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分かれ道

 精霊に舞いを捧げるようになって、あっという間に二年が経った。


 故郷も家族も失った私に水の媛さまは、『あなたの後見者には、神殿がなりましょう』と言ってくださった。

 大貴族に嫁がれた、かつての一の方さまにお願いする案もあったようだけど、私が王宮内の勢力争いに巻き込まれるのは良くないとの判断で、取りやめになったらしい。 

 結果としては年齢的なことも考慮して、副の媛(そえのひめ)さまが、私の後見者となってくださった。



 大公閣下の一件から神殿としては、私の舞いを利用しようとする人が他にも現れることを危ぶんでいるらしい。

 何らかの形でまた、忍び込まれた場合に備えて、“私の織殿”には私と歳の近い副班長さんたち、アンディとフレデリック、それからウィルの三人が毎日交代で立ち番をしてくれている。


 全部で六人いる副班長さんのうち、半分も人手をさいて貰うのは……と思って、辞退はしたのだけど。

 一番若いウィルには『交代くらい、させてください』と苦笑いされ、フレデリックには『“若いの”には、任せられませんから』と言われて。

 最年長のアンディにいたっては、『あの嵐の中を出ていかれる貴女のお傍には、常に我らの誰かがおりました。それを今更……』と、また睨まれた。



 そして。この二年の間にも、幾度か序列の変更はあった。

 プリシラとエリーが順調に昇格していくなかで、どんどん後輩たちに抜かされた私は、相変わらず一三の位にいるけど。


 私が皆と一緒には歌えなくなったあの大嵐以来、大きな災害は起きていない。 

 微力ながらも私の舞いが、精霊の慰めになっているように思えて、水の歌には合わせにくい、日の神さまへの舞いも捧げる。

 天候に合わせて、感謝・お諌め・お招きのそれぞれの舞いを組み合わせて。

 いつしかファンレターに書かれるようになった、“一三(ひとみ)の舞君さま”の呼び名に、自身の存在意義を実感する。


 二年前、『これ以上、抜くことはできない』と言われた火の要素は、あれから微妙に増えはしても減りはしていないようで。

 ならば、いっそのことと、来月からは、火の日にも舞いを捧げることになりそうな話も、媛さま方からされている。

 仕事は増えることになるけど。

 日の神さまに捧げる舞いには、火の歌の方が合わせやすそうだから、精霊にも喜んで貰える舞いができそうだと、ささやかな期待もある。

 衣装は、赤に……なったりは、しないよね?

