足下に移動した。

 そこで、粒子が集まり、細長い《鉄の棒》へと形を変える。


「ぐるるるっ!?」


 突然、足下に出現した鉄の棒に、《クリスタル・ウルフ》は足を奪われた。

 そのまま横転する。


 ずざざざざざざざざざざざっ!


 砂煙を起こして転がってくる超重量の身体は、《鉄の壁》がしっかりと受け止めた。

 カイルは横転した《クリスタル・ウルフ》に確固たる足取りで近づいていく。


「グルルルルルルルルッッ」

「おっと、動くんじゃねぇーよ」


 当然、《クリスタル・ウルフ》が待つ筈もなく、態勢を整えようとするが……

 カイルの一声で、《望叶剣》から生れる、鉄の鱗粉が《鉄の枷》となって、四肢を拘束する。


「フム。魔剣の能力は、《形を変える》ことではなく、《鉄を操る能力》で、あったか。その力で鉄の刀身を形状変化させ、ソプラを守ったのだな?」

「ふっ、アンナもちょっとは頭を使えるようになってきたじゃねぇか。いままで周りに脳筋しかいなかったから、素直に嬉しいぜ」


 ――脳筋って誰の事よっ! ……と叫ぶユウナに、カイルは「お前だよ」と思いながらも、苦笑だけで流しておく。

 ……この辺は、触ってはイケない場所なのだ。

 代わりに、アンナの勘違いを正しておく。


「――でも、正確には、《鉄を操る能力》じゃなくて、《斬ったモノを鉄にする能力》みたいだよ?」

「なるほど、どんな《鉄》でも操れる訳ではないということか」

「そそ、色々制約があるみたい。例えば《鉄を操る能力》なら、最悪、対人戦闘で、相手の鉄製武装を操れる反則能力になるけど……」

「《斬ったモノを鉄にする能力》ならば、《能力で鉄にした鉄しか操作不能》ということであろう? 一々説明せずとも解っておるわ。あまり美少女を馬鹿にするな」

「美少女は馬鹿にしてねぇよ……でも」


 ……理解が早い。


「アンナ……お前、自分は脳筋だ。みたいなこと言ってたけど、多分、頭脳派だよ」

「そうか?」

「間違いない」

「だが、昔から座学学習ペーパテストは苦手だったのだがな」

「それは多分、勉強をしたことがないだけだ」

「だから馬鹿にするな、勉強くらいしたことあるぞ」

「勉強ってのは、学習する意欲があって初めてしたことになるんだぞ? お前、今まで本気で何かを覚えようとしたことあんのか?」

「ムゥ……。そう言われると無いかもしれぬな。何時も、なんで美少女がこんなこと覚えんとならんのだと憤慨しておった」


 ……やっぱりな。

 と、カイルは思いながら、地面を蹴って飛び上がり《クリスタル・ウルフ》の首に着地。

 そのまま、《望叶剣》を両手で持ち、切っ先を真下に向ける。


「さて、なんかめちゃくちゃ苦労したけど……」

「グルルルルルルッッ!」


 そうして、《望叶剣》を《クリスタル・ウルフ》の首に突き立てれば……


「コレで終わりだっ! 犬っコロッッ!!」

「っっ!!」


 ずんっ


 ――致命傷だ。

 そんな確信の下に、《望叶剣》が《クリスタル・ウルフ》の首を貫いた。

 ……長い戦いがようやく終わった。

 と、誰も思った時、


「あれれ?」

「ムゥ?」


 カイルが首を傾げ、アンナな黄金の眉を寄せる。

 ……確かに、《望叶剣》は《クリスタル・ウルフ》の急所を貫いている。


「お前、なんで死なないの?」

「グルル?」


 ――しかし。

 一向に、《クリスタル・ウルフ》が力尽きる気配がない。

 背中にどっと粘つく汗を欠きながら、カイルは引きつって笑う。


「ねぇ。アンナ。コレ、どういうことだと思う?」

「フム……。私が思うに、考えられるのは二つ」

「流石、知能派、聞かせて、解決策も込みで」

「一つ、首が急所ではない場合。この場合は、他の急所を見つければよい。例えば脳天とか」


 ぶすり。

 間髪入れず、カイルは、《クリスタル・ウルフ》の脳天を突き刺した。

 ――しかし、変化はない。


「……続けて?」

「二つ、私のようにその《望叶剣》に《攻撃力》がない場合。この場合は……どうすれば良いのか、私が聞きたいな」

「まって、なんで《攻撃力》がない……なんて、発想にたどり着いたの?」

「カイルが願ったのではないか? 《全てを守る力が欲しい》と、なれば《壊す》力は必要あるまいとされていても全くおかしくないと思うのだが?」


 だらだらと、カイルの全身からイヤな汗が流れ落ちる。

 アンナの見立ては正論で、反論を挟む余地がない。


「……」


 とてつもなく、イヤな予感を覚えながら、カイルが《望叶剣》で差した場所を確認すれば……。

 先の《毛針》と同じく、刃が通った場所が銀色に変色していた。


「《斬ったモノを鉄にする能力》か……確かに、鉄にするだけでダメージは与えられないか……はっはっは」

「ウム。どうやら、解は出たようだな。因みに確認だが、《鉄化》させた部位を操れんのか?」

「出来たらやってるよ」

「フム……生物の身体を鉄化しても操作不能ということ……か? 否、私と同じで《攻撃》に転用するのがダメとみて置いた方がよいな……となれば」


 ――ねぇ、カイル。どういうこと?


 カイルとアンナの会話に一寸も付いてこれなったユウナの問い。

 しかし、その問いに答えるだけの時間は、残されていなかった。


「グラララララァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ……問いの解答は、結果となって示される。

 猛々しく咆哮を上げた《クリスタル・ウルフ》が、鉄の枷を地面ごと引きちぎり、身体を起こしたのだ。


「チッ……地面を抉られたら、鉄の強度は関係ないか」


 足下が揺れ、咄嗟に飛び退こうとしたカイルだが……一瞬。

 突然、前触れもなくプツンと、思考の電源が途切れた。


(な……ん……だ?)


