1、空っぽだから
遅くなりました。超難産です!これから完結までの一週間、毎日正午に投稿します。
…もしかしたら、全部投稿した後に書き直すかもしれません。
ここは、とある都内のスタジオである。
そこで今、僕は撮影をしている。
一応、される側なんだ。
僕は向けられたカメラに、にっこりと微笑んだ。
なんでも癒しオーラ、なるものが僕の魅力らしくて、この表情が一番人気がある。
ただ、バリエーションに欠けるけどね。
それはリーダーにも指摘されてて、今は熟慮中。
今日の衣装は、メンズブランドのrainで纏めてある。
読者アンケートで、デートの時に彼氏に着て欲しいブランドで見事一位を獲得したブランドらしい。
イメージは爽やかとか、可愛いとかって感じかな。
メンズものなのにパステルカラーが取り入れてあって、なおかつオシャレだっていうのが人気の秘密らしい。
僕はその一着万はいくだろう衣装を極力汚すまいと、気をつけて撮影に挑んでいる。
「吉野君、首傾げてみてくれるかな?」
カメラマンの要望に答え、僕は右に少し傾げた。
ずっと同じ表情なのも可笑しいから、すっとすました表情をとる。
カメラのフラッシュに合わせて、表情やポーズを変えていく。…でも、僕、これが苦手なんだよね。
アユさん、これが凄く上手いんだ。
それを言ったら、リーダーに「あいつはただ調子に乗っているだけだ。余り甘やかさないように」と言われた。
リーダー、アユさんには厳しいよね。
「お疲れさま!じゃあ次、レン君行ってみようか!」
「うぃっす!宜しくお願いします!」
僕の撮影が終わると、次はレンの撮影。
やって来たレンは僕と目が合うと、ニカッと笑った。
これ、巷じゃレンちゃんスマイルって言われて人気なの、本人は知ってるのかなぁ。
「良かったぜ、流石ヨッシー!色男!」
そう言って僕の背中をバシバシ叩くと、レンは走って行った。
背中にヒリヒリとした感覚を感じながら思う。
ほんと、レンは格好いいよ。
僕よりもずっと小さいのに、器が大きい。
いつも笑顔だし、なんかもう、行動からしてイケメンなんだよね。
顔がいいのはアイドルなんだし、当然だけどね。
男前なんだよなぁ、レンは。
「みー君、お疲れさま」
僕に駆け寄って、タオルを渡してくる可愛いこの子は、瀬里。
僕の専属マネージャーで…彼女。あ、内緒だよ?知ってるのは所属グループのメンバーとマネージャーくらいだし。
デートは家に招くくらいかな。外は出歩かない。
それに仕事じゃいつも一緒だしね。
「浮かない顔。どうかした?」
心配そうに話しかけてくる瀬里にやんわりと首を振って、心配しないように言った。
レンへの劣等感なら何時ものことだしね。
「もしかして、さっきレンちゃん、吉野君に何か失礼なこと言っちゃった?」
そう心配そうに話しかけてくるのは、レンの専属マネージャーの、奈都乃ちゃん。この子も凄くいい子。
レンへの配慮が凄いんだよ。幼馴染みパワーってやつかな。
マネージャーのお手本みたいに、レンの行動を読んで自分も行動している。
それを言ったら、カイさんは「レンは分かりやすすぎるんだよ」と言っていた。
僕はレンが突飛すぎて分からないんだけど…。
おっと、奈都乃ちゃんが声かけてたんだった。
そこで、心配そうな奈都乃ちゃんに意識を向けた。
「ううん…。勝手に僕が比べて落ち込んでるだけだよ」
僕はそう言って、スタッフさんが勧めてくれた椅子に座った。
お礼を言って紙コップを受け取ると、それを飲み干した。
そして、無言でレンの撮影を眺めていた。
「いいね、レン君!あ、その表情最高!」
カメラのフラッシュの中、いつも通りの笑みを惜しげもなく披露して、レンは立っていた。
…凄いや、レンは。レンだけじゃない。
僕以外のワルジェネのメンバーも。
リーダーも、アユさんも、カイさんも。
皆、目的があってアイドルをやっている。
…僕だけは、何も無いし。
元々は、僕はレンについていく感じでメンバー入りしたしね。
特に大した夢も無かった。
でも、始めはレンもそうだった。
好奇心のままに行動した結果だとか言っていたけど、お兄さんの死を乗り越えて、レンは更に大きい人になった。
本当、尊敬するよ。
「吉野君、レン君とツーショット、お願いできるかな?」
スタッフさんから声がかけられ、はっとすると僕は立ち上がった。
紙コップとタオルを椅子に置くと、立ち上がった。
いけない、今は仕事。
折角レンとのデュエットの話を雑誌で取り上げてくれたんだから、この仕事は絶対にヘマは出来ない。
大事じゃない仕事なんて無いけど、これは取り分け大事な仕事なんだ。
案内されたのは、カフェのセット。
白い円テーブルに、水色の椅子が二脚。
マリンボーダーのパラソルが建てられている。
「じゃあ、右に吉野君、左にレン君座ってくれる?カフェで飲み物が来るのを待つ二人、っていう感じで。自然な感じでいいよ」
「はい」
「うぃっす」
目の前に座るレンと目を合わせて確認した。
レンと二人でなら、たまに変装して出掛けるくらいならする。
その時にカフェとかにも入るし。時間潰しに。
瀬里とは出歩けないし、レンならたとえバレてもスキャンダルになんかならないし。
「なーヨッシー。カフェとかよく行くけど、こういう如何にも女子っていうところは行かないよなぁ」
「…まぁ、今回は女性向け雑誌だしね。これ、表紙にしてくれるらしいよ」
他愛ない、いつも通りの会話をする。
レンとだと、仕事でもそうだ。
レンはオンとオフにそんな差はない。
強いて言うなら、オンの方がハイテンションかな?