 共に歌えなくても私は、水の歌君。


 そして。精霊に歌を捧げることはできなくても、機織りの際に込める歌には、問題がないようで。

 神殿で十年間暮らして、織方としての経験を重ねながらも、未だに一三の位にある私が織る布は、値段の割に質がいいと言って貰えるようになった。

 独りの織殿で祈りと歌を込めて、杼を操り糸を打ち込む。



五の方(プリシラ)、おめでとう」

 私と四の方(エリー)の声に、五の方がはにかんだように笑う。

 私が火の日に舞いを捧げるようになって二ヶ月がたった、火の前月(=日本の七月ごろ)。

 五の方の退職が発表された。


「お相手は、どんな方?」

「穏やかな方よ。お話される声が、素敵な方」

 四の方の質問に答えながら、五の方がゆったりとお湯飲みに手を伸ばす。

 彼女の結婚が決まったお祝いに……と四の方の部屋に集まった私たちは、ついに身近にきたおめでたい話に興味津々で。次から次へと、聞きたいことが湧いてくる。


「穀物問屋の方、だった?」

 確か……館とも取引のある大きなお店の若旦那さま、と聞いた。

「五の方、お商売は、できるの?」  

 世間を知らないまま歌君になったのは、私だけではない。はず。

「お店のことは、ゆっくりと覚えればいいって」

「優しーい」

 四の方が、悲鳴をあげる。そんな彼女を笑いながら私は、卓にのせられたクッキーに手を伸ばす。

「その代わり、内向きの……店員さんへの心配りとか、隣近所とのお付き合いのこととかを、お義母さまから教えて頂くことが、先みたい」

 それはそれで。大変だ。


 賄方(まかないのかた)さんに用意して貰ったお菓子をつまみながら、お気に入りのお茶で休日を過ごす。

 こうやって、誰かの部屋で三人が集まるのも最後になるな、なんて考えるともなく、考えていると

「二人は、どうなの? 良いお手紙は来た?」

 と、五の方から逆に問われて、四の方と顔を見合わせる。


「一三の方?」

「四の方こそ」

 互いに譲りあいながら、相手の顔色を伺う。

「じゃあ、歳の順で……四の方から」

「ええー。何、それ?」

「ほら、どうなっているの?」 

 五の方にしきられて、『何か、おかしい』とブツブツ言いながら、四の方はクッキーを齧る。 

 良いお手紙、か。


 家族を無くして、副の媛さまが後見者になった私には、可愛らしいファンレター以外に、届く手紙などなかった。



 四の方と二人で、『良いお手紙が来なくても、精霊のために生きようね』なんて負け惜しみを言いつつ、五の方を館から送りだして。 

 もう一つ、後輩に抜かされる序列の変更があった、風の後月(=日本の十一月ごろ)。


 東の国境が侵される事態がおきた。


 『領地が富めば、国を守る力が増す』と言っておられた亡き大公閣下の言葉は、あながち間違いでもなかった。

 二年前の災害のあと、新しいスイーズル公爵のもとで復興作業が行われてはいたものの、領地としての地力は落ちていたらしい。

 火山の被害は隣国にも及び、国境地帯の生活はどちらの国でも苦しくて、人々は脆くなった国境線を越えて東へ西へと流れ。


 それぞれの国で難民となっていた。


 あふれる難民を追い返し、治安を保つとの名目で国境に配備された隣国の軍は、その日。

 国境近くにある比較的大きな村を襲ったという。



 そんな事情が、神殿内に暮らす私たちにまで聞こえてくる頃には、国境の小競り合いでは済まない戦へと規模が拡大していた。

 国境警備軍では足らず、国内各所で兵士が募られているらしい。お守り用にと、“歌君の布”が買い求められていると聞く。


 敵に対する“負の感情”に繋がるとの理由で、私たちは戦勝祈願というものは行わないけど。

 戦地の人々が飢えや渇きに苦しむことかないよう、穏やかな天気を願って、歌と舞いを捧げる。

 そして、私たちの布を身につけた人たちが無事であるよう、祈りを込めて機を織る。



「一三の方、お願いが……」

 織殿から館への帰り道、フレデリックからそう言われたのは、戦が始まって、半年ほどが経ったある日の夕方だった。

「何でしょうか?」

「今度、戦地へ征くことにしました」

「え?」

 どうして、そんな? 