 周囲の背景が白く染まり、平衡感覚を失う。

 その一瞬、カイルは、自分が立っているのか、寝ているのか、落ちているのか解らなくなっていた。

 謎の浮遊感というのが一番近い表現か。

 ともかく、普通の状態ならいざ知らず、そんな状態のカイルが、拘束を解き放った《クリスタル・ウルフ》の背に乗り続けられる訳がない。

 宙に身体が流される。


「グルルルルッ!」


 当然、そんなカイルの隙を見逃す《クリスタル・ウルフ》ではないが、


「カイルっ」


 颯爽と、黒い影がカイルの身体をかっ攫った。


「カイル。大丈夫か?」

「……っ。レンジ?」


 すぐに途切れていた思考が繋がり、視界が開けると、カイルは親友の腕に抱かれていた。


「大丈夫か?」


 レンジは問いながら、《クリスタル・ウルフ》によって繰り出される爪の追撃を掻い潜りつつ、その爪を足場にして、天井まで跳ぶ。


「う、うん……へーき。気が抜けただけ」

「よし。一旦、態勢を整えるぞ」


 さらに天井を足場に跳躍し、戦線を離脱。

 アンナとユウナが控える場所まで舞い戻った。


「……ちくしょ。仕切り直しかよ。終わったと思ったのに」


 ――それは私の台詞だ。


 と、アンナが突っ込む中、カイルを放したレンジが問う。

 その視線を、乱入してきたソプラに向けながら。

 ……いつからか、アルトも合流している。


「どうする? 幸か不幸か、逃げ道は出来たようだが」

「不幸だよ」


 ――間違いなく。

 カイルはそう言って、背後の娘二人をちらりと見て続ける。


「アンナの魔力が戻ってない今、逃げた所で、封じ込める手段がない。しかも、足手纏いが四人もいると来た。背を追われたら逃げられる訳がない」

「四人?」


 カイルの言葉を切り取って、レンジの視線が彷徨った。

 先ずはアンナに、双子に。


「その勘定に俺も入れろよ……ユウナを入れても良いけどさ」

「ちょっとっ! 私はまだまだヤレるわよ!?」


 どうやらレンジには、今にも倒れそうにふらつくユウナの姿も、疲労が祟り膝を上げることも出来ないカイルの姿も見えていないらしい。

 ……まだまだヤレってか? まぁ退場するつもりも、余裕もないけどさ。


「何を言っている?」


 鬼だな。

 と、思うカイルに、レンジは淡々と言う。


「《お前ら》がいるから、俺は戦えるんだ。足手纏いな訳あるか」

「「っ!」」


 不敵に笑って、カイルの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら言ったレンジの言葉を聞いて。

 カイルとユウナは、素直に思う。


 ……レンジ、かっけぇ。


 同時に、ここで弱音を吐き、脱落する訳にはいかないと。

 最初のそれよりも、強く、はっきりと、魂が燃え上がる。

 スッと、ユウナが剣を構え、乱れていた息を整える。


「やっぱり、レンジは格好いいわ♪ カイルも見習ったらどうかしら?」

「うっせぇなぁ」


 カイルも《望叶剣》を杖にして、立ち上がった。


「そんなこと、言われるまでもなく、いっつも真似してるわいっ」

「そういう所がもう、ダメっダメなのよね。『俺は俺で魅力がある』! くらい言えないの?」

「魅力があるなら言えるけどな」

「あるでしょっ! カイルを馬鹿にするなら殺すわよ!」

「俺がそのカイルだよ! 止めろ、剣を向けんな。凄むんじゃねぇ。今、付き合う気力がないんからな」

「付き合いなさいよっ! 男でしょ」


 ……がみがみがみ。


「……変わらないな」


 レンジが、カイルとユウナのやりとりを見ながら静かに笑った。

 そうして、一歩、前に出る。

 途端、カイルとユウナは軽口を閉じた。


「ユウナ――」

「――カイルを守るわ!」

「よし。カイル――」

「――策を練る!」


 ――よし。

 ……何の問題も、不安もない。


「俺は今っ! 限界を超えるッッ!!」


 レジはそう思って、再び戦場へ身を投じる。


「けど、レンジも守ってあげるっ!」


 同時に、ユウナも風を纏って疾走した。


「そのために、あの生意気な馬鹿犬を叩っ切る!!」


 二人の動きに疲労の文字はない……


「……けど。流石に空元気だ。有効打がないことも変わらない」


 カイルも二人に続きたいが……それでは、二人の役には立てないだろう。

 いまやるべき事は、情報を精査し、戦術を組み立てること。

 ……何かこの状況を打開する都合の良い手はないのか?


「何か……クソっ。この剣に《攻撃力》さえあれば」


 必死に頭を動かすカイルに、フムと顎を触ったアンナが言う。


「《攻撃力》が欲しいというなら、簡単ではないか」

「また、お前は……」


 ……馬鹿な事を言い出した。

 そう思い、胡乱な瞳を向けたカイルだが、しかし、アンナの蒼く澄んだ瞳を見て、考えを改める。

 ユウナやレンジには及ばないが、これだけ長く、濃密な時間を共にした者は、他にいない。

 アンナが巫山戯ている時と、真面目な時、その僅かな機微が解るようになっていた。


「……イヤ、悪い。話してくれ」


 カイルも瞳の質を変え、聴く心づもりを整える。

 この最終局面で、暫時しかない貴重な時間をアンナに躊躇なく割く。

 それは、紛れもないカイルの信頼の証だ。

 それを理解しているのか、していないのか、アンナは無い胸を反らし、その前で腕を組む。


「なに、難しいことではない。《望叶剣》が真に《所持者の願いを叶える剣》というならば――」


 ――願えばよいのだ。


 カイルは、その言葉の意味を理解し、瞳を開く。

 アンナは何時も、カイルが見えない道を指し示す。


「フッ。乗った」


 ちゃりん。

 カイルは《望叶剣》を両手に構えて瞳を閉じる。

 そして……


「……俺はアイツを倒したい」


 ――どくんっ。

 カイルの全身に流れる血液が脈動した。

 まるで沸騰したかのように熱く熱く、温度を上げていく。


「ぐっ!」

「カイル?」


 左胸に強烈な痛み。

 カイルは痛む胸を強く握って、膝を突き、苦悶の吐息を漏らした。

 ……全身が軋むように痛い。


「なんだ……これ……でも――」


 ――全身にかつて無い程の力が満ちている感覚があった。

 ……この力があれば、《クリスタル・ウルフ》を確実に倒せる!

