第4話『いい考え』
「ではさっそく見事一位に輝いたイスティア嬢に、これからの抱負を語って頂きましょう」
司会の悪魔に促がされ、スポットライトを浴びるイスティアが一位になった喜びの挨拶と魔王としての抱負を聴衆に向かって語り始める。
とはいっても、それは非常に形式的で無感情なものだった。
彼女は事前に家の者達が考え用意した演説内容をそのまま口にしているだけであり、その言葉に彼女の思いは微塵も乗りはしていない。
暗記させられた義務的な挨拶。
誰が見てもイスティアに魔王としての喜びややる気がない事は明らかだった。
「なんだよ、あのてきとうな挨拶は」
「ひでぇなこりゃ。史上もっともやる気のない魔王様の誕生じゃねぇか?」
「だけどあいつはまじで強いからなぁ、しょうがねぇよ」
ざわつく聴衆席。
2位止まりとなったロラゼール派の者達にいたっては、声をどんどんと大きくし、野次を飛ばすまでになり始めていた。
「やる気がないならやめちまえ!!」
「そうだ、そうだ!!」
「こんな娘が魔王だなんて、魔界全体が舐められるわ!!」
「そうだ、そうだ!!」
「だいいちあいつは人間かぶれって噂も聞くぜ!! 魔王になるのを嫌がってるのもそのせいだって!! 人間の味方しようって奴がこの魔界の代表に相応しいはずがない!!」
『人間かぶれ』。
飛ばされてきた野次に反応し、イスティアの古い記憶がよみがえる。
彼女は思い出す、幼い頃に読んだ家の書庫に眠っていた古い本、その中に書かれていた人間界の事、それを興味深く読んでいたあの頃の事を。
人間界に興味を持ち、まわりの者達に人間達の生態についてあれやこれやと質問し、困惑させていた日々を。
そして人間界に行ってみたいと望みながらも、まだまだ力が未熟な自分には危険であると、父や母が許してはくれなかった事を。
忙しい日々に呑まれ、いつしか自然と興味を失っていた人間界。
――懐かしいな……。
浴びる罵声も気にせずイスティアがそんな事を思っていると、彼女にとって大きな転機となる発言が、聴衆席から発せられる。
それはへっぽこ魔物が何気なしに飛ばした野次だあった。
「そんなに人間が好きならてめぇなんか人間界で暮らしちまえ!!」
電流が走るような衝撃に襲われ、イスティアはハッとする。
そして彼女は聴衆の眼前から消えるように移動して、発言者であるへっぽこ魔物の前に立った。
突然目の前にやってきた次期魔王に怯えるへっぽこ魔物。
そんな震える彼にイスティアは言う。
「君!! いいね!! それ!!」
――人間界で暮らす!!
――考えてもみなかった!!
――面白そうだ!!
珍しくイスティアの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。