第9話 【俺と学院の事情】
俺が退院して、家に戻ってから5日がたった……
俺は名前が変わり、“成実”と呼ばれるようになったが、馴染むにはもう少し時間が掛かりそうだ
家族からの“可愛い”攻撃にも合ってるけど、慣れと言うのは怖いもので
少しそれに慣れてきている俺がいる
慣れと言えば、今まで忠志と共同で使っていた部屋が、両親が気を使ってくれたみたいで
2階のゲストルームだったところを俺の1人部屋にしてくれた
今日は、俺の通っていた中学校の卒業式で、俺と忠志はめでたく卒業だ
父さんが今日は卒業式に出席するから、スーツを着て、忠志と一緒に出ていった
俺も卒業式は出たい気持ちもあったけど、俺が女の子になった事は中学の同級生は知らないし、名前も変わっちゃったから……
担任の先生が気を使ってくれて、俺の卒業証書は春休みに受け取るようになっている
ちょっと寂しいけど、俺には他にやる事があるからそっちを優先しないと……
少し俺も落ち着いてきたから、今日は俺が通う高校に母さんと一緒に書類を出しに行く予定だ
「成実~、準備出来た?行くわよー」
母さんがノックもせずに部屋に入ってくる
「あっ! ちょ…… ちょっと!まだなんにも準備出来てないから……!
て言うか、母さん、ノックくらいしてよ!」
俺は、着ていく服装が選べないまま、下着姿でクローゼットの前で座りながら中をあさっていた
「なにを下着姿でうろうろしてるの?入ってきたのが父さんや忠志じゃなくて良かったわね……」
「そんな事言ったって…… 何着て行ったらいいかわかんないし……
俺、中学の制服しか着てくもの思い付かないんだけど……」
「成実…… あなた女の子でしょ?中学のは着て行けないわ
まだ成実の高校の制服頼んでないから、かわりにこの制服を着てって頂戴ね」
そう言ってクローゼットから制服のセットを俺に渡した
「この制服どうしたの?」
「女の子用のフォーマルスーツみたいよ
母さんも知らなかったけど、世間では、なんちゃって制服って言うみたいね
高校に顔出す時服装に困ると思って買ってきたのよ、中学の卒業証書取りに行くときも着れるでしょ?」
多分数回しか着ないのに勿体ないな……
でも、とりあえずは助かった、さすがに学校に私服で行くのは場違いな気がしてたし……
俺は渡された制服を見てみる
あっ…… スカートだ…… 俺これ履かなきゃいけないのか……
「母さん! これスカートだよね?俺、まだスカートはちょっと……
ズボンとかないのかな?」
「何言ってるの?女の子の制服は大体スカートなのよ?そんなんじゃ高校の制服だって着れないじゃない、練習だと思って着て頂戴
それとそれスカートじゃないわよ、キュロットスカートって言って、見た目はスカートだけど中はズボンみたいになってるの」
そう言われ、スカートを確認してみると中がズボンみたいに分かれていた
「ほんとだ…… これならそんなに抵抗ないかな……」
履いてみるとゆったりはしてるけど、ズボンを履いている感触があった
チェック柄でグレーのひだの付いたチュニックで女の子っぽい、膝上の丈で少し気にはなるけどスカートよりはマシだ
退院してからずっとジャージを着てたから判らなかったけど、こう言う服って結構腰のラインが出るんだな……
「プリーツのキュロットだから制服っぽいでしょ?」
「まぁ、確かに…… 制服っぽいね」
「上はそのブラウスとジャケットね、リボンもあるからちゃんとつけるのよ」
俺は白いブラウスを着てボタンを留める
胸があるせいか、なかなかボタンが留まらない……
それにしてもボタンってこんな留めずらかったかな?
