第45話 光速の闘い
「と、父様…!?」
俺の前に立っているのは父親にして元魔王のルーファスだ。
「なかなかやる様になったが今回はピンチだったな」
なかなかやる様になったがって事はこれまでの闘いもみんな見ていたって事か?
いや、今はそんな事よりうろつく者だ。
「教授!!」
「ルーファス殿!!」
「アンバーにヒルディ、お前らも成長したな」
「ふふふ、これはルーファスさん、ご無沙汰しています」
「丁寧な挨拶は感心だが、お前と友達になったつもりはないが?」
「ええ、分かってます。大体にして友達だったら久しぶりに会うのにいきなり斬りつける事は無いでしょうから」
「その通りだ、ジェイクの喉を締め付ける手首をまた斬り落としてやろうかと思ったんだがな」
「ははは、また手首を斬り落とされるのは御免ですね」
「それより手首、また生えてきたみたいだな」
「ええ、完全復活までゆっくり治したかったのですが何ぶん【紅炎の焔】とか言うお子様冒険パーティーが邪魔だったので、取り急ぎですが手首、戻しました」
「ああ…だからか、元々小さかった背が更に縮んだのは」
「ははは、非道いなルーファスさん」
「まあ、お前とこんな風に会話を楽しむのもいいがお互いそうもいかないだろう」
「そうですね、個人的には予定が狂いましたが折角ルーファスさんとこうして久々に会えたのですから殺らして頂きましょうか」
「ふ、そりゃ気が合うな、俺もここでお前を殺れりゃ助かる」
「ふふふ、殺れりゃですよね?殺れりゃ」
「ちょっと、あんた、何余裕ぶってんのよ、この状況分かってんの?」
王笏を肩に担ぎアンバーがうろつく者に向かって言う。
「ああ…アンバーさん、ルーファスさんとの久々に対面にあなた方の存在を忘れかけてました、え〜と、この状況分かってんの?でしたっけ?分かってますよ、ええ、もちろん」
「分かっているならもう少し態度小さくした方がいいんじゃない?例えば命乞いするとか?」
「え!?僕が?あなた方に?命乞いを?何でです??」
「な、何でです?って…4対1よ、あんたバカ?」
「バカなのはあなた方ですよ、ねえ、ルーファスさん」
どういう事だ?
俺はルーファスを見る。
顔色は変わっていない様に見えるが何時に無く真顔だ。
「ふふふ、流石ルーファスさんはちゃんと状況を理解しているみたいですね」
うろつく者は相変わらずの爽やかな笑顔で言う。
「どういう事…?」
「いいでしょう、どうもルーファスさんは言いづらそうだから僕から説明しましょう、つまりあなた方【紅炎の焔】は足手まといなんです、闘いの頭数に入っていないのですよ」
「つまり僕達がいる事で父様は攻めに専念しきれない、僕達を護る事を意識しながら闘わざるを得ないと言う事ですね」
「流石ルーファスさんのご子息、理解が早くて助かります」
「くっ…なめられたもんだな」
ヒル姐が苦い顔で言う。
「ふふふ、こればっかりは仕方ありませんよ、いわゆる雲泥万里ってやつです」
「で?おしゃべりはいい加減満足したか?」
「ああ、ルーファスさん、お陰様で」
「なら死ね」
っ!?
ルーファスが消えた!?
と思った瞬間うろつく者も消えた!!
いや、正確には2人の残影が線になり彗星の様に尾を引いて光速移動しながら闘っている形跡は分かると言った感じか。
悔しいがこの光速バトルに割って入る力は俺達にはまだ無い。
「いつうろつく者がこちらへ攻撃をしてくるか分からないぞ!!2人とも背中合わせにお互いの背後を守れ!!」
俺達は3人背中合わせに互いの背後を守る様な陣形をとる。
流石にうろつく者もこの光速域でのルーファスとのバトルでルーファスに背を向け俺達を攻撃するのは至難だろう。
だからと言って傍観し続ける訳にもいかない。
やがて隙をついて攻撃してくるだろうしルーファスとうろつく者の体力的な差も分からない。
つまり今限られた時間でうろつく者への対策を考えなければならない。
どうする?
残影しか映らない2人の闘いに今までみたいな空間魔術で剣やら鎧やらを突如出す事もルーファスを巻き添えにする可能性が高いからリスキーだし、そもそも空間魔術で収容している物はさっき全部出したし…や、待てよ?
「父様!!」
俺はヒル姐、アンバーとの陣形から離脱しルーファスとうろつく者の光速バトルに参画する。
「っ!?ジェイク!」
「ちょ、ジェイク!」
「あはは、これはいい、ルーファスさん、ご子息のジェイクさんが助太刀してくれるみたいですよ」
「よせ!ジェイク!ルーファス殿の足枷になるだけだ!」
「何考えてんのよ、ジェイクってば!」
「父様!僕を信じて下さい!」
俺はルーファスとうろつく者の光速移動する軌道を予測し出来る限りの高速移動で先回りする。
「うぉおおおぉぉぉおおぉ!!!」
大きく上段にブレードソードを振り上げ迎撃を図る!!
