表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワンダフル☆ジェネレーション   作者: 品川恵菜
stage1:皆堂レン∪水堂廉也
7/18

7、君の心を聞かせて

お気に入り登録、評価してくださった方に感謝を!!

『今日、ワンダフル・ジェネレーション所属事務所から、正式にメンバー、皆堂レンさんの長期活動休止が発表されました』


『ファンは大きな動揺を見せており、本人の他、ワンダフル・ジェネレーションのメンバーのブログには、このことに関するコメントが多く寄せられています』


『また、このことは音楽業界にも大きく影響を与えており…』


『ミリオン達成の名曲が、幻の曲となってしまうと…』





『ちょっと聞いた?皆堂レンのこと!』


『知ってるよ、でも活動休止っていつまでだろ…?』


『レン居ないとかつまらないんだけど』




『すみません!○○新聞ですが!皆堂レンさんの活動休止について一言お願いします』


『ご本人からの言葉を直接聞きたいのですが!』


『皆堂レンさん!』


『皆堂さん!』




『―――――――っ!もう、止めてくれっ!!』



これが、報いなのかと。そう、思った。


***


「レンちゃん」


背後から、そう声をかけられた。

どうして、この人がいるのか。

俺は立ち上がり、振り返った。


「ナツ」


佇むナツは、静かに俺を見つめていた。

俺はフイと目をそらした。


「どうして、ここに居るんだよ?今日は仕事なんだろ?」


俺は何でもないように言った。

すると、ナツはそっと俺に手を差しのべた。


「レンちゃんも、行こ。私、迎えに来たんだ。…パパも」


俺は目を見張った。あの人が、ここに来ているだと?


