9、ただいま
コンサート開始から暫くして、会場のボルテージは、なかなかにいい感じになってる。
ファンの子たちの表情も、サイコー!!って感じ。
でもまだ、最高潮にはさせてあげない。
それをするには、役者が一人足りない。
俺…今は鮎川トオルである自分は、笑顔を振り撒き手を振った。
もうすぐ最後の曲になる。
それ用に、用意された曲は二つ。
一つは、役者が揃わなかったらの方。
そして、もう一つは役者が揃ったらの方。
ずっとステージに居る俺らには情報が入って来ない。
とにかく、泣いても笑っても、これがラストチャンス。
そう、みんなで決めた。
…っと。聖ちゃんに睨まれた。
考え事してて、集中していないの、バレた。
こっそりカイちんに肘鉄入れられたし。地味にイテェ。
…みんな俺に冷たくない?
コラ吉野っち、見なかったフリしない。
橋本っちとくっ付けるの手伝ったの、忘れたのか。
リア充め~。
…はぁ、やっぱり俺ってこのメンバーの中じゃ、常識的な方だと思うワケ。
レンと俺って、意外と考えてることは似てると思う。
レンに前そう言ったら、全力で否定されたけどね。
…って、今はそれはどうでもいいか。
今はこっちに集中。
もて余した興奮を放つように、俺はマイクを持って叫んだ。
「みんな~!最後まで飛ばして行くから、付いて来てね~っ!」
ファンは黄色い声援をくれる。
さぁ、舞台は整ってるよ?レーン?
「それじゃあ、次の曲に行くよ!」
俺の声と共に、イントロが流れ始めた。
音楽に合わせて、ダンスを始める。
吉野っちの声で歌い出し。
で、そこに俺が加わる。うし、成功。
ファンの子たちの手拍子が心地いい。
これ、やっぱり天職だね。
時間なんて直ぐ過ぎる。
「それじゃあ、最後の曲。行くよ!」
カイちんが爽やかに告げた。ここ、だよね。
この曲で決まる。
役者は、揃うのかな?
最後の曲。
その曲が、流れた。
ファンには懐かしいであろうそのイントロに、笑みが溢れた。
「来なよ、レン」
ボソリと呟く。
ファンたちはざわめいているらしい。
当たり前か。レンが抜けた時から、幻の名曲なんて呼ばれるようになったこの曲は、あれから今まで歌われなかった。
それが、解き放たれようとする今。
そのことが持つ意味は。
こういう時は、俺の出番。まっかせてよ!
俺はステージの中央に飛び出し、叫んだ。
「さぁ、溢れ出せ!!」
***
ワルジェネメンバーのパフォーマンスを見ながら俺は、ステージ裏で緊張してた。
もちろん覚えてるさ。
ファンの盛り上げ方も、笑顔の作り方も。
でも、いつも兄さんの為って思ってばかりだったから…今は何の為にステージに立つのかって凄い考えてた。
なら何で戻ってきたのかって話だよな。
なんか有るんだよな、でも分からん。何だろう。
「レン。次の曲だからな」
「はい」
森坂さんに言われて、気を引き締めた。
ここからが、俺のステージ。
ここから先は、皆堂レンの出番。
彼は、歌うことと踊ることが大好きで、いつも笑顔を絶やさない、ワルジェネのマスコット。
…いや、もうそう言う設定はいいか。
本当は自分の兄の為とか言って、実際はその人を苦しめていた、しかもそのことに気付くと、さっさと逃げたズルくて弱いヤツ。
その癖、諦めきれなくて、捨てきれなくて、また戻ろうとしている、馬鹿なヤツ。
うん、それでいいや。芸能界なんて、偽りばっかなのが普通で、それが必要なんだだろうけど、俺は俺のままで行くよ。
「今度は、置いてかないよ。兄さん」
そう呟いて、クスリと笑う。
皆堂レンは最早、俺だけじゃない。
俺と兄さんのレンを冠しているなら、俺も兄さんも皆堂レンだ。
「レンちゃん、頑張って」
背に手を当てて、ナツが言った。
それには無言で頷いて返すと、ナツはふんわり笑った。
その時、カイさんの声がして、俺たちのデビュー曲のイントロが流れた。
そう、これこれ、なんかみなぎってくる感じ。
ああ、これ、好きだったなあ。
「じゃ、行ってきます」
「うん。楽しんで」
振り返ると、ナツ、森坂さん、濱野さん、檍さん、双木さんが俺を送り出すべく、立っていた。
「さすが皆堂君、私のメイク、超映える」
「や、メインはメイクじゃなくてレンだからな?ダンスもほぼ完璧に覚えてたし。レン、お前こっそり練習してたろ?」
きゃぴきゃぴとはしゃぎ興奮する双木さんに、横から冷静に突っ込む濱野さん。
あはは、バレてた。
たまに体が動いて勝手に踊ってました。
やっぱり抜けなかったよ、レンは。
「歌も、中々。これからも楽しみ」
檍さんはニコニコ笑いながら言った。
「やっぱりレンはアイドルってことだなぁ…。育てがいのある奴だったしな」
森坂さんは苦笑して言った。
嗚呼、そっか、今この場に立って分かることだけど、俺は何一つ一人では出来てなかった。
すべて、支えられてやって来た。
当たり前のことなのに、ここで気付くなんて…ほんと悔しいなぁ。
「本当、ありがとうございます。…これからも、宜しくお願いします」
そう言うと、皆はそれぞれ頷いた。さぁ、行かないと。
俺は、一歩踏み出した。
これはステージへ伸びる花道。
まだ此処は真っ暗。
もうすぐイントロが終わる。
俺はマイクを握り直し、にやけそうになる表情を引き締めた。
あ、そっか。そういうことなんだ。俺、アイドルやるの、好きだったんだ。
この、今からやるよっていう、何だか友達にサプライズを仕掛けるような、こんなワクワクした感覚。
そして、歌い出す時の、高揚感―――――。
ファンは何かを期待するかのようにさざめく。
それを助長させようと声を上げるメンバー。
目を閉じて、音に集中する。
さあ、歌い出し。
ここはリーダーの役目。甘いボイスで会場を包む。
それに重なるように、アユさんが入る。
ハモった後は、カイさんのハスキー。
ここでさぁ行け、ヨッシー。お前の爽やかボイスを聞かせてやれ。
そして、ここからは俺の番。息を吸う。そして、ここで決めゼリフ。
「Are you ready?」
パッと俺を、ライトが照らし出した。
ゆっくりと、俺は歌いながら花道を進む。
「嘘っ!?」
「レンだ!え、本物!?」
聞こえてくるのは困惑の声。
何だかドッキリが成功したような、そんな嬉しさが生まれた。
体が全部、覚えてる。
ファンに手を振りながら、微笑む。さぁ、叫びなよ。
湧き起こる黄色い声援。
共に生まれる手拍子。
そのリズムに合わせながら、歩く。
ファン一人一人の顔を見るようにして、大切に大切に。
…さぁ、もうすぐサビだ。走るぞ!
