竜殺しの英雄
こんにちは、わたくしはエルフのスザンヌです。
普段は森の魔女の従者を務めていますが、ご要望があったので語り部をさせていただきます。
本日お話しするのは「竜殺し」を成し遂げた英雄の物語です。
ただし、その英雄はドラゴンを討伐していません。
エルフの里を襲撃したドラゴンをどのように退け、竜殺しの英雄と呼ばれるようになったのか。
その過去を紐解いていきましょう。
事の始まりは約百五十年前、リーシュ王国がメディウム王国と呼ばれていた頃に遡ります。
ドラッヘ山脈より南は当時、フリートベルクという地名はおろか、港街すら存在しない辺境の地でした。
一応王国領でしたが人間はほとんどおらず、エルフや獣人など様々な種族の自治区がある森林地帯、という扱いです。
わたくしはエルフの族長であるシルヴァヌス様の姪として生まれました。
しかし、エルフの中では若いので社会的地位は与えられておらず、伯父様が治める里で同胞と穏やかな日々を過ごしていました。
平穏な一日が崩れ去ったのは、ドラゴンによる襲撃があったからです。
晴れているはずなのに、突然何かが日差しを遮りました。
「陰ったのか?」
「いや、違う。あの影は……」
「まさか、ドラゴン?」
雲が出てきたのかと空を仰いだ私達の目に映ったのは、上空を旋回するドラゴンの影でした。
ドラッヘ山脈に棲むドラゴンは争いを好まない温厚な性格で、基本的に縄張りである山から出ることはありません。
それなのにエルフの里に姿を現し、突然火を吐いたのです。
「火事だ、皆逃げろ!」
「魔法で消火を……」
「いや、火の手が回る方が早い。襲撃者を先にどうにかせねば」
「相手はドラゴンだぞ? 勝てるはずがない」
住処である森の一部が燃えて同胞達が慌ただしくなりますが、時の流れは人々を鈍化させます。
騒ぎが起きないのはよいことかもしれませんが、冷静に分析した結果、戦う前から諦めるのはいかがなものでしょう。
百年程度しか生きていない若輩者であるわたくしとの考え方の違いを、時々目の当たりにします。
突然大きな水の塊が落ちて、火が消えました。
「大丈夫か、皆の者!」
「伯父様!」
火が消えた道を通って現れたのは、わたくしの伯父でエルフの族長のシルヴァヌス様です。
諦観していた同胞の目にも希望が宿ります。
「あちらでドラゴンが暴走していて、我々の手には負えない状態です。恐らく濃い魔力の瘴気にあてられたのかと」
「……ドラッヘ山脈の魔力が淀んでいるな。これではドラゴンも理性を失くすだろう」
魔力が大量に集まってできた瘴気は、吸った生き物を魔物に変貌させます。
濃い魔力が影響を及ぼすのは動物だけではなく、人やドラゴンも同様です。
今暴れているドラゴンも時間が経てば魔物と化していたでしょう。
そうなればエルフの森だけでなく、他の自治区や人間の王国まで被害が及ぶかもしれません。
「しかし、我々の攻撃では空を飛ぶドラゴンを倒すことができない」
「地上に降りてもあの硬い鱗に阻まれます。私達は対ドラゴンを想定したことがありませんから」
「……そうだな」
しかし、我々エルフにドラゴンは討伐できません。
助けが来るまで森を守り切れるかどうかも定かではないのです。
「……私はあの方に助力を乞う。其方らは森を守護する班と他の集落や自治区、人間の国にドラゴンの襲撃を伝える班に分かれて行動してくれ」
「わかりました」
伯父様の指示に我々は即座に行動します。
あの方がお住まいの東へ向かう伯父様。
魔法で活路を切り開き、他種族の自治区や人間の国がある西へ駿馬を走らせる同胞達。
そして、わたくしと共に森を守護する仲間達。
そこにドラゴンが容赦なく火を吹きつけました。
同胞の家が、大切に育てた自然が、たくさんの生命が潰えます。
我々は自分達に向かってきた火を防ぐのに精一杯で、火の輪が徐々に狭まってきました。
わたくしは目を閉じて拳を額に当てます。
「水の精霊様、我々エルフに力をお貸しください。御身に捧げるのは我々の魔力。火に呑まれんとするこの地に恵みの雨を、大地を潤す癒しの雨を」
