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【R.p.g】  作者: 浅地 逸葉
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老獪《イゼ》

挿絵(By みてみん)

 ろう‐かい 〔ラウクワイ〕 【老×獪】

[名・形動]いろいろ経験を積んでいて、悪賢いこと。また、そのさま。老猾(ろうかつ)





「さぁ、話をしようじゃないか。

イイ大人が何をそんなに怯えているのかね?ワタシの顔を見るなり、まるで『幽霊』でも見たような驚き様だね。

全く失礼なヤツだ。

あーあー、小便まで漏らしてまぁ!

みっともないなぁ、あーあー!


ほら、先ずは落ち着いて、ちゃんと椅子に座りたまえよ。

ココはキミの店だ、言わばキミの城みたいなものだろ。

城主たる者、ドッシリ構えていないと!

それに客人には礼節を以って対応しなきゃ……。しっかりしろよ、商売人だろ?キミは。


え?「何で生きているのか」って?

「ちゃんと殺した筈なのに」って?


ああ!確かにワタシは死んだ!

まんまとキミにはしてやられたよ!まさかキミみたいな小心者が、紅茶に毒を盛るなんて考えもしなかった!


あれはトリカブト(スルク)毒かな?紅茶を飲んで二時間弱で呼吸困難、嘔吐……最期は心の臓がやられて天に召されたワケだけど、あの世があまりにも居心地が悪かったもんだから飛んで帰ってきたんだ!あははは!


……冗談はさて置き、前にも言っただろ?ワタシは死ねないんだよ。

首を括ろうが、頭を吹き飛ばそうが、飛び降りようが、全身を潰そうが、溺れようが、燃やそうが、切り刻もうが、猛毒を(あお)ろうが。

数時間後には『すっかり元通り』だ。


ワタシも自分の身体の仕組みに興味があるが、知り合いの『技術屋(ひみず)』から言わせれば現代の科学じゃあワタシを解き明かす事が出来ないんだってさ。

困ったよねぇ、何の為の『技術屋』なのかって話だよ、全く。


じゃあ楽しい雑談はこれ位にして、本題に入ろうか。


キミ、ワタシが買った古書を横流ししたね?


酷いじゃないか。あの本、状態も良かったし、読むのも楽しみにしていたんだよ?

まぁ察するに、ワタシが提示した金額よりもイイ値で買い取るとか何とか持ちかけてきた奴がいたんだろう?


「リペアするから渡すのを後日にしたい」なんて言い出したから、疑問に思ったんだよなぁ、あの時。

ガサツな仕事しかしないキミが、古書のリペアなんてする筈が無いしね。

キミとは長い付き合いだから分かるんだ。


で、出された紅茶を飲んでみたらコロリ、気が付いたら土の中だもの!通りかかった野良犬が掘り返してくれてね、助かったよ!野良犬様々だ!


キミはワタシから有金をふんだくり、別の依頼主からも古書の代金を受け取り……随分と儲かっただろう?

噂はかねがね聞いていたんだ、キミ、博打で下手打って相当金に困ってるってさ」


 見目十三〜十四歳程の少女は機関銃(マシンガン)の様に口早で言葉を羅列し、隙の無い美しさでニコリと笑うと、草臥(くたび)れた机に水筒を一つ置いた。


「キミは博打をしてはいけない人間なんだよ、ケントー。現に今(・・・)、『大きな博打』に失敗しているだろう?」


 古びた地球儀や積み上げられた古書…所狭しと乱雑に並べられた大小様々な黒い骨董品(ガラクタ)の中、ボロ椅子に深々と座り、悠然たる面持ちで男を眺める少女の姿は、崩れる事のない真白の笑みを湛えた精巧な陶磁器人形(ビスク・ドール)の様に、無機質でいて眩しい。


 その優美な様を、この骨董品屋の店主…ケントーは腰を抜かしたまま、茫然(ぼうぜん)と凝視するしかなかった。

余りの恐怖に声も出ない。

出てくるのは汗、涙、鼻水、涎、小便だけだ。


 少女は白銀色プラチナの髪をさらりとかき上げると、宝石の様に爛々と輝く碧い目を細め、低く囁いた。


「自分の身の程を弁えず、レートの高い賭けに手を出して負けたらどうなる?ええ?ケントー。答えは簡単だ、素寒貧(スカンピン)になる……そうだろ?」


「イ、イゼ!ままま、待ってくれ!」


 縺れる舌でやっとの事少女の名を呼ぶ。

鈍いアタマのケントーでも、自分がこれから一体どうなってしまうのか大凡(おおよそ)見当がついた。


『殺される』。

『このオンナに殺される』。


 少しでも自分の生を延命させる為には、目の前の『不気味な程全てが整った少女』の御機嫌をとらねばならない。


「お、オレが悪かったよ!魔が差したんだ!すまなかった!アンタの本は何とか買い戻す!金だってきちんと返すよぉ!だから、だから、な?頼むよぉ!殺さないで!殺さないで下さいぃ!」


 跪き、泣き叫び、頭を垂れながら、自分に向かって組んだ両手を祈る様に突き出すケントーを、少女(イゼ)は白い表情を崩さないままただそれを見つめる。


 暫くそうしていたが、飽いてしまったのか視線を水筒へと移し、細い指でその蓋を取ると、そこへゆっくりと円筒の中身を注いでいく。


 そうして少女は、有無を言わさぬ声色で、「飲め」と言った。


 ケントーが恐る恐る顔を上げると、眼前に水筒の蓋が突き出されていた。鼻腔を擽る、薄荷脳(メントール)の匂い。蓋の中で揺れる透明な山吹色の液体は、蝋燭の淡い灯りに照らされて、てらてらと小さく波打っていた。


「飲めよ。キミの為に作った特製香草茶(ハーブティー)だ」


「!!」


 瞬間、脳裏に浮かんだのは、以前自分が紅茶に混ぜたスルクの粉、そして、さらさらと紅い液体に溶けていくそれを、含み笑いを浮かべながら眺める自分の姿。

ケントーは反射的にへたり込んだまま後退りし、震えながら少女の顔を見た。


 試す様な、嘲笑う様な、皮肉る様な、ぎちりと剥き出された歯。

イゼは心の底から嗤っていた。

今まで正しく整っていた『美少女』の(かお)に、初めて歪んだ影が生じる。


 それはまさしく悪鬼そのものの醜笑。


「……聞こえなかったのか?飲めよ、ケントー。これはお前の大好きな『賭け』だぞ?何を賭けるかは言わなくとも分かるな」


「の、飲めないっ!飲めないよ、イゼ!だって、その中には……」


 『毒が入っている』、そう言いかけた刹那、喉元にヒンヤリとした鋭利な感触を覚えた。

 刃渡り40cm程の山刀マチェットの刃先が、ケントーの首の皮を柔らかく撫でていた。撫でられたそこからは、薄く赤い線が滲む。目にも留まらぬ速さで少女の腰から抜刀されたそれに、恐怖と驚愕が入り混じった間抜けな声が漏れる。


「この賭け(ゲーム)のルール説明がまだだったね。ルールも至って簡単、『飲まなければ殺す』。さぁどうするんだケントー、飲むのか?死ぬのか?」


「い、イゼ……たす、助けて……お願い、します…」


「21g(グラム)しかないキミの(いのち)よりも、本のがずっと重く価値がある。そうだろう?」


 鮮やかな薄紅の唇に蠱惑的な微笑を湛えると、彼女はそう優しく吐き捨てた。


 長い睫毛の下に隠れた碧眼は、鋭い光を煌々と宿しながら、男の『薄っぺらくも軽い生』を見据えていた。

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