07 ヴェテラン
狂人ならではの度外れた体力と、亡者のものと思われる強力無比な電念波は私達を追い詰めた。
ゲームの規約上、物理的な手段での暴力は禁じられている。当然のことだ、それは現実の法に背く行為だからだ。
だが気違いに何とやらで、斥候役だった男は唸り声を上げて暴力をふるい、同時にゲーム内の攻撃手段を使って私たちを足止めしてきた。
逃げた私達は、しかし攻性の電念波によって視聴覚に異常が生じ、身動きや通信すらままならなくなっていた。
一刻も早くゲームを解除いなければいけないのに、それも許されない。
誰かが突き飛ばされ、馬乗りになって顔面を殴りつけられた。私も後ろから肩を掴まれ、皮膚がちぎられるかと思うほどの強靭な握力からかろうじて逃れた。
それから……どうなったかはよく覚えていない。
ほとんど不眠不休で逃げまわり、気がつけば暑苦しい往来の只中にいた。
さらにそれから……果物泥棒扱いされて、浮浪者さながらに資材置き場に倒れこんでいたというわけだ。
もうどうでもいい。
私は心底うんざりとし、『インソムニア』もARもしばらく見たくはなかった。
家に帰ろう。
あの……共同住宅の白く清潔な壁に囲まれていれば、少なくとも安全なはずだ。また元の倦んだ生活に戻ろうとも構わない。恐ろしい目に遭う位なら、安全な方がいい。
ひどくやつれた姿のまま、すっかり夕暮れ時となった下層民地区を、足をひきずるようにして私は家路についた。
左手はもう一度きちんと診てもらう必要があるだろう。包帯に、赤黄色い体液が滲んでいた。
*
「……だから言ったはずだろう、Tくん」
管理者は私の顔を見るなり険しい表情で私を諌めた。
「君はまだ十分な状態ではないのだ。勝手に抜けだして騒ぎを起こすようなら、私達もそれなりに対処をしなければいけないんだ」
わかっているかね、と上級管理者は口元を引き結んだ。
なにか嫌な感じだった。私の行動は私の責任であり、心配してくれるのはありがたいことだが押し付けがましく言われるのはやや心外であった。
しかし管理者が私達のような単身での生活に難のある市民を集めて衣食の手当をしてくれることは事実であり、恩義も感じている。無碍にはできず、私は首を竦めるようにしてハイ、スミマセンと答えた。
「ああ、これはひどいな。傷口が開いてしまっている」
管理者は厚ぼったい手で私の左手を持ち上げ、傷痕を診てくれた。
共同住宅に交代で詰めている世話役の婦人管理者が消毒液やら何やらを持ってきて、私の左手の甲からほとんど手のひらまで届きそうな傷を洗い、縫合のやり直しをしてくれた。
どうも治りが遅いですね、と私は率直に管理者に尋ねた。埋込処置を行ってくれたのは管理者だが、あれからそれなりの日にちが経っている。現代の電脳医科学において、傷痕が残るほどに大げさな術式ではないはずだ。いくら私に専門知識がないとはいえ、そのくらいのことは知っている。
「私が? いや……そうだな。ちょっとその時のことを詳しく聞かせてくれるかね」
管理者は寝耳に水だとでも言わんばかりの表情を浮かべ、それから古式な物理的クリップボードと鉛筆をもって椅子にかけ直した。
いまさらなぜそんなことを、と思ったが――私はどうも自分の不快感よりも相手の機嫌を損ねることの方を嫌う性質のようで、初めから事細かに話をした。
左手の痛みは……。
左手?
私の左手はなぜこんなに腫れているのだ?