第1話 記憶と認識
『そして意識は無くなった。』
そう、確かに意識が無くなるを感じた。
っていう事を考えてるって事は生きてるんだよな…?
……………………。
それにしてもあの瞬間、
『あの瞬間』というより『あの時間』というべきか…。
いずれにしてもあの時、確かに体感した…。
超大型タイヤが爆ぜる瞬間、反射的に爆ぜるタイヤを見た。
タイヤが爆ぜる瞬間の時間がものすごくスローになりタイヤの裂ける様子がスーパースローカメラで撮っているが如く、まさにタイヤの構造が手に取るように分かりながら壊れていく様を見た。
そして爆ぜたタイヤの中に図鑑で見たアンドロメダ星雲の様に渦巻く光の結晶の美しさに目を奪われ見とれていると、自分の魂がその光の渦へ吸い込まれる感覚に陥ったのを覚えている。
よく事故に遭った人が事故に遭った瞬間スローに見えたって聞くけど、それか?
いや、タイヤが爆ぜる瞬間を見ただけなら、それかも知れないけど渦巻く光だの魂だのは錯乱して見た幻か夢だろう。
……………。
まあ、こんなバカげた事考えていられるって事は生きているって事だ。
生きてはいるが大きな事故だったのには違いないだろう。
まず目がよく見えない…。
まるで曇りガラス越しに見ている様に何となく物体の影らしきものが動いているのが分かる位だ。
そして耳もよく聞こえない。
何か周りで喋っているのだろうけど、フィルターが掛かっている様にボーっとした音にしか聞こえない。
口は不思議な事にこれだけ重体な状態にも関わらず酸素だか麻酔だかよく病院のドラマとかで見る管の様なものが装着されておらず自由だ。
だが装着されてないだけで言葉が発せられない。
それに………歯が全部無くなってる………。
だからか、アーとかウーとか呻き声の様な声が出せる程度だ。
手足も包帯巻かれてるとか何か点滴の様なものを刺されている訳でも無い。
これまた口と一緒で自由だ。
ただ口同様自分の思う様には動かないし感覚も鈍い。
バタバタ動かすのが精一杯ってとこだ。
これじゃあまるで赤ちゃんみたいだ…。
赤ちゃんみたい???
……………………………。
まさか、ね…。
転生…?
ハハ…。
何考えてんだ?
いくら現実逃避思考が強くてもバカげてる。
やっぱ頭にダメージくらってんな…。
…感覚鈍いけど何か今はお湯の様なもので体を拭かれている気がする。
あ〜、あったかくて気持ちいい……。
何だかいろいろ考えてたら眠くなってきた…。
とりま寝落ちするか。
ーーー
う〜ん、ハラ減った…。
どれ位寝ただろうか?
空腹で目を覚ますと首とお尻の下に手の様なものがスルリと入り俺はひょいと持ち上げられた。
持ち上げられた!?
メタボ検診には引っ掛からなかったもののメタボ予備軍アラフォー体重73kgの俺を!?
ひょいと持ち上げるって、どんな怪力なん???
て考えてたら口に何か入れられた。
!!!!!!!!
これはッ!!!
え、ちょ、えぇ!?
懐かしいというか、ここ最近だと5年振り位?
チクビ………っスか??
え!?何何??何事??
あ、あれか!口怪我して歯が無いから流動食みたいなものを哺乳瓶で飲まされてんのか!?
しかし最近の哺乳瓶はこんなリアルなん???
柔らかさといい暖かさといい、人とまったく変わらないっスよ。
…いや、人の体温にしてはちょっと低いか。
って事はやっぱ哺乳瓶か?
まあせっかく助かった命だし食べなきゃ、ね。
牛乳に似てる気もするけど何か鉄分の味が強いな、だけど何このスゴく安心する味。
そりゃあ夢中でチュウチュウ飲んじゃうって!
端から見たらまさに赤ちゃんそのものなんだろな…。
ーーーーー
意識を取り戻してから何日経ったのだろうか?
