2、君みたいにはなれない
だれも、ぼくをみないで!!
幼いながらにして、そう拒絶の言葉を叫んだのを、覚えている。
『御影君、カッコいい』
『私ね、この間ショッピングセンターで見たよ。カッコ良かったー』
『いいなー』
『オシャレとかするのかなー』
『絶対するよ!』
『カッコいー!!』
勝手なイメージの独り歩き。違うよ、僕はそんなんじゃない。
『あいつ、調子乗ってるよな』
『全然しゃべんねぇし。詰まんねぇヤツ』
『カッコつけかよ』
『おい、あいつと話したら友達じゃねぇからな』
『分かってるよ。他のヤツにも言っとくぜ』
止めてよ。僕と話したこともないじゃん。決めつけないでよ。ねぇ、待ってよ…!
これ以上、出任せの噂が広がるのが嫌で、誰かと仲良くなろうとするのを止めた。僕は誰とも関わっちゃいけないんだ。
友達なんか、要らない。それが僕の結論だったのに。
『なぁ、ヨッシーって呼んでもいいか?』
『一緒にダンスしようぜ!』
『お前、変なヤツ!面白っ!』
君は、違ったね。ねぇレン。君みたいに、僕はなりたいよ。
***
帽子に、伊達眼鏡をかけて完成。
僕は鏡の前でしっかり変装できているかを確認すると、ナップサックを担いで部屋を出た。
台所に居る母と姉に声をかけ、僕は家を出た。
家の近くの駐車場に停まっている見慣れた車を見付けて駆け寄り、乗り込んだ。
「おはようございます」
「おー」
ワルジェネ総マネージャーの森坂さんが、運転席から振り返って、優しく笑った。
そのまま走り出した車の窓から、町を見た。
僕の住む住宅街を抜け暫く進むと、大きなビルが見える。
その隣の広告塔には、ワルジェネのアルバムの広告が貼られている。
こういうのを見ると、あぁ、有名になったなぁと思う。
売り出して直ぐは見向きもされなかったのに、凄いよねぇ。
必死に手渡ししていたけど、ほとんど見向きもされなかったビラが今じゃプレミア付いていたりするんだよ?
「吉野。事務所についたら直ぐにレッスンルームに行け」
「はい」
事務所は一昨年引っ越しして、綺麗なビル一つがうちの西川プロダクションの事務所となった。
所属するタレントやモデルさんなんかも最近では増えてきた。
お陰でセキリュティばっちりの、設備も万全な五階建ての事務所となった。
事務所について、受付で挨拶。
森坂さんは車を置いてくるから、先に行ってろとのこと。
「おはようございます、吉野さん。直ぐにレッスンルームに行くように入っています」
受付嬢の嶋さんに言われ、僕はエレベーターに乗った。
今日はレンとのデュエットのレッスンなんだ。
レコーディングもした。
この間撮影した、来月発売のMarchでデュエットのことが正式に発表される。
レッスン、頑張らないと。
僕は気合いを入れ直すと、調度エレベーターが止まり、僕はレンが待つであろうレッスンルームへ直行した。
今日は歌うから、昨日は保湿機かけて寝た。
コンディションは整えてきた。
「おはよーっす、ヨッシー」
僕が入ってきたのに気付いて振り返り、レンはいつもの如くニカッと笑った。
僕もおはようと返すと、部屋の隅に荷物を置いた。
そして、パーカーを脱いで、レッスン用の服装になった。
「濱野さんと檍さん、遅れるってさ。先にやってようぜ。しかも、二時間くらいらしいぜ?良かったよな。今日は二人とも午前は仕事ないし」
レンは体をほぐしながら、楽譜を見たままで言った。
その目はプロのアイドルそのもの。真剣だ。
僕は負けてられないと思い、レンの隣で柔軟体操を始めた。
今日は歌とダンスを初めて合わせる日だ。
振り付けはいつものアイドルのもので、決して簡単じゃない。
僕は苦手でもないけど、レンに付いていくのは大変だからね。
本当、そんなに頑張らないでって言いたいよ。
付いていく側からしたら、ハードすぎる。
互いに準備を終えてから、音楽がかかるようにセットして、所定の位置でスタンバイする。
目で合図しあい、位置取りをする。
イントロが流れる。
それに合わせて踊り出す。
ステップはそろった。
イントロだけなら、歌はまだ入ってないから、前とダンスのみのレッスンと変わらない。
問題は次だ。歌の部分に差し掛かった。
僕から歌い出す。僕の後でレンが踊る。
そしてレンが被さるようにして歌い出すと、サビ。
そこで一緒に歌い、更にダンスもする。
そのダンスの入りがどうもタイミングが合わず、音楽を停止した。
「練習なんだし、何回も出来るんだからさ!そう思い詰めた顔すんなって!今の所は、俺も難しいって思うし。もっかいやろうぜ!」
レンは持ち前の明るさを振り撒いて、僕の背中をバシバシ叩いた。
僕は力なく笑って頷いた。
それから、何回かやってみるけど、結果は変わらない。
明らかに僕が遅いんだ。
段々と苛立ちが募っていく。
こんなんじゃ駄目だ。もっと、もっと…!
