第48話 少女
男に続いて俺達は城門を通過する。
その扉の巨大さに圧倒され畏怖する様な感覚にもなっていると男が立ち止まった。
「チョットマテ」
そう言うと男は戻り再び巨大な扉を閉めた。
「ちょっとすみません」
「………………」
俺の問いかけに男は黙ってこちらを向く。
「僕もその扉を開けてみてもいいですか?」
「……………イイケド、オマエニハムリ」
無理と言われれば余計試してみたくなるのが男だ。
こうみえても能力強化が使える俺はそこそこ力には自信がある。
「ふっ!!」
観音開きの扉と扉の間に手を入れ引っ張る。
「ふーーーっ!!!」
片足を片方の扉にかけ全力で扉を引く。
引くがまったく動く気がしない。
もしかして押すの?
いや、今、男は押して閉めたから引くので合ってるはず。
「イクゾ」
「ふーーーっん!!!!!っが、はぁはぁはぁはぁ…」
「ちょっと、ジェイク!真面目にやってんの?1ミリも動いてないわよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……無理………」
まったく開く気がしない、と言うより動く気すらしない。
っ!?
もしかして1度閉めたら2度と開かないとか??
「すみませんがもう一度開けてくれませんか?」
「ナゼダ?オウニアウノジャナイノカ?」
「そうなんですけど、扉の重さを知りたかったのですが開かなかったので本当に開くのか気になっちゃって…」
「サッキアケタ」
「いや、まあ、そうなんですけど…1度閉めたら2度と開かないのかな?と思って」
「ムヤミニアケル、キケン」
確かにまた開ける意味は無いのは分かっている、分かっているがそこは男のプライドと言うか何と言うか知りたいじゃん?
「もしかして力使い果たしちゃいました?」
「………………」
「あ、ならいいです、1回扉を開け閉めしただけで力使い果たす様なら何かあったら大変ですもんね」
「………………」
やっぱ感情無いみたいだから挑発には乗らないか。
と、男が俺の方に歩いてきた。
そのまま俺の横を通り過ぎ扉に手をかける。
すると扉は再び鈍重な音と共に動き出し半分くらい開いたところで男はまた閉めた。
「コレデキハスンダカ?」
「………はい」
くそぅ、何て馬鹿力なんだ!
「ジェイクの能力強化も大したこと無いわね」
アンバーが例の八重歯を見せるいたずらな笑みを浮かべながら言う。
「くっ…!ならアンバーやってみて下さいよ」
「あら、自分が出来なかったからってレディの私に力勝負しろなんて男らしく無いんじゃない?」
「ぐぅ……」
「2人ともいい加減にしろ、先に行くぞ」
「あ、ヒル姐待ってよ!」
ヒル姐と男は歩を進めてアンバーがそれを追っかける。
しかし、あの男のんびりしてみえるがハンパねー力の持ち主だな。
ヒル姐の実家、つまり不死魔王城の回廊を歩いている。
我が家も小さいながらもなかなか立派な城だと思っていたが、やはり城とは本来こういう建造物の事を言うのだろうと改めて気付かされる。
石造りの建物で長い回廊には松明が焚いてあり50m毎には20mはある人型の石像が鉄で出来た巨大な格子状の皿の様なものを鎖で吊るしており、そこには大量の松明が焚べられてかなり明るくなっている。
長い回廊が終わると中庭に出た、そこにも真ん中に立派な石像があった。
ドラゴンと騎士が闘っている石像だ。
ドラゴンの口と騎士の剣から水が噴出しぶつかり合うモチーフになった非常に凝った噴水である。
「ヒル姐ん家はスゴいですね」
「本当、ジェイクん家も立派だけどそれを遥かに凌駕しているわ」
「いや、元々は先代不死魔王である冥王サーベラスの居城だったものだ、と言うか代々不死魔王の居城として使われている城だ」
「…………………」
「あのぉ…ヒル姐?こちらの力自慢の方は知り合いじゃないんですよね?」
「ああ、初めてみる顔だ」
「…………………」
「信用出来んのかしら」
アンバーが疑いの眼差しで見る。
「以前にも使用人というか侍女や執事みたいな方はいたのですか?」
「いや、私も父も元々の不死魔族では無いからな、不死魔族の執事や使用人は雇わず2人だけだった」
「…………………」
中庭の噴水を迂回しながら石像の反対に回ればまた重厚な木の扉があった。
俺は再チャレンジしたい気持ちもあったが大人しく男に任せた。
男が重厚に木の扉を開けると再び長い回廊だった。
しばらく歩くと何にも無い回廊の途中で男は歩を止めた。
「どうした?謁見の間や父の部屋はまだ先のはずだが?」
「………………」
聞いているのかいないのか男は返事もせず辺りを気にする様に見渡している。
俺とアンバーは事情が分からない者同士で顔を見合わせ首をかしげる。
「ドイテイロ」
男はゆっくりと右手で俺達に下がれと言う意思の動作をして見せると俺達がいた側の壁に歩み寄り壁の石を一つ押すと少し離れた場所から石と石が擦れ合う様な音が聞こえた。
「ツイテコイ」
そう言うと男は突然ダッシュした!