「母さん、これボタンなんか変じゃない?凄い留めずらいんだけど……」
「Yシャツとボタン逆についてるのよ、成実は知らなかったわね」
同じように見えて、女の子の服って違うところがあるんだな……
覚えておかなきゃな
俺はボタンを慣れない手付きで留め、チュニックの中にブラウスを入れる
「ソックスは紺色の準備しといたからこれ履いてね」
そう言ってクローゼットにある引き出しから靴下を持ってきて俺に渡した
俺はベッドに腰掛けて靴下を履いた
結構長いな、膝下くらいまであるし
男の子のやつよりフィットする感じだな
あとはリボンもつけなきゃいけなかったよな……
俺は部屋の姿見で自分を見て赤いリボンつけた
後ろでフックを留めて付けるタイプで、俺でも簡単に留める事が出来た
位置を正面に合わせて曲がってないか確かめる
「なかなかいい感じね、よく似合ってるわ」
母さんがそう言うのを鏡越しに聞いて、最後に黒いジャケットをベッドから取って姿見の前に立って着てみる
制服って女の子の身体のラインが結構わかるんだな
ジャケット越しでも胸の膨らみがわかるし、
細い腰とキュロットから出る脚がなんだか凄く女の子っぽい
「スタイルがいいから、綺麗に見えるわね
高校の制服も楽しみね」
「綺麗に見えるのは服のお陰だと思うけど……」
「そんな事ないわよ、元の素材が良いから制服が映えるのよ
さっ、下に行きましょ、時間もないし髪も整えなきゃ」
そう言われ、俺は1階の洗面所に降りていった
「はい、出来たわよ、成実は癖毛もないし時間も掛からないから楽ね」
「母さんありがとう」
退院した時と同じ髪型だ、毎日母さんにこの髪にしてもらってるから少し気に入ってきた
「美容院に行くまでは暫くはこの髪型ね
さて、それじゃ準備も出来たし行きましょ」
俺は玄関に行くと、忘れないようにと置いておいた書類を持った
「成実は今日この靴履いてね」
俺よりも先に玄関で待っていた母さんが革靴を出している
「靴も用意してあったんだね……」
「当たり前よ、女の子の制服にはローファーじゃないとね」
俺は黒いローファーを履いて母さんと家を出た
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車に1時間位乗って俺は高校に着いた
今日は特別に車で送ってもらったけど、通学は電車を使って来なきゃいけないな
俺が通う事になる大和大学附属学院は縦浜市営地下鉄の外町台駅の近くにある
自宅に近い桜町駅から乗って、40分位で学校に着くからそう遠くはない
「さあ、成実いきましょ」
母さんは高校から届いていた書類を見ながら俺が入試の時に入っていった昇降口とは少し離れた入口に歩いていく
なんか静かだな、もう授業が始まってる時間だもんな
それにしても、入学式以外で来る事になるとは思わなかったから緊張する……
「母さん、入口あっちだけど……」
「まだ、お客さん扱いだから専用の入口から校舎に入るようにって」
母さんは書類を見ながら答えた
来客用の入口なんてあるんだな……
母さんと俺はその入口から校舎に入ると、中は広いエントランスになっていた
来客用のスリッパへ履き変え、タイルマットが敷き詰められたエントランスに上がる
「職員室は左の廊下の途中にあるわね」
エントランスを中心に左右にタイルマットが敷き詰められた廊下がある
母さんは書類を見ながら左側の廊下へ歩いてき丁度真ん中位にある職員室の前に着いた
“コンコン”
母さんは明るい茶色の木のドアを叩き、ドアを開ける
「失礼いたします、昨日娘の入学に関してご連絡致しました稲垣と申します」
中には数人の先生らしい人が見えて、その中の1人の女の先生が母さんの声に反応してこちらへ来る
「お待ちしていました、教頭から話は伺っています
どうぞこちらの部屋でお待ちになってください」
母さんと俺は、職員室にある応接室に通された
「教頭を呼んでまいりますので、お掛けになって暫くお待ちください」
茶色い高級感のあるソファーに腰掛けて暫く待つと
“コンコン”
ドアが開き、グレーの背広を着たツルツル頭の男の人が入ってきた
「お待たせしました、教頭の藤岡と申します、この度は私共学院の都合でお母様、お嬢様にわざわざ学院まで来て頂いて有り難う御座います」
教頭先生はお辞儀をして、持っていた書類をテーブルに置くと、俺と母さんの向かいのソファーに腰掛けた
俺は教頭先生を見て反射的に股を閉じる
見られない用にするのもマナーだからな……
見えない服だから大丈夫だと思うけど、用心するに越したことはない……
教頭先生を間近で見ると、ツルツルに見えた頭は剃っているみたいで短い毛があった
優しそうな顔つきで雰囲気が柔らかい感じの先生だ
「それではまず、お持ち頂いた書類を拝見しても宜しいですか?」
「はいっ…… これです……」
こう言う堅い雰囲気は苦手だな……
教頭先生が優しそうで良かった
俺は持っていた書類を教頭先生に渡す
「君が誠君だね、お母様から事前にご連絡を頂いていたのですけど、実際の誠君はとても美人ですね
書類がなければ、願書の写真と同一人物だとわからないくらいですよ」
俺が入試の時に出した願書と俺の顔を交互に見ながら教頭先生が言っている
驚いて俺の名前間違えてるよ……
でも、男だった人間が女になって目の前に現れたら誰だって驚くよな
美人ってのは余計だけど……
「あの…… “誠”ではなくて、今は成実と言います……」
「あっ!ごめんなさい!成実さんだったね!願書の名前で覚えていたからつい間違えてしまいました!」
教頭先生は笑いながら頭をポリポリ掻いている
「これで私共も確認が取れましたから、成実さんを正式に女子生徒として迎え入れる手続きを行えますよ
制服もすぐに手配致しますので、出来ましたらご自宅にご郵送致しますね
それと、成実さんは特別な事情を抱えているので入学する前までには、全教職員に成実さんの身体の事は知っていて貰うよう話をしておきますね」
「教頭先生、ご配慮ありがとうございます
成実はまだ女の子になって日が浅いもので、そうして頂くこちらとしても助かります」
迷惑をかけたのは俺なのに、気を使ってもらって恐縮してしまう……
「いえ、うちとしても女子生徒が増えるのは望ましい事ですからね」
「あらっ? そうなんですか?」
女子が欲しかったのかな?ここの学院は女子学生が少ないみたいだな
「はい、当学院は創立当初は男子校でしてね
共学の学院になって今年で10年目なんです、
しかし元々の男子高の色が今もなかなか払拭出来ないまま残っていまして……
生徒も全体の8割が男子で占めているんです世間では、いまだに創立当時のイメージを持たれているようで、なかなか女子生徒も集まらないんですよ
なので、成実さんのような貴重な女子生徒が我が学院に楽しく目標を持って通って頂ける体制があれば我が学院に対するイメージも良くなると思いまして……」
この学院はどうやら女子学生を増やしたいみたいだな
こんな俺みたいな女の子初心者でも大事な女子生徒なのか……
でも女子が元々少ないんじゃ、俺が入学したところでそんなにイメージアップにはならないんじゃないかな?