 そんな確信まで持っていた。


「ま、待て、カイル。私の過ちだ。やはりその力は使わない方が……」

「今更、待てるかっ!」


 どくんっ。

 ……イヤな予感はしていた。

 アンナの忠告もちゃんと聞こえていた。


 それでもカイルは止まらなかった。

 ユウナやレンジ、アルトやソプラ、アンナも。

 守る為には、この力を拒絶する事などできなかったのだ。


『更なる力が欲するならば、《求めよ、さらば与えられん》。我が名は――』


 カイルの願いに応える精霊の声が頭に響く。

 力の引き出し方を、精霊が囁いた。


「――《鉄刀丸》!! 《全てを壊す力を寄越せ》ッッ!!」


 途端、カイルの思考が火花のように弾けて消える。

 瞳が昏く染まり、《壊す》という意思だけが残った。

 同時に、カイルが手に持つ、望叶剣……改め、《鉄刀丸》も純白であった刃が漆黒に染まっている。


「カイル……?」


 最愛の人の名を呼ぶようにアンナがその名を呼ぶが、カイルは反応することなく、漆黒に染まった瞳を《クリスタル・ウルフ》へと向けた。

 そして、次の瞬間。


 残像だけ残して、カイルの姿がかき消える。

 後から突風が吹くまま視線を送れば、地を飛ぶように駆けるカイルの姿があった。


「グル?」

「何だ?」

「えっ?」


 激しい死闘を繰り広げていた《クリスタル・ウルフ》、レンジ、ユウナの三者が同時にその気配を感じ取る。

 即座に飛下がり、距離を取るレンジと《クリスタル・ウルフ》の二者に対し、ユウナは足を止め、隙を晒して振り返った。


「カイル?」

「……」


 返事の代わりに、黒い影が少女の白黄色の長髪を揺らして通り過ぎた。

 続けて、黒い影を追うように、黒い風が吹く。


「きゃっ……って、コレは――鉄? カイル。何する気?」


 ユウナを煽る。

 黒い風……否、黒い鉄の粉塵。

 それは全て黒い影……カイルが持つ、黒く染まった《鉄刀丸》の刃から発生していた。


「さっきとちょっと違うみたいだけれど……」


 ユウナを追い越したカイルは、そのまま飛下がった《クリスタル・ウルフ》を追走する。

 どんな戦術で攻めるのか解らないユウナとレンジは、敢えて手を出さない。

 カイルと《クリスタル・ウルフ》の一対一ワンオーワン


「グルルルルッ!」

「……」


 壁際まで下がった《クリスタル・ウルフ》は、そこで後退を止め、一瞬止まる。

 視線を、ソプラとアルトがいる通路に動かした。

 人質を取る……とかではない。

 獣の本能が、カイルから異質な気配を感じ取り、逃走を逡巡させたのだ。


 ――されど。


《クリスタル・ウルフ》は《魔狼の王》。

 高潔な血の誇りが、逃走を許さなかった。


「グルルルルルルルッッ!!」


 ここに来て、最大級に毛並みを逆立てる。

 再びここで逡巡。

 ……攻撃か? 防御か?

