第7話『お母様』
魔界に暮らす者達の感性は人間と比べるとずれてる者も多く、イスティアの母親も例外ではない。
「まさに魔王になる為の素質を持って生まれた子ね。母さん、とても嬉しいわ」
笑顔で娘に語り掛ける彼女にイスティアは言う。
「お母様聞いて!! 私は魔王になんてちっとも興味がないの!! 私、人間界に行きたいのよ!!」
そう必死にイスティアが訴えてみたところで、やはり母親の反応も芳しくない。
「ええ、使用人達からその話は聞いているわ。またあなたがワガママを言い出したとね」
「ワガママなんかじゃない!!」
「ワガママです。ベルモア家の悲願をあなたは嫌というほど、幼い頃から聞かされていたはずよ。それなのに、手の届く位置にいながら、途中で投げ出そうなんて、許されません」
「お母様!!」
「魔王の素質を持つあなたがこのベルモアの家に生まれ、機会にも恵まれた。これはもう運命と言っていいわ」
「そんな運命嫌よ!!」
「あなたは魔王となり魔界を統べるのです。そしていつかは己より強い男と結婚し、さらに強い子を産む。それが魔界の女の幸せというものよ」
「私はそんな幸せ望んでない!! お母様だってまわりの反対を押し切って弱っちいお父様と結婚した癖に!!」
イスティアの母親もかなり破天荒な悪魔だったらしく、その武勇伝を聞かされ知っている彼女としては自分だけ悪魔らしく、魔界の者らしくと生き方を押し付けられるのは面白くない。
抗議するイスティアに母親は言う。
「それはそれ。これはこれよ」
「自分だけ勝手してずるいわ!!」
「勝手を通すには、勝手を通すだけの説得力が必要です」
「説得力?」
「ええ、そうよ。私は反対する者を力で捻じ伏せてきた。何をやるにも、この魔界では力こそが全てよ。どうしてもと言うのなら、それこそ私を倒してみせなさいイスティア」
「そ、それは……」
イスティアの美貌と強さは母親譲り。
彼女も魔界随一の美しさと強さを誇り、その力はかなりのもの。
イスティアの方に分がありはするが、その差は父親と比べものにならないほどに小さい。
父親相手のように手を抜いて勝てる相手ではなかったし、かといってイスティアが全力を出せば母親に大怪我を負わせかねない。
下手をすれば命を落とす事になるやもしれなかった。
たとえそうなったとしても、母親自身はそれほど強くなったイスティアの姿を喜んでくれるかもしれなかったが、娘であるイスティアはそんな事したくなかった。
「うぅ」
まごつく娘の様子にその気持ちを察し、母親は溜め息をつく。
「まったく、あなたのそういう甘いところだけはなかなか直りませんね。言っておきますが魔界では優しさや甘さは美徳にはなりませんよ」
「だってお母様と戦いたくなんてないもの。お母様にはずっと元気でいて欲しい……」
しょんぼりとそう口にする娘。
悪魔の母親である者とて、やはり娘に慕われる事自体は嬉しい事だった。
「まったくこの子ったら。……しょうがないわね」
イスティアの思いに彼女も態度を軟化させる。
「お母様?」
「この魔界とは違う世界に行って、その半端に温く育ってしまった性根を叩きなおすのも良いのかもしれないわね」
「……!! それじゃあ!!」
「ええ、人間界に行くのを許可しましょう。ただし、あなたが旅立ちに持っていこうとしているその荷物。勝手に持ち出そうとしているけど屋敷の物は全部あの人の物よ。父親の物に頼らないといけないような子を、人間界に送るわけいはいかないわ。それは置いていきなさい。己の力のみで人間界へと向かうのです」
「ありがとう!! お母様!! 大好き!!」
自分のワガママをなんだかんだで許してくれた母親に甘えるように抱きつくイスティア。
それを傍らで見ていた妹のルルイエも羨ましくなったらしく、二人の方へ飛び込んでくる。
「ルルも!! ルルも!! ルルもぎゅっとするの!!」
「まったく、この子達はいつまで経っても甘えん坊なんだから。いったい誰に似たのやら……。やっぱりあの人かしら?」
娘二人に抱きつかれ、その頭を優しく撫でながら彼女達の母親はつぶやいた。
これもまた美しき家族愛かな。
まぁ、娘にぶっ飛ばされたお父さんは山の向こうで埋まってますけどね。