魔力を放出しながら祈りを捧げると、ぼつりと雫が一滴顔に当たり、雨が降り始めました。
目を開けても精霊様のお姿は見えません。
けれども、確かに存在していることをわたくしは知っています。
あぁ、しかし。
「駄目だ、火の勢いが収まらない」
「やはり我々の祈りでは精霊魔法に遠く及ばないか」
「おしまいだな、これは」
火は弱まるどころか勢いを増しています。
いつの間にか周囲は火の海と化し、地面に倒れ伏す同胞の姿も見えました。
伯父様も人間の騎士団もまだ近くにいません。
粘ってみましたが、ここで終わりなのでしょうか。
ドラゴンが我々に向かって火を放ちます。
咄嗟に防御魔法を張りましたが、一瞬で砕かれて火が目前まで迫ってきました。
「ここまで、ね」
わたくしは目を閉じて死を受け入れました。
しかし、いつまで経っても熱さが襲ってきません。
すぐ側に見知らぬ魔力反応があることに気づいて、わたくしは目を開けます。
わたくしの隣に立って杖を構えていたのは、二十年かそこらしか生きていない若い人間男性でした。
「あなたは……?」
わたくしは突然現れた男性の顔をまじまじと見つめます。
肩まで真っ直ぐ伸びた黒髪に、青色の瞳。
年は二十代前半から半ばといったところでしょうか。
白いローブを身に纏い、杖を空に掲げています。
そして杖の先には防御魔法が展開されており、ドラゴンの火炎を防いでいました。
人間はエルフと違って見た目と実際の年齢にそれほど差はないでしょうから、この人間はたった数十年しか生きていないのにわたくしより技量が上ということです。
魔力量もわたくしを上回っています。
まだ若いのにどれほどの鍛錬を積んだのでしょうか。
「初めまして、レオンハルトと申します。あのドラゴンが森を焼き払ったという認識で相違ないでしょうか」
人間男性――レオンハルト様がドラゴンから目を逸らすことなく口を開きました。
「えぇ。でもあのドラゴンは普段温厚な方で、我々エルフとも仲がいいの。瘴気にやられたのだと思うけど、あたしには何もできなくて……」
この頃のわたくしはあの方と伯父様以外に敬語を使う相手がおらず、一人称も「あたし」でした。
エルフにも族長や里長など立場が上の人は存在しますが、人間と違って格差を重んじる風習はないのです。
「あれは魔物化する一歩手前です。ドラゴンという強大な存在が魔物化すれば、エルフの里だけでなくこの森全体が火に呑まれるでしょう。それはそのドラゴンも望んでいないでしょうから、完全に魔物と化す前に対処する必要があります」
「……」
レオンハルト様の言葉で、わたくしはあのドラゴンがもう元の温厚な性格に戻れないことを悟りました。
大切な友を亡くすのは悲しいことですが、魔物として暴れるくらいならドラゴンのまま散ってほしいです。
「人間はドラゴンを討伐できるの?」
「人間ではなく、レオンハルトとお呼びください」
「そう。あたしはエルフのスザンヌよ」
「では、スザンヌ嬢。私にドラゴン討伐は可能ですが、本当にそれでよろしいのですか?」
「え?」
レオンハルト様の言いたいことがわからず、わたくしは首を傾げました。
「討伐せず、魔物化を食い止める方法があります。成功する確率は低いですが、大切なご友人なら討伐せずに済む方法を模索したいです。あなたの力を貸していただけませんか?」
魔物化を食い止めるなどあの方以外にはできないと思っていました。
ですが、わたくしを真っ直ぐ見つめる青い瞳を見れば、レオンハルト様にもその芸当ができることがわかります。
頼ってもいいのでしょうか。
「むしろあたしからお願いしたいけど、本当に任せてもいいの? あたしの記憶通りなら、あのドラゴンを長時間拘束する必要があると思うけど」
「……スザンヌ嬢は私が何をやろうとしているのか、ご存じなのですね。ご安心を、私は王都の魔法学校を首席で卒業しましたから」
その栄誉がどれほど素晴らしいものなのか、人間の世界に疎いわたくしには理解できません。
ですが、レオンハルト様に自信がおありなのはわかりました。
今もドラゴンの猛攻を防いでいますし、どれほど魔法と向き合ってきたか魔力を視ればわかります。