結晶狼クリスタル・ウルフ》が選んだのは……自身が最も信頼する《防御力》の最大強化。

 全ての剛毛を操り、カイルの攻撃を受け流す選択だ。


「……」


 到達するまで五メトル。

 カイルが《鉄刀丸》を槍のように構え、《クリスタル・ウルフ》は身を丸める。


 到達まで四メトル。


「カイルさん」


 何かを察したソプラが濡れた唇を噛んだ。


 到達まで三メトル。


「いっけぇぇっ! 兄ちゃん」


 最愛の妹の肩に片手を置くアルトが、残った片方の手を上げて喚声を送る。


 到達まで二メトル。


「カイル。無茶はするなよ?」


 壁を蹴って天井に登ったレンジが、いつでも動けるように気を張り巡らせつつ、カイルの身を案じていた。


 到達まで一メトル。


「フフフッ♪」


 カイルの勇姿を瞳に映したユウナが年相応の少女のように微笑んだ。


 そして到達まで零メトル。


「……」


 アンナが無言動で見守る中、カイルの《鉄刀丸》と《クリスタル・ウルフ》の剛毛が激突した。


「「「「……っ!!」」」」


 即座に黒鉄の粉塵が続き、二人の姿を隠す。


「グルルルルッ……グルルルルルゥゥゥゥ――ッ!!」


 数秒の後、《クリスタル・ウルフ》の咆哮が轟いた。

 咆哮は黒鉄の粉塵を吹き飛ばし、二者の姿を露わにする。


「……」


 攻撃と防御。

 カイルの《鉄刀丸》と、《クリスタル・ウルフ》の剛毛。

 五人の目に映った結果は、《鉄刀丸》が剛毛を貫いているという光景であった。


「やったっ! 兄ちゃんっ!」

「アレじゃダメでしょ!!」

「チッ。今のは良さそうだったんだがな」


 アルトが喜び、ユウナが否定する。

 レンジは舌打ちをし、カイルの救出に向かう。

 なぜなら《クリスタル・ウルフ》が只《刃を一つ》受けただけで倒れる訳がないからだ。


 ――しかし。


「――近づいちゃだめっ!!」

「ッッ!!」


 レンジが天井を蹴って跳ぼうとした瞬間。

 ソプラの声が響いた。

 その声に真に迫る力を感じ取ったレンジが停止、重力に従い地面に落ちた。


「なんだ? 何か解るのか?」

「……いえ。すみません。解りません。《精霊の巫女(私には)》。――でも、《黒鉄アレ》はダメです。あの精霊さんは、あんな風に使うモノじゃないんです」

「ソプラ? どうした? ソプラ?」


 レンジに問われ、必死に危険だと伝えようとするソプラだが、その身体が極寒の中にでもいるかのように激しく震えている。

 そんな姿に、アルト、レンジも、悪い予感を覚える中……


「グルルルルルルッッ」

「っ! カイル!」


 やはり、刃の一突きで倒れる事の無かった《クリスタル・ウルフ》が、尻尾の毛並みを逆立てて反撃を狙う。

 それをソプラの声で止まらなかったユウナが止めに行こうとするが……


 ――異変が起こった。


「ぐる?」


 ぼとり……と、《クリスタル・ウルフ》の尻尾が地面に落ちたのだ。

 不思議そうに首を動かし、確認する《クリスタル・ウルフ》の瞳に黒く鉄化した尻尾が移る。


「……」


 何が起きているのか解らない。

 そんな《クリスタル・ウルフ》を相手に、カイルは《鉄刀丸》を引き抜き、三度異なる場所を切りつけた。


「グルルルッッ!!」


 斬痛に悲鳴を上げる《クリスタル・ウルフ》だが、苦痛はそれだけで終わらない。

