1、馬鹿じゃん、俺
思い付きのポッと出た小説第二弾。眠ってたのを、迷いましたが、投稿することに決めました。
「あっちぃ…」
俺は、フードを被ったまま、コンクリートの道を歩く。
あつい、と言ったが、今は夏では無い。春だ。ポカポカと日だまりが出来る春だ。
ただ、今の俺は買い物袋を引っ提げて、スーパーから坂道を全力でダッシュして来たところだった。
お陰で息はゼイゼイと切れているし、汗もダクダクだ。
なぜダッシュして来たかと言うと、まあ俺もいろいろやってたんだよ、うん。後で説明しますってー。
よっしゃ、家まであと少し。やっとついた。
家からスーパーまで一キロ近くあるんだよな、ここ。自転車はパンク中で使えなかった。
いつも修理に出してる自転車屋は定休日だし、マジ最悪だったぜ。
俺は家の前で、最も重要なことを思い出した。
「あ、卵あったんだった…」
***
家に帰って母さんに一発殴られてから、母に土下座し妹のフォローに寄り、なんとか得たウーロン茶一杯を片手にリビングのソファに座った。
くぅ、いてぇ。母さん、最強。
「テレビ、テレビ~っと」
リモコンを片手にスポーツチャンネルを探す。
確か、テニスの試合のリライトがあるはずなんだよな。
あ、俺、テニス部なんだぜ。あ、元か。
今は調度、高校入学前の春休みだから、特別どこの部とかは無いけど。
またテニスしようかは悩み中だ。
「どのチャンネルだっけ…」
リモコンの矢印ボタンをカチカチと押していく。
あー。チャンネル調べておきゃ良かった。
もう始まってるよな~?
「あ」
汗で滑って、リモコンが手から落ちた。
「さあ、今日も始まりましたっ。お昼番組、トークでshow!」
不思議なネーミングセンスのお昼番組の始まりを告げるアナウンサーの声がした。
この番組、見たこと無いや。
最近始まったばかりの、若い世代向けのお昼のトーク番組だっけ。
「今日は前々から宣伝していたように、素晴らしいゲストをお迎えしていますよぉ~っ!では、来て頂きましょう!今や人気絶頂!日本中の女の子のハートを鷲掴みなアイドルグループの、゛ワルジェネ″こと、ワンダフルジェネレーションの皆さんでーすっ!」
「ぶっ!」
思わず、ウーロン茶を吹き出した。最悪。
俺は落ちたリモコンに手を伸ばした。
『結成からもう3年過ぎて、4年目に入りましたが、今自分たちに更に必要だと思うものはなんですか?』
司会のアナウンサーの声がした。
俺はそこでピタリと手を止めた。
『そうですね…。んー。答えられないくらいたくさん有りますねー。でもやっぱり、ファンの皆さんとの触れ合いかな?今年は兼ねてからの目標のドームツアーも有りますし、たくさん機会は有ると思います。全力でパフォーマンスしますんで、応援宜しくお願いします』
そこで、俺の手を泊めていた何かが解けた。
内心ホッとしている。良かった。
「お昼だよ~って、どうしたの?お兄…あ」
俺を呼びに来た妹の磨奈が、テレビ画面を見て固まった。
そして、俺の方へやって来ると、俺が取れずに居たリモコンを取り、テレビの電源を消した。
「お昼の卵チャーハン。食べよ」
その磨奈の声に、やっと俺は動きを再会した。
「ありがとな、磨奈」
「ん。行こ」
磨奈は頷いて、俺より先にダイニングに向かった。
一人残された俺は、髪をぐじゃぐじゃとかきあげた。
「はぁ…。自分から捨てたんだっつぅの…。馬鹿じゃん、俺」
***
母さん特製の卵チャーハン(俺の割った卵の)を食べた後、俺はテレビを見る気にはなれなくて、部屋に戻った。