「衛士の方まで征かれるほど、向こうの状況は、悪いのでしょうか?」

 衛士さんや都を守る近衛の方たちにまで、いわゆる“召集”がかかるのは、かなり戦況が悪化しているのでは……と、心配した私にフレデリックは

「召集ではなく志願ですから、ご心配なく」

 と言って、表情を緩めて見せる。

「ご自分から、戦場へ征かれるのですか?」

「一三の方をお守りする役目から降りることに、心残りが無いわけではないのですが。戦で手柄を立てて、近衛を目指そうと思います」

「そう、ですか」

 出世を志す彼を止める権利は、私には無いけど。 

 初めて精霊に捧げることを意識して舞った、あの雨の中庭以来、常に私の舞いを近くで支えてくれていたフレデリックが離れていくことに、心細さのようなものを感じて。

 そっと両手を握り合う。


「一三の方に、幾度か手紙を書きました」

 そんな私の横から、潜めた声がする。

「私に?」

「はい。ですが、精霊は貴女に取り次いではくれなかった」

「……そう、でしたか……」

「なので。近衛になって、改めて貴女に交際を申し込もうと思います」

 精霊に認められる男になって、戻ってきます。

 そう言った彼の顔を思わずふり仰いで。


 絡んだ視線に、頬が燃える。 


「一三の方」

「は、い」

「戻ってきたら……貴女のお名前を教えて頂けますか? そして私に、呼ばせて頂けますか?」

 歌君に、本来の名前が戻るのは。

 結婚などで、神殿を出る時。

「精霊が祝福してくださるなら、喜んで」  

 ですから、どうぞご無事で。



 フレデリックの無事を祈って、お守りを用意したいと考えた私は、織殿を移る時に織機から切り落とした布地の存在を思い出して。


 小さなお守り袋とハンカチを縫う。


 この世界では見たことがない“アワビ結び”を、記憶を掘り起こして練習を重ね、お守り袋の口を封じる。

 ハンカチの縁取りには、私の正装のローブと同じ“水の刺繍”を施した。

 青いラインの入った青の衛士の制服は、神殿に返すらしいから。ベルト通しに館の色を添える衛士さんたちの風習のようなものが、戦地の人々にもあるかもしれないと考えて、残った端切れも簡単に包んで添える。



