第8話 【俺の名前】
やっと家に帰れるな…… もう外も暗くなっちゃったし、長いく感じる1日だったなぁ
恥ずかしい目にも合ったし、可愛いとか言われるし……
気疲れしちゃったよ……
4ヶ月も家に居なかったから、俺の部屋どうなってるかな?忠志と同じ部屋使ってるから汚くなってそうだな……
アイツ掃除しないからなぁ
そういえば、病院にもほとんど顔出さなかったから、忠志が高校合格したのかどうかも知らないや…… どうなったんだろ?
父さんも、忠志も、俺を見て何て言うのかな?
今日は、1番女の子って感じの服装だしやっぱり可愛いとか言われるんだろうか?
とりあえず心の準備だけはしとかないとな……
野比山の坂を上がり、公園のT字路を右に入ると見慣れた家が見えてきた
母さんは車を家の駐車場にバックで入れて車を停めた
「おまたせ、誠、着いたわよ」
俺は車を降りると荷物をラゲッジから取り出して玄関に向かった
まだ家に入ってないけど、妙に落ち着くな……
やっぱり家はいいな
車にロックを掛けて母さんが俺のところまで来る
「久しぶりの家ね、我が家はいいでしょ?」
「うん、そうだね」
「今日は退院祝いするからご馳走なのよ、さ、中に入りましょ」
そう言うと母さんは玄関のドアを開けた
家ってこんな匂いだったっけ?
久々に入るところって普段しない匂いするからな……
なんか安心する匂いだな……
「ただいまー」
俺の声に反応して、奥の方から歩いてくる音が聞こえた
「誠おかえり、遅かったな!」
「兄貴……? おっ…… おかえり!」
父さんはいつも通りの口調だ……
忠志はなんだかビックリしてるみたいだ、俺の変わり様を見たら当然だろうな……
「誠の眼鏡買いに行ってたら遅くなっちゃった、晩ご飯、注文しといてくれた?」
「ああ、しておいたぞ、さっき出前が届いたところだから丁度帰ってきて良かったな、誠、すっかり女らしくなったな」
「まっ…… まぁね……」
「めちゃめちゃかわいくなってるじゃん!」
「可愛い言うな!恥ずかしいんだから!」
言われると思った!構えてて良かった……
顔が赤くなるところだったよ
「色々と話もあるだろうが中に入らないか?誠も疲れただろう?」
俺は靴を脱いで家に上がってリビングに移動する
リビングには俺の退院祝いで、テーブルいっぱいのお寿司が置いてある
俺の好きなネタが沢山あるよ……
いくらにマグロ、それと納豆巻き!
忠志の好みも俺と似ているから寿司の乗った皿は半分くらい俺達の好みのネタだ
俺は洗面所で手を洗うとダイニングテーブルの椅子に座った
「あっ、誠は今日から母さんの隣の椅子ね
男女で別けて座るように父さんと決めたから」
「えっ? そうなの?」
仕方ない、母さんの横に行くか……
それにしても母さん俺が女の子になってからやたらと口うるさくなったな……
厳しくなった気がするよ……
俺が移動すると座っていた椅子には父さんが座り、隣には忠志が座った
どうやら男女で別けて座らせたかったようだ
「さて、誠も無事に退院して我が家に戻って 来た事だし、これでいつも通りの稲垣家に戻ったな
誠はこれから女の子として生きていくわけだが、困った事があったらすぐ相談するんだぞ、1人で抱え込まないように、何かあれば家族みんなで支えてやるからな
なにも心配しないでやっていきなさい
今日は、誠の新しい門出を祝してお祝いだから沢山食べてくれ」
「父さんありがとう、母さんも忠志も迷惑かけちゃってごめん、俺、早く普通の生活が馴染むように頑張るね」
「じゃ、食べようか?」
ずっと病院食だったから、今日はいっぱい食べちゃおっと!
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「あらっ?誠もう食べないの?」
「なんかお腹いっぱいになっちゃって……」
女の子になったら今までよりも食が細くなったみたいだ……
もう食べれないや……
「姉ちゃん食べないなら俺食べるよ!」
忠志のやつ、俺の寿司まで取ってバクバク食べてるし……
よくそんなに入るな……
「それにしても兄貴…… いや、もう姉ちゃんか、ほんとに変わったよな!完璧に女の子じゃん!」
「そりゃ女の子だよ!手術受けたんだから!て言うか、忠志病院で俺見て“あんまり変わらないな”って言ってたじゃん」
腹の立つ一言だったからよく覚えてる……
俺って根にもつ人間だな……
「あれは手術してすぐの時だろ?
ほんと帰ってきた時はビックリしたよ!まるで別人だしさ、しかも美人になって可愛くなってるし!」
「なっ……!?かわ…い……?おっ…… 俺が?ただしまた冗談ばっかり……!別におれ普通だから……!」
忠志のやつなんの躊躇なく可愛いとか言うから動揺して変な声出ちゃったよ……
身構えてはいたけど、不意に言われるとやっぱり恥ずかしい……
「冗談なんて言わないよ、ほんとに可愛いし眼鏡が顔に似合って、ちょっとキツそうな雰囲気だけど美人だぜ?なあ?父さん?」
「そうだな、誠は可愛いくなったよ
良いか悪いかはわからんが、雰囲気は気が強そうに見えるが美人だな
それにスタイルも良くなって男にも女にも受けはよさそうだな」
「でしょ?誠、今日だって中西先生と眼鏡屋さんのお姉さんにそう言われてたんだから」
みんなで可愛い可愛いって……
また顔が熱くなってきた……
恥ずかしくて穴があったら隠れたい気分だ……
「姉ちゃん顔が赤くなってるよ?どうした?もしかして恥ずかしがってるの?」
いちいち聞かなくてもいいし……!