余計な力が体に入っているのが分かる。
リラックスしようにも、出来ない。
レンの鮮やかなステップや身のこなしを見ると、胸がざわめく。
やだよ。置いてかないで。
これ以上、努力しないでよ。
黒い感情が、渦巻いている。
「ヨッシー。疲れてる?」
何回目か分からないけど、レンがタオルで汗を拭う僕にスポーツドリンクのペットボトルを差し出して言った。
その表情は笑ってはいるけど、目は気遣わしげに揺らめいている。
――――止めてよ、そういうの。本当に、自分が惨めに思えてくるじゃんか。
「大丈夫だよ」
思わず声が刺々しくなってしまう。
ペットボトルを受け取らずに、レンの脇をすり抜けた。
自分でも酷いことをしてると思う。
レンは全然悪くないのに。
「ヨッシー…」
レンが僕の肩を掴んだ。
その手から伝わる熱が、僕の体に浸透していく。
元々冷え性なレンの手が、今は凄く熱い。
レンは努力してる。…でも。
「なぁ、何か思うことがあるなら言ってくれ。黙ってたら、分かんねぇよ」
レンの声が困惑を孕んでいる。そりゃそうだ。
僕が不機嫌を、況してやレンに向けるなんてことは、今までなかった。
止めろ、それは違う。言うな、言っちゃ駄目だ。
なのに。
「…疲れるんだ」
「え?」
僕はレンを振り返った。
レンを真正面から睨んで言った。
「レンが熱すぎて…疲れるんだよ。僕はレンとは違うんだ」
レンの瞳が揺れた。ズキリと心が痛んだ。なのに、口は閉じてくれない。
「僕はレンみたいな才能は何一つとして持ち合わせていない。ダンスも歌も、レンの努力の数倍の努力をしなくちゃ、レンには追い付けない」
「っ!何だよ、それ…っ。まるで、俺が頑張っちゃいけないみたいじゃないか!」
レンが目を鋭くさせて僕が言った。
僕もそこで、冷静な判断が出来なくなった。
「そうだよ!なんで僕を引き離そうとするんだよ!僕の力なんて、たかが知れてるんだ。なんでこんなに自分に失望しなくちゃいけないんだ!」
レンが怒った顔で、僕の胸ぐらを掴んだ。
そして、僕を睨み上げた。僕も睨み返した。
そこで、レッスンルームの扉が開いた。
叫び声が聞こえたのかもしれない。
防音なはずなのに。
扉をしっかり閉めてなかったのかもな。
「お前ら、何してる!?」
森坂さんの声だ。
「本気で頑張ってる奴に、たとえそこに結果が付いてこなくても、俺は責めねぇ!でも、諦めんのは、許さない!」
レンは真っ直ぐに僕の目を貫くように、僕を見た。嗚呼、何で。
「僕が諦めるだけのことをしてきたのは、レンなのに。…どうして?」
声が低くなった。
こんな声、出したことなかったな。
自分でも、こんな声が出せるなんて、初めて知った。
「止めろ、お前ら!おい、手ぇ貸してくれ!」
森坂さんの声の後に、バタバタと数人の足音がして、息を飲む音がした。
レンが僕を悔しそうに見た。
「何だよ、俺が全部悪いのかよ!?可笑しいだろ、止めんな!ずっと俺は、完成点だけを目指しているのに――――」
僕はレンの手を振り払った。
「僕は憎いよ。僕の欲しいもの全部持っている君が…。持たない人間のことなんて、考えたこともないんでしょう…!?」
レンの目を真っ直ぐ見て言った。
「僕は、君みたいにはなれない」
「そこまでだよ」
僕が言いきったところで、僕らの間にリーダーが割り込んできた。
リーダーは厳しい目を僕たち二人に向けた後、一言言った。
「これ以上の口論は、ワルジェネのリーダーとして、許さない。ましてや二人ともプロなんだ。仕事仲間でこんなとしてる暇、有ると思ってるの?」
有無を言わさないその口調に、僕もレンも口を閉じた。
そして、レンは僕を一瞥した後、タオルとペットボトルを拾って、レッスンルームを出ていった。
扉付近には、アユさんとカイさんが立っていた。
森坂さんは、少し入ったところで腕を組んでいた。
リーダーは僕の目の前で厳しい表情を崩さない。
…また迷惑をかけてしまった。
僕はそこでズルズルとしゃがみこんだ。
手に持っていたタオルを被って、盛大にため息を吐いた。
「僕、最低だ…」
ぽつりと呟いた。
僕は、天の邪鬼だ。
本当に伝えたいことさえ、君に伝えられない。
君の隣にずっと立っていられる、その術が、どうしても欲しい。