第14話 ヤンデレ
その少女は15〜16歳位だろうか。
髪の色は赤だ。
赤く長い髪。
前髪パッツンで肌の色は白い。それも血管が透けて見えるんじゃないかって言う位白い。
身長は160cm位で黒と青のミニスカドレスみたいな服装で恐怖心を煽るのは両手に持って血糊?みたいなのが滴っている短刀と言うか包丁みたいな刃物だ。
目は大きくパッチリ二重で瞳の色も髪の毛と同じく赤い。
そして瞬きする事無く見開いたままだ。
ヤンデレってヤツか?
「アニエス!!」
一瞬の沈黙の後、ヒルディさんが叫ぶ。
「ヒルディちゃん、そちらの2人紹介して下さらない?」
「紹介も何も私の知り合いでは無い」
「あら、そうなの?でも今、隠れてろとか言ってなかった?
私に嘘をつくなんてまだ私の愛情を理解してくれてないのね…」
アニエスと呼ばれた少女は悲しげにうつむく。
「嘘じゃない!さっきたまたまこの小屋に入ったらこいつらがいて少し会話しただけだ。名前だって知らない!」
「そう、分かったわ。私の誤解だったのね」
アニエスはうつむいたままだが納得したみたいだ。
「じゃあ、殺していいわね!」
アニエスが急に顔をあげ俺を見た!
見るのと同時に短刀を振りかざし一瞬にして間合いを詰めてくる!
「くっ!!逃げろ!!」
ヒルディさんが俺を蹴飛ばした。
俺は横っ飛びに転がる形でアニエスの攻撃を避けられた。
その代りに俺を蹴飛ばしてくれたヒルディさんの右足からは血が流れてる。
「あら、ヒルディちゃん。知り合いでも無いのにその身を挺してまで守ってあげるの?」
そう言いながらアニエスは短刀についたヒルディさんの血を舌で舐めニヤつきながら横目でヒルディさんを見る。
「知り合いだろうと無かろうと子供相手に刃物向けるならかばって当たり前だろう!」
ヒルディさんは毅然とした態度でアニエスに言う。
その足の怪我は見る見る塞がり血も止まった。
「ヒルディちゃんのそう言うところが好きなの。
だから早いとこ邪魔者を殺してヒルディちゃんに私の凶刃を注ぎたいわ」
と言い終わるか終わらないところでアニエスの横顔に火の玉が炸裂した!
「ちょっとあんた。何このアンバー様無視して酔っ払ってんの?」
アンバーが火弾を射出したのだ。
アニエスは火弾を喰らって顔を斜めに傾げたまま立っている。
顔と髪が焼け焦げたみたいだがすぐに元通りに戻り顔をアンバーの方へ向ける。
「ごめんなさいね。別に無視してた訳じゃないの。私って楽しみは後に取っておくタイプだから、こっちの坊やの後にしてただけなんだけど。
分かったわ、あなたもヒルディちゃんみたいに私の凶刃が欲しいのね」
「いいえ、あんたには私の火魔術をあげるわ。火炎丸鋸!!」
円盤状の火の玉がアニエス目掛け射出される。
以前見た火炎丸鋸より大きく速い!
アニエスは包丁の様な短刀をアンバーが射出した火炎丸鋸に向けると剣先で円盤状に回る火の玉を受け止め、まるで花火でも見る様に回転する火の玉を眺め消し去った。
「なかなか良い愛情表現ね、じゃあお礼に次は私の凶刃を注いであげるわね!」
アニエスがアンバーに迫る!
俺は全力でダッシュしアニエスの背中を蹴飛ばす!
アニエスがアンバーに迫る軌道が変わりアニエスは前のめりになり小屋の壁をぶち破り外に弾き出された格好になった。
が、アニエスは何事も無かった様に立ち上がる。
「分かったわ。一人一人凶刃を注ぎ込んであげようと思ったけど、皆んながそんなに私の凶刃を欲しがるならまとめて凶刃たっぷり注ぎ込んであげるわ」
「くっ!!こうなったら仕方無い。闘うしか無い!」
ヒルディさんが意を決した様に言う。
「戦うしか無いって、ヒルディちゃんに何が出来るの?
