第36話 獣人族の都へ
シルヴァさんがジュリアを獣人族の王であり父であるウェルアス王の元へ行くと言って別れてから20日程が経過した。
牢屋での暮らしにも慣れ、と言うか俺達がだいぶ厚かましくなり始めは遠慮していたテーブルやら椅子やらも遂には出し、食事も旅の道中と同じく俺の空間に収容してある食事や時には食材を出し料理して食べているから牢屋から出られない不自由さこそあれ、それさえ除けば快適な生活スタイルになっている。
シルヴァさんの好意?と言うか看守たちへの根回しもあり攻撃魔術以外は許可されているから図々しいかも知れないが違反では無いので看守の人達も文句は言わない。
文句を言わないどころか見慣れない俺達の料理に興味津々で今日のランチの軍刀野猪BBQでは匂いに釣られ物欲しそうにしてからお裾分けして位だ。
言ってみれば鉄格子を挟んだのBBQパーティーみたいな感じだった。
実際5日目位から打ち解けはじめ、雑談したりお互いの種族の事や文化風習なんかも話したりしていた仲だったから端から見たら看守と囚人と言う感じはしないだろう。
これもシルヴァさんの根回しが奏功しているのだろう。
「おい!お前ら、いいニュースだぞ!」
猿の獣人族が息を切らせ走ってきた。
その手には牢屋の鍵らしきものを掲げている。
「いいニュースってもしかして!?」
「おう、ジェイク、お前さんの考えてる通りだ!」
「やったー!やっと出られるぅ!」
アンバーが両手を上げ喜んでいる。
「待ってろ、今開けてやるからな」
猿の獣人族が牢屋の鍵を開け扉を開いてくれる。
「ここから出られると言う事は我らの疑いが晴れたと言う事か?」
「それについては改めて説明したいのでわたくしとご同行願いたい」
ヒル姐の疑問に答える声があった。
その声の主は看守達の後ろから聞こえた。
看守の獣人族達が道を開ける様に振り向き俺達と対面する形になる。
「わたくしの名はアルドルフ。ウェルアス王の命を受け貴殿達をウェルアス王の待つ城へ案内する為、参った」
ジュリアやシルヴァさんと同じ様に人族の風貌に犬耳と尻尾が生えているタイプの獣人族だ。
「僕達もジュリアの父上であるウェルアス王に伝えねばならない事がありますので是非ご案内願いたいのですが、その前に先程僕達【紅炎の焔】のリーダーであるヒルディが投げた質問に答えて頂いても?」
「ええ、貴殿達への嫌疑は晴れました。そのお詫びと詳細について話がしたいとウェルアス王が申している為、城へ案内するものである」
「分かりました、では案内をお願いします」
『自分達が間違えてたクセにずいぶん偉そうじゃない?』
アンバーなりに場の空気を読んだのか小声で話しかけてきた。
『まあ、相手は王様ですから』
『ふ〜ん、そんなもんか』
アルドルフと名乗った獣人族を先頭に4人の獣人族に先導され俺達は牢屋があったこのフロアを後にする。
冒険者ギルドを出ると建物に横付けする形で馬車の様な乗り物が停まっていた。
馬車の様な乗り物と言っても引くのは馬ではなく蜥蜴の様な生き物だが。
何か前に地下迷路で闘った蜥蜴の魔物を思い出すがあの凶悪な蜥蜴に比べるとこの蜥蜴の従魔は2回りほど小さく全体的に丸い。
まあ2回りほど小さいといっても体長3mはあろうかと言う大きさだから前世から見れば充分すぎる魔物には違いない。
その従魔2匹で引く乗り物だ。
乗り物自体は屋根ドア付きの車で御者台と後部に見張り台が付いている。
「中へどうぞ」
アルドルフが扉を開き俺達は乗り込む。
次いでアルドルフだけが俺達と一緒に車に乗り込み、2人は前の御者台、2人は後ろの見張り台へと乗り馬車?蜥蜴車?は出発した。
「ここからお城まではどの位で着くのですか?」
