第五十五章 GOD IN MEMORIES ~後編~
冒涜の都を離れ、うねった異次元の回廊を抜けると、バジリア帝国城の謁見の間に出た。
ゴッドインメモリーズが、中途半端な状態とは言えソニヤに危うくも発動させられる状況にある以上は、退却する他に手段はなく、ヴァルゼ・アークは無人の城内を歩き次の一手を考えていた。
差し掛かった庭園で足を止め、赤い髪と赤い瞳の魔帝から、黒髪で角の無い普段の姿へと戻った。
血生臭い戦場から帰ったばかりのヴァルゼ・アークには、花の蜜に群がる虫でさえ癒やしになる。
静寂をたまに虫達の羽音が打ち、地上から高い位置にあるこの庭園を流れる小川が、心地よく歌っているようだった。
草の青い匂い、花々の自己主張の強いフレグランスに身を置いて目を閉じていると、その花々の息の根を絶つように踏み入る者がいた。
「ソニヤがジーナスの息子ってこと、事実なのか?」
ヴァルゼ・アークは半目を開け、その声に答える。
「多分な」
瞳を全開にして、振り返った。
「適当ってわけじゃないだろ?あなたのことだ、何か確信があるはずだ」
少し苛立ちながら、クダイはまた花々を踏み詰め寄った。
「確信かどうかは別に、ジーナスがやたらと気にしていたからな。アスカロンを渡すことも、俺には言わなかった。あれは神としてではなく、母親としての愛に他ならない」
「直感か。まあ、他のヤツならいざ知らず、あなたの直感なら信じてもいいだろうね。ただ………」
「なんだ?」
「ジーナスは何者だい?」
神だのなんだのと言ってはいるが、過去においてゴッドインメモリーズで召喚された一人には違いなく、元来この世界に存在していたわけではないだろう。
「……………。」
「だんまりか。まあいいさ。ゴッドインメモリーズを本当に発動すればシズクは消えてしまう。その事実をソニヤが知る以上、彼がゴッドインメモリーズを手にすることはない。さっきのように、シズクの近くにいる影響で不思議な力がソニヤを守ったとしても、防戦一方じゃ難攻不落の防壁だっていつか崩れる。問題はない。あるとすれば、障害はあなただけだ」
そう話して見つめる眼差しは、皮肉にも若い時分のクダイの純粋なものだった。
「そうまでして死んだ女に会いたいか?」
「死んだんじゃない。時間の欠片に閉じ込められてるだけだ」
「同じことだ。大体、お前がそうしたんだろう?」
「やるしかなかったんだ。今となれば、選択肢はひとつじゃなかったかもしれないと思う。けど、それを考えたところで消失した世界、時間へ戻ることは出来ない。過去へ遡る能力を持っていてもね」
「勝手な言い分だな」
「そう?力ある者が力を振りかざして何が悪いんだい?あなただって、羽竜だってそうしてる。それぞれの因果は違っても」
「そうではない。過去、お前は迫らた状況の中、世界を壊すことでサンジェルマンを倒したのだろう?選択肢の有無は、その時のお前の実力だ。その結果が望まぬものだったとしても、受け入れるべきではないか?」
強大な力を手にして、クダイは思うがままに生きている。そこには秩序もルールもない。自らが行動した結果に満足を得るため、完璧なまでの理想を叶えようとする姿勢に、ヴァルゼ・アークは不気味にさえ思う。
人には自分だけのルールがある。時にそれが理性を働かせ、アイデンティティを保つ。
クダイにはそれが無い。いや、あるのかもしれないが、自身で自分のルールを無視している。この手の輩はタチが悪い。特に、この男に関しては。
「見解の相違。いや、価値観の違いか」
そう言って、クダイは微笑んだ。
「ヴァルゼ・アーク、僕はあなたに勝つ。例え修羅になってでも」
「…………。」
「では、またお会いしましょう。魔帝ヴァルゼ・アーク」
礼儀正しく敬意を表す。
強さ、威厳、全てを尊敬………崇拝してると言ってもいい。気の遠くなる昔に会って以来、手の届かない場所に常に居るその孤高さと気高さに憧れていた。
クダイは、一方的な営業を終えると、自らが息の根を止めた花々の上を闊歩しながら去って行った。
「盲目なやり取りだ」
既に姿を消したクダイへ呟いた。
「もはや本来の自分さえ見えなくなったか。………愚かだな。自分を見失った者に何の大義がある?どんな野望を抱こうと勝手だが………」
人には各々の長所がある。誰にも無い自分だけの。
クダイには優しさがあった。不器用だったが、真っ直ぐでひたむきな優しさが。
優しさはクダイを強い意志のある戦士へと成長させていたこと、ヴァルゼ・アークは知っている。
だが、無理もない話なのだろうが、永い時間の中でクダイは優しさを失くしていた。
無惨に踏み潰された花々を見つめ、
「修羅になるだと?笑わせるな。お前にはせいぜいピエロがお似合いだ」
クダイへの死刑宣告を告げた。 踏み潰された花達へ誓う。本物の強さを問う為に。
ゴッドインメモリーズが、神の心さえ変えていく。