第2話『シスターコンプレックス』
黒き竜を倒し、魔法の力で自身の腕を治療していると。
「姉さま!! 姉さま!! 大変!! 大変よ!!」
同族の少女がひどく慌てながらイスティアのもとへと駆け寄ってきた。
「何よ、またそんなに慌てて」
「慌てもするわ!! だって大変なのですもの!!」
「わかったから、少しは落ち着きなさい、ルルー」
イスティアがそう言って少女の頭をぽんと撫でてやると、彼女は照れ臭そうに顔を少し赤らめながら頷く。
少女の名はルルイエ。
イスティアと同じくベルモアの血を引く、彼女の妹である。
ルルイエはまだ幼かった。
人間に例えれば、その外見は十にも満たぬ年に見えるほどだ。
その事をルルイエも自覚しており、そのコンプレックスが、姉であるイスティアへの強い憧れにも繋がっているようだった。
ルルイエは日頃から、この世でもっとも美しき者は姉であるイスティアだと思っていたし、この世でもっとも強き者もイスティアの他には存在しえないと信じていた。
妹に慕われるのは悪魔とて悪い気はしない。
けれども、ルルイエのイスティアに対しての過剰な心酔っぷりは、姉にとっては多少気にかかるところでもあった。
「これを見て!!」
ルルイエが茶色く丈夫な皮紙を手に、イスティアの目の前へとつきだす。
そこには赤い血文字が並んでいた。
「どれどれ」
血文字を読み上げてみるイスティア。
「『この度、魔王選抜総選挙を行う事が決まりましたのでお知らせいたします』、……何よこれ?」
「薄汚いロラゼールの奴らが、企んだのよ!!」
ライバルの一族の名を上げながら、ルルイエが悔しそうに言う。
そんな彼女からイスティアは皮紙を受け取り、文字の続きに目をさっと通す。
「なるほどねぇ、つまり人気投票で魔王を決めようってわけ」
「こんなの卑怯よ!! 軟弱よ!! 戦いじゃ姉さまに勝てないからって!!」
「まぁ、いいじゃない。グルド谷のダークドラゴンを殲滅するだけでも何年かかるやら。正直、めんどくさかったのよね。人気投票でぱっと決まるなら私も楽でいいわ」
「そんな!! このままいけば、姉さまが魔王になれたのよ!!」
「そうは言ってもねぇ……」
魔王になれた。
そう妹に言われてもイスティアにはどうもぴんとこない。
「もう!! 姉さまはいつもそう!! 姉さまが魔王になったら勇者なんてイチコロよ!! 人間界なんてあっと言う間に征服出来ちゃうのに!!」
ルルイエがそう言って膨れっ面を見せるが、イスティアの方はというと苦笑いを浮かべるだけ。
それも当然。
彼女には魔王になりたい気持ちなど、ちっともありはしなかったのだから。
彼女は周囲に期待され言われるがまま、ただ何となしに魔王にさせられそうになっているだけなのだ。
イスティアは飽いていた、この魔界での日々に。
魔王になれると言われたところで、彼女の心は踊らないのだ。




