4、君に、憧れたんだよ
女の子は、正直言うと、苦手だった。
『御影君、遊ぼー』
『ダメ!御影君は、私と遊ぶの!』
保育園に通っていた頃は、まだ良かった。
こんな可愛いやり取りが行き交いするだけだったから。
だけど、小学校に上がると、それは顕著になってきた。
『ちょっと!あんた、調子に乗らないでよね!』
『御影君、私たちと話そうよ』
誰かが怒ったり、泣いたりするのは嫌いだ。
それに、僕に女の子たちの興味が集まると、他の男子たちは一斉に僕を嫌った。
それでイメージが独り歩きした。
気取り屋の一匹狼。
今考えると可笑しいでしょ?僕が気取り屋って。
本当の僕は臆病で、他人と関わるのが苦手なだけだったのに。
そんなとき、彼に出会った。
「初めまして。水堂廉也でーす。初めて同じクラスになった人も一杯いるけど、まぁ宜しく。えっと、趣味?は、ダンス習ってます」
小四の春。周りが良いところを見せようとする中で、気だるげにさらりと挨拶をした姿を、僕は格好いいと思った。
それは皆も同じだったのかもしれない。
「廉也!遊ぼうぜ!」
「おっしゃー!」
周りよりも頭一つ小さいのに、活発で何よりその明るさで、彼はたちまちクラスの人気者になった。
容姿もなかなか整っていて、陰ながら好きだという女子もいたみたい。
僕とは正反対だった。
だから、彼と僕とは違う世界の住人で、分かり合えない、みたいな。
そういう風に考えてた。
なのに。君はそういう隔たりなんか無いように、僕の前にやって来た。
『バスケの人数足りないんだ!吉野だっけ?お前身長高いし、助っ人頼む!』
僕の返事なんかお構いなしに、僕の腕を引っ張って、君は休み時間のバスケコートの真ん中に僕を連れて行った。
僕の登場に、何人かの男子は嫌そうな顔をしたけど、レンが声をかけると直ぐに作戦会議に参加した。
『俺はチビだし、ゴール下じゃ不利だから、なるべくパスに回るか』
レンは自分の短所も気にせず、作戦を皆に言っていく。
『じゃあ吉野はジャンプボールな!』
いきなり役割を与えられ、僕は頷くしかなかった。
そして、レンはみんなにニカッと笑うと、言った。
『じゃ、楽しんでこーぜ!』
『『『おー!』』』
僕はジャンプボールを決め、それを上手くレンが取ってくれた。
そのままゴールに走っていくレンを見て、彼が凄く楽しんでいるんだということに気がついた。
そこで、このままではレンが囲まれてしまうと気付いた。
レンの身長では、あの状態からのシュートはキツいだろう。
みんなボールしか見てない。
僕はボールの取り合いになっているレンに、走りながら手を上げた。
何となく、彼には関わってみてもいいと思った。
レンがニヤリと笑い、僕にパスを出した。
僕はそれを受けとると、シュートした。
『『『『おおおお!!』』』』』
大げさ。
リングに吸い込まれるボールを見て、目を輝かせる皆を見て苦笑した。
『そ、それはまさか!噂のスリー!?』
僕に詰め寄り尊敬の眼差しを送るレンに、僕はぎこちなく笑った。
一応、僕の兄ちゃんも姉ちゃんも、ミニバス若しくは現役バスケ部だ。
スリーポイントシュートの練習も、一緒に庭のバスケのゴールで練習したしね。
それを伝えると、レンは僕を何故か特攻隊長という役職に任命した。
凄そうな役職名だけど、要はシュートを打ちまくればいいんだよね?