「遅い」
うろつく者のその言葉が俺の耳に届くと同時にうろつく者は黄色の布に包まれている。
「なっ!?」
次に聞こえたのはうろつく者の驚く声だ。
俺の空間には確かに武器は無くなっていたが野営用のテントは残っていたのだ。
流石のうろつく者もまさかテントが現れるとは予測していなかったみたいで絡みつき目隠しされた事態に驚いている。
「っりゃあぁぁああぁ!!!」
テントに包まれもがくうろつく者に向け振りかざしたブレードソードを力任せに振り下ろす!!
「殺った!!!」
アンバーが叫ぶ。
「いえ、殺るのはこれからです」
抜け殻になったテントだけを斬り裂いた俺の背後から冷たい声がする。
俺は完全に固まる…。
読まれた?
いや確かに捉えた。
それでも逃げられた?
失敗?
防御?
逃げなきゃ
殺られる?
冷たい声を聞いた直後、コンマ何秒も無い内に止まるはずない時間が止まったかの様に感じ、それはどこか期待にも似た感覚で現実逃避したみたいに走馬灯の如く色んな考えが駆け巡る。
「そうだ、これからだ」
今度はうろつく者を空振りした俺の頭上から頼もしい声が聞こえた。
と同時に鋭い風切り音と風圧が頭上をかすめる!!
光速移動を急停止しきれず、否、せずにうろつく者の隙を逃さない事を優先したであろうルーファスが愛件紅炎龍剣を横払いに放った音と風圧だ!
「ぐっ、うおぉぉ…」
うろつく者の苦しむ様な声が聞こえるが光速移動のスピードそのままに衝突したルーファスと俺、そしてうろつく者は3人縺れ合う形で落下しているので状況を確認出来ない。
すぐに落下と衝突の勢いで地面に叩きつけられ、その痛みと土煙の中、俺は慌ててその場から離れる。
「ジェイク!!教授!!」
「ジェイク!!ルーファス!!」
アンバーとヒル姐の叫び声がデガリット山脈に響き渡り木霊する。
やがて土煙が晴れてきて見えたのは対峙するルーファスとうろつく者だった。
殺れなかった?
2人とも動かない。
よく見るとうろつく者は首を左手で押さえている。
ルーファスはと言うと、胸を押さえている。
いや、胸に刺さっている何かを掴んでいるのだ。
うろつく者は押さえている首筋から光の結晶が溢れ出している。
そしてルーファスの胸からも同じく光の結晶が溢れ出している。
「ふふふ、まさかジェイクさん如きに邪魔立てされこんな事になるとは…」
首から光の結晶を噴き出すうろつく者が目だけ俺に向け言う。
その目は悔しがるでも怒るでも無い、感情をどこかに置き忘れたみたいなガラス玉みたいな目だ。
「あ、生憎だがおまえの算段通りにはならなかった、みたい…だな…」
ルーファスのその胸にはうろつく者の手首が刺さっている。
ルーファスは自分の胸に突き刺さったうろつく者の手首を抜くと「ふんっ!!」と力を込めうろつく者の手首を握り潰した。
うろつく者の手首は光の結晶となり消えた。
「ははは、そうですね。やっぱり完全復活するまで待てば良かったです。取り敢えずその場しのぎ的に失った手首を作った分、ルーファスさんの言う通り一回り小さくなっちゃいましたからね、本来のリーチがあればその胸に突き刺すだけじゃなく突き破っていたはずなのですがね…」
「ここでたられば言って何になる?」
「あはは確かに!」
その存在が消えかかりながらもうろつく者は楽観的に言う。
「だけど得られた物は大きかったからまあ良しとします」
「何が得られたって言うのよ!?」
王笏を構えたアンバーが聞く。
「あなた如きの質問に答える義務はありませんが…そうですね、ヒントと言うか、その答はルーファスさん自身が1番分かっているはずですからルーファスさんに聞くと良いと思います」
「…………………」
ルーファスは何も言わず立っている。
いや、何も”言えず”と言った方がいいのか。
「ふふふ、ルーファスさんも大分辛そうですね。それじゃあ僕もぼちぼち失礼します」
「このまま逃がすか!!」
ヒル姐がフランベルジュをかざし間合いを詰める!
が、フランベルジュは空を切りその風圧でうろつく者と光の結晶が虚しく宙を漂う。
「あはは、すいませんヒルディさん、相手をしたいのは山々ですがまたしばらくはお相手してあげられません」
大分影が薄くなったうろつく者は続けて言う。
「次は万全の体制で来ます、ルーファスさんも万全の体制で来て下さいね」
ルーファスも万全の体制でって事はどこか具合悪かったのか?