「オレ……、じゃなくて私みたいな学生も大事にしてくれるのは感謝します
でも私が入学してもイメージが上がるとは思えないんですが……」
俺の言葉を聞いて教頭先生は少し悩んでしまった
何かいけない事聞いちゃったかな……
「確かに成実さんが入学をしても全体の女子生徒の数が少ないですから大きくイメージは変わらないと思います
ただ、我が学院は来年度から女子生徒を増やす為の対策を考えているんです、それには成実さんのような可愛くて美人な生徒がどうしても必要なのですよ」
「えっ…… と…… あの…… 教頭先生?どう言う事でしょうか?」
母さんは話が良く解らないみたいで戸惑っている
俺も話は解らないけど、可愛いとか美人って言葉だけはやたらに耳についた……
「ようするに、成実さんには我が学院の顔となる生徒になって頂きたいと言う事です」
顔になってくれって……?
まったく先が読めないんだけど……
教頭先生は何を言ってるんだ?
「学院をこの先も存続する為に、女子生徒獲得は我が学院の重要な課題なんです
そこで、来年度は女子学生獲得の為に新しく専門コースを設置しようと考えていまして……」
「専門コース……ですか?」
「はい、女子学生が興味のある美容やネイル、ファッションなどのコースです
それと少し特別な事も考えていまして……」
女の子が興味がある事と俺となんの関係があるんだ?
特別な事ってのが引っ掛かるけど……
「率直に申しますと各コースを新設するに当たって成実さんには当学院をイメージさせるような、モデルとなる生徒になって頂きたいのです」
「モデルと言うのはどう言う事でしょうか?うちの成実に出来る事なのですか?」
突然の事で母さんも少しびっくりしてる
なんだか入学をする話だけの予定が、少しややこしくなってきたな……
学院の新設コースをイメージしたモデルを探してるから俺にやってくれって事か?
俺なんかより適任が他にいくらでもいると思うんだけど……
俺は普通に高校生になれればいいだけなのに……
女の子になってからやたらとみんな俺に絡んで来るよな……
「これにはどうしてもインパクトのある美人な生徒が必要でして……
残念ながら現在、当学院には適任な学生がいないのです
そこで今日成実さんを見た時、これほどの適任者はいないと思い、この場を借りてお話をしました」
「急なお話なので…… なんと返答をしていいかわかりませんが……」
母さんもいきなりの話で困っている
いきなりの提案で二つ返事でいいとは言えないよな……
それに他人が見て、俺が美人かどうかなんてわからないし、探せば他にもいい生徒さんがいるかもしれないし……
「当然我々の身勝手なお願い事ですから、断っていただいても仕方がないと思っております、断っても成実さんの学院生活にダメージを与えるような事もないです」
「それはそうですわ」
「ただ今回お話は、学院の将来の事に直結する内容なのでお引き受けして頂けた場合、成実さんやご家族にもご負担をかけてしまうかもしれません
なので、お引き受けして頂ければ、成実さんの学費の免除も考えております」
「そこまでされなくても……!それにこの事は成実本人が決める事ですから、私からはなんとも……」
突拍子もない話だけど学院側は本気のようだ……
俺にはかなり迷惑な話だけど……
母さんも話に圧倒されて言葉も出ないみたい
だ……
「すぐにとは申しませんので、学院生活に馴染んでくるまでに考えて貰えれば幸いです」
「わかりました……本人と良く話し合って考えてみるように致します
いい返事が出来るかはわかりませんが……」
「はい、わかりました、是非ご検討をお願い致します」
そう言うと、教頭先生は立ち上がり一礼をして部屋から出ていった……
「入学の話だけのつもりが、なんだか大変な話になっちゃったわね……」
「そうだね…… 俺どうしよう……」
「返答は少し先でも良いみたいだし、成実はとりあえず女の子としてまともに学院生活が過ごせるように頑張らないとね
考えるのはそれからでもいいでしょ?」
「そうだね……」
教頭先生が言ってた特別な事ってなんだったんたろう?
その言葉が頭から離れないまま、俺は母さんと学院を後にした……