第32話 獣人族のスペック
アンバー、ヒルディことヒル姐、ジュリア
そして俺、ジェイク。
新たに4人でパーティーを組みジュリアの故郷であるナランティアに向かう旅が始まる。
いや、正確には【紅炎の焔】+ジュリアと言った方がいいか。
ジュリアは冒険者じゃないし、故郷まで送り届ける大切な客人と言った立場だからな。
ここプラハス大陸に上陸していきなり竜人族パーティーと命懸けの闘いを繰り広げる事になるとは思わなかったが得るものはあった。
まず、竜人族との闘い方。
更に言うなら竜の鱗をも切り裂く龍斬刀もGETしたのも今後を考えると大きな収穫と言える。
それよりジュリアを助けられた事によってジュリアの無事を確保出来た事が何よりだが獣人族とのコンタクトも図らずとも叶うと言う事も大きい。
そもそも俺達が冒険する目的はヒル姐の無事を不死魔族の王であるビルヘルム・ファビウスに謁見し伝える事だが、それと同時にうろつく者が魔宝原石を狙っている事を魔宝原石を守る各種族の王もしくは賢者に伝える事もある。
今回の旅で不死魔族と獣人族にうろつく者の存在を伝えられるなら非常に意味のある旅になるだろう。
そんな事を考えながらアンバーが鉤爪豹と闘っているのを眺めている。
「ジェイクさんっ!アンバーさんを助けなくていいのですかっ!?」
「え?あ、あー…アンバーなら大丈夫です。何でも白兵戦に強くなりたいとかで今日は1人で闘うから手出しするなって意気込んでましたから」
「で、でもっ…」
「ジュリア!ジェイクの言う通り助太刀無用よ!こんな豹くらい魔術無しで余裕なんだから!」
何でも竜人族に苦戦したのが相当悔しかったみたいで体術を鍛え直すって文字通り燃えてたからな。
「アンバー!王笏で鉤爪豹の足を払った後、背中がガラ空きだぞ!」
「ぐ…。わ、分かってるわヒル姐!」
そんなやり取りをしつつアンバーは鉤爪豹を魔術無しで倒した。
鉤爪豹は単体でも危険度Bクラス、群れになればA+になるから単体でBクラスと言えどもかなりAクラスに近いBクラスだ。
「ふぅ…」
額の汗を拭いながら倒した鉤爪豹を見下ろし息を吐くアンバー。
「お疲れ様、アンバー」
「ふふん、どう?ジェイク」
「魔術無しで鉤爪豹を倒すなんて流石アンバー」
「ホントすごいですっ!!」
アンバーの鼻がピクピクしている。
俺とジュリアに褒められ嬉しいのだろう、いや、褒められるの前提にどう?って聞いたのだろうけど。
「いや、まだまだ王笏を振りかぶる時と叩いた後が隙だらけだ。それに…」
「わ、わ、分かってるわよ!ヒル姐!そ、それじゃあ次はヒル姐がやって見せてよ!」
「うむ、いいだろう」
ヒル姐が魔力感知眼で鉤爪豹3匹の群れを見つけ退治した。
「どうだ、アンバー?」
「ぐぅ…」
「ヒル姐、鉤爪豹の群れって言ったら危険度A+じゃないですか!?それをいとも簡単に」
「ジェイク、いい所に気付いたな。確かに鉤爪豹の群れは冒険者ギルドの依頼で明記される場合は危険度A+だ。だが相手の弱点さえ把握して冷静に相手の動きを読めば目安である危険度クラスはあくまで目安でしか無いと言う事だ」
「それじゃあヒル姐は鉤爪豹の弱点を知っていたの?ずるーい!」
「ズルくはないだろう。相手の特性を理解し闘うのは闘いの基本だぞ?それに我々だって冒険者クラスBとは言え油断していればCクラス、寝首を掻かれればDクラスにだって殺られるだろう、それと一緒だ」
「ぐぅ…」
「だからと言って無闇矢鱈に格上に闘いを挑むものじゃないぞアンバー」
「確かに…アンバーなら無闇矢鱈にケンカ売りかね無いですよね」
「何ですってジェイク!?」
「あわわわ、な、何でも無いです…」
「うるさい!次はジェイクが空間魔術無しで次に遭遇する魔物と闘いなさい!」
「え〜!?何で俺まで…俺は使える物は何でも使って勝ちを得るタイプなんですけど…」
「いや、ここはアンバーの言う通りだ」
「ちょ、ヒル姐まで」
「ただ歩いてたって退屈じゃない、鍛えながら旅した方が一石二鳥でいいじゃない」
「うむ、アンバー。なかなかのアイディアだ」
「ふふふふふふ」
アンバーめ、余計な事を…
「あ、あのぉ…」
「ん?どうしたジュリア?」
「あ、あの…わ、私も闘いたいです…」
「よく言ったわ!ジュリア!!ね、ヒル姐」
「大丈夫なのか?ジュリア?」
「わ、私、今まで魔物や魔獣はもとより闘いと言う事をした事無いのですが…今回皆さんに竜人族から助けて頂いて私も自分の身は自分で守れる位、いえ、誰かを助けられる強さが欲しいと思いましたっ!」