「ふん、次は完全に消滅させてやるよ」
「あはは、それはこっちの台詞だと思いますが?」
「お前に次があれば、な」
「ふふふ、必ずありますよ、それじゃあ失礼します」
そう言うとうろつく者はフッと姿を消した。
「父様!!」
「教授!!」
「ルーファス殿!!」
3人ともルーファスの元へと駆け寄る。
うろつく者の手首が刺さっていた胸を押さえて立ち尽くすルーファス。
その傷跡からは血が流れてはおらず代わりにうろつく者同様の光の結晶が静かに溢れ出している。
「ふ、ジェイク、お前に助けられたな」
「そんな事より大丈夫なのですか?」
「教授!今、治癒魔術を…」
「アンバー、俺なら大丈夫だ」
「でも…!」
「ルーファス殿、もしや…貴方は…」
「ヒルディよ、多分お前さんが想像している通りだ、こいつらには追々説明してやっといてくれ」
「どう言う事です?父様!?」
「ジェイク、アンバー、今は詳しく説明している時間が無い。詳しくはお前らがルーベリル村に帰ってきたら話そう、じゃあな」
ルーファスは目を閉じ微笑みながら消えた。
そこには先程までの目にも止まらない闘いがあったのが嘘の様な静寂だけを残した山岳風景だけが残った。
否、斬り裂かれたテントが虚しく残っているのが嘘では無い証だろう。
それにしても闘い同様、光の速さで重大な場面に出会し去って行った気がするな。
「教授が言ってたのって…どう言う事?ヒル姐」
同じく合点がいかない様子のアンバーが口を開く。
「ん?あ、ああ、恐らくだがルーファス殿もうろつく者も実態が無いんじゃないかと思う」
「え?実態が無いってどう言う事です?」
「恐らく2人とも実態と言うか本体は別にあって魔術の結晶と言うか魔力の結晶と言うか作り上げられた像じゃないかと思うのだ」
「それってつまり今ここで闘って話をしていたのは魔術で作られた人形って事?」
「まあ、簡単に言うとそう言う事になるが意思は本人の意思を通じてただろうから人形と言うよりかは分身と言った方がしっくり来るかもしれないな」
「だから2人とも傷口から血が流れず光の結晶みたいのが溢れ出していたのですね」
「ああ、2人とも傷を負った事により形が維持出来ずに消えたと考えれば合点がいくのでは無いか?」
「なるほど、だから2人ともフッと消えたのですね」
「おそらくな、空間魔術で場所移動出来るとも聞いた事はあるが実際見た事も無いし、そもそも空間魔術自体ジェイクで初めて見たからな、いくら2人が強いとは言えそんな魔術は使えないだろう」
「そう考えればうろつく者が得た情報って言うのも、それを教授自身が分かっている事って言うのも繋がるわね」
「うろつく者が言う大きな得た物とはルーファスの本体は別にいる事を確信したと言う事ですか」
「ああ、そしてルーファス殿が言う次があったらなって言うのはお互い魔術の分身を再生するには時間が掛かる為、その間に本体を倒してしまおうと言う意味にとれる」
「それにしてもそんな分身魔術、しかも相当な強さでしたよ?そんな事って可能なんですか?」
「ん〜正直ジェイクの空間魔術同様に伝説めいた魔術だな。いずれにしても簡単に自分と同様の強さを持つ分身などどうやっても作れない、だからこそうろつく者にしても復活までかなりの時間を要しているのだろう」
「じゃあ今日のダメージは前回教授が手首斬り落としたより深手を負わせたから復活までは何十年とかかると見ていいのかしら」
「恐らくな…逆に言えばルーファス殿もそうだと言う事だがな」
「……………………」
ひとまず安心していいのか、ルーファスの事も気がかりだからどうしたものか、何とも言えない心境だ。
「ま、まあ、先ずはヒル姐をお父様の元へ送り届け安心させてあげるのとうろつく者の件を伝えましょう」
「そうね、今私達に出来る優先すべき事はそれね」
「私なら後で構わないからルーベリル村に戻ると言う選択肢もあるぞ」
「いいの!早くヒル姐をお父様に合わせてあげたいしね!」
「すまない」
「いいんですヒル姐、僕達の予定は先ずヒル姐の父上に謁見する事でしたし、獣人族に続いて不死魔族の方にもうろつく者の件を知ってもらい魔宝原石を護りましょう、恐らくうろつく者の復活には時間が掛かるでしょうし、何よりうろつく者が嫌がる選択はこちらでしょう」
「そうだな、分かった。では予定通り我が故郷に向かうとするか」
「「イエッサー!!」」
その後、俺は散らばった武器類を収容した。
ーーー
うろつく者との闘いの後ではデガリット山脈の魔物も取るに足らず大きなトラブルも無く坦々とバイクと徒歩で山道を走破し予定より1日早い9日でデガリット山脈を越える事が出来た。
山を下りると獣人族領同様に森が広がっていたが獣人族のそれとは違う雰囲気の森だった。
獣人族の森が獣なら不死魔族の森はアレだ。
俺の苦手分野のアレだ。
アレと言えばアレだ。
幽の霊のヤツだ。