目の前に見えるのは、俺を待ち構えるメンバーたち。
なんか後で怒られたり、散々言われるんだろうな。
ま、いっか。それくらいは迷惑かけたもんな。
一回奢るくらいなら、してやるよ。あと、嫌だけど殴られてやっても、いい。
サビに入る前にステージにたどり着くと、メンバーと向き合う前に、クルリとファンに向き直る。
「みんな、ただいま!」
そうファンに告げると、ファンも返してくれた。
「「「「「「「レンちゃん、お帰りなさーいっ!」」」」」」
俺はそれに大きく腰を折り、頭を下げた。
あ、泣くかも。
すると、両脇に腕を差し込まれ、問答無用で起こされる。いきなりのことに少し驚いて横を見れば、右にヨッシー、左にカイさん。
「歌うよ?」
「ミスしたらフォローしてあげるよ」
そう言って、二人はニッと笑った。
ミスとか、有り得ませんから。
俺は頷いて、マイクを口に近づけた。
そして、振り付けと共に、歌い出した。
巻き起こる歓声。手拍子。流れるミュージック。
そのすべてが、俺たちに降り注ぐ。
それに俺たちは音を加えて、一つにする。
そう言えば、こんなんだったな。
混み上がる歓喜。
ああ、やめられないな、これは。
歌い終わり、息を整えながら、俺はメンバーと向き合った。
みんなは、俺が口を開くのを待っている様子。
分かってるよ、これだろ?
「ただいま」
そう言うと、メンバーは顔を見合わせてニヤリと仲良く笑うと――――
「うわっ!」
俺に突進してきた。ぐしゃぐしゃと頭を掻き回され、グルグルと目が回る。
「「「「お帰りなさい!!!!」」」」
揃って言われたその言葉で、ようやく自分が戻って来たんだなということを実感した。
ああ、泣きそうだ。
それを堪えて、俺は今ある幸せを噛み締めるようにしてもう一度言った。
「ただいま」
そして、メンバー、そして勿論ファンにも届くように、口元にマイクを持って行って言った。
「みんな、ありがとう!!」
ほんと、最高。
ワルジェネ、最高だよ。
***
「良かったね、お兄」
輝く自分の兄を見ながら、会場の隅で、磨奈は微笑んだ。
いつもは誘われてもあまり行かなかったライブも、今日だけはとチケットをとって貰っていた。
『磨奈。もしも、もしも廉也が迷ってしまった時は…時間をあげて。そして、いつかは必ず、前へ進んで行けるように、してあげて。そのためになら、僕を蔑ろにしてもいい』
今はもう亡きもう一人の兄の言葉を思い出して、磨奈はクスリと笑った。
「本当、いいなぁ。男の子って…単純で」
二人の兄と同じように整った容姿を持つ彼女は、女であるゆえに、二人よりも苦労した。
そして更に、兄の一人はアイドルなのだ。
彼女しか知らない苦労はたくさんあった。
「私も何か、始めちゃおうかなぁ。大きなこと…」
そう呟きながら、兄を見ていると、何か、もう一つ見えた。
「…ん?兄さん?」
目をこする。そうしてもう一度見てみると、何もない。
異常など、何も。
暫く呆けてポカンとしてから、また微笑んだ。
「そっか。兄さんも居たんだね」
今この会場で唯一の、血の繋がる彼女にだけ、分かること。
「二人で、皆堂レンになったんだね。…おめでとう、二人とも。行ってらっしゃい」
どんな風になっても、紛れもなく二人は磨奈の兄だ。
アイドルであっても、彼を兄と呼べるのは自分だけ、だから。
帰る場所を、私は守ろう。
いつか本当に、巣だって行く兄を見送る、または自分が巣立つ日まで。
それが、家族。
長年彼女の中を占めていた寂しさが、ポロリと。
雫とともに、零れ落ちた。
あと一話、続きます。