第四章:差出人を探せ・下
「このラブレターを出した犯人だが。何か心当たりは無いかね、ワトソンくん」
「誰がワトソンだよ。むしろ俺の方がホームズだと思うけど」
凛は、すっかりやる気を出したようだ。黒板に要点をまとめている。
「……普通二つ折りの手紙って、封筒に入れるよな。どこかに封筒があるんじゃないか?」
凛は、少し驚いたような顔をした。
「……流石ワトソンくん。その通り。じゃあ早速封筒を探してみよう」 僕は、色々と言いたい事があったが、口に出すのはやめておいた。
僕が教室を出ようと振り返ると、凛は黒板消しで自分の書いた文字を消している所だった。
「ねえ、どこから探す?」
放課後の学校内。吹奏楽部の合奏の音や、合唱部の歌声が聞こえる中を、僕達は進む。
何人もの人達とすれ違った。僕と同じ、所謂帰宅部というやつだ。(凛は一応、文芸部である。現在は幽霊部員だけれど)
あの中の誰かが、手紙の差出人かもしれない。
「手紙の方がゴミ箱に捨ててあったなら、封筒の方もゴミ箱にあるんじゃないか?どこのゴミ箱かまでは、分からないけど」
僕が言うと、凛は頷いた。
「じゃあ手分けして探そうよ。私は一棟へ行くから、二棟を頼むね」
それだけ言うと、凛は殆ど駆け出す体勢に入った。
「おい待て。一棟は特別室や何やらしかないだろ。二棟はクラスが全部あるんだぞ。残っているヤツがいるかもしれない中で、ゴミ箱を漁れと?」
僕は思わず叫んでいた。幸い、近くに人はいなかった。
「何言ってんの。探しているのは誰のラブレター?――というわけで、よろしく〜。後でまたここでね」
「……帰ってもいいですか?」
僕は、去って行く凛の背中に、そっと呟いた。
「ふぅ。あと三クラスで二年は終了か」
あれから十分掛かって、二年の教室のゴミ箱を五つ調べた。残りの三つというのは、最初に見た時には、まだ残っている生徒がいて調べられなかったのだ。
しかしなぜ僕宛のラブレターが、2ーCのゴミ箱に捨てられていたのだろうか。しかも封筒から出た状態で。
僕は、歩きながら考えをまとめてみる。ラブレターを置く場所は下駄箱、と相場が決まっている。あれの差出主が、あのラブレターを2ーCのゴミ箱へ捨てたとは考えにくい。多分あのラブレターも、最初は僕の下駄箱へ入っていたのだろう。
ではなぜそれがゴミ箱に捨てられていたのか。
それは、ラブレターを僕の下駄箱から取り出した人物がいるのだ。そしてその人物は、2ーCの誰かに間違い無い。
ここまで考えると僕は、先程の集合場所へと戻る事にした。恐らく他の教室のゴミ箱には、封筒は無いのだ。
「あっ、すご〜い!グッドタイミングだね。今呼びに行こうとしてたんだよ」
待ち合わせ場所には、既に凛が来ていた。僕の姿を確認して、走り寄ってくる。
「俺の所には無いだろうと思ったから来た。――あったか?」
僕が尋ねると凛は、勝ち誇った顔でピンクの封筒を取り出した。
「ほらほら、コレ見てよ。昇降口の所のゴミ箱で見つけたんだよ」
僕は、貸せと言って封筒を受け取る。昇降口にあったせいか、手紙の方よりも汚れていた。
「え〜と。みどり……かわ……。クソ、かすれているな。緑川遥香って読むのか」
それは、僕の知らない名前だった。しかし、どこかで聞いた事がある気がする。
「俺は知らないな。お前知ってるか?」
僕は凛に尋ねる。凛は少し考え込む様子を見せたが、やがてこう言った。
「私も分かんない。一年生とかかな?」
本当に誰だろう。この名前は、絶対にどこかで見たはずだ。思い出せないのがもどかしかった。
ふと時計を見ると、既に五時をとっくに過ぎている。
「今日は帰るか?いつの間にかこんな時間だし」
凛も頷く。
「そうだね。帰ろっか。私、帰ったら友達に緑川さんの事聞いてみる。分かったら教えるね」
「ああ頼む。俺んちにも名簿があったはずだ。帰ったら調べてみる」