 ぽろ……ぽろ……ぽろ……と、カイルが切りつけ、黒く鉄化した場所が崩れていくのだ。

 しかも、黒く鉄化した場所は、少しずつ、少しずつ、まだ正常な身体も悪い病原菌のように浸食していく。

 当然、浸食で黒鉄となった場所も、ボロボロと塵のようになって崩壊していく。


 ――そういうことか。


「ユウナっ! 離れろ!」

「え?」


 そこでレンジが気付く。


 カイルが最初に持っていた白い《鉄刀丸》。

 その能力は《斬ったモノを鉄にする》能力であった。


 ――だが。


 今、カイルが持っている黒い《鉄刀丸》。

 その能力は《斬ったモノを黒鉄に変え崩壊させる》能力。


「グルルルルルルルルル――ッッ!!」


 守る為の願いで生れた能力と、破壊する為の願いで能力。

 その二つは似ているが、その本質は真逆。


 あれだけの苦労していた《クリスタル・ウルフ》が、何も出来ず、ただもがき苦しみながら消滅していく。

 黒鉄の粉塵が《剣》となって、《クリスタル・ウルフ》の身体を次々と穿っていく。


「グラァァァァッァァァァァァァァッ!!」

「っ」


 残酷な光景であった。

 いくら命を掛けて戦った敵とはいえ、見るに堪えない地獄絵図。


「《精霊の巫女が希います・炎の中級精霊よ・豪炎となって・彼の者を燃やし尽くし給え》」


 それはソプラの慈悲であったのだろう。

 苦しみもがく《クリスタル・ウルフ》をソプラの《中級基礎炎魔法ハイ・ファイア》の炎が焼き払い、止めを差した。

 黒鉄と灰に変わった《クリスタル・ウルフ》の残滓が洞窟を漂う。


 ……。


 だれもが、言葉を失った。

 勝利はしたものの、どこか、すっきりとしない。

 そんな勝利であった。


 ――が、しかし。

 そんな暗い空気に全く気がつかない少女が一人。


「凄いじゃない。やったわね! 流石はカイル♪」

「……」


 ずかずかと、灰と黒鉄が漂う中心で佇むカイルに近寄っていく。

 ユウナにとって、カイルの勝利は、どんな形であれ、至高の喜びなのだ。

 少し前から、カイルがユウナ達に剣術で劣り、引け目を感じていたことは知っている。

 そんなカイルが、ユウナとレンジ、二人が本気で戦っても倒せなかった敵を倒したのだ。

 それは、紛れもなく、カイルが強くなったという証拠に違いない。


(そう、カイルは何時だって、凄いのよ。だからこそ、私はもっと強くなってカイルを守ってあげるって決めたんだから)


「何よ? 今のどうやってやったの? 卑怯ね。完全に騙されていたわ。今まで隠していたわけ?」

「……」


 当り前だが。

 警戒などしない。

 仲の良い家族と話すのに警戒する人間はいないだろう。


 ――しかし。


 斬ッ。


「……え?」


 そんなユウナに、カイルは事もあろうか、《鉄刀丸》で斬りかかったのであった。

 刃が当たらなかったのは、ユウナが躱したからでも、カイルが外したからでもなく、


「すまぬな。ユウナ殿。ここから先は私が引き受けよう」

「……ア、アンタっ! きんぱつぅぅ!!」


 そう、こうなることを最初から、予想して近づいていたアンナが、ユウナの肩を引いたからだ。


「まぁ、私が蒔いた種だからな。芽吹いた害草を駆除するのも、私の役目であろう」


 ――相違あるまい。カイルよ?