「……じゃあ、お願いしてもいいかしら」
「はい、お任せください」
レオンハルト様にはこの地を守る義務もドラゴンとの交流経験もないのに、自ら矢面に立ってドラゴンを討伐せずに魔物化を防ぐ方法を提案してくださいました。
なぜそのようなことができるのか不思議で仕方ありませんが、こういった方が後に英雄と呼ばれるのでしょうか。
「スザンヌ嬢、こちらにいらっしゃるエルフが力を合わせれば、ドラゴンの攻撃を防ぐことができますか?」
今はレオンハルト様一人で防いでいますが、攻撃に転じるには代わりに防御魔法を張る人が必要なのでしょう。
わたくしは周りにいるエルフと顔を見合わせます。
わたくし一人では不可能でも、皆の防御魔法を重ねれば防ぐことができるかもしれません。
「やりましょう、このままでは若い人間に全てを取られてしまうわ」
「我々エルフは長い間研鑽を積んできた。魔法において人間に負けるわけにはいかないな」
「攻撃は無理でも守るくらいなら」
わたくしが声をかけると、諦めていた同胞の目に光が戻り、皆が立ち上がりました。
わたくしがレオンハルト様の魔法の上から防御魔法を展開すると、そこに魔法が重ねられていきます。
レオンハルト様が防御魔法を消しても守りが崩れることはありませんでした。
しかし。
「くっ、これはかなり大変だな」
「すぐに張り直さないと破壊されてしまう」
「これをあの人間はたった一人でこなしていたのか……」
中には千年以上生きたエルフもいるのに、皆一様に苦しそうな顔をしています。
わたくしも防御魔法を維持するのに手がいっぱいですが、なんとかレオンハルト様を見ました。
「ドラゴンをお願い!」
「お任せを」
空を飛ぶドラゴンを見据えるレオンハルト様に油断も怯えもありませんでした。
杖を空に掲げると、頭部の魔石に魔力が集まっていき緑色に輝きます。
風の塊と呼べるものを、彼はドラゴンに向けて放ちました。
攻撃が届かないところにいるはずのドラゴン。
しかし、風の塊はドラゴンの片翼に大穴を開けました。
「アギャウ!?」
ふらつくドラゴンにもう一発風が吹き、両翼を破壊することに成功しました。
翼を失ったドラゴンが落下し始めましたが、口から火を撒き散らして周囲に飛び火させます。
わたくしは自分達の守りに使っていた防御魔法を消して緑が残っている場所を守ろうとします。
しかし、広範囲に火が放たれるため全てを守ることはできません。
またしても森が燃えてしまうと思いましたが、突然風が吹き荒れて火を消し去ったのです。
「これ以上森を奪わないでください」
風を放ったのは杖を構えたレオンハルト様でした。
レオンハルト様が杖で弧を描くと、至るところで風が発生して火が消えました。
そして地面に不時着したドラゴンを植物魔法の根で拘束します。
拘束から逃れようともがくドラゴンに、レオンハルト様は躊躇う様子もなく一歩近づきました。
「待って、さすがに今近づくのは危ないわ」
わたくしは慌てて止めに入ります。
植物でドラゴンを拘束などできないと思っていましたし、目の前で火を吹かれたらいくら優れた魔法使いでも対処が難しいでしょう。
わたくしはそう判断しましたが、レオンハルト様が「いえ、待っている暇はありません」と首を横に振ります。
「体内の魔力が乱れた状態なので、時間の経過で大人しくなることはありません。むしろ、魔物化が進行しますます手に負えなくなるでしょう。元の温厚なドラゴンに戻すには今しかないのです」
わたくしはレオンハルト様の言葉にはっとします。
普通の動物ですら魔物化すると手強くなるのに、ドラゴンが魔物化したら誰が討伐できるのでしょうか。
この人間ならドラゴンを討伐することも可能でしょうが、我々エルフに配慮して魔物化を食い止めようとしているのです。
誰が止められましょうか。
「……ごめんなさい、もう止めたりしないわ。でも、無理だったら討伐してもいいのよ」
「ご心配に及びませんよ。魔力の扱いには慣れていますので」
一度こちらを見て微笑んだレオンハルト様は、迷いのない足取りでドラゴンに近づきます。