「真っ直ぐ行けば1日かからないだろうが回り道をしながら行くので2日程かかる」
「それは城、そして城下町を外敵から守る為に尾行を防ごうと言う事か?」
「その通り」
「早くジュリアに会いたいな」
車の窓を眺めながらアンバーがつぶやく。
その後は特に会話するでもなく、物思いにふけった俺達を乗せた馬車?は闇に包まれる森の中を駆け続けた。
ーーー
途中休憩を挟みながらも丸2日経つ頃、森が拓け周りを森に囲まれる様に広がる大草原に出た。
そして大草原の真ん中にジュリアがそしてウェルアス王が待つ城が見えてきた。
城を中心に街が広がり、そして城壁が街を守る為に囲んでいる。
街の入り口である城門は立派な木と鉄で出来たいかにも強固と言った門で警備に獣人族の兵士が10人、更に門の上に5人、城壁には所々見張り塔があり外敵の侵攻に対する備えは万端と言った感じだ。
そんな強固な警備の中、俺達を乗せた馬車は城門をくぐり城下町に入る。
城下町の街並みは周りを高い壁に囲まれている以外は普通の街並みだが行き来をするのは獣人族だけと言うのが他の街と違う所か。
今まで寄った街は種族のバランスはまちまちのものの何種かの種族が往来していた。
それはヘイト種族である俺達魔族の街でもそうだった。
が、ここナランティア領の首都であろう…あれ?何て街だ?
「アルドルフさん、この街は何と言う街の名前ですか?」
「ナランティア領首都、ナランティアである」
そのままか。
ここナランティアでは獣人族しかいない。
まあ、王の迎えでも森の中をぐるぐると迂回しながら来る位だからよほど入国審査も厳しいのだろう。
門を通過し馬車に揺られる事、5分程経つと城を囲む堀に掛かる橋を渡り城に入城した。
橋を渡り城の門をくぐると中庭になっており、そこで馬車は止まり俺達は下車しそこからは歩いて城に入る事になる。
下車すると武装した兵士達が並ぶ中、アルドルフさんを先頭に俺達が続く形で歩く。
城内の長い廊下を歩き階段を何階か上りまた廊下を歩きようやく1室に案内された。
「長旅にお付き合い頂き誠に済まない。直ぐにウェルアス王の元へ案内する故、今しばらくこの部屋にてご休憩を取りながらお待ち頂きたい」
「ありがとうございます」
アルドルフさんは会釈をし部屋を後にした。
もちろん客人である俺達に見張りなどつける訳はなく部屋にいるのは俺達だけだ。
「あ〜疲れた。従魔に引かれる車に揺られる旅もそうだけど知らない人がいる密室で過ごす程疲れるものは無いわね」
「確かにそうですけどアルドルフさんの方が居心地悪かったと思いますよ」
「だがなんだかんだ言って車があると早いな」
「そうね、私達も車が欲しいわね」
「そうですね、まだ旅は続きますから僕達も考えておきましょう」
そんな会話をしていると侍女らしき獣人族の女性がお茶とお菓子を差し入れてくれた。
俺達がお茶しながら雑談する事15分位だろうか、アルドルフさんが再びやってきてウェルアス王の準備が出来たと呼びに来た。
部屋を出て再び長い廊下を歩き1つ階を上がると豪華な扉があり俺達はアルドルフさんを先頭にその扉の前に立つ。
すると両開きの扉が引かれ、室内に敷かれた赤い絨毯が俺達を招き入れるかの様な存在感を放ちその絨毯の先には階段がある。
階段の上にはウェルアス王、王の左には妃でありジュリアの母であろう獣人族の女性、そして王の右にはジュリアか着座している。
階段右下にはシルヴァさんが正装した姿で立っている。
アルドルフさんは玉座に向け一礼すると軍人風に足を揃え、左に回り歩き出し絨毯から下りる。
するといわゆる回れ右をし体を反転させると右手をお腹にあてる格好で90度近く腰を曲げ頭を下げ、左手の平を上に向け王の方へ伸ばす。
