第一章 「会合」
最悪の目覚めだ。
こんなに辛い寝起きはいつぶりだろうか。まるで心に深い傷を刻み込まれたみたいだ。胸が痛い。
「はぁ…まだ外は明るいってのに……」
普段なら迷わず二度寝するところだが、目を閉じればあの夢がまた鮮明に浮かんできて傷を抉る。それを我慢しながら寝るなんて俺にはできない、したくない。
「仕方ないか、とりあえず水……」
気づけば体は汗だくで、喉はカラカラ。体のほとんどの水分が抜け落ちてしまったような感覚。なおさら気分が悪い。
俺はベッドから足を下ろし、それを支えに気だるい体を持ち上げた。
が、冷蔵庫に向かおうと一歩踏み出した瞬間、体が膝から崩れ落ち地面に座り込んでしまった。
軽い脱水症状なのか、体に力が入らない。視界も歪んでいて見慣れたはずの部屋が全く別の場所のように感じる。
「はぁ…はぁ……くっ」
荒い息遣いをこぼしながら目頭を押さえて目を閉じ、開く。そうしてピントが合うように瞬きを繰り返しながら辺りを見回した。
「は?いやいや…嘘だろ?」
ピントが合い、周りの景色が鮮明になっていく。が、いくら綺麗に見えようとそこに俺の知っている景色は無かった。
──俺の部屋は無かった。
目に映ったのは小さな木製の勉強机と分厚い怪しげな本が並べられた本棚だけ。
足の踏み場がないほど散らかった漫画やゲームは跡形もなく消え去り、久方ぶりに床の木目が顔を見せていた。
そのせいか、部屋の作りはほぼ同じなのにやけに広く感じてしまい、どうしても俺の部屋として認識できない。
「一体なにがどうなってんだ?」
俺はまだ気だるい体を動かし、よろめきながら部屋を軽く散策した。
が、その場で一回りするだけで部屋の隅まで見渡せるほど何も無いところに手がかりなどあるはずもなく──
「…………」
部屋を一回りして自分のいたところ、つまりベッドの方に振り返った俺は思わず息を呑んだ。
「何だよ…これ……」
ただ呆然と佇む俺の目には、古代文字のような模様が円型に並べられた黒い焦げあとが映っていた。
その焦げあとからは禍々しい黒い煙が噴き出していて、明らかにただのラクガキではない。
「ていうか俺さっきまであの上で寝てたのかよ!うっわ気持ちわりぃ!まさかこの気分の悪さもこいつのせい……っと、ダメだ。余計に辛くなってきた。とりあえず何か…水……」
力の入らないふらふらの体で壁に伝いながらドアの方へ。
ここが俺の部屋で俺の家なら冷蔵庫は一階のリビングにある。
正直、この状態で階段を降りるのはきついし怖いがそれよりも何か口に入れなければ体が持ちそうにない。
最悪、廊下にさえ出られればもし倒れても家族の誰かが見つけてくれるだろう。
そんな考えが浮かぶほど体はもう限界だった。
やっとの思いでドアノブに手をかけ、引く。
「え?わっ!きゃあっ!」
瞬間、変な声と共に衝撃が俺の体を襲った。
歩くのもままならないこの体は衝撃に耐えられるはずもなく、何の抵抗もないまま後ろに倒れ込んでしまった。
一瞬息が止まり、今も肺に空気がうまく流れない。
「なっ!?きゃあっ!!」
横からの衝撃が俺の頬から身体に流れていく。
薄れゆく意識の中、最後に残った感覚は何かとても柔らかかった。