ベットに寝転がり、高校のパンフレットを開いた。
私立有見亥高校。
それが、俺の行く学校。
何故そこにしたか?そりゃ、家から一番近いから。 電車いらんし、やろうと思えば自転車無しでも行ける。
スーパーとは真逆の方向で、家から一キロ未満。俺はそこの普通科。
「お兄。入るよ?母さん特製杏仁豆腐」
コンコンとノックの音がした。
俺が返事をすると、ドアの隙間から磨奈が顔を出した。
「杏仁豆腐?」
「うん。溶かして固めるだけ」
「言っちゃ駄目だろ」
俺は磨奈の言葉に苦笑した。
磨奈はお盆を俺の部屋のテーブルに乗せて言った。
「私もここで食べていい?」
「ん?いいよ」
俺はパンフレットをベットの上に置き、テーブルの前に座った。
磨奈は俺の前にガラスの入れ物に入った杏仁豆腐を置いた。
やっぱり飲み物はウーロン茶だった。
「それ、高校のパンフレット?」
「ああ。明日から通うとこ。見る?」
「見る見る。私も多分そこ行くし」
磨奈にパンフレットを手渡すと、磨奈は垂れてきた髪を耳にかけて、そのパンフレットを読み始めた。
「へー。結構いろんな科あるんだ。へぇ…」
磨奈は真剣に見始めた。
本当にここに来る気なのかも。
磨奈ならもっと上に行けるのにな。
もし磨奈が来るなら二年後か。
ギリギリ被るな。
「お兄は普通科だったっけ」
「ん。一番無難だろ」
俺はそう言いながら、目の前の杏仁豆腐にありつく。
うん、変わらない市販の美味しさ。ありがとう。
でも、磨奈は真面目だな。
パンフレットって、俺は普通科の説明と入試予定の覧しか見てないし。
「へぇ…?」
まだパンフレットを見ていた磨奈の目が一瞬止まったのを、俺は気が付かなかった。
磨奈はパンフレットを素早くしまうと、俺に聞いた。
「お兄、これちょっと借りていい?」
「え?いいけど」
「ありがとー」
磨奈は自然な笑みを浮かべた。
そして、脇にパンフレットを置くと、いただきまーすと手を合わせて笑った。
今思えば、この時の磨奈の行動に気付けていれば良かったんだ。
***
そして、翌日。入学式。
お昼すぎの、これこそ春だ!って感じの天気だ。
やっぱりね。俺、晴れ男だから。
「装備万全、知り合い無し。完璧っ」
俺は小声で学校の前でそう確認してから、一歩踏み出した。
因みに今の俺は眼鏡をしている。
え、伊達だよ?もちろん。
俺は生まれてこのかた両目2.0ですから。
何故って?…大人の事情さ。察してくれ。
知り合い無しっていうのは、実は俺、今の家に引っ越して来たばっかなんだよね。
春休み始まる頃にここに来たんだ。
さて、いざ行かん。
俺のハイスクールライフっ!逆高校デビューを目指す。
高校の定番、桜の並木道を歩く。この期待を裏切らない所、いいよね。
「キャアアアッ!!」
後方で黄色い悲鳴が上がった。何だ何だ。
俺は振り返った。そこには、人の塊が出来ていた。
どうやら女子が多いようだ。
一体、中心には何があるのか?
「嘘っ!マジで!?」
「やっぱりあれ本当だったんだねっ!」
隣を女子生徒二人が駆け抜けて行った。何があったんだろう。
「今年で現ワルジェネメンバー全員この学校に通ってることになるね!」
「っ…!」
ズッコケそうになった。
てか、それより。え、今の聞き間違いだよね!?無理無理無理。
俺は人の塊を振り返った。
俺の考えが正しければ、そこにはアイツが居る。
「あのっ!ごめんなさいっ!通してください!」
叫び声がした。本人じゃん。
てか、マネージャーは?
何やってんのさ?
俺は眉を潜めた。
このまま行こうか?でも、後味悪いし…。
なら、助ける?