ドラゴンが苦し紛れに火を吹いたときにはひやりとしましたが、あらかじめ防御魔法を展開していたようで無傷でした。
そして彼はドラゴンの額に手を乗せて、魔力を流し込みます。
緑色に輝く魔力の残滓に、わたくしは手を合わせて祈りを捧げました。
どれだけそうしていたでしょう。
終わりました、とレオンハルト様が手を離したときには、ドラゴンは動かなくなっていました。
不意に閉じていたまぶたが開かれます。
知性を感じられる瞳孔に、わたくしは魔物化を防ぐことができたのを確信しました。
「我は何をしていた? 何故人間がこの地におるのだ? ……むぅ、この拘束はなんだ」
理性を失っていたときの記憶がないのか、焼けた森や人間男性、植物魔法の根による拘束に困惑した様子を見せました。
「エルフ……この匂いはスザンヌだな。何があったのだ?」
「そうですね、何から話しましょうか」
わたくしはドラッヘ山脈で瘴気が発生してドラゴンが正気を失ったことから、レオンハルト様が助けてくれたことまで順番に説明します。
もう暴れる心配がないので、拘束は解いてもらいました。
「森を焼いてしまったのか……それは申し訳ないことをしたな」
「いえ、瘴気はどうしようもないものです」
「人間、いやレオンハルトよ。エルフの里を護ったこと、そして我を助けてくれたことに感謝する。褒美を受け取るがよい」
そう言ってドラゴンが渡したのは赤い鱗です。
レオンハルト様が青ざめました。
「これほど高価なものは受け取れません!」
「無数に生えておるから気にするでない。必要ならもっと分けてやるぞ」
「一枚で十分です!」
わたくしには鱗の価値や人間の金銭感覚がわからないため、なぜレオンハルト様がそれほど慌てているのかわかりませんでした。
これは後で知ったことですが、鱗一枚で豪邸が建つほどの価値があるそうです。
エルフにとって住む家はお金を出すのではなく自然を利用するものなので、やはり人間の価値観は理解が難しいですね。
「もう翼は治ったようだな」
レオンハルト様が空けた穴も塞がったようで、ドラゴンが軽くはばたきます。
わたくし達から距離をとって空へと飛び立ちました。
「改めて礼を言う、英雄レオンハルトよ。其方の勇姿は未来に語り継がれるであろう」
そう言って、ドラゴンはドラッヘ山脈へと帰っていきました。
「私が英雄ですか……」
レオンハルト様が呆然とした顔で手元に残ったドラゴンの鱗を見下ろします。
現実感がないのでしょうか。
不意にレオンハルト様が警戒した様子で周囲を見回します。
西と東、両方から複数の魔力反応が近づいてきました。
片方は馴染みのある魔力で、もう片方は人間の魔力波形です。
「フローラ様を連れてきたぞ」
「ドラゴンはどこでありますか!?」
東から来たのは伯父様率いるエルフの精鋭達と黒髪の女性です。
西から馬に乗ってきたのは、王国の騎士団でしょうか。重そうな鎧を全身に身につけています。
「おお、エルフの族長殿ですな。ワタクシはメディウム王国所属のマークヴェスト騎士団長でございます。救援信号を受け取り馳せ参じましたが、ドラゴンはどちらでしょうか?」
先頭の騎士が馬から降りて仰々しい挨拶をしました。
マークヴェストとはここから一番近い人間の領地です。
伯父様ことエルフの族長シルヴァヌス様が首を振りました。
「いや、私も来たばかりで状況を掴めていない。スザンヌ、説明を頼めるか? それから、そちらの御仁は客人だろうか」
「はい、伯父様」
「むむ、人間だと? なぜエルフの里に……」
「こちらはドラゴンを退けた英雄レオンハルト様です」
「はい?」
わたくしはドラゴンにした説明を伯父様達にもします。
すんなりと信じたドラゴンに対して、伯父様や騎士団長は訝しげな表情です。
「……レオンハルト殿はどちらにお住まいで?」
「申し遅れました。私レオンハルト・グラッツェルはグラッツェル子爵が三男です。以後お見知りおきを、エルフの族長様」
「グラッツェル……?」
跪いたレオンハルト様の挨拶に、伯父様が眉を潜めます。
ありえない、と口を開いたのは騎士団長でした。