「マジでっ!?」
表紙、という言葉を聞き、レンは目を輝かせた。
僕はそれに苦笑した。
ほんと、レンってば元気だなぁ。
今日の僕らの写真が載るのは、有名女性雑誌のMarchだ。
雑誌の表紙は印象に残りやすい。
そこから僕らのデュエットが広まれば…と、レンは考えているんだろう。
元々はレンよりも僕がやりたがっていたんだ。
本気、見せなきゃね。
僕は得意のにっこりを披露した。
フラッシュが点滅しても、そっちに意識は向けちゃ駄目。
これは、新人時代に教わったこと。
あの頃から比べたら、僕も成長したよね。
「なぁヨッシー、最近、どうだ?」
「へ?」
いきなりのレンからの質問に、僕はポカンとした。
あ、表情崩れちゃった。
僕はレンの顔をマジマジと見た。
…ふざけては、無いよね。いたって真面目。
でも、何で?
「え、どうって。変わり無いよ?というか、学校のクラスも一緒だし、事務所でもほぼ一緒だし…。レン、ずっと近くにいるじゃん」
「あ、そうだよなー」
誤魔化すように笑うレンを、僕は不思議に思った。
レンが誤魔化すとか…。どうしたんだろう?
「何でもない」
レンがそう言ったところで、撮影終了の声がかかった。
レンはそれを聞いて立ち上がると、まわりに挨拶して、さっさとスタジオを退室して行った。
そうだ。僕はここで今日の仕事は終わりだけど、レンはこの後にバラエティの収録だっけ?
レンの後を、奈都乃ちゃんが駆け足で付いていくのが見えた。
このままタクシーで次の仕事か。
レンは個人の仕事も沢山あるんだよね。
僕はグループかレンとのセットが多いからなぁ…。
僕も立ち上がり、スタッフさんたちにお礼と挨拶をすると、瀬里と共に退室した。
僕、このままでいいのかな…?隣に瀬里が居るのに、そんなことを考えてしまう。
駄目だ。仕事スイッチが入ってないと、ネガティブになり勝ちだ。
「みー君。今日はお疲れ様っ」
そうやって可愛く笑って僕を見上げる瀬里にも、ぎこちない笑みしか返せない。
「瀬里。僕、このままで良いのかな…?」
「え?」
「っ!何でもないっ!」
僕は思わず呟いてしまった言葉を無かったことにするために、瀬里を振り切るようにして、楽屋に向かった。
「みー君…?」
僕の後ろ姿を、悲しそうに見つめる瀬里に、気づくことなく。
僕は、皆のように芸能界に居る明確な理由が無い。
趣味だって、これといったものはない。
レンみたいにダンスや歌に天賦の才を持っているわけでもないし、リーダーみたいに頭が良いわけでもない。
それに、アユさんみたいにトーク力があって、オシャレなわけでもなく、カイさんみたいに芸能界でもとびきりの美形で努力家というわけでもなく。
何をするにしても、僕は彼らには敵わない。
僕は成り行きでワルジェネに入って、そこが心地よくて。それだけの理由で、僕はアイドルでいる。
僕は、いつも自分の意思を持てない。
だって僕は、空っぽだから。
駄目だな。昔はもっと上手く考えれたのに。
レンが抜けて、また帰ってきて。
それは凄く嬉しいことなのに、同時に焦りも出来てきた。
レンは、はっきり言って天才だ。
ダンスも歌も、全部感覚で考えることなく形にしてしまう。
一年のブランクを、さっさと取り戻してしまうくらいに。
今までは、レンは特別レッスンを頑張ったりはしなかった。
だってレンは天才で、手を抜いても問題無かったんだから。
だけど、お兄さんの死を乗り越えたレンは、゛自分の為に¨頑張り出した。
その成果は、目を見張るもので。
ソロデビューの話だって、本当は上がってたんだ。
だけど、レンが僕とのデュエットを強く押してくれたから、今、二人で歌えている。
楽屋に入って、ドアを閉めると、壁に体を預けた。
そのままズルズルと腰を下ろすと、自嘲的に笑った。
「…悔しいよ」
まるで僕は、レンのお荷物じゃないか。
だけど、僕は空っぽで。
ねぇ、レン。教えてよ。
どうやって、埋めたらいいんだろう?
空っぽなこの身体は、どうしたら、色を持てるんだろう?
「悔しいよ」
もう一度呟いて、床を強く殴った。
赤くなった拳を見つめ、僕は唇を噛んだ。
…無理だ。僕は、空っぽだから。