でもなぁ…バレると正直メンドイし。
「すみませんっ!お願いします!」
………チッ!
「あーもぅっ!世話の焼ける奴っ!」
俺は後ろに駆け出した。
いきなり駆け出した俺を見ても、驚いた生徒は居ないようだ。
なんたってワルジェネだもんな。
男にだってファンは居るさ。
えーいっ!奥義その一っ!
「とうっ!」
俺は人込みの中に飛び込んだ。
俺は小柄だからか、こういうところに飛び込むの、得意なんだ。
小さい頃、よく母さんに女の戦場に飛び込ませられた。
チビって言うなよ。まだまだ希望はある。
意外と簡単に中心に入れた。
「あのっ!ちょっとっ!」
「吉野君っ!握手してっ!」
「サインくださーいっ」
人だかりの中央の、オロオロしているイケメンのズボンの裾をチョイチョイと引っ張った。
「ヨッシー、俺について来て」
「ん?今、レンの声の幻聴が…」
「馬鹿言うなっての。さっさと来いっ!」
俺はヨッシーを無理矢理しゃがみませた。
びっくりしているヨッシーに、口元に人指し指をあててしーっのポーズをすると、ヨッシーが消えたと騒ぐファンの足下をゴキ○リもびっくりのスピードでサカサカとヨッシーと通過。
抜けた後は、全力で疾走!!!
ヤバイ。昨日に引き続いてこれは…キツい。
ゼイゼイと校舎裏で息を整えていると。
ひょいと伊達眼鏡を取られた。
「あっ!」
俺が取り返そうと手を伸ばしたのに、ヨッシーの長身に阻まれ失敗に終わった。
うぐぐ…とヨッシーを睨み上げた。
くそぅ。いや、こいつが無駄に長身なだけだ。
俺は普通サイズなんだ。そうだ。
「やっぱりレンだ」
そう言って一発で女子たちを骨抜きにする微笑みを浮かべた。
けっ。イケメンめ。
「そんなヘラヘラしてっからあんな風に捕まるんだぜ。せめて、マネージャー着けろよ」
「へ?あ、そういうこと。だって、瀬里に無理して欲しくないし」
あ、ウザドイ。ヨッシーがノロケモードになった。
ウザイ、メンドイでウザドイな。
「僕は瀬里一筋だからっ!」
「黙れバカップル。リア充爆発しろ」
「酷いっ!」
ふむ。ヨッシーはあんまり変わらないらしい。
こいつは吉野 御影。
芸名、吉野 影斗。
男性歌手グループのワンダフルジェネレーションのメンバーだ。
長身と甘いマスクが魅力なんだとよ(棒読み)。
そしてなんとこいつ、自分の専属マネージャーの橋本 瀬里とフォーリンラブしたのだ。
今はお忍び、公開は三十過ぎたららしい。
なかなかストイックだよな。
まあ、二人は仕事してるだけで幸せらしいし、バレることは無いだろうね。
でもなぁ…。あのオドオドしてた男がいきなり一人の女の前ではノロケモードに入るって、生で見るとなかなかシュールなんだぜ…。
「でも、良かった。心配してたんだ」
不意にヨッシーは言った。
「また、レンは戻って来るんだよね?」
ズドンと俺の心に、それは忘れていた罪悪感を撃ち込んだ。
分かってる。悪いのは、俺。
「ごめんな、ヨッシー」
俺はヨッシーを見上げた。
今だ訳が分からない様子のヨッシーに、俺は残酷な言葉を告げる。
「俺が皆堂 レンになることは、もう二度と無い」
「…え?」
ヨッシーの目が大きく開かれた。
この話の冒頭、俺が息を切らしていた訳。
それはファン数人に顔を見られて逃げてたから。
皆堂 レン。
アイドルグループ、ワンダフルジェネレーションの長期活動休止中のメンバー。
それが、この俺、水堂 廉也の捨てた、もう一つの姿。