「グラッツェルはドラッヘ山脈を越えた先にあります。山への立ち入りが禁じられているのに、なぜワタクシより到着が早いのですか?」
「ドラッヘ山脈はドラゴンが正気を失うほど魔力で満ちていた。そのような地を生身の人間が歩くのは無理だ」
「本当はどこに潜んでいたんです? 白状された方がよろしいですよ」
実際の戦いを見ていない二人から疑いの目を向けられて、レオンハルト様が息を呑みました。
「そんな、私はグラッツェルから山を越えて来ました。山に侵入してはならないのは承知の上ですが、緊急事態なのでやむを得ず……私の言葉に嘘偽りはございません、信じてください!」
「伯父様、あたしからも言わせてください。レオンハルトさんは嘘を吐いてません。どうやって山を越えたのか知らないけど、我々エルフを救ってくれた英雄なんです。どうして疑いの目を向けるのですか?」
エルフのために身を賭して戦ったレオンハルト様を疑うのはいかがなものでしょう。
わたくしも必死に訴えると伯父様が「すまない」と謝りました。
「あの山は人が立ち入ってはならない神聖な地なのだ。ドラゴンがいらっしゃるのは勿論、山の狩人も住んでいる。山の狩人とは交流があるから、彼らが山に侵入した者を見逃すとは思えず……」
そう話す伯父様の近くに矢が突き刺さりました。
襲撃かと一瞬警戒しましたが、どうやら矢文のようです。
しかし、矢が飛んできた方を見ても誰もいません。
「噂をすれば、山の狩人から連絡が届いた。一人の人間が崖馬に乗って山越えを果たしたとのことだ。其方のことで相違ないだろうか、レオンハルト殿?」
「はい、間違いありません」
「疑ってしまい申し訳なかった。其方を英雄として認めよう」
わたくしは山の狩人に会ったことがありませんが、伯父様が大層信頼している相手のようです。
伯父様の言葉で話がまとまりかけましたが、「ワタクシは信じておりませんぞ!」と騎士団長が口を開きました。
「崖馬はフェルスプフェーアトのことでしょう。魔物、魔物です。人間に従うはずがありません。それに乗ってきたという時点で眉唾物で……」
「それについてはわらわが説明しよう」
「え?」
一歩前に出たのは伯父様が連れてきた黒髪の女性でした。
「フローラ様!?」
「そこの人間は魔女の血を引いておる。魔女には他者の魔力に干渉して乱すことも整えることも可能。魔物の強さを保ったまま理性を取り戻すといった芸当もできるのじゃ」
魔女の力について解説を始めた黒髪の女性、フローラ様を見て騎士団長が伯父様に説明を求めます。
「……失礼ですが、どちら様で?」
「ドラッヘ山脈以南を管理していらっしゃる『花の魔女』フローラ様だ」
「魔女!?」
騎士団長が忌々しいものを見るような目をしました。
人間の世界では魔女が受け入れられていないのでしょうか。
確かに魔女の歴史は災厄の魔女が大陸全土を支配するところから始まりますが、千年以上前の話です。
エルフと違ってその瞬間を目撃した人間はこの世から去ったでしょうに、まだ恨み続けているのでしょうか。
「管理ということは、この地は魔女に乗っ取られたのですかな?」
「いや、違うな。森をより豊かなものにしようと尽力なさるフローラ様と共生することを決めただけだ」
「……共生、ですか」
エルフも自然や人々の平穏を破壊する魔女は排他するつもりでいますが、自然を愛する魔女には寛容的です。
伯父様は共生と言いましたが、魔女のことを快く思わない人間から匿っていると言った方が正しいかもしれません。
「それに、私はエルフを束ねる長であって他の自治区には関与できない。この地にさ獣人の森、ドワーフの鉱山など様々な種族が暮らしている。その全ての支配者であらせられるのがフローラ様なのだ」
「こそこそと何を話しておる」
フローラ様に視線を向けられ、騎士団長の肩がビクリと震えました。
「見知らぬ人間がうじゃうじゃおるな。王国の騎士団か?」
「は、はい。ワタクシがマークヴェスト騎士団長でございます!」
「遠路遥々……わらわを捕らえに来たのか?」
「っ!?」
フローラ様の静かなる殺気に、向けられていないわたくしも思わず背筋を伸ばします。
「いえ、滅相もございません!」
