10、だから、夢を見る
あのライブから数週間後。
俺はソファーの上でぼーっとしてた。
鬼め。絶対あの人ら鬼だ。
「疲れた…」
ボソリと呟くと、隣でスケジュール整理をしていたナツがプッと吹き出した。
俺はそれを軽く睨んだ。
「何だよ…」
「ううん?なんか、レンちゃんはやっぱりアイドルだなって思ってね?」
ナツはクスクスと笑いながら言った。
俺はそれに、は?と首をひねった。
「や、廃れてるだろ、一年で大分さ」
「そう思ってるのは本人だけかもよ?あ、そうだ。明日、急にだけどバラエティーの収録入ったからね。吉野君と一緒だし、大丈夫だよね?」
ナツは嬉しそうにスケジュール帳に書き込みながら言った。
俺はそれとは反対に顔を青くした。
「ち、ちょっと待てよ!物理的に、地球の摂理の面からして無理だ!人間はそこまで強くねぇ、死ぬ!過労死する!」
俺はガバリとソファーから身を起こし、ナツにすがり付いた。
ナツはただただニコリと微笑むのみ。
ナツめ!カイさんの微笑みスルースキルを会得したか、クソゥ!
「大丈夫。パパもそこは考慮して、かなり短くして貰ってるから」
そーゆー問題じゃねぇぇ!!
「あ、此処に居たの?レン!ほら、レッスン始まるよ」
ヨッシーがやって来ると、俺の心の叫びも虚しく、引きずられレッスンルームへと連行されていく。
今日の午後はずっと檍さんのボイストレーニングだっけ…。
新曲だったかな。
…ハァ。まあ、こうやって皺寄せが来るのは全部俺のせいだっていう、自覚はあるんですけどねー。
さすがに引きずられ続けるのもアレだし、俺はノロノロと笑顔でナツに見送られながら、ヨッシーの後ろを歩く。
あの復活ライブの後、いろんなことがあった。
先ずは事務所への多数問い合わせ。
ファンからのメッセージ。
それらが怒涛のように押し寄せてきて、びっくりした。
そして、番組への出演依頼も多く寄せられた。
俺はというと、一年分のブランクを取り戻すべく、ひたすらレッスン、たまに仕事の日々でした。
これぞアイドル業、か。
疲れたとか言ってるけど、実は楽しい。
兄さんのことを置いておいて見た風景は、あの頃とは違って見えた。
もっとこう…ワクワクした。
多分、自分の為、だからだろうな。
勿論、兄さんのことは忘れてない。
結局ブラコン健在かとか言うんじゃねぇぞ。コノヤロー。悪いか。兄さんと俺は一心同体だよ。
…そう思ったら、少しは恩返し出来るなぁって思えるようになった。
「レン。ねぇ、こないだ案で来ていた僕との二人でのデュエットの件、やってみない?」
ヨッシーが歩きながら提案してきた。
そういえば、そういうのあったな。
「落ち着いたら、な。…分かってるよ、ちゃんと考えとくって」
今この忙しい状況じゃ無理だな~と思いながら言うと、ヨッシーから哀愁漂うオーラが流れてきて、慌てて付け足した。
捨てられた犬みたいな目するなよ…。
なんか凄く悪いことした気分になる…。
「取り敢えずは、ワルジェネの方面でしっかり今までの始末付けれたら、考える」
「そうだね。でも流石レンだよ。飲み込み早すぎ。もうすぐコンプリートじゃん、居なかった一年間の分の新曲の歌とダンス覚えるの」
ヨッシーはそう言うが、実際まだまだ。
覚えはしたけどキレがまだ戻ってない。
濱野さんにも言われてるし、早々に身に付けなくては。
リーダーの時折吹かせるブリザードも怖いし。
アユさんのふざけた野次は究極にウザいし。
超ウザメン。ウザい、メンドイでウザメンだ。
決してウザいメンズではない。
まあ、それでもいいが。
「ねえ、ワンダフルにしようね」
ポツリとヨッシーが言った。
は?と俺はキョトンとしていた。
それを見てヨッシーは眉を少しきゅっと寄せると、俺を咎めるような口調で言った。
「僕らのグループ名、忘れたの?」
あ、そういうことか。
ワンダフルジェネレーション。素晴らしき年代。
俺らそのもの、だっけ?