見かけと話し方からは想像もつかない瞬発力に俺達は一瞬呆気にとられたが直ぐに後を追った。
男が長い回廊の途中、左に曲がれる分岐点で左に曲がるので俺達も続くといきなり甲冑に身を包んだ騎士が経ち塞いでいた!
「っ!?」
咄嗟に空間から剣を出し構える!
「チガウ、コッチ」
「っ!?」
甲冑の騎士の後ろから男の声が聞こえたので覗くと男が壁に開いた穴?と言うか隠し扉を潜ろうとしている。
「ハヤクシロ、シマル」
よく見れば甲冑の騎士は台座の上に立っているただの飾りの甲冑だ。
ヒル姐、アンバーが男に続き隠し扉に入り最後に俺が入ると隠し扉を隠す様に甲冑が壁を背にする形で背中向きに移動し、それと同時に隠し扉が石造りの壁になりどこから見ても何もないただの壁へと変わった。
「ヒル姐、こんな隠し扉と隠し通路があるなんてスゴい城ですね」
「いや、私もこんな隠し扉知らなかった」
「え?ヒル姐も知らない隠し扉なの?」
扉が閉まり真っ暗になった中、そんな話をしていると灯りが灯った。
男が照明系魔法封印紙を使い照明を焚いてくれたのだ。
「コレヤル、オマエラノブン」
男は壁に掘られた棚から俺達の分の魔法封印紙を取ってくれた。
「イクゾ」
男に続いて細い通路を行く、まあ俺やアンバーは細い通路とは言ったがお子様なので支障はない。
ヒル姐も大丈夫だが男には狭すぎるみたいで壁のあちこちを擦りながら進んでいる。
いくつか階段を上がったり下がったりしながら進めばやがて灯りが見えて来た。
部屋だ。
通路の先には部屋があった。
その部屋は広さテニスコート程の広さで窓や天窓と言ったものはない密室らしい。
窓が無く完全に密室なのにまるで外にいるみたいな明るさなのは魔術のせいなのだろうか。
そして部屋の真ん中にはベッドがあり誰か寝ているみたいで、その脇には少女が立っている。
「よく来たね、いや、ここはお帰りなさいというべきかな」
少女が俺達に話しかける。
「あ、えっと…ヒル姐…?」
見ず知らずの少女に話しかけられヒル姐を見るがヒル姐も知らないみたいだ。
「っ!?父上!?」
ヒル姐が目を見開き駈け出す。
え?ヒル姐の父にして不死魔王ってあの少女!?
少女が父親なの!?
「ヒル姐ぇ!!」
アンバーがヒル姐を追う。
そこで俺も我に帰り後を追う、相手が何者でこの部屋もよく分からない中、駈け出すなんてヒル姐らしくもない。
「く…!ヒル姐待って下さい!!」
ヒル姐は俺達を待たずベッドに駆け寄る!
「父上!!!」
ヒル姐は少女では無くベッドにしがみつく。
あ、父上はそっちね、少女の訳ないか。
「父上!?父上!!ヒルディです!!只今戻りました!!」
ヒル姐は周りを警戒する事も無くベッドに横たわる男性に声をかけ続ける。
「ヒル姐!ちょっと落ち着いて!」
アンバーがヒル姐の肩を掴む。
俺は少女と男に気を払う。
「そうだよ、アンバー姉ちゃんが言う通り落ち着きなよ、それからジェイク兄ちゃんもそんなに魔力張らないで魔力を落ち着かせなよ、そう言う意味じゃみんな一旦落ち着こうじゃないか」
っ!?何で俺達の名前を知っている?