あなたは私の呪いで私には攻撃出来ないでしょ。
あなたはただ私の凶刃をひたすら永遠に受け続けるだけよ、そう死ぬまでじゃない、死なないから私達の愛は永遠に続くのよ」
なんだ?こいつ。
ヒルディさんを斬り刻む事に興奮を覚えるのか?
イカれた幽霊って噂だったけど、イカれてるってレベルじゃねーぞ?
って言うか、完全にCクラスじゃないでしょ?
と言うより完全にAクラス下手したらSクラスじゃないの?
やっぱルーファスの言う大丈夫は当てにならない…。
だが今はそんな事言ってる場合じゃない。
ヒルディさんを救う為にも俺達が生き延びる為にもこいつは退治しなきゃな!!
「ヒルディさん!殺りましょう!
どうすればダメージを与えられるのですか!?」
「アニエスを殺るには普通に剣や魔術でダメージを与えてもすぐに回復して無効だ。
アニエスを止めるには彼女の心臓に刺さっている永遠の束縛を取り出し、私とアニエスの血が流されている魔法陣を治癒魔術で血を浄化するしかない、だがダメージを与えるイコール彼女を消滅させるって事だ!」
「そのお子様達に私の心臓から永遠の束縛を取り出すなんて出来るかしら?」
「悔しいけど彼女の言う事も尤もよ。逃げるなら私が盾になるから2人で全力で逃げなさい」
「ヒルディさん、誰かが彼女に引導を渡さないと…。彼女は永遠に彷徨うだけです」
「私はそんなの関係無いわ。ただあの危ない奴を殺るだけよ、逃げるなんて選択肢無いわ」
「…分かった。あなた達を巻き込む事になっちゃって本当に申し訳ない…。
その代りになるか分からないけどお詫びにアニエスを殺ったら、あなた達の言う事を何でも言う事聞くわ」
「あはははは、本当に非道い女ねヒルディちゃん。そんな幼い子供達を巻き込むなんて。
だけどあなた達安心なさい。あなた達を殺した後、あなた達の代りにヒルディちゃんには私がたっぷりと凶刃注ぎ込んどいてあげるから」
「いえ、申し訳ありませんが貴女はここで終わりにします」
「ふん、言うじゃない。子供のクセに」
アニエスの瞬きしない目の色が変わり短刀を逆手に持ち変える。
「だからぁ…。私を置いてくなって!」
アンバーが火弾を放つ!
が、アニエスは短刀で火弾を躱す。
これが口火となり闘いが始まった!
俺は低空で飛びアニエスに迫る!
アニエスは冷徹な笑みを浮かべ構えている。
アニエスは自分の間合いに俺が入った瞬間、右手に持った短刀を振りかざしてくる!
俺は向かって左上から来る短刀の軌道を見切りギリギリのところで左回転してアニエスの右外側に避けながら愛剣の木剣をアニエスの右脇下目がけ振り上げ斬り込む!
「へぇ〜」
手応えはあったがアニエスはダメージが無いのか俺の動きに感心した様な声を出しただけだ。
「っ!?」
感心しているアニエスにアンバーが放った火弾が襲いかかるが、アニエスは短刀をクロスにしてそれを防ぐ。
クロスにして火弾を躱してガラ空きになった腹部をすかさず愛剣の木剣で鳩尾目掛け突きを繰り出す。
流石にアニエスの体が、くの字に曲がる。
返す剣でアニエスのこめかみ目掛け愛剣の木剣を振る。
が、流石にこれは許してくれずアニエスはバックステップで躱す。
「へぇ〜、ただのお子様じゃないのね」
アニエスは短刀に舌舐めずりしながら上目遣いに言う。
「ところで、さっきから気になってたんだけどジェイクの剣は何なの?そんな木で出来たオモチャの剣で本気で私の心臓から永遠の束縛を取り出せると思ってるの?」
アニエスは明らかにバカにした表情で聞いてくる。
「ええ、本気で貴女を消滅させますよ」
「ふふふ、強がっちゃって。現に今の鳩尾への攻撃だって本物の剣なら私を串刺しに出来てたのに、切り傷すら与えられていないわよ」
アニエスがお腹を見せ微笑う。
「それにジェイク魔術も使えないんじゃない?
