第26話 雨降って地固まる
港町リヨーク
魔族中心のアクリア大陸最北西端に位置する大規模な街で港町らしく種族も多様で荷揚げや露店、酒場に繁華街まで雑多な感じがする賑やかな街だ。
いつも通りまずは宿を確保してから街を探索する。
大体どの街も街の入口近くに宿屋はあるのだが、この街は海に面した場所に宿屋が集まっている。
まあ、海を渡ってくる者達にとっては海側が街の入口になる訳だが。
やはり前世同様に海には癒し効果があるのだろうか。
う〜ん、母なる海よ。
「わぁ〜〜〜!ジェイク海よ!」
海を見てはしゃぐアンバー、ふ、可愛いトコあるな。
「ん?ジェイクは海を見るのは初めてじゃないのか?」
「え?何でですか?」
「いや、確かジェイクも海を見るのは初めてかと思ったが何か海は見慣れているみたいな感じがするから…」
!?
そう言えば今世で海見るのは初めてだったか。
前世では海辺の街で育ったから海なんて見慣れてたが…
「い、いえ、海を見るのは初めてですよ…!」
「そうか、普通、魔族と言えども初めて海を見た時はアンバーみたいなリアクションが普通だが…ジェイクは落ち着いてるな」
「いやー、アンバーが先にはしゃいじゃうからハシャギそびれただけですよ…」
「そうか」
「ア、アンバー!待って〜」
俺は慌ててアンバーを追いかけるフリをしてその場を離れた。
「ジェイクゥ!こっちこっち!」
「アンバァー!」
何コレ?
楽しい!青春してるやん!
このシチュエーションはアレだな。
水をかけあうパターンだな!
俺は海に入り水を手ですくう。
「ジェイク!海から出ろ!」
へ?
とその時、指先に痛みを感じた!
「痛ってぇーー!」
慌てて海から手を出すとナマコみたいな物体が全部の指に食らいついている。
しかもスゴい勢いで血を吸っている。
血を吸われる感覚と合わせてナマコの魔物が赤くなり体が見る見る膨れていく。
「ぅっぎゃあぁぁああぁ〜〜〜!何じゃこりゃあ!?」
端から見たら両手に赤いグローブ装着してる様だろう。
「何!?ジェイク、キモっ!」
アンバー…しどい…つーか助けてよ!
「ジェイク、アンバーに王笏を出せ!」
ヒル姐の指示に従いアンバーに王笏を出す。
「アンバー、王笏の先の石に火を灯し魔物を焼け!」
「イエッサー!」
アンバーの王笏の先の石が赤くなり熱を持つ。
「ジェイクも早く海から上がれ!」
そうだ、ビックリして海に入ったままだった!
慌てて俺は海から出る。
つーか体がダルい。
何か寒くなってきたし、目の前が回る感じもする。
スゴい勢いで血を吸われるから貧血なのか?
気を抜くと倒れそうだ。
何とか海から上がり浜に座り込む。
アンバーが熱くなっている王笏を俺の指に食らいついているナマコの魔物に近づけ焼く。
ジューッとナマコの魔物は音を立て焼かれ、堪らず口を離す。
焼いて剥がすとは前世の蛭と同じだな。
尤もその吸血力は比じゃないが。
ナマコの魔物は赤い煙を上げ消滅する。
あの赤い煙は俺の血か?
そして俺の指からはまだ血が勢い良く吹き出している!
ヒル姐が治癒魔術で傷を治してくれ血は止まり貧血も治ったが危なかった。
この世界の母なる海は随分手厳しい母だぜ。
「いきなり海に入るとは思わなかったから注意しなかった私が悪かったが、やはり初めての海の様だな」
「私も実際に海見たのは初めてだけど、海に入ったら危ないコト位、常識で知ってるわよ」
この世界は海に入るって言う感覚は無いのか…。
水は透き通って綺麗だし、気候も温暖だからつい入ったけど危なかった。
「海っておっかないんですね…」
「陸上とは違う生態の魔物がいるしな」
「今更だけど、こんな海を渡って旅するって大丈夫なの?」
「ああ、船には海の魔物が嫌う効果をもたらした塗装をしてるから直接魔物が船を壊すと言う事はほとんど無い。しかも船には海の魔物に特化した冒険者パーティーが乗っているから魔物に襲われても大丈夫だ」
「そうなんですね。それじゃあ宿決めに行きますか」
俺達は船着場である港から少し外れた場所にあって砂浜と道路を挟んで海に面した宿屋【鴎の足ヒレ亭】にチェックインした。
通された部屋はオーシャンビューでなかなか居心地の良い部屋だ。
見るだけなら綺麗な海だが恐ろしい海だ。
「ヒル姐、海の魔物は海から上がってきて街を襲う事は無いのですか?」
「それは無い。奴らは陸上では数十秒しか生きられない上に動きも鈍るからな」
「それなら夜も安心して眠れるわね」
少し休憩して俺達はランチ取りながら街を散策する事にした。
宿から出ると船が港に着いたみたいで賑わっていた。
「ねえ、船を見に港に行ってみない?」
「いいですね、行ってみましょう、ね、ヒル姐」
「…うむ」
「ヒル姐?…どうかしました?」
「…いや、何でも無い」
「ヒル姐大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
ヒル姐の様子が気になるが取り敢えず港に行ってみる事にした。
港に着くと荷揚げの港湾労働者の威勢の良い掛け声が響き渡る中、次々と船から旅人達が降りてきていた。
種族は人族から始まり炭鉱族、竜人族、獣人族と降りてくる。
大体冒険者か商人といった感じだ。
「色んな種族が降りてくるわね」
「…ヒル姐、魔族は降りてきませんね」
「…うむ、魔族は最後に降りてくるだろう」
「ふ〜ん、そうですか。色んな種族が降りてくるのに魔族だけ最後に纏まって降りてくるのですか?」
「…ああ、そうだ」
「何か…変なの」
アンバーの言う通り、何か違和感感じるな。
例のヘイト関連か?