最高の仲間にしようって、付けられたんだよな。
合点した俺は、ヨッシーと目線を合わせてニヤリと笑った。
「おう、ワンダフルにしようぜ」
レッスンルームに入ると、他のメンバーが皆スタンバっていた。
俺らが入ると、待ってたと言わんばかりに、皆ベッドフォンを付けた。
「今日もみっちりするからね」
檍さんはニコリと笑ってから、譜面を見渡した。
俺とヨッシーも、出遅れないようにベッドフォンを付ける。
さあ、皆堂レン、出陣。
「始めから一回通すよ!ワン、ツー、スリー、はいっ」
流れるイントロ。これは、感謝の歌。
あの日、俺らはがむしゃらに、純粋に夢を見た。
アイドルとして、大舞台に立つこと。
大勢の観客を笑顔にすること。
そして…。
その為に、失ったものは決して小さくはないけれど…。
だからこそ、今この時を、大切に大切に、生きていこう。
まだまだこの場所は危うい。
芸能界なんだ、競争なんて当たり前だろ。
だから慢心なんてしない。
突っ走る。ずっとずっと。
俺の脳裏に、光の射し込む病室の、カーテンが靡く光景が流れた。
思わず微笑む。へへ、大丈夫だよ。心配すんな。
俺の中の彼にそう話しかける。
もう迷ったりしない。
もう逃げ出したりしない。
精一杯、この命の限り、俺は歌い続ける。
みんなが、そして俺自身がそう望むから。
目を合わせて、メンバーで合図をする。息を吐き出す。
俺は全世界に向けて宣言するような気持ちで、歌い出した。
ワンダフルすぎるメンバーたちも居るし、超心強い。多分、俺らは最強。
ここで満足するには足りなさすぎるんだよ。もっと貪欲に、もっとクールに。求めたって、いいじゃん。
だから、俺は夢を見る。
Are you ready?
準備はいいかい?
イントロは、ここまで。
ここからが、俺らの時代。
さぁ、叫べよ。
ワルジェネ最高!ってさ?
***
『先日、一年間の活動休止を経て、ワルジェネこと、ワンダフルジェネレーション所属の皆堂レンさんが、活動復帰を発表しました。皆堂さんは、ワルジェネのファンの間ではレンちゃんの愛称で親しまれており、待望の彼の復帰により、コンサートはファン熱狂の渦に飲まれたそうです。今月末発売予定の新曲も、予約が殺到しており、入手困難な見通しです』
「うわ~。ね、ヤバくない?水堂、めちゃくちゃ人気じゃん」
学校帰り、寄り道のカフェで、雑誌を見ながら柿畑李々子は呟いた。
その向かいに座る木崎秋良は苦笑した。
「なんかそうっぽいな。にしても、レンちゃんねぇ、今度言ってみるか?」
「止めときなよ、水堂、多分ダンスのレッスンとかで体力ついてんじゃないの?蹴りとかパワーアップしてそう…」
自分の彼氏の冗談に、冷静に切り返す。
それを聞き、木崎は顔を少々青ざめさせてから、素直にうんと頷いた。
そこで、柿畑がふと言った。
「そういや、昨日メール来てた。水堂、やっぱ普通科から芸能科に転科するらしい」
「あ~。やっぱりか!!仕方ないとは思うけど、なかなか会えないのは寂しいわね」
柿畑は自分の頼んだクリームソーダをつつきながら拗ねるようにして言った。
「まあ、やろうと思えば部活の権限使って行けばいいんじゃねえの?」
「あ、さすが秋良ね!メールでアポしといてよ、やったわ、スーパーアイドルのコネゲット!」
冷静な木崎を前に、柿畑はガッツポーズする。
そこで思い出したように、木崎は言った。
「そういや、俺らにありがとうだってさ」
「へ?何かしたっけ、私たち」
キョトンとして柿畑は首を傾げた。
自分の彼女のそんな可愛らしい動作に思わずにやけそうになる顔を引き締めて、木崎は言った。
「なんか、一般的なカップルを見れたってさ」
「一般的…?水堂の周り、一体どうなってんの?どんなバカップルがいるんだか…」
そのバカップルが自分たちの友人の親友で、さらに誰もが知るスーパーアイドルとは知らず。
木崎はさあ…?と言ってから、携帯を取り出して、そのメールを柿畑に見せた。
そこには簡単な文面が数行並んでいる。
しかし、その最後の言葉に、思わず彼女は吹き出した。
「あははっ!水堂、最高ね。こうしちゃ居られないわ、秋良。カメラ新調したくなっちゃった!これから見に行きましょ?」
思い付きの激しい柿畑に、木崎は呆れつつも頷いた。そしてそのカップルはカフェを後にした。
『木崎、柿畑。サンキューな。あと、今度、俺らの話を全校に広めてくれないかな?いきなりマスコミに向けるより、身近なところからじわじわと広げて行きたいんだ。そういう話に、メンバー内で纏まった。取材、してくれないか?みんなに伝えて欲しいんだ。
俺らの見る、夢の話を』
御読了、お疲れ様。そしてありがとうございます。
本当は、これが初めて書いた小説。アイドルものを書きたくて、何となく設定をプリントの裏に書いてたら、いつの間にか出来てました(笑)
レンのお話はここでおしまい。芸能活動の方は、知識が足りなくて。
ここで出てきた設定は、何の調べも無しに想像で書いたものですので、間違いがあるかもしれません。もともと落書き程度のものでしたので、投稿するかどうかも結構迷ってました。
また思い付いたら他のメンバーのお話も書いてみたいかも…。
改めまして、このような拙作を読んでくださった方に、感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。
それでは、またお会いしましょう。
2014/2/19…品川恵菜