薬草医は潔白ではない
加護持ちは神のお気に入り的意味合い。
聖女。聖人は神の代理人。子供のような扱い。
そういう前提でお読みください。
昔々の話では、奇跡を起こす聖女とかが居たそうだ。
まあ、その聖女とか聖人も人間のやらかしで表に出てこなくなったが。
「なんでだっ!! なんで、カーネリアンに子供が出来るんだっ!!」
とある領主が親類を招いて行った夜会で喜ばしい発表があった。
女侯爵のカーネリアン・ブラウズに子供が出来たと。
そう正式に発表があった時にそんなことを呟く声を給仕が聞き取った。
「セイアさま。そのようなことを聞いたものが」
執事見習のナスカが控室でお茶を楽しんでいた私に伝える。
「……私にさま付けはいりません」
この屋敷に来てからずっと言われているのでもう言いたくないほど告げている言葉を返すがこれもまた耳にタコができるほど聞かされた返答。
「いえ。――セイアさまは我が家の恩人です。敬語を使わないなどとてもとても」
「……………」
一事が万事この感じだ。
(こっちとしては、ただの薬草医でいたいのだから丁重に扱われるのは……)
薬草医。
貴族御用達の医学を極めて資格を取っている者ではなく。ありとあらゆる薬を取り扱い世界的に薬に詳しい薬師でもなく。薬草医。
薬草医は名前こそ立派だが、庭で育てている薬草を煎じて体調の悪い人に僅かなお金で分け与えているいわば気休め程度だけど、金のない貧乏人が縋る場所と言う底辺の扱いだ。
『お願いです。助けてください』
そんな貴族と全く縁がないはずの存在の所にナスカは噂だけを頼りにわざわざ訪ねて来たのだ。綺麗な恰好をぼろぼろにして格下の扱いになるはずの私に頭を下げて。
そんな様に興味が湧いた。いや、昔の気持ちを思い出したというべきだろうか。
「――で、そのセリフを漏らしたのはどう言う奴?」
さっさと話を換えよう。口では勝てないのはこの屋敷に来た経緯から分かっている。
「カーネリアンさまの従兄で、カーネリアンさまが生まれなかったら次期領主になっていたかもしれない者です」
「ふ~ん………」
それはまあきな臭い方ですね。
女侯爵よりも従兄に継がせた方がいいと一部のモノが思っていてもおかしくない立ち位置だけど、女侯爵はこの地域に時折現れる神の加護持ちだ。
この魔力が活火山のように湧いてくる地域。魔力が豊潤過ぎて魔獣の大量発生が起きる森と魔力が豊潤なので常に豊かな大地に恵まれているこの領地は、古の時代に神に気に入られた者が加護を得て、その加護の影響か魔獣を間引けるほどの力を持つ者が多く生まれる。
女侯爵はその加護持ちで、魔獣を退けれるほどの魔力を持つ魔術師だ。
それゆえ、満場一致で女侯爵が決まった。表向きは。
「連れ出す予定は?」
「すでにセイアさまの渡してくれた睡眠薬を近くの従者が盛るために動いています」
酒をよこせと言われたらすぐに仕込めるようにしてありますとナスカが淡々と告げてくる。
「なら、よかった」
計画を実行できますねと笑いながら告げると、
「そこは執事見習の仕事ですよ。まあ、薬をいくつか調合したのをいただきたいのですが」
などと頼んでくる様を見て、なら。お手並み拝見とするかと睡眠薬で件の従兄がふらふらになっているのを体調に気遣って部屋に運ぶという体裁を整えて、拷問用の地下室に運んでいったのを付いていくことにした。
拷問用の部屋は、一見貴賓室のような雰囲気のある部屋で、豪華な見た目で油断させて拷問を行うのだと以前説明された。
運ばれた件の従兄も自分がいる場所がどこかの客室なのだろうと警戒もしないで起きた時にナスカが居るのにも自分を気遣ってくれたのかと軽く流していた。
「さて、この紅茶はいかがですか? カーネリアンさまが以前お気に入りでよく飲まれていた紅茶ですよ」
