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 ――――夢を見ていたのか?






 私の知る限りという意味においてだが――全感覚没入型仮想現実大規模同時接続ゲーム、いわゆるVRMMOは開発立ち上げ当初の期待に反して大きな流行を見せることなく、商業的な運用はうやむやのまま縮小し、あるいは途絶えていった。


 装着式補助電脳ウェアラブル・コンピュータの実用化がVRMMOの未来に先鞭をつけた形になるのだが、肝心の全感覚没入に関する敷居が想定よりも高く、その点を解消できなかったことが妨げになったと聞く。


 つまり、脳髄の仕組みに対して装着式では十全な接続、十全な感覚没入まで至らず、仮想現実と実在現実との間に空白が生じてしまうのだ。


 汚い話で申し訳ないが、長期間の感覚没入時には便意を催すことはご理解いただけると思う。

 

 その際に、たとえば完全没入型であれば、襁褓むつきをあてがうなり衛生管理者――人でなくとも構わないが――を雇用することで問題はおおむね解決する。無論、何も起こらないわけではないだろうが、少なく抑えられる。


 では不完全な没入、かつ長期間の接続があればどうなるかというと――ご想像いただきたい。便意はあるが、意識は仮想現実になかばあり、生理感覚はなかば実在する現実にある。


 肉体と精神が相互に半々に分かれてしまい、垂れ流しの上に、同時接続している戦友たちの手前抜けるに抜けられなくなる――そんな事例が多発するとすれば、流行の陰りはやむ無しといったところであろう。


 ただ、このような問題は仮想現実技術の発展を俟たずして起こっていたことだと聞き及んでいる。つまり旧来式の同時接続ゲームにおいてすでに存在していた問題がより深刻化したということだ。


 こうした不衛生の側面もあって大衆を熱狂させるほどには至らなかったようである。


 加えてもうひとつ、感覚没入型のゲームは実在現実との接点を失わせがちで、労働や教育に当てられるべき時間が無為に――本人たちはそれを否定するにしても――消費され、国民の義務、国家の有りように影響が出ることを懸念した政府により、一番の勘所である「現実を超えた体験」に一定の基準と制限が設けられたことも理由といえる。


 皮肉にも、市場縮小の末に参加者として最後まで残ったのは、ベッドに横たわる病人や老人であった。


 新しい大衆的遊興という当初の理念からは外れるものの、介護や恢復の助けとする方向での需要を満たすこととなった。


 問題の根本的な部分は、私が思うにウェアラブル・コンピュータの発展そのものが完成形の青写真を描けぬまま世に出されてしまい、感覚没入型の流行はその余波を受けたため広く受け容れられなかったのではないか。


 すなわちVRMMOという概念そのものではなく、いまだ真相を究明されていない脳髄の働きに対して、ウェアラブル・コンピュータという筋道は適していなかった、と。


 私自身も、高度な装置を日夜を問わずに身体に密着させ、あるいは接続して過ごさねばならないというのはいささか抵抗があった。


 つまらない話だが、身に付けるという行為そのものが問題なのではなく、比喩でなく日々汗水を流す私のような小市民にとって、精密な電子機器を身にまとうことは現実的に不都合が多いと感じたからだ。


 そうこうしている内に、時代はくるりと一巡し――近頃は時の経つのが早くて難儀する――またぞろ新しい技術が世界に喧伝されるようになった。


 身体埋込型補助電脳インプランタブル・コンピュータというものが、ウェアラブル・コンピュータの世界的な人気終息を俟たずして新たな流行の兆しを見せ始めた。


 それは体の表面や体内に極小の電脳素子を埋め込み、それを介して電子情報に接続するという技術であった。


 これはウェアラブル・コンピュータよりはよほど革命的な技術であった。


 あの眼鏡のような味気のない機器を介さずとも、直截的に電波とやりとりし、また肉眼で見る視界の中にも情報が多重写しに表示される――卑近な例で言えば、周辺の地図を見たり、たまたま見かけた食堂の評判や値段を考えるだけで確認することができるというわけだ。


 この技術は、先進科学によりさらに解明の進んだ脳髄の仕組みに対してより高い親和性を持ち、また装着式よりもはるかに安価であるため、大いに世の人々に受け容れられることとなった。


 かく言う私も、ついに決心をして、先日補助電脳を体に取り入れることを決心した。


 お恥ずかしいことだが、そのきっかけは埋込式を入れた者だけが参加することのできる『仮想的かつ現実的な』ゲームに強い興味をいだいたからである。


 若者たちの間で特に流行と聞く遊びに、私のような年嵩のものが参加するというのも中々に抵抗のあるものだが、かといってそんなものに興味が無い、とそっぽを向くのもつまらぬ人生だと思う。


 精々楽しく生きるべきなのだ――私は数年前にとある事故に巻き込まれ、しばらくは体を動かすにも難儀していた時期もあった。


 現在は日常生活にこそ問題はないものの、社会に参画して労働に従事するには不自由し、以来無為徒食の暮らしを余儀なくされている。


 かかりつけの医師とも相談し、体を動かす調度良い機会であるとお墨付きを貰い、その足で埋め込みを行い、大いに流行しているというその遊びに参加を試みた。


 それは仮想現実に全感覚没入するのとは逆に、現実に「仮想世界の遊び」を持ち込むというものであった。


 拡張現実型大規模同時接続ゲーム、世に言うARMMOである。



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