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第五十七章 ノスタルジア

 酷い嵐の夜だった。

 若い夫婦は、雨でぬかるんだ山道を赤ん坊を抱え登って来た。

 赤ん坊は夫が雨に濡れぬよう背中を丸め抱え、妻は夫が足を何かに取られ転ばぬようにと少し前を歩いていた。

その甲斐もあって、夫婦が住む村まではすんなり辿り着けた。とてつもない疲労と引き換えにはしたが。


「ようやく着いたな」


安堵を得た夫は、妻にそう言った。

自分が犠牲になったお陰で、赤ん坊はほぼ無傷で済んだ。腕の中ですやすや眠る姿は、大物になる気配すらある。


「早く家に戻りましょう。着替えないと風邪をひくわ」


雨に濡れて纏わりつく衣服が気持ち悪い。それが妻の率直な意見だった。もちろん、赤ん坊も気にはなるが雨の………嵐の中で気にかけるまでもない。ほんの少し歩けば二人の家があるのだから。


「そうだな。暖を取るのが先だな」


赤ん坊は夫婦の子ではなかった。

子宝に恵まれなかった二人に、神からの授かり物。こんな奇跡の日に嵐が来るのだから、ツイてるのかそうでないのか。

とりあえずは、この奇跡を整理する前に濡れた身体を乾かし、一眠りして疲れを癒さなければ。冷静に思いながらも、胸は軽やかなステップで踊っていた。


「じゃ、行きましょう」


妻に頷き、赤ん坊を抱え直し一歩踏み出した時、


「お前達、何処へ行ってたんだ?みんな心配してたんだぞ!!」


村の青年団のリーダーをする男かがいた。


「すいません。町に出てたのですが、色々ありまして」


申し訳なさそうに妻が言うと、


「なんにしても無事で良かった。この嵐だ、何かあったんじゃないかと………ん?その赤ん坊は………?」


小さな狭い村だ、夫婦に子供がいないことは誰もが知っている。色々あったという意味合いは、少なからず良い印象は与えなかった。


「とにかく二人とも着替えた方がいい。赤ん坊も風邪をひいては困るだろう」


リーダーは気にかけてくれはしたが、その口調は重かった。







雨粒が地面を攻撃する音は、次の日になっても止まなかった。

夫婦は赤ん坊を抱きながら、村長の家に呼ばれていた。

円卓に、村長を始め数人の村の有力者が座っていた。そこには青年団のリーダーもいる。

空気は非常に重いものだった。沈黙は長く、ただ赤ん坊の寝息だけが相変わらず大物振りを醸している。


「さて、何を尋ねればよいか困ったもんじゃが………こうして黙っていても話が進まん。回りくどいのも無しじゃ。核心から聴こう」


村長が切り出すと、特に異論もないことを確認し、


「サムロ、エレノア、夕べの話は事実なのか?」


赤ん坊を連れ帰った若い夫婦に尋ねた。

青年団のリーダーにおおよそのことは伝えてあった。そうでないと、話が円滑に進まないと思ったからだ。数時間程度でも、年寄り達の凝り固まった脳ミソをほぐす時間は必要と判断したのだ。

でなければ、赤ん坊を村に置くことを承知はされないだろう。

赤ん坊は、普通の赤ん坊ではないからだ。


「はい。この子は邪神ジーナスから託された赤ん坊です」


サムロは生唾を呑んだ。それほどまでに緊張している。村の有力者達を無視してこの村で邪神の子を育てるなど不可能。嘘をつけば良かったのかもしれないが、村の人間を騙して赤ん坊を育てても、幸せになれるとは思わなかった。


「お願いします。この子をこの村で育てることをお許し下さい!」


エレノアは、村長からの返事を待てずせっついた。

有力者達は口々に赤ん坊を懸念する言葉を発し、サムロとエレノアのことさえ批難し始める。

予想はしていたが、こうなると覚悟はしなければならないだろうか。村を出る覚悟を。

帝国が戦っている相手から赤ん坊を託されたとなれば、その事実はひた隠しにしなければならない。そんなリスクを背負ってまでサムロとエレノアに憂慮する義理はない。のだが、子宝に恵まれない二人にしてみれば、どれほどに幸福なことだろう。そう思えば、村長は安易に反対は出来なかった。


「返して来いと言ってもジーナスが何処にいるかもわからんのじゃろ?仕方ないと言えば仕方ないか」


村長が言うと、


「まさか承諾するのか!?」


「馬鹿な………邪神の子だぞ。村に災いがあったらどうするんだ!?」


「それ以前に、帝国に知れたらえらいことになる」


やはり批難は勢いを増したが、


「ならこの赤ん坊を捨てろと言うのか?それとも殺すのか?殺すと言うのなら、もちろんあなた方が殺るのだろうな?」


青年団のリーダーが低い声で凄んだ。

彼もまた、サムロとエレノアの気持ちを組んだのだ。

ただ批難しても、結局サムロとエレノアが村を出ることで決着してしまう。それで本当にいいのか疑問が残る。

誰もが口をつぐんだ。邪神の子であっても、見た目は人間となんら変わらない。手を下せる者などいないのだ。


「どうじゃろか、まだ無垢な赤ん坊じゃ、しばらく様子を見ては。普通の子と変わらぬのなら、村に置いても問題はないじゃろ」


思わぬ援護を盾に、村長は提言した。


「村長………」


エレノアが喜びの顔でサムロと見合せた。


「ただし、もしその子が村に災いをもたらすようなことがあれば、その時はその子を連れ村を出て行くこと。それが条件じゃ」


条件さえあれば、誰も異論はないと考えた。

有力者達も、落としどころだと 、村長の意見に頷いた。

となれば、サムロとエレノアにも異論はない。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


二人は何度も頭を下げて感謝した。


「この事実はここにいる者だけの秘密じゃ。皆、よいな?」


村長がそう付け加え、赤ん坊は村の一員と認められた。



赤ん坊はソニヤと名付けられ、

一心に愛情を注がれ、どこにでもいる普通の少年に育てた。

サムロもエレノアも、毎日が幸せだった。人生に不満など感じないほど働き、彼らも、ソニヤも村人から愛された。

やがて、幸せが終わりを迎えるまで………。


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