目が覚めたばかりの件の従兄にナスカが声を掛ける。
お酒に酔って、気分の悪い時に飲み物をもらえると聞いて、水でいいとか酔い覚ましに効く飲み物を催促するのがよくあるパターンであって、少なくとも怯えたように拒むのはありえない反応だ。
その時点で自爆しているのだが、それでは証拠不十分だと。もっと相手を追い詰めて、自分のしでかしたことを理解してもらわないと……。
そう。
「どうかしましたか? ただのお茶ですよ」
「い、いや……その……」
「もしかして、温かい飲み物だと思っていませんか? 大丈夫です。冷ましても美味しいお茶だそうで、とある地方の特産品で、そこ出身のメイドが直接取り寄せて……」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
汚い高音の悲鳴をあげて後退りするが、なんでそんな反応をするのか分からない――本当は理解している――ナスカが首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「なっ、なんでそれを……!?」
「なんで、とは……。身体の不調を整えるお茶だと重宝していたのでカーネリアンさまが大事な従兄のためにと分けるように指示されて……」
まさか、お茶がお嫌いだったのでしょうかと心配そうに尋ねる。
「な、そんなことはないが……起きたばかりにお茶は……」
必死に何かいい断る口実を考えるように、そんなことを言い出すので。
「では、お冷やを」
机に置いてあったポットからグラスに水を入れて差し出す。
「ああ。助かる」
ごくごくと水を飲み、お替りも要求するのでナスカがお替りを入れていく。
かなりの水を飲んだだろうか。
「それにしても、いつもはあんなに酔わないのに倒れるほど飲むなんて驚きました」
ナスカがグラスを受け取りながら話をする。
「ああ。あの女に子供が出来るなんて思わなかったからいつもより多く飲んでいたようだ。子供が出来たら俺が後を継げないじゃないか。せっかく避妊薬を飲ませていた……あっ」
慌てて口を押さえるが、出た言葉は戻らない。
「避妊薬? それはどういうことですか?」
「あの女のメイドの一人に身体にいいお茶だと告げて避妊薬を混ぜておいたんだ。これで、子供が出来ない石女だとなれば、いくら加護持ちとか魔力が強いとか崇められていても当主なんて無理だろう。女なんだから男の一歩も二歩も後ろで下がっていればいいのに。って、なんでこんなことをべらべらと……」
口を閉じようとするが、一度出た言葉は止まらない。
私の作った自白剤は無味無臭で副作用もない安全が約束されている代物だ。
私の近くの椅子でじっと自白を聞いていた男性がそろそろだなと判断して隣の拷問部屋に入っていく。
「そうか。お前が原因だったんだな。5年もカーネリアンを苦しめたのは……」
カーネリアンさまの夫。この領地の騎士団長は殺意だけで人を殺せる雰囲気で件の従兄の前に現れる。
それをのぞき窓からしっかり見せてもらい、
「団長。あくまで拷問です。殺してはいけませんよ。しっかりと死んだ方がマシな目に遭わせますので」
ナスカの言葉に、分かっていると頷く様に件の従兄が怯えたように逃げようとするが、そんな逃がしてくれる人ではなく、
「さて、続きを聞かせてもらおうか」
貴賓室の様な見た目の拷問室が本来の拷問室としての役割を果たすのをずっと見ていて、自白剤が効きすぎたから拷問で痛めつけるのはもの足りないかもしれないなと、もっと効果を弱めておこうと、次の薬の参考にさせてもらうことにする。
「怖くなかったですか?」
領主の旦那さんに代わってのぞき窓のある部屋に入ってくるのはナスカ。
「いえ、こういうのを見るのは珍しいので楽しかったです」
「楽しい。ですか……」
「ええ」