という事は身が軽いだけの坊やって事ね。これはどうやっても私に勝てないんじゃない?」
「…………………」
ヒルディさんは冷や汗をかいて悔しそうな顔をしている。
不死魔族でも冷や汗かくんだな?なんて呑気な事考えてたら俺とアニエスの間に雷が落ちた。
次々と狂った様に雷が落ちアニエスを攻撃するがアニエスはギリギリのところで躱す。
「アンバーは魔術使えるのは分かってるわよ。構って貰えないからってそんなに魔術無駄使いしなくったっていいじゃない」
「私にとっては全然無駄使いじゃないわ。まだまだ魔量はあるから心配しないで」
辺り一面雷の焼け跡で穴だらけになっている。
隙を突き俺も斬りかかるがアニエスの短刀によって攻撃は捌かれる。
流石にハワードさん謹製の愛剣の木剣とは言え、本物の刃物相手にやり合えば俺の愛剣の木剣はささくれ立ってダメージが蓄積されてくる。
このままだとやがて愛剣の木剣は折れるか割れるかしてしまう。
なんて考えてるとアニエスが短刀を両手払いに切ってくる。
ガードするがたまらず弾き飛ばされる。
弾き飛ばされ着地すると同時に地を蹴り低空でアニエス目掛け戻る様に飛ぶ。
アニエスも冷静に俺を見て、引きつけ今度は左手の短刀で攻撃してくる。
先程同様に間合いに入ったところでアニエスの外側に回り込む様に半回転しアニエスの肩口目掛け愛剣の木剣を振る。
アニエスが待ってましたとばかりに右回転しながら愛剣の木剣を躱し、回転した勢いそのままに逆手に持っていた右手の短刀を振り回し俺を斬りに来る。
何とか愛剣の木剣を盾にして躱すが空中でバランスを崩した俺は又もや弾き飛ばされる。
地面に叩きつけられ転がり近くの木の幹にぶつかりようやく止まる。
「ジェイク!!」
アンバーが心配しながら駆け寄ってくる。
愛剣の木剣を見れば先程の受けた箇所が衝撃で割れ、長さが半分くらいになっている。
「ふふふ、魔術も使えない、おもちゃの剣も折れた。さぁ次はどうする?」
アニエスは俺の愛剣の木剣を折ったのが楽しいと言うよりこれから切り刻んでやるのが楽しみと言わんばかりに三日月を逆にした様に目を細め微笑う。
「ジェイク!これを!!」
その声に振り向くとヒルディさんが自分の剣を俺に投げてきた!
が、激しい雷鳴と共にヒルディさんの剣が地面に叩きつけられ、と言うより地面深くめり込み煙を上げている。
「ふふふ、私もジェイクと一緒で魔術が使えないと思った?
残念ながら私はそこのアンバーより遥かに高度な魔術使えるのよ。
ただ魔術なんかで貴方達に凶刃注ぎ込んでもつまらないでしょ、やっぱり肉を切り刻む感触を味あわないと、ね」
「くっ!!」
「ふふふ、ヒルディちゃん。いい表情だわ。たまらない…早くこの手で凶刃注ぎ込みたいわ」
「アンバー。俺がヤツに向かって行ったら俺目掛け思いっきり旋風白刃を打ってくれ」
「え!?ちょ、ジェイク!?」
アンバーの返事を待たず俺はアニエス目掛け低空で間合いを詰める。
「ふ、貴方もバカのひとつ覚えというか、学習しないわね。それが通用したのは始めだけでしょ」
そう言うとアニエスは地面を俺に向け蹴り小石混じりの砂を目潰し代りし、アニエス自身も俺に向かって飛び計算以上のタイミングで逆に間合いを詰めてきた!
俺は砂を食らい、目を覆う形でツンのめる様に手を付き前転した!
「さよなら坊や、楽しかったわ。貴方の亡骸も放置しといてあげるからゾンビにでもなるといいんじゃない?」
アニエスは狂気の笑顔で逆手に持った短刀を両手揃えて飛び掛かる様に振りかざしてきた!
「っ!?」
俺は前転した様に見せた回転で足から着地し上へ飛び上がりそのままアニエスを下に見る形で月面返りでアニエスを飛び越える。
アニエスは驚いた様に顔を上げ、自分の真上を舞う俺を見上るにし俺と目が会う。
次の瞬間、アニエスの表情が強張る!
俺を追う様に放たれた旋風白刃がガラ空きになったアニエスの胸元に命中したのだ!