 アンナの問い。

 されどもカイルは、無言で闇に染まった瞳を返えし、《鉄刀丸》を再度振り上げる。

 敵意、殺意……カイルからは、そんなものしか感じない。


「《他力の力は諍いを呼ぶ》。そう警告した私が、《力》に魅了され、求めてしまったな」

「……」

「やはり、私には手に負えん剣だ」


 魔導師のアンナでは、近接でカイルの剣を凌ぐことなど出来はしない。

 今、カイルが剣を振えば簡単にアンナの命は潰えるだろう。


 ――だが。

 それでも、アンナは常日頃からそうであるように、無い胸を張って堂々と立っていた。

 表情には、不敵な微笑さえ見せている。


「カイルよ」


 一歩、足を進めて、愛しい男の名を呼ぶかのように、アンナがその名を呼ぶ。

 今にも振り下ろさんとしているカイルの手が僅かに力む。


「もう、よい」

「……っ」

「もう、よいのだ」


 母親が、我が子に対して見せる慈しみに満ちた声で言いながら、両腕を伸して歩み寄る。

 一歩、また、一歩。


「戦いは終わったのだ」

「……」


 黒い《鉄刀丸》を覚醒させた時、意識も理性も吹き飛んでいる。

 今、カイルの頭にあるのは、純粋な敵だけ。

 その漆黒に染まった瞳に映る全てモノが、敵に見えていた。


 ――それでも。

 カイルが振り下ろさなかったのは……。

 本能が、目の前の少女に刃を向けることを拒んだからだろう。


 それはきっとユウナにも、レンジにも出来なかったコトだ。

 アンナが能力スキル、《治癒の化身》によって、全ての《攻性》を失われていることを、カイルの本能が覚えていたからなのかもしれないが。

 カイルは、この世の全てが敵にしか見えない世界で、その黄金の少女だけは、唯一、心を許せる存在に感じていた。


 そっと、カイルの頬にアンナの華奢な指が触れる。

 その人肌の感触が、真っ黒に染まっていた意識に、小麦色の輝きを灯した。


「もう、力は必要な――」

「……ッッ!!」


 ――が。

 アンナがカイルに触れたコトによって、カイルは反射的に力んでいた腕を振り下ろした。


 斬っ!


 アンナの右肩から、左腰まで刃が通った。

 衣服も裂け、十五歳乙女の珠の肌が露わとなる。

 途端、刃が通った部位が《黒鉄化》し、崩壊を始める。

 斬られたアンナが後ろに向かって倒れていく……


「……ッッ!」


 しかし、それに対して動揺を見せたのは、斬られたアンナではなく、カイルであった。


「ウウゥゥッ……」


 剣を落とし、頭を抱え悶絶する。

 そんなカイルの頭を腕ごと、


「よい」


 踏みとどまっていたアンナが優しい手つきで抱きしめた。

 そのまま腕を引き、コツンと平たい胸に当て、固定する。

 その硬い感触は不快だが、何故か、カイルの心は安らぎを感じていた。


「フッ。世界一美しい乙女の胸だ。格別であろう?」

「……」

「クハハハハッ。スケベめ」


 アンナは崩壊していく身体を気にもとめず、何時ものように下品に笑う。

 そんなアンナの腕の中で、カイルは金色の輝きに手を伸した。


「金……髪……」

「ん?」


 掴んだのは、アンナの純金に輝く髪。

 金髪至上主義のカイルにとって至高の宝だが、アンナにとっても今まで大切に伸してきた自慢の一品だ。


 ――それを、


「なんだ。欲しいのか? ならばくれてやろう」


 ……約束だしな。と、そう言って、一切の躊躇無く、


 ぶちり。


 引きちぎった。

 バサバサと腰まで伸びていた金髪が舞い落ち、肩にすら掛からなくなるほど短くなったのを気にせず、カイルの手に握らせた。


「……」


 瞬間。

 カイルの反応が消える。

 息遣いから、心臓の音まで、全ての動きが停止したのだ。


「ム? なんだ? 不満か? 貴様、私に全ての髪を差し出せとでも言う気か? 鬼畜だな」

「……」


 どくん。


 最初に、カイルの心臓が再起動し、次にカイルの瞳に光が差した。

 刹那、カイルはアンナの腕を振り払い、


 がしっ。


 アンナの両肩を軋むほど強く掴んで、


「ふっざけんなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ――!!」


 洞窟全体が反響するほどの大声で叫んだのであった。

 キーンっと、その場の全員が耳鳴りを覚える。


「てめぇっ! 馬鹿野郎! 何してやがる! 勿体ないだろうがぁっ!」


 唾を飛ばして怒鳴るカイルは……何時ものカイルだと、アンナはすぐに気がつく。

 いつの間にか、身体の崩壊は止まり、《鉄刀丸》も白に戻っていた。


「ああっ! ああっ!! 金髪っ! 金髪がぁっ! 俺の理想の金髪がぁぁぁぁッッ!!」

「ま。まて、揺らすな。響く。傷に響く! よせっ。よせっ。や、やめんかぁぁぁぁぁッッ!!」


 カイルが正気(乱心)に戻ったからか?