「久し振りだね、レン君」


ナツの後ろからやって来たのは、ワンダフル・ジェネレーションの所属事務所の社長。

西川冬彦だった。

パリッとスーツを着こなした、仕事の出来そうな一件サラリーマン風な男。


「お久しぶりです、社長」


ナツの親父さん…もとい、社長は曖昧に笑っていて、何を考えているのか分からない。

怖い。そう、この人、リーダーにそっくりなんだよ。

リーダーは事務所の最古株なことで、社長との付き合いも一番長い訳だから、似ちゃったのかもしれない。

という訳で、俺はリーダーより更にこの人が怖い。


「れ、例の件は申し訳ありませんでした」


俺はそこでバッと頭を下げた。

社長の動きは分からない。


「…顔を上げなさい」


暫くして、静かにゆっくりと、社長は俺にそう指示した。

俺はもちろんそれに従う。


「例の件で言うなら、それは私にも責任はある。君の精神状態を把握しきれなかった。あの後、勝手で申し訳なかったが、お兄さんの件について、調べさせて貰った」


社長が知っているのは、リーダーの話で知っている。

そんなに驚きはしない。


「君はお兄さんに対して、憎しみは有るかい?」


とんでもない。俺はブンブンと首を横に振った。

それを見て、社長は満足そうにウムと頷いた。


「私としては、君の才能を無駄にするのは悔しい。かと言って、君の意思を無視する訳にもいかない。…だから、君の意思を聞きに来たよ」


「お、俺の意思は今まで通りですっ!ワルジェネからの脱退、芸能界からの完全な卒業です!」


俺がそう言うのを、社長はじっとして聞いていた。

そして瞑目した。


「私も、君の意思はそうなのだと思い、その方向でことを進めていくつもりだった。けれど、他はそうじゃなかったらしいんだよ」


「…は?」


俺は社長の言葉が気になり、じっとその続きを待った。

暫く待つと、やがて社長は目を開いた。


「先ずは、ワルジェネのメンバーたち。彼らは君の戻って来ることを前提に、ずっと活動してきた。…最近のワルジェネの曲は、パート分けが簡単になっているだろう?」


「!」


「それは、彼らが作曲家と掛け合っているかららしいね。私に伝えず、何時の間にやらね。そう考えるなら、その作曲家も君を待つ人と考えていいだろう」


社長はそう言いながら、後ろを振り返る。


「そして、娘も…マネージャーたちもそうだ。衣装は作るとき、必ず五人分作るようにオーダーしている」


ちらりとナツを見ると、ナツは恥ずかしそうに、あわあわと目線をさ迷わせた。


「ファンたちは言わずもがなだ。未だにファンレターは絶えないし、君の復帰を望む声は多くある」


そして、社長は俺を真っ直ぐ見た。


「もちろん私も、そうだよ。それに、君の今の状態を悲しむ人も…」


社長はそう言って、目線を他にやった。そこには…。


「磨奈」


不安そうにポツンと立つ、妹が居た。

磨奈は恐る恐る、といった感じでこちらへ歩いて来た。


「私も、お兄には、もっと…自分の好きなことを、やって欲しいと、思う」


「何、言ってんだよ…?」


俺のアイドルを辞めることの賛成していると思っていた磨奈は、どうやら違ったらしい。


「もっと、お兄にはキラキラ笑って欲しいんだ。その為には、お兄が一番したいことをしなくちゃ…。兄さんじゃなくて、お兄のしたいことを」


磨奈はそう言いながら、ポケットから携帯を取り出した。


「怖くてお兄には聞かせてあげられなかった。私は、お兄を守るつもりで、ただ縛っていただけだったんだね。お兄の兄さんへの罪悪感を、利用して」


「ま、な…?いきなり、何を言って…?」


驚いてそう言っても、磨奈は眉を下げて微笑むだけで。


「彼女から、昨日電話を貰ってね。兄を、助けて欲しいと」


社長はそう言って、磨奈と視線を交わした。

二人が、協力者?どういうことだ?

俺の困惑を他所に、二人は会話を始めた。


「磨奈ちゃん。覚悟は、決めたかい?」


「はい。お兄なら、きっと大丈夫だと思うから」


は?磨奈が、今回のこのワルジェネ騒動を起こした張本人ってことか!?

磨奈は俺に更に歩み寄って、俺に自分の携帯を手渡した。


「聞いてほしいの。兄さんの、遺言を」


そう言った磨奈の表情から、涙を懸命にこらえているのがよく分かった。


「…分かった」


断れるわけないだろ。大切な妹の頼みなんだから。

磨奈から携帯を受け取り、その画面を見る。

画面には、レコーダーの再生画面が浮かんでいた。

スピーカーモードになっていたから、俺はそのスタートボタンを押した。


『ゲホッ…ゴホ…』


始めに聞こえたのは、苦しそうな咳き込む声。


『磨奈、録れてる?』


それは、懐かしい…兄さんの声だった。


『うん。録れてるよ、兄さん』


震える磨奈の声がした。

泣くのをこらえているのか。


『廉也。まず言わなきゃね。―――ごめん。酷いことを言ってしまった。お前がしてくれたのは全て、俺の為だったのに』


兄さんの掠れた声がした。

思いがけない謝罪の言葉に、胸が震えた。


『俺は、ずっと知っていた。自分は成人する前に死んでしまうって。だから、覚悟はしていたよ。死ぬ覚悟は、出来ていた…つもり、だったのにな。お前と磨奈が、俺にたくさん世界を運んでくれるから…俺は、生きたいと思ってしまったよ。今だって、思っているんだ。往生際が悪いだろ?』


そこでまた咳き込む声がした。

磨奈の兄さんと呼ぶ声が小さく聞こえた。


『ゲホ…大丈夫だ、磨奈。廉也。俺は、お前が話してくれることが、いつも楽しみだった。時には、もしかしたら俺が死ぬなんて、嘘なんじゃないかと思ってしまうくらい。お前の見ている世界が、俺の世界だった。本当、ネバーランドになんて行きたくないや』


そこでクククと笑う声がした。


『だから、かなぁ…。お前がテレビ画面の向こうに行ってしまった時、俺はお前がとても遠退いた…そんな気がした。裏切られた気がしたよ』


兄さんの自嘲気味な声色で、ハッとした。

裏切られた。

…やっぱり、俺はやり過ぎたんだ。


『だけど、それは俺の勝手な思い込みだ。ずっとこの身体を理由にして、自分の為にしか生きて来なかったから…他人の為に何が出来るなかなんて、分からないんだよ』


兄さんの静かな声が、俺の心を沈み込ませた。違う。

兄さん、俺は兄さんが居てくれたおかげでいつも、心強かった。


『廉也はさ、俺以外にも、希望を届けられるようになったんだよね。そこは、兄として喜ぶところかなぁ。…あぁ、本当今俺、老人みたいな思考回路だなぁ。この世界の全て、目に映るもの全てがすっげぇ綺麗に見える』


そこで、苦しげに息を吐く音がした。

兄さんが、無理をして話してくれているのがよく分かる。


『俺、自分が出来ること、今は一つしか思い浮かばないんだよ。本当にろくでもない、ね』


兄さんの声が、急に小さくなった。





『僕は延命治療を、拒否する』



頭を鈍器で殴られた、そんな気がした。

それは、兄さんはまだ、生きられたということで。


『僕は今日死ぬだろう。延命したって、ほんの数週間だけだ。だからさ、廉也。俺に届けていた分の世界を、もっとたくさんの人に、もっと遠くへ、届けてあげてよ。俺はもう、これで十分。大丈夫、ネバーランドには、行かない』


兄さんは、楽しげに言った。

でもそれは、無理しているようにも聞こえて。

生きたいって、さっき言ったじゃないかよ。

なんで、どうして?