要は俺達に王の元へ行けと言う仕草だ。
雰囲気に飲まれ緊張する中、アンバーはと言うと同じく緊張している。
普段の威勢はどこ行った!と突っ込みたいがそんな場面では無い。
そんな中、流石と言うかヒル姐が歩を進める。
そりゃそうか、ヒル姐も不死魔族の王女だからこの手の雰囲気は慣れたものか。
それにヒル姐は俺達【紅炎の焔】のリーダーだからヒル姐を先頭に歩いても何ら不思議では無い。
赤い絨毯の上を進み階段の手前でヒル姐が止まり片膝をつき頭を下げる。
俺とアンバーも慌ててヒル姐の作法を見よう見まねでやる。
「【紅炎の焔】の方々よ、どうぞ顔を上げて下さい」
声の主はウェルアス王だ。
俺達は、と言うか俺とアンバーはヒル姐の動作を確認しながら顔を上げる。
顔を上げればウェルアス王、王妃、ジュリアが玉座にいる。
それは何と言うかオーラ、ぱねぇって感じだ。
ジュリアも気まずそうな嬉しそうな何とも言えない表情をしているが、ホントにあのジュリア?と思う位王族オーラがある。
どこぞの元王族の魔族とえらい差だ…
そんな王族オーラに飲まれているとウェルアス王が立ちあがった。
「この度の一件、獣人族の王として、そしてジュリアの父として心より御礼申し上げる、そして御礼申し上げると共に疑いをかけた事とそれによる非礼の数々、種を代表してお詫び申し上げる」
そう言うとウェルアス王は深々と頭を下げた。
王妃、そしてジュリアも同じ様に立席し頭を下げている。
シルヴァさんとアルドルフさんに至っては片膝つきながら頭を下げている始末だ。
いくら王女を助けたとは言え、一国の王が冒険者風情に頭を下げるなんて異例中の異例だろう。
「や、ちょ、えっと…それは…」
ヤバい雰囲気と想定外の王族の対応にやめて下さいの言い回しが分からない。
「恐れながらウェルアス王、誇り高き獣人族の王ともあろうお方が我々冒険者なぞに頭を下げられるとは恐縮至極故、お止め下さる様、お願い仕る」
流石不死魔族の王女、それそれ、それが言いたかった。
ウェルアス王はじめ王妃、ジュリアがゆっくりと顔を上げる。
シルヴァさんとアルドルフさんは片膝ついたまま頭を下げている。
「しかしながらヒルディ王女、ジェイク殿、アンバー殿、娘の命の恩人に対する非礼は心より謝罪申し上げる」
「お、恐れながながながなが…」
「ふっふっふ、ジェイク殿よ。そなた達は娘の恩人、何も畏まる事は無い普通に話して下さい」
「し、しかし…」
俺はウェルアス王、王妃、ジュリア、そしてヒル姐をチラ見する。
皆、穏やか笑顔と言うか失笑と言った表情だ。
「そ、それでは失礼して話しさせて頂きます」
「ジェイクさん、本当に普通に話して下さい。貴方達はジュリアの友人になって下さったのでしょう?だったら友達の親に対してそんなに畏まる必要は無いのですよ」
王妃までそう言ってくれるならいいのか。
「ありがとうございます。それでは普通に話させて頂きます。僕達はジュリア…王女…」
「ジュリアで構わない、ジェイク殿よ」
「えっと、それじゃあジュリアを助けたのはジュリアが王女だからとかは全然関係無しに助けたので親御さんからのお礼として有り難く頂戴します。そして僕達を疑い拘束したのは種族を守る為に警戒するのが当然だと思いますので僕達は謝罪の言葉だけで充分です。ただ拷問とかあったなら僕達も怒ったかも知れませんが、そう言った事も無かった訳ですし」
「…そう言って頂けると救われる」
ウェルアス王は安堵とも申し訳無さ気にも見える表情で口元を緩める。
「ウェルアス王、お待ち下さい」
シルヴァさんだ。
まあ、察しはつく…。