『ナイス、ヨッシー!!』
僕の背中をバシバシ叩きながら、いつの間に付けたんだと突っ込みたいニックネームを言うレンに、思わず笑みが溢れた。
僕の他人嫌いは、君のせいで強制的に終了させられた。
ねぇ、レン。
僕はあの時からずっと、君を追ってきた。
君が悩んで傷ついて。
そんな様子も、何度も見てきた。
真っ直ぐで眩しいレンが、僕の親友だなんて、本当に今でも信じられない。
僕はね、君に、憧れたんだよ。
だからこそ、君に付いていきたいと思った。
君と居たら、こんなにもウジウジしていて情けない僕も、少しは君みたいに快活に誰かに話しかけることが出来るようになるんだろうかと。
でも、結局僕はレンみたいにはなれなかった。
昔とちっとも変わらない、駄目な僕のまま。
レンと喧嘩して、その後にリーダーたちが来て。
そして、僕と瀬里の二人きりになったレッスンルームで。
僕は膝を抱えて、悶々と考えていた。
「うううう…」
「みー君っ!?あんまりネガティブにならないでよー?」
隣に座って困り顔をしている瀬里の声が、やけによく響く。
僕が黙っていると、瀬里は僕の背中に手を当てて、ポンポンと優しく叩いた。
…何だか、スッゴク子供扱いされてる気分。
まぁ、確かにさっきのは子供すぎたよね。
「あの時現場を見てない私が言える立場じゃ無いけどね、多分今回は必要な喧嘩じゃなかったのかな~?」
瀬里はそう言って、僕の背中から手を離した。
「必要な喧嘩?あれが?」
どう見ても、僕がレンに当たっただけだ。
出来ないのは自分のせいなのに、レンのせいみたいに言ってしまったんだ。
「だって、今回で初喧嘩だよ?みー君とレン」
瀬里はそう言って、小首を傾げた。
可愛い。…じゃなくて、確かにそうかもしれない。
必死に記憶を手繰り寄せてみる。
「本当だ。初めてだ…」
僕は呆けたように空中を見て呟いた。
間の抜けた僕の顔が可笑しかったのか、瀬里はクスッと笑った。
そして、手元のペットボトルを取って、キュッと音を立てて開けると、一口くいっと飲んだ。
瀬里の好きな、炭酸水。
味も何もついていない、純粋な炭酸水が、瀬里は好きなんだ。
そう言えば、瀬里はレンにどんなイメージを持っているのかな?
僕は唐突にそう思った。
僕にとってのレンは、僕の欲しいもの、なりたいものを全て凝縮したようなもの。
たとえるなら、真っ暗な夜道の道しるべ。
僕はこっちに行けば良いんだ!って信じさせてくれる存在。
「ねぇ、瀬里。瀬里は、レンをどんな風に思っている?」
僕がそう問うと、瀬里は一度僕の顔を見てから、天井を見上げて考え出した。
眉をキュッと寄せて、目を細めていて、真剣に考えてくれているのが分かる。
暫くそうしていてから、突然バッと此方を見た。
「キューピッド!」
「へ?」
「だから、キューピッドだってば!レンは、私たちの、キューピッド!」
興奮したように目を輝かせて言う瀬里に、僕は困惑するばかり。
キューピッドって、恋の神様だっけ?
「レンはさ、私たちの恋を叶えてくれた、大事な人だよ」
瀬里は僕の手を取って、念を押すように言った。
僕はそこで、ハッとした。
あの時、レンはこの言葉を言って、僕の背中を蹴っ飛ばしたんだっけ。
あの小さな体で、全力で。
凄くカッコよく。
「ウジウジしてたとしても、最後に走り出せるなら、それは全然カッコ悪いことじゃねぇ」
僕は呟いた。
あの時、レンが乱暴な口調で言った言葉を。
僕を、肯定してくれた。
口元が緩んだ。
そんな僕を見て、瀬里は微笑んだ。
そうか。
僕は、何となく、寂しかったのかもしれない。
そして、苛立ったんだ。
レンと同じ気持ちを共有出来ない自分に。
何の為に、誰の為に、歌っているのか、踊っているのかが、分からなくなってしまったんだ。
「そっか。僕、焦ってたんだ」
自分の気持ちが、やっと分かった。
もっと上手く出来るようになれば、意味が見つかる気がして。
何故、自分なんかがアイドルなんてやっているのか。
流石に、そんな簡単には意味なんた見つからないけど。でも。
「ねぇ、瀬里。僕、離れたくないよ。此所に居る誰とも。レンも、リーダーも、アユさんも、カイさんも。勿論、瀬里も。奈都乃ちゃんだってそうだし、森坂さんもだ。僕ね、ワルジェネが、大好きなんだ」
そう言うと、瀬里は僕の後ろにまわって、腕を僕の首に絡めて来た。
そして、穏やかな声色で言った。
「分かってる。私もそうだよ。ワルジェネ、大好き」
もっともっと、上手に歌えるようになりたいな。
もっともっと、上手に踊れるようになりたいな。
そうしたらさ、見つかる気がするんだ。
このワクワクしている感情の理由が。
だってもう、手離せそうにないんだ。
体に直接響くような、歓声も、頬を染め感動を籠めた沢山の笑顔も。
全ては、ワルジェネのお陰なんだから。