第六章:決着!
夜十時三分。僕は待ち合わせ場所の近くのコンビニにいた。例によって週刊雑誌を手に取って読んでいる。
火曜日と木曜日のこの時間帯、僕はこのコンビニの常連客と化していた。店員さんの顔も覚えた。それもこれも全ては凛のせいだ。
しばらく雑誌を読んでいると、(実は火曜日にも読んだので、これで二回目だ)コンビニのドアが開く。
「お待たせ」
凛が来た。一直線に雑誌コーナーへとやって来るという事は、僕がいつもそこにいるというわけで、つまり彼女の遅刻の歴史を物語っていた。
「十時五分。いつもより早く来たという事を、俺は褒めるべきか?」
雑誌を閉じながら僕が聞く。凛は、ちっとも悪びれずに言った。
「まあまあ、ヒーローは遅れて登場するって言うでしょ?今日は絶対に買って、何としてもあっちゃ……」
「行くぞ」
凛は僕が話を聞いていない事に少し機嫌を悪くしたようだが、素直について来た。
僕はコンビニのドアを押し開ける。途端に夏の夜の、ムワッとした空気が押し寄せてきた。
「紙、持って来た?」
現場に到着して開口一番に凛が言う。
「ああ」
僕は返事をしながら、ポケットから小さな紙を取り出した。凛も似たような紙を取り出し、僕たちは互いに交換する。
「ルールはちゃんと分かっているよね、あっちゃ──」
「黙れ」
「……」
全く。油断も隙もない奴だ。
「まあ、とにかく。自分のお題と相手のお題の両方を先に見つけたら勝ちだよ。そうしたら携帯でもう一方に連絡ね」
「分かってる。じゃあ始めるぞ」
こうして、勝負の火蓋は切って落とされた。もちろん負けるつもりは毛頭ない。誰にだって譲れないものはある。負けたら僕は“あっちゃん”になってしまうのだ。
「付いて来ないでね〜」
「誰が行くか!」
走り去る凛の背中に、僕は近所迷惑にならない程度に吐き捨てた。
さて、凛のお題は何だろう。因みに僕のお題は見つけやすさ重視で鉛筆だ。どうせ凛の事、とんでもないお題を出してくるに違いないと思ったから。
僕は携帯電話を開き、ディスプレイから漏れる光で文字を確認した。
「……」
そして絶句した。
「……。何だよ、コレ」
──やられた。
そこに書いてあった文字。それは──。
“魔法少女☆プリキュワ”
「んなもん知るかー!」 夜の町に、僕の雄叫びがこだました。
閑話休題。
取り敢えず、僕は鉛筆だけでも探す事にした。プリキュワは後回しだ。
果たして、鉛筆はすぐに見つかった。短くて汚いピンク色の鉛筆。僕の美学に反するから、いつもなら絶対に拾わないであろう一品だ。
僕はプリキュワ探しに取り掛かる。名前からして、恐らくアニメの何かなのだろう。そこから先は全く想像がつかないけど。
魔法少女。アレだ。女の子が魔法の杖を振り回して変身し、お供の生き物と世界の平和を守るヤツだ。あいにく、僕には姉も妹もいないからこのジャンルは弱い。
ダメだ。時間だけが過ぎてゆく。
その時、ポケットに入れていた携帯電話が、ヴーンと振動した。差出人は凛。
──スタート地点まで来て──
とうとう恐れていた事が起こってしまった。僕はこの場から逃げ出してしまいたかったけど、諦めてスタート地点へ向かった。
「えへっ」
既に凛はスタート地点にいた。その、いかにもしてやったり、という表情がムカムカする。
「どうやら勝負は付いたみたいだね」
「証拠を見せろ」
僕は、わざとトゲトゲしく言う。
「ほら、見て見てコレ。まさにお題にぴったりじゃない?」
そう言って彼女が差し出したのは、一本の鉛筆。ただし全体はピンクがかって、“魔法少女☆プリキュワ”の文字と、杖を構える女の子の絵がプリントしてある。
「あっちゃん、もしかしてプリキュワ知らなかった? 今、ちっちゃい子たちの間で流行ってるんだよ」
「……っと待て」
「ん?」
「ちょっと待て」
僕はポケットから、先ほど拾った鉛筆を取り出した。
「この鉛筆なら、俺もさっき拾った。これで勝負は引き分けだ」
すると、凛が僕の手から汚いプリキュワ鉛筆を取り上げる。
「ダメだよ。あっちゃんの鉛筆は短すぎるから分かんない。現にあっちゃん、これがプリキュワって事判別出来なかったんでしょ?」
「くっ……」
正論だ。凛は、小悪魔みたいに意地悪く、にっこりと笑った。
「今日からよろしくね、あっちゃん」
「ちっくしょぉ〜!」
本日二回目。夜の町に、僕の雄叫びがこだました。