第1話『ドラゴンを素手で屠る者』
漆黒をまとうドラゴンが咆哮し、その大きな口より黒き熱線を吐き出す。
熱線が向かう先にいた悪魔の女は背中についた羽をひらき大地を蹴り、宙へと逃げた。
誰もいない場所へと黒き熱線は直撃する。
――ドカーン。
女がもといた場所に大穴が空く。
「……いちおう警戒して避けてみたけど、この程度ならわざわざ避けなくてもよかったか」
熱線の大爆発とそれによって出来た大穴を空から眺めながら、涼しい顔で悪魔の女は言った。
そんな彼女の余裕の様子にドラゴンは腹を立て、再び熱線を放つ。
――ドカーン。
今度こそ熱線は命中。
それを見たドラゴンがざまぁみろとばかりに吼えている。
しかし……。
爆煙が晴れ、中から傷一つ付いていない悪魔の女が姿を見せると、ドラゴンの邪悪な笑みは一瞬にして消えてしまった。
彼女は片手でドラゴンの攻撃を簡単に防いでしまったのだ。
「やっぱり、たいした事ない」
熱線を受け止めた己の掌を見ながら、呑気にそう呟いた後、悪魔はドラゴンへと向かって滑空する。
そして、そのまま素手で巨大な怪物の顔面を殴りつけた。
すると、そのわずか一発だけの攻撃でドラゴンは地に倒れ伏し絶命してしまう。
暗黒竜の亡骸の傍らに立ち、彼女は独り呟く。
「準備運動もなしに、ちょっと本気出しすぎたわね」
竜を素手で殴りつけた悪魔の腕があらぬ方向へと折れ曲がっていた。
腕が折れてしまったのは、竜の堅き鱗のせいではない。
自身が秘める力のあまりの大きさに、肉体が耐え切れなかったせいである。
ドラゴンをも簡単に屠ってしまう悪魔。
彼女の名はイスティア。
連綿と続く高貴なる魔族の血『ベルモア』、その血筋において、もっとも美しく強い悪魔として、次期魔王との一族の期待を一身に負う悪魔の娘である。