「フッ、冗談じゃ。……しかし、わらわの存在を国王に知らせたら、王国全体に魔法の花が咲くであろう。それを回避するには……どうすればよいかわかっておるな?」
「か、かしこまりました! では、ワタクシ共はこれにて失礼いたします。竜殺しの英雄レオンハルト殿のご活躍は必ず陛下に伝えますので!」
終始フローラ様に怯えた様子で、騎士団長は騎士を引き連れて帰路に着きました。
少し引っかかる言葉を残したことに気づいたのは、彼らの姿が見えなくなった後でした。
「竜殺しの英雄? レオンハルト殿はいつの間にドラゴンを討伐したのだろうか」
「いえ、討伐などしておりません。きっと何かの間違いでしょう」
しかし、騎士団長の言葉が人間達に正史として伝えられたことを知ったのは、十日後のことです。
ドラッヘ山脈のある北ではなく王国領のある西からレオンハルト様がいらしたときに、わたくし達は彼の異名を知りました。
「いつの間にやら私がドラゴンを討伐したことになっており、『竜殺しの英雄』と呼ばれています。また、ドラッヘ山脈の瘴気を見逃してドラゴンを暴走させたエルフに土地の管理は任せられないと、私に領主になるよう命じられました。エルフの皆様には申し訳ないことをしたと反省しております」
レオンハルト様が数日間の出来事を報告しましたが、彼のどこに悪いところがあったでしょうか。
「頭を上げてくれ、レオンハルト殿。其方がいなければエルフの里は滅びていた。英雄譚が脚色されるのも英雄に褒美が与えられるのもよくある話だ。其方に咎はない」
「……ありがとうございます。そう言っていただけて、少し気持ちが楽になりました」
よほど思いつめていたのでしょう。
レオンハルト様の顔に安堵の表情が浮かびました。
「しかし其方を新たな領主として迎え入れるのは、我々エルフだけで判断できない。フローラ様や他の自治区の長を集めて会議を開こう。スザンヌ、手配を頼めるか」
「はい、伯父様」
程なくして種族を代表する者とフローラ様が到着しました。
「ドラゴンの怒りを鎮めたんだろう? 強い者が上に立つなら大歓迎だ!」
そうおっしゃったのは獣人族の長です。
「わしらの生活に変化がないなら別に構わん。竜の鱗はちと気になるがの」
ドワーフの族長もおおむね賛成でしょうか。
「だが、人間は自然を破壊する生き物だ。いくら恩人でもレオンハルト殿が美しい自然を守る気がないなら領主としては認められない」
「その点は仕方あるまい。この地もいずれ人間に支配されると皆もわかっておったじゃろう」
我々の住処である森が失われるのは許されることではありません。
ですが人間の支配を受け入れれば、開拓と称してありのままの自然は失われていくでしょう。
レオンハルト様にその気がなくても、森がなくなるのは避けられないのです。
「人間による支配を拒めないのであれば、わらわはレオンハルトを領主として認める」
「フローラ様!?」
「あやつの目を見て確信したぞ。あの若造は信用できる。この地――フリートベルクをどんな生き物にとっても暮らしやすい土地に発展させるであろう」
今まで我々が住むこの地に定まった名前はありませんでしたが、レオンハルト様が領主に任命された際に土地の名前も決まったそうです。
フリートベルク辺境伯領、それが新しい名前です。
「フローラ様の人を見る目は確かですから、信じる他ありません。皆もそれでよいだろうか」
「フローラ様のお墨付きなら文句はない。レオンハルトとやらを受け入れよう」
「……まぁ、働きぶりを見てから判断するか。自然を冒涜する者なら追い出しても構わないな?」
「好きにするがよい」
若干名認めていない者がいましたが、レオンハルト様を領主として受け入れることが確定しました。
「メディウム王国国王陛下よりフリートベルク辺境伯に任命されたレオンハルト・フォン・フリートベルクと申します。以後お見知りおきを」
様々な種族が共生する港街フリートベルクが第一歩を踏み出した瞬間でした。
その後、レオンハルト様とフローラ様は結婚して、二人の魔女を授かることになりますが――それはまた別のお話。




