3、輝け
どうも、水堂廉也です。
平和です。ちょー平和。
どれくらいかって?そんなん…表し難いから、その質問却下。
「おっす、水堂!」
「うぃーっす、木崎」
同じクラスで席の近い木崎 秋良が俺に声をかけてきた。
木崎はクラスで初めて親しくなった奴だ。
ぼーっとしてた俺に秋良から声かけてきた。
なかなかいい奴だと思うよ。
彼女居るけど。やっぱムカつく。
「今日の英語予習したか?」
「おー。最初の段落だけ」
俺は英語のノートをひらひらと木崎の前で振った。
木崎はそこで俺に拝むように手を合わせた。
「神様仏様水堂様!!俺にお恵みを~」
俺はそれに応えてふんぞり反った。
そして、ふふんと笑ってノートを高々と掲げた。
「うむ。苦しゅうない。もって行け!」
「ははっ!有り難きお言葉~」
俺はそこでノートを木崎に賞状を渡すときのように渡した。
木崎も乗ってくれた。
「男子ってホント馬鹿だねぇ」
木崎の後ろから、ひょこりと出て来たのは、柿畑 李々子。
何を隠そう、木崎の幼馴染みであり彼女である。
ムカつく。…ムカつく。………くそぅ。
いやさ、別に俺だってさ、特別付き合いたい奴が居る訳ではないのさ。
ただ、こう周りにたくさん付き合ってる奴が居ると…。ムカつくのさ。
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
「馬鹿ってほらまあ、定義は色々あるからね。ウマさんとシカさんを足して二で割ったような状態のことだよ」
「マジか」
何だそれ。新しいぞ。
「という冗談は置いといて」
あ、そうだよな。冗談だよな。
ウマさんとシカさんが今、脳内を仲良く駆け抜けてたよ。
「ん~。水堂君ってさぁ、なんかこう、見覚えあるっていうか…。誰かに似てる気がするんだよねぇ」
え。マジか。
バレた?バレた?嫌です。
「おい、李々子、水堂~。俺のこと無視?」
だってワルジェネのみんなに会って、あれからずっとこの一週間平和なんだぜ?
これもう行けるんじゃね?って思うよな?
「見間違いじゃね?俺、多分、柿畑さんとは高校入ってから初めて会ったぜ?俺、田舎から来たし」
「えー?水堂君、地方から来たの?」
柿畑さんはそう言って、目を丸くした。
「あのぅ、お二人とも~。秋良クン、泣いちゃうよ?」
そんなに驚くかな?
柿畑さんは俺をまじまじと見ながら首をひねった。
「なんか都会の雰囲気あるのになぁ~。オシャレだし。顔も秋良よりダンゼンカッコいいし」
おい。彼氏の前で何言ってんの。
明日俺が木崎から刺されたらどうしてくれる。
あれ…?木崎、泣いて…?
「てゆーか、さん取っていいし。流石に彼氏の手前、名前は駄目だけど」
柿畑がそう言った。
俺は彼氏の木崎に確認しようと前に向き直った。
すると、意外と平気そうな木崎が居た。
さっき泣いていたような気がしたのはマボロシだったらしい。
「いいんじゃねぇの?別に。浮気するワケじゃねえし」
おお!大人!!なんか木崎カッコいいし。達観してるな。
「じゃー柿畑って呼ばせて貰うな!」
お言葉に甘えてそう言うと、柿畑も満足そうにうんと頷いた。
「まあ、水堂一人が俺らの傍に来たって、俺らの仲はそうは簡単に離れたりはしないしな」
木崎はサラリとキザなことを言った。
もちろん、柿畑と二人でチョップしといた。
呻く木崎は放っておいて。
「私も水堂って呼ぶね。…で、この馬鹿のこと、宜しく頼むわ。浮気とか気配がしたらすぐに言ってね。疑わしきは罰するから」
柿畑は真剣に俺に言った。
…信用されてねぇぞ、木崎。
てか、馬鹿って。
俺の脳内では木崎とウマさんとシカさんがかけっこをしている。
因みに木崎はズズーンと落ち込んでいた。
ドンマイ、馬鹿。
「お、おう…」
気圧されて、俺は頷いた。
柿畑はそこであっ!!と思い出したように声を上げた。
「そうそう!ビックニュースなの!」
嬉しそうに頬を染めて両手をグーにしてブンブン振って、柿畑は言った。
「今度ねっ!親交会でワルジェネが学校ライブするんだって!!」
ぶっ!俺は思わず前につんのめった。
えーえーわーわーわー…。
親交会とは、この学校にある多数の科で親睦を深めようという趣旨の四月の定番行事らしい。
各科から、代表が出て全校生徒の前で何かしらの出し物をするらしい。
因みに普通科は先輩方が去年の研修の発表をしてくれるらしい。フツー…。
ん?いや、別にいいのか。
直接関係することでも無いし。
でもその日は休もうかなぁ…。
ステージからでもオーラ有りすぎなんだよ、あいつら…。
「どうした?水堂?」