僕達はそのまま昇降口で靴を履き、学校を後にした。
駅で凛と別れた後、僕は鞄から再び手紙を取り出した。字面を目で追う。
女子特有の丸文字。特徴があるわけでは無い。文字から差出人を特定するのは難しいだろう。
その時背後から、声がした。
「おっ、淳じゃん」
「後藤……」
僕に声を掛けたのは、同じクラスの後藤祐介だった。僕とは出身中学が同じで、バスケ部に所属している。
「珍しいな。お前、部活は?」
僕の問いに、後藤は口を指差した。
「歯医者だよ歯医者。まっ、殆どサボリ〜」
後藤は所謂タラシだ。僕は何か知っているかと思い、緑川遥香の事を聞いてみる事にした。
「なあ、お前さ……」
「そういえば淳、お前ラブレター来てたぜ」
僕は驚いた。何故コイツが知っているのだ。ゴミ箱に入っていたのに。
「何で知ってるんだよ」
「えっ、お前も知ってんのかよ。まあいいや。いやね、朝学校に来て下駄箱開けたら、ラブレターがあったんだよ。こういうのはしょっちゅうだからな。封筒はそこらに捨てといた」
「それで?」
「で、教室に入っていざ中身を読み始めたら、宛名が斎藤淳くんじゃないか。頭きて捨てといた」
そう言って、後藤は笑った。
「お前かよ!ややこしい事しやがって」
これで差出人の事以外の全てが繋がった。僕の推理は、大筋で当たっていたようだ。
僕を手間取らせた手数料として、僕は取り敢えず目の前で笑い続ける男の頭を、一発殴っておいた。
そして次の日の放課後。教室が二人だけになったのを見計らって、僕は凛に近づいた。
「私の方は分からなかったよ。他校の人なんじゃない?」
「俺の方は収穫があった」
僕はなるべく自然に見えるように振る舞う。
「えっ、分かったの?」
凛が聞く。
「最後まで聞けって」
そう言って僕は話し出す。
「まず、何故ラブレターがゴミ箱に捨ててあったかについて。これは簡単だ。昨日帰る途中に、後藤に会った。ラブレターは後藤の下駄箱に入れてあったらしい。つまり緑川さんは――」
ここで僕は、一旦言葉を切る。チラリと凛の方を見た。
「入れる下駄箱を間違えたんだ」
「えっ、うそ。そうなんだ」
凛は何やら納得した様子で、しきりに頷いている。
「それで頭にきた後藤は、ラブレターをゴミ箱に捨てたらしい」
「ふむふむ。それで緑川さんの事は分かったの?」
僕は鞄の中から、全校生徒分の名簿を取り出した。
「俺は夕べ、これを三回見てみた。でも、緑川遥香という生徒はいなかった」
「えっ、じゃあ分からなかったの?」
「だから最後まで聞けよ」
今日の凛はやけに結論を急ぐ。僕は続きを――この話の核心を話し出した。
「でも俺は、緑川遥香という名前に聞き覚えがあった。そして思い出した」
凛は静かに聞いている。ここで僕は、再び鞄の中に手を差し込み、一冊の冊子を取り出した。
「これは去年の文化祭の時に、俺が買った文芸部誌だ。この中の作者の一人に、彼女はいた。そうだよな桜庭。いや、緑川遥香さん?」
僕は凛を見つめる。彼女は突然笑い出した。
「あっちゃ〜、バレちゃったか。おめでとう。その通りだよ」
僕は、ため息を吐いた。
「お前、バカだろ。何で下駄箱を間違えるんだよ。出席順だから、斎藤は桜庭の真上だろ。何で二つ上に入れるんだ」
凛は苦笑いをした。ばつが悪そうに言う。
「ど、どうでもいいでしょ。それより、何で去年の文芸部誌の事何か覚えているかなぁ。反則だよ」
「それは、俺が天才だからだよ、ホームズくん」
侮ってもらっては困る。これでも僕は、全国模試二十七位なのだ。
「じゃあ何で緑川遥香が私のペンネームだって分かったの?」
不思議そうに聞く凛。僕は言った。
「そりゃ分かるさ。勇気と愛とゴミをテーマにしたファンタジー小説なんか書く女子高生は、日本中探したってお前だけだ」
五時を知らせるチャイムが、静かになった教室に響いた。