第一章 「会合」3
「ごちそうさまでした」
久方振りのまともな食事に身体中が喜んでいる。それに焼き魚や味噌汁といった和食だったため口にも合い、無理なく完食できた。
「どう?美味しかった?」
「大変美味しゅうございました」
「ふふ、お粗末様。ご満足いただけたようで何より」
相変わらずいい顔で笑う。
お腹だけでなく胸もいっぱいになる。
「さて、食べ終わったことだし、本題に入りましょうか」
心なしか、彼女の顔が険しくなった気がする。
どうやら俺と彼女の今後を決める話のようだ。
さっき部屋でちらっと聞いた、えっと確か──
「ぺっと?とかいうやつのことか?」
「……!そう、そのペットについてよ。さっきからの様子を見るにあなた、何も分からないんでしょ?」
「……!?」
隠すつもりはなかったが、というかむしろ俺から聞こうとしていたくらいだが、こうも的確に当てられると思わず反応してしまうな……
確かに俺は、彼女の言うとおり何も分からない。
よく漫画やアニメでこんな展開があるが、常識的に考えれば、それが自分の身に起こるなんてありえない。けれど、これがいつもの現実だとしたら説明できないことが山ほどある。
夢かな、とも考えたが会話やさっきの朝食など身に起こることがリアルすぎる。
だから……いや、これ以上一人で考えても仕方ないか。とにかくここは一度彼女の話を聞こう。
「ごめん、本当に何も分からないからできれば色々なことを事細かに教えてくれると助かる」
「正直でよろしい。そうね、まずはペットとは何か、から始めましょうか。いい?ペットっていうのは召喚獣のことで魔法陣を使って呼び出す自分だけの使い魔のようなものよ。大抵、動物の力を持っているからいつからかそう呼ばれるようになったわ」
「なるほど……」
まさかの予想が当たりそうだ。
やはり、ここは俺のいた世界とは異なった世界で、魔法陣だとか召喚獣だとか、この世界には魔法のようなものがあり、俺はあの魔法陣でこっちに召喚された、といったところだろうか。
全く、今や巷に溢れ返っている異世界転移ものを、まさか自分の身で体験することになるとはな……まぁ別に、元いた世界に執着なんてこれっぽっちもないし、強いて言うならこうなることを望んでいた部分もあるから、慌てふためいて元の世界に戻りたいなんて悪足掻きはしない。
例えそれがペットだとしても……ん?ペット?
「ねえ、聞いてる?続きいくわよ?」
「あ、、すいません…」
「初めてペットが召喚されたのは遥か昔、まだ日本が統一されてなくて争いが絶えなかった時代にある人物が一人で召喚式を確立し、一人でペットの召喚に成功、それが日本中に広がっていったとされているわ。そして、そのペットの人間離れした運動能力は、現在でも労働力やボディーガードなど、様々なところで使われているの。それに、その召喚式は魔術の基礎を寄せ集めたようなものだから、学校のテストにも使われているくらい簡単で、今や自分だけのペットを持つことが一人前の証という風潮もでてきている。それほど、ペットというのは現在の日本ではかかせない存在なの。さて、ここまで大丈夫?」
「……大丈夫」
なるほど、だいたい分かった気がする。けど、今の説明通りなら俺は本当にペットなのだろうか?