 アンナの身体も鉄化が解け、裂傷となった。

 乱心するカイルに揺さぶられ、裂傷の痛みで激昂し、アンナはカイルを一本背負いで投げ飛ばした。

 もちろん。黒鉄で崩壊していた時の痛みに比べれば、些細な痛みだ。


「か、カイル! 大丈夫?」

「……ユウナ。俺は」


 そんなカイルに今度の今度こそ、ユウナが近づいていき、献身的に身体を起こし、


「髪が欲しかったのね? そうならそうと言いなさいよ、もう。襲わなくたってカイルにならいくらでも上げるわよ」


 何かシリアスなことを言おうとするカイルを無視して、恥じ入るように、一房、髪を切ってカイル手に握らせた。

 ……ユウナの髪は金髪じゃなく、白黄色。

 カイルはそれをポイッと捨てて、ユウナによって捨てられたアンナの金髪を拾う。


「なんでゴミ渡してくんの? イジメ?」

「ゴミっ!?」


 時に命よりも大切だとさえ言われる乙女の髪を、ゴミと言われ絶句するユウナを尻目に、カイルは、アンナの元に戻っていく。


「ごめん……アンナ。なんか迷惑かけたみたいだね」

「フム……覚えておるのか?」

「なんとなく」


 そう言ったカイルの視線は、アンナの傷に向いていた。

 意識も理性も跳んでいたが、それでも、うっすらと、アンナを傷つけた記憶は残っている。


「否、覚えていないな」

「いや、覚えてるよ。俺がお前を――」

「――であれば、よい。と、言った筈だ」

「……っ」

「フッ。おなごが、殿御に傷を付けられるのは自然の摂理、求婚のようなものであろう?」

「……アンナ」


 罪悪感。

 それは消えてくれない感情だ。

 ……でも、

 アンナが「よい」と言うのなら、カイルが言うべき事は謝罪じゃない。


「お前は本当に美少女だな」

「貴様。私が美少女と言われれば喜ぶ、チョロいおなごと思ってないか?」


 ……思っている。


「まったく。美少女なのは当然なのだ! 言われるまでも無い!」

「じゃあなんて言って欲しいんだよ」

「なんども言っているであろう。殿御がおなごに囁く言葉は――」


 アンナは心の底から愉快そうにニヤリと笑って、答えを言った。

 カイルはその答えを聞いて、苦笑し、お手上げだと、天を仰ぎ見て言うのであった。


「――愛しているよ。アンナ」


 いつか、ユウナが望んだ、白馬の皇子様が、悲運のお姫様に熱い恋慕の想いを囁くように。


「ウム。私も愛しているぞ。カイルよ」


 その後、暫く見つめ合った二人は、どちらからともなく破顔して、腹を抱えてゲラゲラと下品に笑うのであった。


《一章 エピローグ》


 トウネ村での出来事から数日。


 今まで封印されていた強大な魔物達が世界中で活動を再開し始めたのだ。


 日に日に犠牲者が数千、数万、という規模で増加している状況だ。

 これからもっと多くなることだろう。

 そんな日が続くとある夜、ソプラはベッドの中で、カイルとの最後の会話を思い出していた。


「カイルさん。……私、これからのことを思うと、本当にこの結果で良かったのかと不安になります」

「それは、ソプラが一人犠牲になれば、大勢の人が死ななかったかもしれないってことかい?」

「はい」

「俺的には、可愛い弟子を犠牲にしないと守れない命なんて、どうなっても構わない……って思うけど、それじゃ納得できないよね」

「ぅぅ……(赤面)」


 間接的にだが、大量殺人をしてしまった罪の意識。

 そんな感情に囚われていたソプラの頭を優しく撫でながら、


「ならさ、今日、ソプラが生きるために犠牲になった人数よりも多くの人を、これから先、俺が救って見せるよ……この《鉄刀丸》でね」

「そんなこと……」

「そうしたら、もう、ソプラは何も思い悩む必要ないでしょ?」


 カイルは、あっけらかんとそう宣った。

 ……一体、何人の人間が犠牲なるのだろう?

 当然、カイルは正確な数字など、解らずに言っている。

 数千か? 数万か? 数億か?


