第二章:真夜中の神社にて・下
「えっ、またここ通るの?」
神社の下にて。暗闇の中、電灯に照らされてぽっかりと浮かび上がる薄汚い朱色の鳥居と、その向こうに広がる石段。それらを前に、凛はとても嫌そうに言った。
「今何時だと思ってるんだ。なるべく早く帰らないと、親が心配するだろ」
そう言って僕は、長い長い階段を見上げる。確かに何か神聖で、それなのに不気味なものを感じる。これが神社という空間なのだ。
しばらく二人共無言だったが、遂に僕は決心した。
「じゃ、桜庭は一人で帰れよ。俺はこっちから帰る」
そう言って階段に足を踏み出す。これは効果があったらしく、凛も慌てて付いてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私も行く。行くから!」
彼女が隣に並んだのを確認して、長い階段を登る。こうして僕達は、再び神社の領域に足を踏み入れた。
――カーン――
長い石段もやっと登りきり、薄暗い雑木林の小道を歩いている時。その音は微かに聞こえた。
「ね、ねえ。何か聞こえない?カーンて音……」
凛が僕の服を掴む手に、ギュッと力を込める。ぴったりと寄り添う彼女のせいで、少し歩きにくい。
僕はとっさに『う』から始まる呪いの名前が思い浮かんだ。しかし怖がる凛の手前、笑い飛ばす事にした。何と言っても強引に連れて来たのは僕なのだ。
「気のせいだろ。お前さ、怖がりすぎだっつーの」
「そ、そうかなあ」
勿論気のせいなどでは無い。あの不気味な音は、僕にもはっきりと聞こえた。
「グズグズしてないでさっさと帰るぞ。明日も学校なんだ……」
――カーン――
またあの音が聞こえた。しかも、先程よりもはっきりと。
「や、やっぱり聞こえるよ!釘か何かを叩いている音!」
凛はかなり動揺しているようだった。このまま泣き喚かれては色々面倒なので、取り敢えず落ち着かせる事にした。
「落ち着け。どこかに、俺達以外の誰かがいるのは認める。だから早く逃げるぞ」
――カーン……カーン――
僕は凛を無理やり立たせ、その腕を掴んで走り出す。なかなか骨の折れる作業だった。
――カーン……カーン――
その間も、釘を打つ音は絶え間なく響く。
そして、
「……!……こっちだ!」
僕はとっさに、側の杉の陰に隠れる。凛を引きずり込んだ時、彼女は転んでしまったが、この際どうでもいい。
あろうことか僕は、釘を打つ人物の側に来てしまった。
一瞬だけ見えた白装束。暗闇の中にあって、その白色は浮かび上がっているようだった。
僕は、釘音が近付いている事に気付かなかった。夜の雑木林が、僕の空間把握力を奪ってしまったのだ。
「おいおい、気が早いな。彼――いや、彼女か。まだ十一時過ぎなのに、丑の刻参りかよ」
絶対絶命の時だというのに、僕の頭は冷静だった。半ばヤケクソなのかもしれない。言葉が次々と出てきた。
「てゆーか、頭に蝋燭を巻いてるし。あれって本当だったんだ」
僕は凛を元気付けるために、軽口をたたいてみた。しかし効果は無かったようだ。彼女は俯いていた。どうやら泣いているようだ。これだから怖がりって奴は。
「ここでこうしていても、仕方無い。俺が合図したら、すぐ走るんだ。出来るよな?」
その言葉に、凛が頷く。
僕は藁人形を釘で打つ女を見つめた。あの女が木槌を叩いた瞬間、カーンという音に紛れて一気に走るつもりだ。
女が木槌を振り上げた。僕は凛に目で合図しようと振り返った瞬間、
――バキッ――
なんてベタな。そして愚かな。
僕は足元にあった枝を踏んで折ってしまった。その音は、思ったよりも響き渡る。
「ヤベっ……!」
隣で凛が息を飲んだのが分かった。そして――
女が振り返った。
全てはスローモーションのように、ゆっくりはっきりと僕の目に映る。僕は、金縛りに遭ったかのように動けなかった。
僕は女と目が合った。その顔は想像通り乱れ、血走っていて、鬼みたいな表情――ではなかった。どこにでもいる、僕の近所にいてもおかしくない、ただのおばさんだった。
僕達は、しばらく見つめ合った。しかし、一瞬のようにも思える。相手の表情は、困惑しているようにも見える。
僕は凛の
「ねえ、早く逃げようよ!」
という声で我に返った。
「了解。早く逃げるぞ」
僕は凛の腕を取って、再び走り出す。長い石段も、短く感じた。
街灯の下まで来た時、やっと安心出来た。女は追い掛けて来なかった。僕の読んだ本だと、追い掛けられた主人公はトイレへ逃げ込んで、そこで捕まった。やはり、本と現実は違う。
「ハァ、ハァ……。あー怖かった」
凛はあれだけ怖がっていたクセに、もうケロッとしている。
「知らなかった。お前、怖がりだったんだな」
「あ……。お願い、他の人には言わないでね」
「どうしようか」
「もー!」
その後、十一時半も過ぎていたので、僕は凛を家まで送った。家族にはバレなかったようだ。僕はコンビニへ寄ってから帰った。雑誌を買う為だ。
翌日、学校の帰りに一人であの神社の、あの女がいた場所へと行ってみた。そこには、釘で打たれたボロボロの藁人形が残ったいた。
僕はそれを引きちぎり、境内のゴミ箱へ捨てておいた。
もうここに来る事も無いだろう。
初めまして。生クリームです。
この度は初の投稿という事でしたが、なかなか難しいですね。
この物語はヤマ無し・オチ無し・イミ無し小説ですが、今後もよろしくお願いします。