 フレデリックが衛士として仕事をする最後の日の朝、織殿の玄関で差しだすと、彼は珍しそうな顔で包みの上に載せていたお守り袋を手に取る。

「これは、一三の方の故郷に由来が?」

「ええ、まあ」

 無くなってしまった“故郷の”モノでは無いけど。 

 魂の故郷、ではある。

「難しそうな結び方ですね。一度開けると、私には戻せなさそうだ」

 と言いながら、裏、表、とひっくり返しては、糸口を探そうとしている彼の左手を、そっと右手で押さえる。


「開けては、なりません。この結び目は、封印です」

「封印……ですか?」

「はい。開けると、効力が落ちます」 

 だから、絶対に駄目です、と言った私の手に今度は彼の大きな手が重なる。

 ゴツゴツした男性の手の感触が、急に恥ずかしくなって。

 慌てて、手を引く。



 『肌身離さず、身につけます』と言ってくれた彼に、改めて包みを渡して。

 私は、その日の仕事のため、織殿へと入った。



 フレデリックが抜けたあとは、彼の後をついだ新しい副班長さんのヨーゼフが担うことになって。

 その年の火の季節の半ば。


 先代さまが。亡くなられた。


 館から、お葬式を出して。

 媛さまの正装で棺に納められた先代さまは、都の北端にある神殿の墓地へと葬られた。


 そして、一旬が過ぎるころ。

 四の方(エリー)の爪が青く染まった。



「一三の方、どうしよう……」

「どうしようと言われても……」

 朝ご飯の席で、泣きそうな声と共に爪を見せられた私も、困ってしまって。

「とりあえず……薬方さん?」

「……に言っても、仕方ないよね?」

「じゃあ、副の媛さまじゃない?」

 二人でコソコソと問答している所を、副の媛さまに見つかってしまった。


 当然のごとく、四の方はそのまま新しい“副の媛”になって。

 今までの水の媛さまと副の媛さまも順に、新しい呼び名へと序列が変わられた。


 四の方が抜けたあとの序列の変更を伝えることが、新しい副の媛さま(エリー)の初仕事だった。

 その場で、長らく空席だった三の方にもついに、新任が告げられた。


「亡くなられた先代さまが、三の方さまも連れて逝かれたそうよ」

 と、副の媛さまが私の織殿で話してくれたのは、水の月の半ばだった。

「連れて?」

「棺の中に、三の方さまが織りかけていた布と使っていた杼が一緒に納められたらしいわ」

「そう……」 

 先代さまの遺言で。

 その後、新しい三の方について、精霊の託宣がなされたという。 


 晴れて三の方さまは

 精霊の花嫁になられたのだろうか。


 そんなことを考えながら、将来、精霊の花嫁になることが決まった友人を眺める。

「一三の方?」

「はい?」

「どうかした?」

 首をかしげる副の媛さまを、織殿の外から呼ぶ声がした。

「ヨーゼフが呼んでいるわよ。“副の媛さま”」 

「さて、お仕事の時間ね」

 ロングジレを羽織直して立ち上がる彼女を、玄関まで送ろうと織機の前から私も離れる。


「今度の水の日にはまた、二人でお茶を飲みましょうよ」

 玄関の扉を開けた副の媛さまが振り返って、いつもの顔で笑う。

「昨日、プリシラから焼き菓子が届いたのよ」

 歌君に比べると、媛さまへの贈り物は精霊のチェックも緩いらしい。そうでなくても、プリシラの嫁ぎ先は館へ出入りのある商家だし。

「あら。じゃあ、私はお茶を用意するわね」

 戦の影響で、手に入れにくくなってきた紅いお茶は先月、賄方さんにお願いして、少しだけ仕入れてもらったものが部屋の棚に大事に取ってあった。

 田舎にはなかったお茶は、私のお気に入りで。

 大切な友人とのお茶会は、コレがないと始まらない。



 お茶が手に入りにくくなったり、毎日の食事が質素になったり。“神殿”に守られて、世間の風に吹かれることのない私たち歌君にも、戦の息吹は感じられる日々が続いて。

 開戦から三年。


 隣国との間に、和平が成り立った。



「出征した衛士は、全員が無事のようです」 

「そう。よかった」

 朝、館の玄関で待っていたウィルから、そんな報告を聞かせてもらって、ほっと息をつく。

 大なり小なり、怪我はされているらしいけど、青の衛士さんに限らず、神殿の衛士さんは全員が生きて帰ってこられた。


「隊によって差はありますが、一ヶ月ほど休暇を取って、復帰することになりそうです」

 班編制など、色々することが増えそうと言いながらも、ウィルの声も弾んで聞こえる。

「フレデリック……は?」

「近衛への入隊試験があると、手紙には……。まあ、ほぼ形式的なものでしょう」

 青の隊長さんからの推薦も貰っているらしい。


 フレデリックからのお手紙は、私の元にいつ届くだろう。

 その前にまず。

 守ってくださった精霊に、お礼の舞いを捧げよう。



 初めてのラブレターを待ちながらの毎日は、長くも楽しかった。


 彼と改めて、どんなお話をしよう?

 彼は私のどこを気に入ってくれたのだろう?

 二人の将来は? 未来は?


 一人過ごす時間には、色々と想像をして。

 仕事の時間には、今まで以上に機を織る手も軽く、気持ちよく歌に祈りを込める。



 なのに……。

 

「フレデリック、が?」

 二旬のちの火の日。

 昼の舞いを終えて館へ戻る途中。中庭の精霊樹の傍らでアンディから小さな袋を差しだされた私は、自分の耳を疑った。


 二日前の夜、酒場で乱闘騒ぎに巻き込まれて。

 フレデリックが、亡くなったと。


「そんな、どうして……」

 尋ねた私にアンディは、目を逸らして首をふる。

 そして

「衛士の宿舎に運ばれた時には、まだ意識が辛うじてあったようです。『一三の方に謝って、これをお返しして欲しい』と」

 手の内に握らされたお守り袋。

 この世界には存在しないアワビ結びが、どす黒く斑に染まり。

「馬鹿だ、あいつは。せっかく近衛に受かったというのに。死んでしまっては、終わりだろうが」

 独りごちるアンディの声は、湿り気を帯びていた。 



 どうして。

 戦からは帰ってきたのに。

 どうして。

 顔も見せてくれないまま。



 部屋へ戻って、寝台に身を投げる。

 零れる嗚咽が、布団に染み込む。


 息苦しさを感じて身をおこし、涙をブラウスの袖口で拭う。

 奥歯を噛み締めながら、結び目を解いて。

 お守り袋を開く。


 中には

 “平仮名で”書いた、私の名前。


 あの声で、呼んで欲しかった。

 『ユリア』と。

 捨てた名前で 


 私の“家族”になって欲しかった。

 精霊に奪われた故郷の代わりに。



 火の日の舞いはお昼だけなのをいいことに、その日の午後はひたすら泣いて過ごす。

 泣き疲れて、うつらうつらしている私の頭に、優しい手の感触。


 フレデリックが、来ている。

 魂は見えないけど、きっとそう。


 現実に意識が戻って、また泣く。



 食事も摂らずに泣き明かした夜が明けて、翌朝。



 私の爪が


 五色に


 染  ま  っ  た


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