『今度はさ、一緒に連れてってよ。動けない体で、ベッドの上でだってワクワクする話だ。きっと体験した廉也はもっとワクワクしたんだろ?』


掠れた声を弾ませて、兄さんは言った。


『大嫌いなんて、嘘だな。大好きだよ、廉也。やっぱり廉也は、俺の自慢の弟。今までありがとう。…またね』


そこで、プツリと、音声は途切れた。俺はその瞬間に、崩れ落ちた。


「兄さっ…」


ボロボロと、子どもみたいに涙がこぼれた。

俺は、恨まれてなんか、いなかった。

でも、少しは伸ばせた兄さんの命を、繋がない選択をさせるきっかけを作ったのは、俺だった。

罪悪感は、やっぱり残っている。


「ごめん、ごめん…!」


地に手をついて、うわ言のようにごめんと何度も叫ぶ。

自分の行動が、どれ程馬鹿げていて、どれ程浅はかだったか。思い知った。


「これ、兄さんが私と二人きりにしてくれって言ったときに録ったものなんだ」


磨奈が言った。

もうその声は濁っていて、磨奈が泣いていることが分かった。


「私は、私だけは、全てを知っていたのに…。ごめんなさい。兄さんは、お兄を理由に延命拒否したもん。どれだけ言っても聞かなかったし…。それで、またお兄が傷つくのを見るのが怖くて、それを理由にして…。お兄から、大切なものをたくさん奪っちゃった…っ」


磨奈は俺に抱き付いた。

俺は唇を噛み締めて、そこで泣くのをこらえた。


…いや、違うな。

このことは、兄さんの死後暫くは、磨奈も俺に切りだそうとしていたはずだ。

知ろうと思えば知れたんだ。

なのに、目をそらしたのは、俺。


「磨奈も、ごめんな」


そう言うと、磨奈はブンブンと首を横に振った。


「レンちゃん」


俺にそう呼び掛けると、ナツはゆっくりとこちらへ歩いて来た。

俺は磨奈に携帯を返してから離れると、それと向き合った。


「学校ライブのとき、私、どうしたらいいんだろうって、ずっと迷ってた。そんなとき、真っ先に浮かんだのは、レンちゃんだったんだ。だって、レンちゃんは本当にワルジェネが凄く好きなんだもん」


磨奈は俺の真正面に立った。

その表情は、固唾を飲んで結果を待つ、緊張とか不安とかが入り交じった感じのものだった。


「考察条件は、全て揃ったね。だから、今、ファイナルアンサーを聞くね?…君の心を聞かせて」


そして、ナツは俺に手を差しのべた。


「もう一度、皆堂レンとして、ワルジェネのメンバーとステージに立ってくれませんか?」


俺は瞑目した。

仲間たちの顔や声が、脳裏に甦って来る。



――――今度はさ、一緒に連れてってよ。



うん、一緒に行こう。兄さん。


目を開けた俺は、ナツの手を取った。

その瞬間、ナツは心底嬉しそうに、飛び上がらんばかりに喜んだ。

それを見たこっちは何とも言えない。

迷惑かけた感が半端ない。

それに、まだやらないといけないこと、有るよな。


俺は社長のもとへと歩いた。

社長は表情を変えずにそこに立っていた。

俺はそこで、膝をついた。額を地に付けて、言った。


「勝手なことをして、申し訳ありませんでした。…もし許されるなら、もう一度俺をワルジェネに入れてください」


「…レン君、顔を上げなさい」


そう言われて顔を上げた。

すると、ガツンッ!!と拳骨を頂いた。


「い゛っ!」


何これ、痛い。星が見えた。

へこんだ、これ絶対頭どっかへこんでる!…と、俺が痛みに悶えていると、社長の非常に清々しそうな声がした。


「ふぅ。勝手に辞められようとしているところで、仕方なく私が出ることになったんだよ。君のせいでこちらのデスクワークの量が半端なかったんだからね。どう落とし前つけてくれようか?全く、娘にまで心配されて。ていうかね、君芸能界嘗めてるよね?普通こんな呼び戻そうとかしないし。うちの事務所の看板だから仕方なく、ね?いい?今度こんなデスクワーク増やすようなことがあったら君の仕事だけパンパンに詰めて休日無くしてやるから」


容赦なくまくしたてる、久しぶりの社長の得意技のマシンガンに、たじたじになっていると、そこにナツが入って止めてくれた。


「…はぁ、じゃあレン。君は、その誠意を見せなければならないよ。君の仲間と、ファンたちに」


「はい」


俺は社長を見上げて言った。社長はふっと笑った。


「ここを出てすぐ正面に、森坂がいる。行きなさい。奈都乃も、一緒に。サポートしてやりなさい」


「…はい!」


「ありがとう、パパ!」


俺は、ナツと共に走り出した。



本当は、俺なんかが戻る資格あるのかななんて、考えてしまう。

あまりに自分勝手に、自分の立ち位置を放り出してしまったから。

いまさらなんのつもりだと、みんな怒るかもしれないな。


罵られてもいい。


馬鹿にされてもいい。


キツい練習だって、やってやる。




それでも、俺は。


そこに、立ちたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