第七章 方位磁針
村を出て目指した場所は、かなり賑やかな街だった。
人の往来もあり、ソニヤのいた村とは、当然雲泥の差がある。
「でけー街だなぁ」
羽竜はこの街が気に入ったらしく、笑顔が絶えることがない。
感情豊かなヤツだと思いながらも、ソニヤは不機嫌よりはいいとホッとしたりもしていた。
「この街は帝国の騎兵隊が、任務で地方訪れ時の保養目的が主なんだ。だから施設が充実してるんだ」
そう観光案内も様になってたりする。
「騎兵隊?それだけの為にこんなデカイ街作ったのか?」
見れば宿屋もそれなりの数がある。
「こんなに沢山の宿屋なんて必要なのかよ?」
羽竜が思うのは、この街が騎兵隊の保養目的の街だと言うなら、彼ら専用の宿屋も作ればいい話で、小さな宿屋を沢山作る必要はない。
そもそも、保養目的にしては街がデカすぎる。
まあ、この世界では当たり前なのかもしれないが。
「それはね、騎兵隊だからと言って、宿泊料の優遇はしないから、大いに商売して下さいってことらしいよ」
「………よく分からん」
「つまりね、公務であってもきちんと相場に見合った金銭のやり取りをすることで、国民の生活を最低限守ってるんだよ」
「ふぅん。なるほどな。世界統治国家がひとつだけだから、一番金の動く機会が多い公務に対しての優遇制度を無くすことで、世界の貨幣価値のバランスを取ってるわけか」
「旅行客なんて実際はそんなに居ないし、世界を巡行する騎士隊、もしくはその他の公務に関わる人間を相手に商売してるってのが、この世界の特徴だよ」
ソニヤの言う通り、明らかに身分の高い輩が多いのは、彼らのほとんどが公務でこの街に来たからであろう。
さもすれば、帝国という国に興味が湧く。
どんな人間が治めているのか。
「ちなみに、この街はバジリアA地区って名前なんだ」
「色気のねー名前だな」
「まあね。公務で利用する側にすれば、その方が管理しやすいのかも」
Aと言うからには、他にもいくつかこの規模の街があるのは間違いないだろう。
「にしてもよ、公務っつったって、ひとつの国しかないんだろ?そんなにやることあるのか?」
「ボクに言われても、そこまでは分からないよ」
「アイツらは?」
と、鈍い銀色の甲冑に身を包む四、五人の集団を見つける。
腰には剣、そして盾まで持っている物騒な連中だ。
「あれはA地区の治安隊だね」
「………警察みたいなもんか。騎兵隊とは違うんだろ?」
「騎兵隊は世界全般の治安維持をするのが任務で、真っ白な鎧を着てるからすぐ分かるよ」
「………しかし妙な話だな」
「何が?」
「治安隊ってのは、納得出来るけど、騎兵隊がいるならソイツらを常駐させればいい。わざわざ身分を作ってるってことだろ?それによ、騎兵隊って………戦争を前提にしてる印象を受けるんだけど………」
どうにもしっくり来ないことばかりだ。
自分の住まう世界ではない。ある程度の文化の違いみたいなものは、当然あるし否定出来ない。
ただ、どんな世界にも似たような役割の職業だとか、施設はある。例えば、教会と呼ぶか寺と呼ぶかだけの違いで、中身は似ているとか。
羽竜がしっくり来ないのは、警察と軍人が存在する理由は、明らかに役割が違うからで、同じ任務をさせる必要はないのだ。
街には治安隊がいる。もちろん、広い意味での治安を維持するなら、常駐させない騎兵隊も必要だろうが、ソニヤの言い回しから騎兵隊が特別な存在であるのは明白で、とても治安維持を目的としているようには想像出来なかった。
「戦争なんて起きないよ。たまに変な集団もいるみたいだけど、事件になったって聞かないもんなぁ」
小さな村に住むソニヤに、世界の事情が的確に伝わるかはさて置き、一定の情報は掴んでいるのだから、信頼性はあるのだろう。
そんな話をしながら街を歩いていると、早速白い鎧の団体様に出くわす。
「あっ!あれだよ、羽竜!ほら、今言ってた騎兵隊!」
爛々と目を輝かせ、食い入るように眺めている。
「やっぱりカッコイイなぁ」
どうやら憧れているようだ。
騎兵隊に興味があるから詳しいのか。と、羽竜も呆れながらも納得した。
「騎兵隊………か」
真っ白な鎧を引き立てるように、金色のラインと、おそらくは帝国のエンブレムであろう模様が刻んである。
羽竜は、その高貴な鎧に見覚えがあるようにも思えたが、はっきりとは思い出せず、
「さて、ソニヤ。どこか俺達も宿を取ろうぜ。これからのこともゆっくり話したい」
「それはいいけど、ボクのお金では、食料を考えると安いところしか泊まれないよ?お父さんとお母さんの残してくれたお金も、そんなに残ってないから」
旅に出たのであって、旅行に来たわけではない。貨幣価値のわからない羽竜に、一応それとなく伝える。
どんな偉業を成し遂げたくとも、先立つものがなくては話しにならないだろう。
「なら、お前に任せる。朝早かったから、眠くてしょうがねえ」
「…………。」
朝早く起こしたのはあんただよ。と、ツッコミたいのを堪え、
「どうした、ソニヤ?早く行こうぜ」
空気の読めない旅の先輩に、おとなしく着いて行ってやることにしてやった。
そして、出会う。世界唯一の魔法使いと。