5、伝えるということ
「本番三分前でーす」
「吉野さんスタンバイしました」
…どうして、こんなことになったんだろう。
僕は今、ラジオ局に居る。
これから、夜の音楽系ラジオの「FunFunMusic」の収録。
しかも、初回。
何故、こんなことに?
一時間ほど前に、レンとの喧嘩で落ち込んでいた僕は、瀬里の励ましにより復活して。
そこで自主練しようかと、音楽をかけようとした僕に、やって来た総マネの森坂さんが言った。
『吉野。今すぐ車に乗れ。移動すんぞ、仕事な』
いつもは優しいお兄さんの森坂さんが、ドスの効いた声で言うものだから、あぁ、元ヤンさんだという噂は本当なのかと思ったりして。
で、そのまま流されて気付いたらここに居た。
「…可笑しいよね!?」
「吉野煩い!」
一人叫ぶと、見ていた森坂さんに怒られた。
いや、可笑しいよ。説明されてないし、待って僕何したらいいの。
このラジオは、人気音楽の紹介をメインにしている。
本当は、うちの事務所のタレントさんのお仕事だった。
でも、まさかのブッキングが起き、手が空いてるうちの事務所の人を代わりに差し出そうとなり、僕に白羽の矢が立った。
やることは、注目な新曲や歌手の紹介。
毎回様々な特別コーナーも設けている。
今回はカラオケランキングトップテンの紹介。
音楽メインな分、トークは少ない。
でも一人で回さなくちゃいけないし、僅かにトークも入る。
因みにこれは、ファンたちのネットアンケートによって作られる。
番組作れるくらい集まるんだから、リスナーさんたちが沢山居るってことだよね。
「ラジオなんて初めてだ…」
誰にも聞こえないようにポツリと呟いた。
ラジオは音のみの情報で、聞き手を楽しませるもの。
ワルジェネにラジオの仕事が来ても、他の皆よりも格段にトークが苦手な僕には、それは回って来なかった。
だから、安心していたんだけど…。
まさか、ね。
僕は目の前の進行用の紙を見た。
始めに自己紹介。
その後に今期注目な新人歌手さんの紹介。
そして、カラオケランキング。
地上波とインターネットで配信されるこれは、当然、多くの人に聞かれる。
僕自身じゃないにしても、ワルジェネの知名度は高いし。
ナビゲーターは誰だか明かされていなかったらしく、そこは助かった。
「じゃあ、収録始めます!!」
そう言われて、僕は目の前のマイクに向き直った。
僕は、レンに憧れてる。
でも、それはファンとしてじゃない。
仲間として、一緒の舞台に立ちたいと、願うんだ。
だから、進まなきゃ。
得意なことも、苦手なことも、全部全力でする。
僕はすっと息を吸ってから、口を開いた。
大切な、ファンたちに語りかけるように。
「こんばんは。今週からスタートの、FunFunMusicの時間です。僕は、ワンダフルジェネレーションの吉野影斗です。この番組のナビゲーターをさせて貰うことになりました。宜しくね」
表情は伝わらないけど、でも笑顔で。
僕の笑顔が、元気をくれるって、そんなファンレターもあったと思い出した。
「この番組は、株式会社Funの提供でお送りいたします」
ちゃんとスポンサーの紹介して…と。
「それじゃ、早速行こうかな。始めのコーナーは、FreshMusic。最近要注目な新人歌手さんや新曲の紹介をするよ。今週のピックアップは、今年デビューした、シンガーソングライターのキャロルさんの新曲で『水色』。この曲は、夏にピッタリなサマーソングで、キャロルさんらしい爽やかな曲だと思うな。キャロルさんは幼少期、夏はお父さんの故郷のイギリスで過ごしていたらしいよ。だから、彼女の独特な夏への想いを感じ取れる作品だと思います。それじゃあ、キャロルで『水色』。どうぞ」
ここで、曲が入る。
良かった。キャロルさんって言ったら、うちの事務所のシンガーソングライターだ。
元々はネットで人気のあった人だったんだけど、うちの社長が自らプロデュースして、メジャーデビューしたんだよね。
だから、ネットでの活動期間も入れると、ある意味僕らよりも先輩なんだ。
本人はハーフさんで、事務所で会って話すとなかなか気さくな人なんだよ。
少し抜けてるところがあるけど…。あ、次か。
「じゃあ、次。人気バンドのmildさんの新曲で、『step by step』。これはデビュー十周年を迎えた彼らの記念の曲なんだって。十周年かぁ。僕らはまだ四年しか経ってないから、そう考えると、凄いよね。mildさんは言い表しにくい気持ちをはっきりと言葉にしてくれるから、僕も彼らのファンの一人なんだ。それじゃあまた早速。mildで、『step by step』。どうぞ」
mildは今人気の四人組のロックバンド。
デビュー十周年にもなると、貫禄がすごい。
音楽番組で会ったりすると、凄く親切にしてくれて。
俺たちは若手だからか、可愛がってくれてるんだ。
…あれ。みんな、知ってる。
そう言えば、俺は他のアーティストさんとの交流が多いかもしれない。
その理由は、思い返せばレンに近付こうとして技術を盗んだり、アドバイスを貰ったりしてたんだ。
音楽は良く聞く。
他のアーティストさんたちは、俺に無いキラキラしたものを沢山持っていて、惹かれるから。
もしかして、森坂さんが今日俺にこの仕事を持って来たのって…。
チラリと顔を上げれば、ガラス越しに腕を組んで僕を見守る森坂さんが居た。
…そっか。なんだ、そうだったのか。
レンはそのハイレベルな歌とダンスで引っ張る。
カイさんはその容姿や身のこなしをふんだんに活かして、皆の目を集める。
アユさんはそのトークで場を盛り上げる。
リーダーは、その頭のよさとリーダーシップで皆をまとめる。
そして、僕は…
『ヨッシーって、ファンサービス過剰だよな』
あるコンサートの後に、レンが僕に言った。
そこにカイさんも加わる。
『確かに。何気にアユさんよりもしてるよね。慈しむっていうの?』
『そうなんだよ、聞いてよこの子!握手会だと吉野っちのところで滞るし、しかもこの子、握手会の常連さんになると、顔と名前と趣味が一致するんだよ!?』
そう、アユさんが会話に割り込んできたっけ。
そして、リーダーが笑いながら言ったんだ。
『吉野の持ち味は、自然とファンに寄り添えることだろうね。一番、皆にワルジェネとはどんなグループなのかを伝えてくれる』
プロなんだ。ファンじゃ、駄目だ。
昔、自分にそう言い聞かせた。
このままじゃレンの隣に居られない。
そう、必死になって。
でも、そんなことをしているうちに、レンは長期休業に入って。
彼の抜けた、大事な大事なこの場所を守らなきゃと、僕はそのせいで、見失ってしまっていたんだね。
僕は、僕に出来ることは、伝えるということ。
最高なこのグループを、どれだけ、どんなところが最高なのかを、教える。
それが僕の仕事。
出来ないことをしようとするんじゃなくて。
出来ることを、探す。
だって僕らは五人居るんだから。補い合える。
だからワルジェネは最高なんだ。
収録が終わったスタジオで、僕は呆然としていた。
そうか、僕が、僕はすべきことは…。
「そんなに簡単なことだったんだね」
誰にも聞こえないくらいの呟きを溢し、僕は立ち上がった。
「吉野?」
「森坂さん、事務所のスタジオ、空いてますか?」
目を丸くする森坂さんに、問いかける。
レン、僕は逃げないよ。
しがみついてでも、君に着いていくと、決めたから。