木崎が俺を見て、不思議そうに言った。
心配してくれるのか…。友よ。
「やー。何でもねー」
俺は誤魔化しておくことにした。
木崎も柿畑も特には気にしてないみたいで、二人ともフーンって感じでスルーだった。
もしこの二人が、俺が皆堂レンだったと知ったら、どんな反応するんだろう…。
ぎこちない関係にでもなるのか?怖いなぁ。
やっぱ平凡サイコー。
ワルジェネの中じゃ、絶対俺が一番平凡だったろうし。
だからホレミロ、この順応力の高さを。
「あ、チャイムもうすぐ鳴るぜ~。座れ座れ」
時計を見て、木崎が言った。
大人しく従ってやるとする。
だって英語の松島先生怒ると怖いし。
「Hello,everyone!」
ガラガラと戸を開けて、英語のメガネ教師が入ってきた。
あーあ。退屈な時間の始まり。早く終われ。
それだけを祈りながら、俺は授業に挑むことにした。
***
「じゃーなー」
俺は木崎たちに軽く手を振り、教室を出た。
部活は色々考えた末に、今はまだいいやと入部は保留となった。
テニスは一応見たけど、なんか気分が乗らないんだよな…。
アイドル時代は体のバランスがどうのとかって言われて、テニスは控えろって言われてたし。
まあイラッとした時とかはそこら辺の新聞紙丸めて素振りしてたけど。
…そう言えば、楽屋でそれしてリーダーに怒られたっけ。
ブルリ。きゅ、急に悪寒が…。
俺は玄関に向かう途中で、足を止めた。
「あ…」
思わず窓に背を向けた。
手が震えている。
全く、情けない。
二階の此処からは下はよく見える。
声も聞こうと思えば聞けるんだ。
チラリ、と振り返った。
「瀬里~っ!!待って待って!」
黒髪ロングの似合う世話焼きでヨッシーのマネージャー兼彼女の橋本瀬里。
そして、瀬里の後ろを小走りで追う女子生徒。
「もう。仕事始まるわよ?なっちゃん、速く速く!」
フワフワ髪でショートカットの西川 奈都乃(にしかわ なつの)。
俺の元マネージャーであり、所属事務所の社長の一人娘で俺の幼馴染み。
「ナツ…。同じ学校だったのか…。仕事、止めてなかったんだ。良かった」
俺は窓に手を当てて、それを見下ろした。
思わず表情が緩んだ。
はっと気が付いて、それを誤魔化そうと、目を閉じた。
良かった。本当に。
俺が辞めるのは勝手だけど、そのせいでナツが仕事を失うのは嫌だったんだ。
ナツには、諦めないで欲しい。
「…兄さんの為にも」
俺が夢を壊してしまった人。
これは、俺への罰だから。
ナツが付き合う必要は無い。
俺の、手放したものたち。
それらは全て今、輝いて、みんなに希望を与えている。
「頑張れ、ナツ」
お前は、輝け。俺の分まで。
「それで、君はいいの?」
聞き慣れていた声に、俺は振り返った。
そこに居たのは。
「…カイさん」
俺はいつの間にか背後に居たカイさんに向き直った。
廊下には誰も居ない。リーダーか。
また手を回したな。
どうして、この人たちは俺に関わるんだ。
「もう、これを言ったら俺からレンに関わることはしないよ」
俺の思っていたことが分かったように、カイさんは言った。
その表情は真剣そのもので、俺はすぐには言い返せなかった。
「…それで。何の用ですか?仕事、有りますよね?」
「奈都乃ちゃんのこと。一応報告しておくけど、彼女、俺のマネージャーになってるから」
ズキリ。心が抉られたような、そんな痛みを感じた。
「そう、ですか」
それだけ答えて、俺は無理に笑った。
きっと自嘲的な笑みになっているんだろうけど。
「教えてくれてありがとうございます」
カイさんのマネージャーなら安心だ。
ナツもやり易い筈だ。
カイさんはワルジェネの総括マネージャーを専属マネージャーにしていたからな。
確かに、カイさんのになるか。皆、事務所も同じだし。
「ナツを、宜しくお願いします」
俺にはもう、無理だから。
あいつの隣には、立ってやれない。
「…分かったよ。じゃあ、ね」
カイさんは表情を見せずに身を翻して去って行った。
これで、もう心残りは無い。
ワルジェネに俺の居た跡は、この一年ですっかり消えた筈だ。
行け。んで、輝け。皆。
絶対、お前らならもっと先へ行けるって。
俺はそんな皆を見て、誇りに思うから。こっそり、でも全力で応援するからさ。
なんて、思ってみたりして。
本当はそう思って自分で満足してるだけなんだけどさ。
何気取ってんのって感じ。
あーあ。俺って本当女々しいな。
今ならポエムとか書けそう。
うわー。我ながら引くわー。
俺は、窓から手を離すと、下を見ないようにして、玄関へと足を進めた。