一通りの種族が降りた後、疲弊した感じの魔族達が降りてきた。
先に降りた人族パーティーが俺達に聞こえる様に言う。
「相変わらず魔族くせー街だな」
「さっさとギルド依頼こなして帰ろうぜ」
カチンときたが、次に竜人族パーティーからも似た様な声が聞こえてくる。
「初めてアクリア大陸に来たが、やはり魔族が多いな」
「当たり前だ、油断するんじゃないぞ」
「いつ魔族に後ろから襲われるか分からんからな」
炭鉱族パーティーは口には出さないが渋い顔をしている。
獣人族も警戒しているのか毛を少し逆立て周りに注意しながら鼻をきかしている様だ。
まあアクリア大陸、魔族をあからさまにヘイト発言する者、口にはしないが嫌そうな表情の者と様々だが基本的に皆、仕方無しにアクリア大陸に来たと言った様相だ。
「…何か、感じ悪いわね」
アンバーの機嫌が悪くなっているが、そりゃそうだろう。
自分達種族や生まれ育った土地を馬鹿にされれば誰だっていい気はしない。
俺だってそうだ。
「ヒル姐が浮かない表情だったのはこう言う事だったんですね」
「…ああ」
「やっぱり魔族って世間ではこう言う扱いなの?」
「…そう思ってた方がいいかもな」
「ちなみにヒル姐達不死魔族の人達も同じ様な扱いなんですか?」
「いや、我々不死魔族は死して尚生き続ける者を総じて不死魔族と呼ばれているだけで元の種族は多様だからか魔族程の扱いはされない」
「同じ様に魔族って名がつく種族でも違うのね」
「ああ、我々の不死魔族の魔族も死んで尚生きる者と言う不気味さからヘイト種族である魔族という名称が入ったと聞いた事あるが特に何か仕打ちを受けた事は無いな。まあ、私の場合は元魔族だから魔族が受ける仕打ちは分かっているがな」
「そう言えばヒル姐は元々は魔族なのに角が無いですね?」
「ああ、魔族は死ぬと角が無くなるんだ。そのおかげか不死魔族になって見た目は人族と変わらなくなるからか差別の対象にはならなくなったがな」
う〜ん、魔族だけが差別を受ける根本的要因は何なんだろう…。
ここまで魔族だけが差別を受けるには何かがあったからなんだろうけど。
「ジェイク、アンバー」
「何?ヒル姐?」
「私の為に我が父ビルヘルムに会いに行ってくれるのは嬉しいが、アクリア大陸から出れば更に嫌な思いするのは明らかだ」
「だから?」
「や、だから…お前達がこれ以上嫌な思いするのは私としても忍びないから…ここで別れよう、私なら1人で父の所まで戻れるしな」
「は?ヒル姐今更何言ってんの?」
「すまない、本当ならもっと早い段階でこうするべきだった。だが…つい…」
「つい…何です?」
「お前達と一緒に過ごす時間が楽しく…何百年とアニエスから逃げてるだけの呪縛から解放された喜びとお前達と日々過ごした楽しい時間に流され、つい別れを切り出せずここまで来てしまった…」
ヒル姐が今まで見せた事無い、何ともバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔をし顔を伏せている。
「そんな…!私達だってヒル姐と一緒にいて楽しかったし、これからだって一緒にいたいよ!ね、ジェイク?」
「ええ、そうですよ!旅は始まったばかりですし、周りの声なんか気にしてたら何も出来ないですよ!」
「ありがとう、アンバー、ジェイク。だが…ここから先は私の問題だ…」
「私の問題って…」
「ヒル姐、僕達を見損なわないで下さい!僕達なら大丈夫です」
「ジェイク、アンバー、これが今生の別れって訳じゃない。また父に会ったらルーベリル村に会いに行くと約束しよう」
「…ヒル姐」
「ジェイク…!?」
「ジェイク!」
俺は何故か苛立つ様な、いや何故かじゃないここで別れる話をされ苛立っている。その怒りの気が出ているのだろう。
「さっきからヒル姐は何を言ってるんですか?僕達はパーティーじゃないんですか?」
「ああ、パーティーだ。だからこそ…」
「だからこそ何ですか?だからこそ僕達を子供扱いして嫌な思いする事から逃げる様な生き方させるのですか?」