私も前世や前前世このくらいやっておけば、大切な人を犠牲にしなかったかもしれない。
「このような行為をすると、どうしてこうなったかと言う原因を考えずに人でなしとか悪魔と罵られるんですよね」
だから驚いたと告げる様に、
「お花が咲いているのか。悪人に情けを掛けて被害者の気持ちは晴れないし、それは加害者を庇っていることでしょう」
犯罪者を増やすようなものだと告げる。
そうだ。
私たちは守るべき人のためなら自分がどんな目にあってもいいという態度を見せたから、権力者は脅せばいうことを聞くと思い込んで、どこまでも残酷なことをさせた。
そんなことを繰り返さない前に必要な行為だ。
「貴方は領主の願いを叶えるために努力した。そして、元凶を突き止めた。誇っていい」
告げるとナスカは泣きそうな顔で、
「そういってもらえると助かります」
それでも笑って告げた。
領主夫妻は結婚して5年。子供に恵まれなかった。
冷え切った関係だとか、どちらかが子供が出来ないのではないかと噂をされ続けて、それでも互いを愛し合っていたのを見ていた執事見習は、藁にもすがるつもりである噂を信じて動いた。
ある村で暮らしている薬草医は、医者が見放した重篤患者も回復させると。
それが私――セイアのことであり、探し出した執事見習はナスカのことである。
「噂になっていたのには驚いたけど」
噂にならないようにある程度忘却魔法を使っていたが、神の加護持ち関係のことだから忘却魔法を無効化していたのかもしれない。
まあ、肝心なことは気付いていないから良しとするか。
(私が聖女だということに)
かつて聖女や聖人はあちらこちらにいた。だけど、その奇跡を欲する権力者が彼、彼女らに自由を奪い、奴隷のように扱うようになったので、神は地上に聖なる者を送り出さなくなった。
と思われているが、実際には今も地上に送り込んでいる。
大切な人を人質にされて、唯々諾々としたがわされ続けてきたが、それでは守りたいものを守れないと気付いてからひっそりと潜伏した。
聖なる者が血に弱いとか争いを嫌うなどと思って、探そうとしない場所にいて、バレないように奇跡を起こしている。
今回のこともおそらく聖女の私だったから避妊薬の効果を無効化できる薬を調合できたのであって、他者にはできない。
拷問も普通に見ているのが、信じられないと思われるが、清らかな魂であったら大切な者を守れないと悟って変質したのだ。
(前世とか前前世ではそれが足を引っ張ったからね)
清らかな存在でも自分が良かれと送り込んだ自分の大事な子供が虐待され続ける世界を見て、歪むだろう。世界を滅ぼさないのは偏に神のお気に入りの加護持ちがいるからだ。
そんな歪んだ神の悲しみや怒りがあるから自衛するのも当然だ。それでも人間にまだ絶望していない。
(お母さまが気に入るわけだわ。この領主夫妻とそれに仕える人々は)
私も気に入った。
「幸いにも魔力溢れた土地だし、薬草作りには支障はなさそうだし」
しばらくここらへんでお世話になるか。
ナスカの主君のために何でもやれるまっすぐな感情は気に入ったから個人的に加護を与えられたらあげたいと思えるし、まあ、神ではないからそれは出来ないけど、しばらく彼の手伝いをするのもいいかも。
そんなことを思っていたら、まさかナスカが近所になったからとしょっちゅう尋ねに来て気が付いたら恋人になるとは思わなかった。
別に聖女でも恋愛も結婚も出来るし、あくまで神の代理人扱いだから好きにしていいので、ナスカの子供を産んで、執事になるナスカを支えてもいいかも。
来世も加護持ちの人間がいる限り世界は続くから当然あるだろうから。ナスカの生まれ変わりを探して本質が変わっていなかったらまた一緒になるのもいいな。
けして目立たないけどあちこちにいる聖女とか聖人。