アニエスが自分の胸元を見る。
「この程度の傷で心臓まで達すると思う?」
「いえ、思いません」
そう答えると同時に自分の胸元を見て丸まっているアニエスの背中に折れて逆に鋭利になった愛剣の木剣を突き刺した!
「ぎゃあぁぁぁあああ!!!」
アニエスが堪らず悲鳴をあげる。
着地と同時に回し蹴りをアニエスの背中に突き刺さった愛剣の木剣の柄に思いっきり蹴り込む!!
「があぁぁああぁぁあぁああぁぁあ!!!!」
アニエスが膝を付く。
同時にアニエスの胸から金属製のナイフの様な短剣が落ちた。
アニエスが朦朧としながらもナイフを拾おうとする。
俺はその横からスッとナイフを拾い上げる。
アニエスがそのまま横向きに倒れ血が噴き出す胸を抑え這いつくばって来るが、その手に力は無い。
目は相変わらず瞬きをしないがその目からは血の涙が流れ、口からも血が溢れている。
「アンバー!」
俺はアンバーの足元にその短剣、つまり永遠の束縛を投げる。
アンバーは恐る恐ると言った感じに永遠の束縛を拾い上げ治癒魔術をかける。
「ぎゃあぁあああぁあああぁ、ぐ、ぐぅおぉおおぉぉぅう」
永遠の束縛から血が消えるとアニエスの体から黒い煙が噴き出す。
やがてアニエス自身が黒い煙となり消滅した…。
跡には折れた愛剣の木剣が残った。
俺達は勝ったのだ。
勝ったが何故か虚しくも感じる…。
「ジェイク…!」
アンバーが駆け寄ってくる。
ふっ、なんだかんだ言ってアンバーも女の子らしいとこあるな。
見た目はアンバーより年下だが中身はおっさんだ。
いいだろう、アンバーよ。
心配かけたな、さあまだ小さいがこの胸に飛び込んでこい。
次の瞬間、俺は空を見ていた。
…………何が起きた?
まず冷静に状況確認だ。
顎が痛い。
倒れた俺の足元にはアンバーが仁王立ちで立っている、
うん、俺はアンバーにアッパーを喰らったのだ。
?????何故?
「ジェイク!あんた闘いの最中、偉そうに上から目線で私に指図したわね」
………ああ、そういう事?
「いや、アンバー。違うんです。
闘いの最中だったんで的確に素早く指示しないといけなかったので…」
…あれ?俺、起き上がり片膝つく格好で説明してたよな?
何で地面に頬つける格好で横たわってんだ?
………ああ、そういう事?
アンバーに回し蹴り喰らって横倒しに倒れたのか?
「あんたに偉そうに指示されなくったって分かってたんだからね!
ホントだかんね!」
「ああ…はい」
「大丈夫か?ジェイク?」
ヒルディさんが手を差しのばして引き起こしてくれる。
「だ、大丈夫です。ヒルディさん」
「ヒルディさん、ジェイクを甘やかさないで下さい。
それ位大丈夫よね?ジェイク?」
「ええ、大丈夫ッス」
「ま、まあ、何はともあれまずはお礼を言わせてくれ。
アンバー、ジェイク、本当にありがとう」
ヒルディさんは直角に腰を曲げ深々と頭を下げる。
「ヒルディさん、気にしないで下さい。このアンバーとジェイクに掛かればあれ位軽い運動ですから」
アンバー…よく言うよ。
「どうしたの?ジェイク、まさかあれ位でへばったの?!」
「…いいえ、大丈夫ッス。それより今さらですけどヒルディさん、アニエスに呪われてたけど、呪いの主であるアニエスが消滅してヒルディさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、アニエスの呪いは私がアニエスに攻撃が出来ないっていう呪いだから私は大丈夫だ。
流石に普通の魔族には戻れないで不死魔族のままではあるがな」
「そうですか、まあ良かった?でいいんですかね…?」
「ああ、助かった。
それから約束通り、私に出来る事は何でもする。
遠慮なく何でも言ってくれ」
「そんな、ヒルディさん、さっきも言ったけど私達にとってはあれ位どうって事ないから気にしないで下さい。ね、ジェイク?」
「いや、アンバー。ヒルディさんには約束通り言う事を聞いてもらう」