毎日食っちゃ(正確には飲んじゃ)寝、食っちゃ寝の連続だから正確な日数は分からないけど多分半年は経ってるだろう。
その半年で視力も0.3程度には見える様になった。
そして分かった事は、やっぱり俺は赤ちゃんになってた!って事だ。
赤ちゃんになった事は分かったが理解は出来ていない…。
そりゃそうでしょう!
事故に遭って気付いたら自分が赤ちゃんになってるとかって有り得ないでしょ!?
マジに転生した?????
有り得ないって!!!
実は今も意識不明の重体で夢見てる状態とか??
そっちの方がリアルだけど感触やら味覚やら臭覚やら夢の中でこんなに感じられるもの???
………………。
…いや、止めよう。
こんな自問自答何日、何回繰り返してる?
まず現実を理解するんだ。
理由はともあれ今、俺は赤ん坊だ。
自由に動けなければ言葉も喋れない。
ただ意識だけは大人のままある。
そして周りで話してる声もまだはっきり聞き取れないが日本語では無い。
俺はバイリンガルでは無いが少なくとも英語やドイツ語、フランス語と言った聞いた事のある言語でも無い。
そして日に何回か、俺が腹を空かしたのを見逃さずちゃんとオッパイをくれるのは多分この体の母親なんだろう。
それから母親の側にはいつもでは無いが父親らしき人影も感じる。
言葉は分からないが2人とも愛情を持って俺?に接してくれている。
こんなに愛情持って人に接してもらえるなんていつ以来だろう?
まあ、親が子に接する愛情表現だから友達や恋人に優しくしてもらうのとは質が違うといえばそれまでだが、とても心安らぐ安心出来る気持ちになるのは確かだ。
また両親以外にももう1人いる。
この人も俺に優しく接してくれるが、どちらかと言うと俺というより両親に尽くしている感じだ。
という事は執事といったところなのかな?
執事がいるって事は、この家は金持ちなのかな?
他にも人がいるのかも知れないけど、今のところ俺の部屋に来るのはこの3人だけだ。
何にせよ早いところ言葉が分かる様にならないと始まらないな。
ーーーーー
もうすぐここに来て1年位になるだろうか。
俺はと言えば相変わらず赤ん坊のままだ。
そりゃそうか1年位だとしてもまだ1歳だからな。
でも確か前世で兄貴んトコの赤ちゃんは1歳って言えばつかまり立ち位はしてた様な気がするけど、俺はようやく首がすわった位だ。
まあ赤ちゃんって言っても個人差があるから俺は成長が遅い方かも知れない。
ただ目だけは発達した。
1歳位の赤ちゃんの視力は分からないが俺は多分今、視力検査したら1.5はあるんじゃないかっていう位ハッキリ見えている。
そして首がすわり周りが見回せる様になって分かったがこの家は石造りで電気は通ってなく明かりはロウソクや松明だという事。
それから父親の名前はルーファスと言い、年齢は見た感じ20代半ばと言った感じで色黒だが黒人の様な黒さでは無く、緋く黒いと言った感じの肌の色で、髪が金というより銀が混じったようなシャンパンゴールドと言った色合い。
雰囲気は細マッチョとゴリマッチョの間位のスタイルで力強そうだけれども身も軽そうな感じだ。
母親はミランダと言い、こちらも20代前半から半ばと言った感じでルーファスより若干若いかな?って感じで、肌はルーファスとは逆に色白だ。前世言うなら北欧の人と言った感じの色白さで髪は綺麗な銀色だ。
雰囲気を一言で言えば、妖艶、といった感じだ。
そして2人に共通しているのは形は違えど頭から山羊の様な質感の黒い角が生えているのと瞳の色がグレーで光の加減によっては銀色にも見える色をしてるという事だ。
そう、まるでゲームかマンガにでも出てくる様な悪魔の様だ。
だがやっぱり親だからなのか不思議と怖いとかいった感情は無い。
………………。
もう受け入れよう…。
俺は異世界に転生したのだ。