プロローグ2「夢」
私に親はいない。いや、いなくなった。私が物心つく頃にいなくなった。その時、同時に安心して身を寄せられる場所もなくなった。
ただただこの薄暗い灰色の空の下、延々と降ってくる冷たい雨に顔を濡らしながら一人、とぼとぼと歩くしなかった。
私はそれからスラムと呼ばれる無法地帯に逃げ込んだ。ここなら私が私だと分からなくなるまで身を隠すのに都合がいい。
私は誓った。
成長して、力もつけて必ず──
それからの生活は他人から見れば地獄そのものだっただろう。
お金を得るためにずいぶんと汚いこともしたし、お金が足りなくなってくると盗みもたくさんした。そして、それが見つかる度に何度も殺されかけ、小さなダンボールで、傷口に誘われてわいてくる虫たちと添い寝しながら傷を癒すため眠りにつく毎日。
何度も死のうと思った。
何度も楽になりたいと思った。
けど、あの日の誓いがそれをさせてはくれなかった。
この十三年間の私の原動力は日に日に膨らみ続ける憎悪と復讐心だけだった。
十三年間無理矢理にでも生き抜いた私は十六歳となり、王都の魔術学校に通っていた。
体は幼い頃よりだいぶ成長し、髪も伸びた。
世間では私は死んだことになっていて、もう姿を隠す必要はなくなり、こうして堂々と王都の学校に通えている。
ひとまずは目標達成。だけど、私はまだ気を休めることができなかった。周りがそうはさせてくれなかった。
私が通っているこの魔術学校は国一の優秀校で、生徒の大半を王族、貴族といった生まれながらにして高い魔力と技術を持つエリートが占めている。そのため、平民、下民上がりは馬鹿にされ蔑まれる。
まして、貧民上がりなどもってのほか。
平民、下民にすら汚物でも見るような目で見下され、学校全体から迫害を受ける。
それに加えて私は基礎中の基礎の『身体強化』の魔法すら発動させることができなかった。
いよいよ本当にただのクズ扱いの始まり。その辛さの度合いは貧民街の生活を上回るかもしれない。
私自身、事実に対しての反論などできないし、したくない。余計に無様さを煽るだけだ。
私にできたのは、ただただ罵声を浴びながら、歯を食いしばり、早く上達できるように、早くみんなを実力で黙らせられるように、独りで努力することだけだった。
それから一年、先生からも見放されたまま一年生最後の試験、進級試験の日を迎えた。
進級試験の内容はある魔法陣を使って『召喚獣』と呼ばれる自分だけの使い魔を召喚するといったもので、一年間普通に授業を受けていれば誰でも難なくこなせるものだ。
その代わり召喚に失敗した者は即、学園から追放される。
続々と合格者が増えていくのと同時に、私の心の中では緊張と不安が増していた。
次はいよいよ私の番だ。
ここで失敗すれば学園から追放されて今までの努力が、これまでの人生が全て水の泡となる。
「いや、大丈夫だ。私はこの一年間、誰よりも努力してきた。どんなに酷いことをされても耐えてきた。全ては…の為に……」
私はそう自分に言い聞かせ、嘲笑が飛び交う中、それに負けないように力強い声で詠唱を始めた。
詠唱が終わり、魔法陣から光が失われる。
教室は笑い声の嵐で、私の心を容赦なく貪る。
どうやら私は神にも召喚獣にも見放されてしまったようだ。結局、どれだけ努力しようと、どれだけ歯を食いしばり耐えようと、誰も私に微笑みかけてくれるものはいなかった。
私は罵倒の笑いをぶつけられながら試験会場を後にした。
外には召喚に成功した合格者たちが召喚獣と話したり、遊んだり、鍛え合ったりしている、私の心とは正反対の楽しそうで和気藹々とした空間が広がっていた。
私はそれを横目に、唇から血を流しもう一度誓った。
「絶対に諦めない」と。