「どういう事だ?これは?何故不死魔族である我が父ビルヘルムは死んでいる!?」
ヒル姐は少女の方へ向き立ち上がり少女の両肩を鷲掴みにして少女を揺さぶる。
少女はヒル姐に揺さぶるままに揺さぶられている。
「ヤメロ」
男が一歩踏み出したその時、少女は男に手の平を見せる様にし静止しろと意思を示す。
少女は左手で静止させるポーズのまま揺さぶられ続けている。
「おい!!説明しろ!!」
「ヒル姐!!待って!!落ち着きましょう!」
俺はヒル姐の両手を押さえ少女からヒル姐を離した。
「ありがとうジェイク兄ちゃん」
少女は俺の目を真っ直ぐ見たまま礼を言った。
少女を間近で見れば尚幼く見える。
人間で言えば8〜10歳位だろうか。
人間なら、ではあるが…。
目は青く大きな瞳で吸い込まれる様な、渦巻いている様な不思議な瞳だ。
髪も青くて長い、くせっ毛なのかロングストレートと言う感じでは無く波打つ様なふわっとした感じで髪の毛に意思があり今にも動き出しそうだ。
服装はワイン色のベルベット生地で出来た襟が大きくウエスト部が締まったロングコート、同じワイン色のベルベット生地で出来たパンツにベスト、襟元の同じ生地の大きなリボンがどこか貴族の様にも見える。
背丈や顔立ちだけなら少女だけれど、何ていうか、品があると言うのか、圧があると言うのか、言い方は違えど只の少女ではない事は確かだ。
「僕の観察は済んだかい?ぼちぼち動いてもいいかい?ジェイク兄ちゃん」
「え、あ、ああ…」
「自己紹介もしてほしいけど、今はヒル姐のお父様よ、説明して」
アンバーが本題に戻す。
「ああそうだね、ビルヘルムの王様は生きている、と言うかそもそも不死魔族で死んで尚生きる者だから生きていると言う表現が適切なのか、いささか疑問だが消滅していないのだから生きているよ」
ヒル姐がほっと胸をなで下ろす。
「だからヒルディ姐さんが言った何故死んでいる?と言う質問自体おかしな質問だったんだよ、そう、既に死んでいるのだから更には死ねない、不死魔族が死ぬと言う事は消滅すると言う事さ、冷静さを取り戻した今ならヒルディ姐さんも分かるだろう?」
「あ、ああ、そうだな…先程は取り乱した…」
「し、仕方ないですよ、800年ぶりに再会したら知らない部屋に知らない人がいて死んだ様に寝てたら、そりゃ誰だって取り乱しますよ」
「ジェイク兄ちゃんのそう言う気遣いするトコ好きだよ」
「そりゃどうも…」
「じゃあヒル姐のお父様、つまりビルヘルムさんは寝ているだけなの?」
「いや、正確に言うと寝ている訳じゃないよ、再生中なんだよ」
「再生中って?どういう事です?」
「すまないが…順を追って説明してくれないか?私なら落ち着いたから頼む」
「いいよ、その前にドムリア、悪いけどまた門番頼んでいいかな」
「ワカッタ」
男の名はドムリアというらしい、ドムリアは返事をすると踵を返しまた彼には狭い通路に戻って行った。
「さて、立ち話も何だから、ジェイク兄ちゃん、椅子とテーブル、それにお茶でも出してくれないかな?」
「ちょ、さっきから引っかかってたんだけど何であんた私達の名前や増してジェイクの能力まで知っているの?」
「ん?そっちの質問に先、答えた方がいいのかい?」
「いや、確かにそれも説明して欲しいけど今はヒル姐の父上、ビルヘルムさんについて説明して下さい」
「だよね、分かった」
俺は空間から椅子にテーブル、お茶にお茶受けを出した。
皆が少女に視線を送りながらどこか警戒しながら椅子に座る中、少女は凛とした姿勢で優雅に着座した。
「ありがとうジェイク兄ちゃん、さて、じゃあ説明するよ」
「お願いします」
「順を追って説明してとは言われたけれど、結論から言っちゃうとビルヘルムの王様はうろつく者にやられたんだ」
「っ!?」
俺達3人はその名に驚き顔を見合わせた。