絶対わかってて言ってるよ……!
「俺は女の子になって間もないから可愛いって言われる事には慣れてないの!」
「そうなの?でも早く慣れた方がいいぜ?外出たら姉ちゃん目立つし、絶対同じ事みんな言うと思うしさ」
「今日で少し分かったよ…… みんなよく見てるよな……
でも自分じゃ可愛いとか美人とかよく分からないし、またからかわれてるのかな?って思えてきて……」
いじめられてたからどうしてもそう感じてしまう……
トラウマだな……
「中学の時とは事情が違うし、からかう奴なんかいないと思うけど……
姉ちゃんもっと自信持ってもいいと思うぜ?折角の美人がネガティブじゃ勿体無いよ!
容姿が変わったんだから中身も良い方に変わるチャンスじゃん!」
「チャンスか……」
「そうだよ、女の子になってから滅茶苦茶大人っぽくなったし、可愛くなったんだから積極的に行ったら人気者になれるよ!」
俺も忠志みたいに積極的にみんなと話してみたいって思った事はあるけど……
今まで暗い人生だったし……
変われるチャンスなのか?
「そうだね…… すぐには変われないかも知れないけどチャンスだよね……!」
「姉ちゃんが上手く高校生活に馴染むように俺も今までみたいに補佐するから心配ないよ!」
忠志が補佐してくれるなら心強い!
て…… あれっ?
忠志って俺と高校一緒だったっけ?
「忠志そう言えば、高校ってどこ行くの?俺の補佐って?どういう事?」
「えっ?あぁ…… 姉ちゃんと同じところに変えたんだよ、言ってなかったっけ?」
「そうなの!?でも推薦が駄目だったから1つ下の高校行くって言ってたし……」
「一般入試でなんとか入れたんだ、どうしても姉ちゃんと同じ高校行きたくなっちゃってさ
俺的には将来も幅が拡がるところだから良かったけどね!」
「そうかぁ、忠志も頑張ってたんだね
俺も兄ちゃんとして見習わないと!」
「兄ちゃんじゃなくて、姉ちゃんだろ?」
「どっちでもいいじゃん!」
お寿司もだいぶなくなったみたいだな
話ながら忠志が大半食べてたし……
お腹いっぱいで少し眠くなってきちゃった……
「そうだ、誠!名前の事話すの忘れてたわ!」
唐突に言い出した母さん
びっくりして眠気も飛んでいってしまった
そんなに慌てて言う事なのか?
「えっ?名前?」
「そう、戸籍を女の子に変更しなきゃならないんだけど、明明後日には市役所に書類出さなきゃならないのよね
それと、高校にも変更後の書類と保険証も提出があるから、早く決めなきゃいけないんだけど、誠、名前どうする?」
「どうするって…… このままでいいんじゃないかな」
「“誠”でもいいけど、さすがにちょっと字は変えないと違和感あるわよ?」
「そうかも知れないけど……
誠って名前、父さんがつけたんだろ?そんなに簡単に変えてもいいの?」
親に貰った名前だから大事にしたい……
でも親が変えろって言うんだから変えた方がいいのかな?
「父さんも母さんも名前は変えた方が良いって意見よ
誠は目立つし、真面目だから知ってる人に会って名前聞かれた時に嫌な思いすると思って」
そう言われれば、確かに俺の事知ってる人間に会ったら嫌かな……
会う確率はもうほとんどないと思うけど、母さんの言う通り、俺って目立つ容姿だし、名前聞かれたら女の子になった事もばれちゃうよな……
嫌な噂はすぐ広まるし、それだけは避けたい……
「そうだけど…… 急に言われてもなぁ……
今まで“誠”に慣れちゃってるし……」
「姉ちゃん字だけ変えて“真琴”(まこと)でいいんじゃない?」
それは俺の頭の中に候補で浮かんできていた……
でも……
「うーん……読みが一緒だと変える意味がないような……」
「父さんな、誠か忠志が女の子として産まれた時の名前を思い出してな、“成海”(なるみ)と言う名前はどうだ?」
お茶をすすりながら言った
確かに女の子っぽい名前だな
でも字が男の子っぽいな……
「うーん、響きはいいけど字がちょっと男の子って感じだよね……」
「なら“成実”(なるみ)なら良いんじゃない?“誠”って誠実で真っ直ぐに育つようにってつけた名前だし
“誠実”の“言”を取れば漢字は女の子の字だし、元の名前に込めた思いも変わらないし良いと思うわよ?」
そんな意味があったんだ……
初めて聞いたよ……
でも思いが変わらないなら、きっとこの名前は俺に合ってるよね!
「そうだな、母さんさすがだな、いいと思うぞ」
「成実姉ちゃんか!いい響きだね!」
「俺もそれがいいかも……」
「じゃ、決まりね!明明後日はこの名前で変更届出して来るわね!」
「やっぱりすぐ決めちゃいすぎたかな……?」
「いいのよ、みんな一致したんだし…… 可愛らしい名前じゃない?」
なんだか簡単に決めちゃった気がするけど、不思議と愛着が湧くな……
同じ意味が込められた名前だからかも……
俺は少し照れながら席を立つと、母さんと一緒に夕食の片付けを始めた……