「ああ、お前達はまだ幼い。これから先、生きていく中で嫌な思いをする事もあるだろう。だが今そんな思いをする時じゃない。ましてや私のせいでそんな思いをするのは違う」
「…………………」
「ちょ、ジェイク、落ち着いて」
ますます苛立ってくる。分かってる、こう言う時こそ冷静にならなきゃいけないって事くらい。
「じゃあ聞きますがヒル姐はこの3年間何を見てきたんですか?僕達が何歳だったらそんな事言わないんですか?」
「何歳だったらとかって言う話じゃない、私はただお前達が好きだからお前達に…」
「違うでしょ、僕達の為じゃないでしょ、それ」
「…確かにそうかも知れないな。私がお前達に私のせいで嫌な思いをさせたくないって思いなのかも知れない…」
「だったら…!私達は平気よ!ね、ジェイク?」
「あんだぁ?クソ魔族同士揉めてんのかぁ?」
「いいぞぉ、バカ同士やり合え!」
「サカった女魔族が男取り合ってんじゃねーのか?ゲハハ」
「やれやれ、バァーカ」
「何よ、あんた達!関係ない…」
俺は苛立っているからか俺達を冷やかした4人組の人族パーティーに向い有無を言わせず間合いを詰めジャンプし2人の首に腕を絡め倒し、残りの2人には空間から出した剣を喉元に突き立てた。
「黙れ…クズ共が…」
俺の両手にも剣を出す。
「止めろ!ジェイク!」
ヒル姐が制す。
倒した2人の間に立ち出した剣を持ち倒した2人の喉元にも突き立てる。
俺は遠慮無しに殺気を放つ。
「試しに死んでみるか?」
倒され首に剣を突き付けられた人族2人は小を漏らす。
残りの2人にも剣先をプツリと少しだけ刺す。プッと血が滲む。
そのまま血が滲んだだけの2人は気絶し倒れた。
「く、く、空間、ま、ま、魔術…?」
「た、た、た、たた助けて…」
「ジェイク!!止めろと言っている!」
「…………………」
俺は全ての剣を空間にしまい消した。
「さっさとそこで気失ってる2人連れて行きなさい!」
アンバーが言う。
人族パーティーは腰を抜かしながらも逃げ去った。
「ジェイク!やり過ぎだぞ」
確かにやり過ぎた。
いくら苛立っていたからってやり過ぎだ。
「…すみません」
「ヒル姐、ジェイクは私達の為に怒ってくれたんだし…」
「分かってる、そしてジェイクらしくない行動をさせたのも私のせいだと言う事もな」
「いえ、僕が悪かったです。ヒル姐がさっき言った通り幼かったです」
「いや、それは…。私も言い過ぎた…。お前達は年齢は若いが色々経験を積んだ冒険者であり騎士だ」
「ヒル姐…」
「だが、まだ怒りに身を任せる幼い所もあったな」
「ね、やっぱりヒル姐がいてバカジェイクを抑えてくれないと私だけじゃ手を焼くわ」
「え?アンバーが言う?」
「は?どう言う意味?」
「どう言う意味って、ねえ?ヒル姐?」
「何、ヒル姐に助け求めてんのよ。大体ああ言う弱い人族相手に見境無く脅すから魔族は怖いみたいなイメージがつくんじゃないの?」
「…ぐぅ」
「だから私達、魔族パーティーだって正々堂々と闘い騎士道に恥じない行動して世間の目を変えて行くしか無いんじゃない?違う?ジェイク!」
くそぅ、返す言葉がない。悔しいがその通りだ。
いつもなら逆なのに。
「…はい、アンバーの言う通りです。僕達魔族が嫌われているのが現実ならその現実と向き合い、その原因を知り僕達魔族が少しでも住みやすい世界にしたいです、その為に嫌な思いをしたって平気です」
「…ジェイク、アンバー」
「それに嫌な事から逃げ出すのはヒル姐の騎士道に反するでしょ?」
「…分かった、それじゃあこれからも一緒にいてくれるか…?」
「こちらこそ、よね!?ジェイク!」
「はい、宜しくお願いします」
周りには当然ギャラリーがいて魔族は粗暴だと言うイメージを更に植え付けてしまったかも知れない。
ましてや空間魔術まで見られてしまった…。
「何見てんのよ!見せもんじゃないのよ!」
周りのギャラリーが慌てて目を逸らす。
「アンバー…」
このタイミングでヤンキー節出す?
「ん?何?」
「台無しだ…」
ヒル姐、よく言ってくれた。