「素晴らしいわ!!ジュリア!一緒に強くなりましょう、ね、ヒル姐」
「うむ、そう言う事なら我々【紅炎の焔】も力を貸そう」
これでジュリアまで闘いの才能があったりしたら益々俺の立ち位置が怪しくなるな…
「何?何ぶつぶつ言ってんのよ!ジェイク!」
「い、いえ、何でも…」
「ジェイクは放って置いて、まずは走り込みよジュリア!さあ、ついてきなさい!」
「はいっ!アンバー姉様!!」
「っ!?」
「ど、どうかしました?アンバー姉様?」
アンバーの鼻がピクピクしている。
おおかた姉様って呼ばれて気持ちいいのだろう。
「ジュリア!このアンバー姉様についてきなさい!」
「はいっ!アンバー姉様!」
やれやれだぜ。
「どうした?ジェイク?早く行くぞ、我々も走るぞ」
「え〜?僕達も走るのですかぁ?ヒル姐…」
「当たり前だろう、置いてくぞ?」
「あ、ヒル姐。ちょ、待って」
う〜む、これから先が思いやられるな…
ーーー
プラハス大陸の港町を出立して1カ月。
嫌な予感は的中した。
あ、いや、俺のパーティー内での立ち位置を懸念した個人的予感だが。
ジュリア個人の事を考えれば喜ばしい事に違いない。
ジュリアに闘いの才能があったのだ。
元々獣人族は魔族や人族と似た体型だが身体能力が違う。
やはりいい意味で動物的な能力に長けているから運動神経も優れていれば反射神経も優れている。
武器や魔術を使わなくても危険度Cクラスなら勝てる程、急成長した。
獣人族特有の噛み付き攻撃で相手の喉笛を食いちぎれば楽勝なのにジュリアは獣感丸出しで噛み付きは嫌だとやらない。
逆に言えば噛み付き攻撃無しで、つまりスマートな闘い方で危険度Cクラスなら勝てると言う事は形振り構わず闘えば危険度Bクラスでも完全な体術だけでも勝てると言う事かも知れない。
より確実に勝てる様、武器や魔術を使えた方が良いのだろうけどジュリアの目標である誰かを助けられる強さと言う方向性を考えれば次に学ぶべき事は治癒魔術になる。
傷付いた仲間を助けられるのは勿論の事、症状にもよるが病気の治療にも役立つし、何より自分の命も救えなければ誰かを助ける事も出来ない。
とは言えジュリアの魔力、魔量ともに未知なので先ずは移動での疲労を癒してもらう事から始めた。
「いい?それじゃあ先ずは私からやってみせるからよ〜く見てて」
「はいっ!姉様っ!」
アンバーがあえて詠唱してヒル姐に初歩的治癒魔術をかける。
ヒル姐の体が淡く光り治癒された。
「と、まあこんな感じね、分かった?」
「はいっ!姉様も魔術は本当に鮮やかですっ!」
アンバーの鼻がピクつく。
「ふふふ、そうでしょうジュリア。それじゃあ次はジュリアがジェイクに初歩的治癒魔術をかけてみて。詠唱は覚えてる?」
「はいっ!大丈夫ですっ!それじゃあジェイクさん、宜しくお願いしますっ!」
「ああ、お願いします」
ジュリアが目を閉じ詠唱し初歩的治癒魔術を発動させる。
俺の体が温かくなり疲れが取れる。
「すごい!ジュリア!1発で魔術発動出来るなんて私以来の天才じゃない?」
「いえっ!私の才能より姉様の教えが素晴らしいからですっ!」
2人が手を取り喜んでいる。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、
ほめてやらねば、人は動かじ
とは山本五十六の教えだが、当然山本五十六の事は知らないアンバーが自然にやっているのだから意外とアンバーは教える事に長けているのかも知れない。
それに輪をかけてジュリアの素直さが気持ち良くアンバーの良さを引き出しているのもある。
そう言う意味では教え上手と教えられ上手の良いコンビだと思う。
「それじゃあ次は今やった初歩的治癒魔術を詠唱無しで発動出来る様に訓練しましょ」
「私に無詠唱で魔術を発動する事なんて出来るでしょうか?無詠唱で魔術を発動するなんて姉様位しか見た事無いです」
「ふふん、まあ私は天才だからね。でもジュリアもなかなかの才能を秘めてるから大丈夫!この天才魔術士アンバーが保証するわ」
「ホントですかっ!?姉様にそう言われると出来る気がしますっ!」
両手を握り両脇に引きガッツポーズの様に気合いを入れるジュリア。
「それじゃあいい?先ず今初歩的治癒魔術を発動したイメージをそのまま頭の中に描いて……」
無詠唱魔術の練習を日が暮れて夕食になるまで続ける2人を微笑ましく眺め俺とヒル姐で夕食と野営の準備をしてジュリアの魔術勉強初日は幕を閉じた。