「……っ」


 普通に考えれば、カイル一人でそんな事が出来る訳がない。

 しかし、否定の言葉はソプラの喉元に引っ掛かり、言葉にはならなかった。

 代わりに、ソプラの瞳から熱い想いが溢れだし、ポタポタと草原に落ちる。

 ほんの少しだけ、ソプラの胸にあったドロドロとした感情が緩和されていく。


 ――当然であった。


 ソプラがカイルを否定出来ないのは。

 ソプラがカイルの言葉一つで安心してしまうのは。


 ……だって。


 カイルは、数百年以上も続いていた巫女の因習をたった二週間で打ち壊し、短命を運命付けられていたソプラの運命を変えてしまった人間だ。

 ソプラにとっては、大恩人で物語のどんな英雄にも負けない大英雄である。

 そんなカイルの言葉を他でもないソプラが、否定することは当然、信じないなんてこと出来る訳がなかった。


「カイルさん」

「……ん?」


 深紅に輝く太陽の下。

 ソプラは涙を拭ってカイルを見る。

 隣を歩くカイルは、どこまでも頼って、寄り掛かって、甘えてしまいたくなるほど、頼もしい。

 きっと、カイルがやると言ったなら、必ず、今回の事で犠牲になった人よりも多くの人を救うだろう。

 任せてしまえば安心だ。

 ……でも。

 ソプラは、首を振って、その気持ちを拒絶する。


「私っ! やります」

「何を?」

「私が、自分で償いますっ」


 それは自分でやることだと。

 それは自分でやりたいと。

 ソプラはそう、宣言した。


「カイルさんに教わった《魔法》で、沢山の人を救います!」

「……」

「今はまだ、出来ないかもしれないけど……いつか、もっと大きくなったら、今度はカイルさんと一緒に戦えるように強くなりますから……」

「……」

「……その時は……その時は……っ」

「うん。じゃあ、その時が来たら、一緒に世直しの旅でもしようか……冒険者よりよっぽど良いし」

「はいっ……必ず……必ずっ」


 ふぅ~~っ。

 回想を終えたソプラの頬は紅く発熱していた。

 そうして身もだえしながら、ポツリと……呟いた。


 ――必ず……強くなって貴方に逢いに行きます。


 ソプラが目指すべき将来を見据えていた……一方、その頃。

 勇者学校のカイルの寮部屋では、


 ガシャンっ!!


 何故か大量の私物を持ちこんで来た金髪ショートにイメチェンしたアンナが、


「フハハハハッ! 今日からこの美少女がここに住んでやる! ありがたく思うのだっ!!」


 カイルのベットの上で仁王立ちしてそんな宣言をしていた。


「台無しだな!」

「何がだ?」

「なんかもう……色々と。取り敢えず出てけよ」

「まて、押すなっ! 本気で放り出そうとするな!」

「うっせぇ。自分の寮に帰れ……あ、お前、絶賛喧嘩中なんだっけ? (笑) まぁ、どうでもいいんだけど。……ガシガシ」

「よせよせよせっ! ここを追い出されたら行くところがないのだ! 強姦に襲われて犯されてしまうぞ! よいのか?」

「別にどうでもいいよ。お前がどうなろうと、と言うか真面目な話。コッチはもう、マリンっていう女子が一人いるんだ、これ以上、女性比率増やしたら、俺の肩身が狭くなるだろう」

「解った。解った。では、こうしよう。私を受け入れてくれるのなら、一晩、私の清らかな肌を自由に使ってよい! 望むなら、どんな特殊な行為にも答えてやろう!」

「それ、なんて援助? 援助何々? 何々活動? なんにしても、他の所で提案してこい。ここはそういうの禁止だから」

「何をおう! 貴様、私に『愛している』と言ったではないか! そんな愛する貴様の妃が他の男に穢されて構わないというのか! まさか、そういう性癖の持ち主なのかっ! それは流石に」

「勝手に変な属性を付けんな。だいたい、あんなのその場のノリに決まってるだろ。お前のことを愛せる人間なってこの世に存在しねぇぇよっ(笑)」

「ほほーーう? そうかそうか、私を愛している殿御になら、私の《髪》を自由に触らせてやろうと想っていたんだがな」

「ははーーっ。アンナさん。どうか、ここにお住まい下さい」

「フム? だが、私を愛していない殿御と同居するのは考えものだな(笑)」

「何をおっしゃいますかっ! アンナ様。不肖、このカイル、貴方を心の底から愛しておりまする!」


 ……と。

 そんな感じで、カイルの部屋にアンナが住み着いたのであった。


《終わり》




《後書き》

 はい。第二回、大改稿作業完了(2020/4/19)

 まぁ、例によって全体の流れは変えていません。

 登場人物を削ったり、場面調整をしたり、台詞の変更。

 サラッと大きく変わったのは、レンジの王級剣士設定、黒龍の危険度A~SSSへ。

 一応、基本、全部、打ち直しましたよ。

 最後の《クリスタル・ウルフ》戦に関しては、ほぼ作り直しました。

 え? 前の方が良かった? 知らん。


 因みに、一回目、二回目を書いたとき。

 魔法の設定を大して考えていなかった愚か者だったので、適当に書いていましたが、今回はちゃんと設定に従って書いております。(というか造った)

 なので、個人的には、子供達に魔法を教えるところがお気に入りです。

 ……で、改めて思った、アンナのチート臭。

 この子だけ、この時点で、神級の力をどうにかこうにかしていますね。

 世界が違いますね。まぁ、その分、デメリットも大きいですけど。

 過去の僕、ナイス。


 さて、そんな感じで後書きを終わります。

 最後に、ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

 次は、三章の改稿と行きたいのですが、敗北王の作業を優先しますのでご容赦を。

 ……もちろん、二ヶ月ぐらい費やしたけど、コレに期待している人がいないのはしっているぜ。

 後悔はありません。

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