俺は人間離れした運動能力なんて持ってないし、そもそも動物の力なんて持ってるはずがない。
何かの手違いか、それとも召喚時に動物の力が付与されるものなのか………やっぱり考えるより聞いた方が──いや、やめておこう。
さすがに、額を押さえてため息をつく彼女に、これ以上説明を強いることは俺にはできない。
「ペットについてはだいたい分かった」
「そう、それは良かったわ。本来は今説明した内容とかはペット側も知っているはずなんだけどね」
ますます自分がペットなのかどうか怪しくなってきた。と同時に長い説明をさせてしまったことに申し訳ない気持ちが溢れてくる。
もしこれで本当に俺がペットじゃなかったらどうお詫びしたらいいか……いや、別に俺が何かをした訳ではないけど、単純に良心が痛む。
やはり俺から言うべきだろうか……でもまだ可能性がなくなった訳では──
「さて、じゃあ次はあなたのことを聞かせて。あなたは何のペットなの?」
先手を打たれた。先に問を投げかけられた。
何の?とは恐らく動物の種類のことだろう。
さて、どう答えるべきだろうか……というか、嘘をつくにしてもどう嘘をついたらいいのか……下手な嘘なんてすぐにバレる。なら、やはりここは正直に……
「俺は、人なんだ。ただの人間。人間離れした運動能力も動物の力も持ってない」
「……!?え、待って?冗談言ってるなら冗談になってないから今の内に本当のことを言いなさい?」
やっぱりこうなったか……
けど、こればっかりは今伝えないといけない。
問われた以上、今はっきりさせないといけない。
「本当なんだ。俺自身、どうしてこの世界にいるのかさえ全く分からないんだ」
「うぅ……」
彼女は頭を抱えて机に突っ伏してしまった。
2階でのあの喜びようから察するに相当苦労して召喚を成功させたのだろう。いや、成功はしてなかったのか……
なぜ俺なんかが召喚されたのだろう。
なぜ俺なんかが彼女の前に現れたのだろう。
俺はまた人の人生を潰した。
俺はまた人の努力を断ち切った。
俺はまた奪ってしまった。
俺はこの世界でも邪魔者だった。
やっぱり俺は──
「あー!もう!諦めてたまるもんですか!こうなったら無理矢理にでも契約を結んであげるわ!人間だろうがなんだろうが私が召喚したのに変わりはないんだから!さぁ立って!手を出して!」
さっきまで俺と同じように俯いていた彼女からの突然の怒号。
一気に背筋が伸び、鼓動が早くなる。脳の処理も追いつかず、目の前に突き出された手の意味さえ分からなかった。
「ほら、早く!」
彼女は前のめりになって、より圧が強くなる。
その圧に負け、恐る恐る俺も手を前に出す。
「ほら、立って!」
瞬間、手を掴まれたと思うとその勢いのまま彼女に引き寄せられ、身を起こされた。
女の子でしかも片手なのに、なんて力だ。
俺体重そこそこあるんだけど、じゃなくて契約って何する──
「じゃあ、よろしく!」
「え…?」
掴まれた手はただ上下に振られるだけでそれ以外何も無い。
というか、これって……
「……握手?」
「そうよ?ほら、あなたも応えて。よろしく!」
「よ、よろしく……え!?」
彼女に言われるがまま応えた瞬間、彼女の手が赤く輝き、手首にブレスレットのような赤く艷めくリングが現れた。
俺も首に違和感を覚え手を触れると、銀の装飾の中央に蒼く透き通った宝石が埋め込まれたネックレスが現れていた。
「ちょ…待って、これって……?」
「……うそ、できた……契約、できた!!」
「なっ……!?」
二人とも信じられないという顔で暫く見つめ合っていた。
ようやく気持ちが整理できたのか、彼女は自分の手首についたリングを、まるで宝石でも見るかのように目を輝かせて見つめていた。
俺も気持ちは落ち着いてきたが、一体何が起きたのか理解はできていなかった。
けれど、目の前の彼女の喜びようを見るにあのリングが契約の証ってところだろう。
思わず俺も顔が緩んでしまう。
「あ、ごめんごめん、勝手に一人で喜んじゃって……」
俺は首を横に振った。
「契約、できたんだよな?その笑顔が見れて良かったよ、おめでとう」
「うん!ありがとう!」
改めて彼女は笑った。
目元は光を反射して輝き、手は震えている。
何故俺が契約できたのかは分からないが、今それを問い詰めるのは野暮ってものだろう。
契約ができた。
その事実だけで充分。例え俺がペットではなかったとしても、誰かの役に立てているならそれは間違いではないのだと思いたい。
「さて、それじゃあ早速学校に行きましょう」
「学校?」
どうやら休まる時間はないらしい。
あれだけ喜んでいた彼女は、目元を擦り気合を入れ直したかのような表情に変わっていた。
よくそんなに前へ前へと進めるなと思ったが、そういうところが彼女を信じられると思った理由なのかもしれない。
あれだけ人間嫌いになっていた俺がおかしいよな。
「何笑ってるのよ?ほら、早く行くわよ!」
「はいはい、かしこまりました、御主人様」
「ご、御主人様はやめて!あ、そういえば名前まだ教えてなかったわね。私はアイナ、あなたは?」
「俺は八神 秀」
「シュウね!じゃあ、改めてよろしくシュウ!」
彼女はまた手を突き出してくる。
だが、今回の表情は柔らかい笑顔だった。
「よろしく、アイナ」
俺も手を出し、また力強い握手を交わした。
いよいよ俺のペットとしての第二の人生が始まる。
俺のペットな異世界生活が──